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  3. 津波遡上の即時予測を目指して~SIP 防災「津波被害軽減のための基盤的研究」~

(広報誌「地震本部ニュース」平成27年(2015年)冬号)

調査研究レポート 津波遡上の即時予測を目指して~SIP 防災「津波被害軽減のための基盤的研究」~

研究の背景と目的:数分以内の津波遡上予測の実現を目指して

 5年前の3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)は、マグニチュード9という日本周辺では有史以来最大級の地震であり、東日本の広い範囲で最大30mを超える大きな津波に襲われ、死者・行方不明者は2万人を超えました。このような大きな津波において人的被害を軽減するためには、日頃からの津波に対する備えに加え、適切な津波情報が迅速に提供されることにより可能な限り早い避難を実現することが何より重要です。
 気象庁では現在、地震発生後3分を目処に津波注意報や警報を発表していますが、これは主に陸域における地震観測データを用いて、最初に地震の情報(位置・深さ・規模など)を推定し、その情報から予測した沿岸における津波高に基づいて出されます。これまでは海面の変位(=津波)を直接観測することは出来なかったため、陸から離れた場所で発生する津波や巨大地震に伴う津波などに関しては正確な予測が難しく、実際に沿岸に到達する津波高さが予測と大きく異なることがありました。また、ある場所(例えばあなたの家や今いる場所)に実際に津波がやってくるかどうかは分からないため、津波が見えてから慌てて避難をしたり、逃げ遅れてしまったという事例が多く報告されています。
 我々の研究では、津波発生域で直接津波を捉えることで沿岸での津波の高さだけでなく遡上(海岸から内陸へかけ上がってくること)の状況を津波検知後数分以内に予測し、「自分の場所まで津波が来る!」という避難につながる情報を提供する技術開発を目指しています。

新たな海底地震津波観測網:S-net

 これまで津波の正確な予測が困難であった理由の一つとして、津波が発生する海域において観測がほとんど行われていなかったことがあげられます。そこで防災科研では海域で直接地震や津波を観測するために、東日本の太平洋沿岸に世界でも類を見ない大規模かつ稠密な観測網(図1)である日本海溝海底地震津波観測網(S-net)を現在構築し、海底に敷設された総延長約5700kmにもおよぶケーブルに接続された150地点に海底地震計や津波計(水圧計)を設置中です(詳しくは地震本部ニュース2014春号をご参照ください)。従来から手厚く地震観測網が構築されていた陸域から、観測網を更に200km以上海域へと延長することで、より震源に近い場所で捉えることで、地震を最大30秒程度、また津波を20分程度早く検知できるようになり、警報の猶予時間が増すことが期待されています。また、本研究が目指す津波遡上の即時予測は、このような広域かつ稠密な沖合におけるデータがリアルタイムで得られることで初めて実現可能なものとなります。

津波遡上の即時予測技術開発

 津波が陸地のどこまで遡上するかを予測するためのコンピュータシミュレーションは計算量が膨大であるため非常に時間がかかります。津波が発生した後に計算を始めたのでは通常は間に合わないため、様々な地震を想定しそれらに対し津波遡上のシミュレーションを行うことで事前に「津波シナリオバンク」を用意しておきます。いざ津波が発生したら、海域からリアルタイムで送られてくる観測データと事前に用意した様々なシナリオを比較し検索することで実際に起こっている津波に近いシナリオを絞り込み、津波遡上を迅速に予測しようというのが我々のアプローチです。いわば、事前に用意した容疑者リスト(=津波シナリオバンク)の中から、似顔絵(=観測記録)を元に犯人を捜すようなものです。
 将来どのような津波が起こるかは完全に分かるわけではありませんが、現実的な計算量に留めつつ、想定外とならないように考え得る様々な津波に対し網羅性と多様性を担保したシナリオバンクを準備するための検討を行うとともに、その中から効果的にシナリオを絞り込んでゆくための検索アルゴリズムの開発を進めています。また、これらの観測や予測の結果を分かりやすく可視化するとともに配信するための技術についても開発を進めています(図2)。

図1 日本海溝海底地震津波観測網(S-net)の配置図

図2 津波被害軽減のための基盤研究の概要

図3 勝浦市防災訓練における現地を対象とした津波遡上シミュレーションの展示の様子

関係機関や自治体等との連携:実証実験と社会実装を目指して

 本研究は、総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)が司令塔となり社会的課題の解決にチャレンジする戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の一研究開発課題(研究開発機関:防災科学技術研究所、管理法人:科学技術振興機構)として進められています。
 このため、気象庁地震火山部や気象研究所にも協力機関として参画いただき津波の様々な情報に関する勉強会を立ち上げるなど連携を深め、さらに千葉県等の関係自治体等にもご協力いただき実証実験(2017年度より実施予定)に向けた取り組みを行うなど、単なる技術開発ではなく研究成果の社会実装を目指して研究開発を行っています。本研究では千葉県九十九里・外房沿岸を対象地域としていることから、これまでこれらの沿岸自治体を対象とした説明会や複数の自治体防災担当者へのヒアリングにご協力いただくとともに、2015年10月に千葉県勝浦市で行われた防災訓練に参加させていただきました。そこではご当地のシミュレーション結果や可視化プロダクトである地震・津波モニタ試作版などを防災担当者や住民の皆様などにご覧いただき、地震津波に関する防災リテラシー向上につなげる活動を行うとともに研究成果の課題抽出や機能検証を行う(図3)ことで、今後千葉県九十九里・外房地域で行われる津波避難訓練などでのテスト利用による実証実験に向け準備を進めています。
 また、本稿では津波の即時予測手法を中心に紹介しましたが、共同研究開発機関である港湾空港技術研究所・中央大学とともに変形した防波堤や防潮堤などの防護施設の津波浸水への影響評価手法や、名古屋大学・東北大学・海洋研究開発機構とともに海底地殻変動と海面高をオンデマンドに取得できる係留ブイシステムの開発も進めるなど、様々なアプローチで津波被害軽減に向けた研究を進めています(図2)。

「津波が来た」ではなく「津波が来る」へ

 このように多数の機関と連携して基礎研究から実用化研究まで出口を見据えて一気通貫で推進し、「津波が来た」ではなく「津波が来る」という予測情報を少しでも早く伝えることが出来るようにすることで住民の避難につなげ、津波による人的被害軽減につながる研究を進めてゆきたいと考えています。

青井 真(あおい・しん)
青井 真国立研究開発法人 防災科学技術研究所 レジリエント防災・減災研究推進センター プロジェクトディレクター(戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の研究開発課題「津波被害軽減のための基盤的研究」研究責任者)、観測・予測研究領域地震・火山防災研究ユニット 地震・火山観測データセンター長。京都大学理学部卒業、同大学院理学研究科博士課程修了、博士(理学)。専門は、地震観測・強震動地震学・数値シミュレーション。1996年防災科学技術研究所に入所、2010年よりセンター長。地震観測網運用の統括、地震や津波に関するリアルタイム防災情報の研究、波動伝播に基づく地震動の大規模数値計算手法の開発に従事。

(広報誌「地震本部ニュース」平成27年(2015年)冬号)

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