当面推進すべき地震に関する調査観測について
− 基盤的調査観測の推進 −
平成 8年 1月 10日
地震調査研究推進本部
政策委員会調査観測計画部会
戦後最大の震災となった阪神・淡路大震災を契機に、地震防災対策特別措
置法が施行され地震調査研究推進本部が発足した。同本部は地震に関する総 合
的な調査観測計画を策定することとなっており、このため、地震調査研究 推進
本部政策委員会の下に当部会が設置され、平成7年10月より検討に着 手して
きた。
当部会は、地震に関する調査観測計画の策定にあたって、長期的な地震発 生 の可能性の評価を行うことに配慮しつつ、今後取り組むべき重点課題の検
討を 行った。本報告書は、そのうち、当面推進すべき課題として基盤的調査 観測に
ついて取りまとめたものである。
今後、当部会は、本報告書の考え方を踏まえて、地震に関する調査観測計 画 について検討を行うこととするが、その際には、今回充分検討の行われな
かっ た海域における調査観測、調査観測結果の収集・流通、調査観測の実施 体制、
東海地域の調査観測等の課題についても検討を行う。
日本列島は、太平洋プレート、フィリピン海プレート、ユーラシアプレー
ト、北米プレートが衝突し合う世界的にみても地殻活動の活発な地域に位置 し
ている。このため、我が国は、プレートの沈み込みにより発生するプレー ト境
界型の巨大地震、プレートの運動に起因する内陸域の断層の運動にとも なう内
陸地震等により、数多くの震災に見舞われてきた。
我が国の地震に関する調査観測は、関係機関・大学等が様々な手法により 実 施し、地震に関する知見を高めることに貢献してきたところであるが、特
に内 陸地震に関する評価に資するための全国的な調査観測、調査観測結果の 収集・
流通、それらを実施する調査観測体制等については必ずしも十分でな かった。
また、東海地域のように初期に整備された観測網の検知能力の維持・向上 等 も今後の課題となっている。
目次
我が国の地震観測網は、全国的に展開された大・中・小地震観測網と、各 地域に展開された微小地震観測網からなる。
このうち、大・中・小地震観測網 は、マグニチュード3以上の地震の観測 を目的として整備されていたものであ
り、これにより全国的かつ継続的な地 震データが蓄積されている。なお、平成
5年より津波地震早期検知網が新た に整備され、全国一様の観測網に改められ
たことにより地震の検知能力が向 上している。
また、微小地震観測網は、マグニチュード3未満の地震についても捕捉す る ことが可能な観測網であり、プレート境界及びプレート内で発生する地震
のメ カニズム解明に資するなど、日本列島及びその周辺に発生する地震の理 解のた
めの基礎となっている。特に3つのプレートが重なり合う南関東地域 に稠密に
展開された微小地震観測網は、これらのプレートの重なり合う様子 を解明する
などの研究成果をもたらしている。
しかしながら、このような観測網は南関東・東海地域をはじめとした特定 の 地域に限られており、全国的な観測網が整備されているとはいえない。ま
た、 全国的な観測データの収集体制についても、平成7年度から整備が始まったとこ
ろである。
海域における地震観測は、プレート境界型の地震等の日本列島周辺で発生 す る地震をより正確に捕捉するために重要である。現在は離島における観測、
南 関東・東海地域におけるケーブル式海底地震計による観測のほか、臨時的なポッ
プアップ式の海底地震観測等が行われているが、広範囲かつ継続的な 観測網の
展開はなされていない。また、地震計を海底に埋設して観測する手法の開発等、
観測技術の向上が必要とされる課題も残されている。 目次
地震に関係する広域的な地殻変動の観測は、従来より測地的手法で行われ
ており、明治以来のこれまでの繰り返し測量の結果から、日本列島の地殻歪 の
様子や、伊豆半島、駿河湾地域等での顕著な地殻変動が明らかにされてい る。
GPS(汎地球測位システム)連続観測は、近年、測地を目的として導入さ れ
たものであるが、従来の測地的手法に比べ広域の変動を即時的に観測する こと
が可能なことから、従来の手法に加え地殻変動を観測する手法としても 成果が
期待され、平成5年度より南関東・東海地区を手始めに本格的に整備 がなされ
ている。また、地震テクトニクスの解明(地震・地殻変動・地殻応 力・地質構造
等の地震に係る諸現象を総合的に理解すること)に資する手法 としての期待は高
い。さらに、平成6年北海道東方沖地震、平成6年三陸は るか沖地震、平成7
年兵庫県南部地震の際には、発生後短期間のうちに地震 発生にともなう地殻変
動を捕捉したほか、伊豆半島周辺での地震活動の推移 を理解する上でも重要な
役割を果たすなどの成果を上げている。GPS連続 観測網の全国展開は平成6
年度から始まったところである。
また、海域における地殻変動観測は、プレート境界型地震発生の長期的な 評 価に当たっての有用な情報を与えるものとして期待されている。現在では
離島 におけるGPS観測、VLBI(超長基線電波干渉計)観測、SLR(人
工衛星レ ーザー測距)観測等が繰り返し行われているが、海底における地殻 変動観測技術
は研究開発の途上である。
その他、歪計・傾斜計等による地殻変動連続観測施設が、主に短期的な地 殻 変動の異常を捕捉することを目的として、南関東・東海地区を中心とした
特定 の地域に整備されている。 目次
活断層は過去に大規模な内陸地震の発生した痕跡であり、今後も繰り返し 活動する可能性があるため、活断層の調査は内陸地震の発生を評価する上で
重 要である。
すなわち、活断層の位置を調査することは、内陸地震が発生する可能性の あ る場所を評価する上で有効である。また、活断層の活動の平均的な発生間
隔か ら次の活動時期の推定が可能であるため、活断層の過去の活動時期の調 査は、
内陸地震が発生する時期を評価する上で有効である。さらに、活断層 の運動に
ともなう地震の規模は活動した活断層の長さ及び変位量に関係する ことから、
それらを把握することは、内陸地震の規模を評価する上で有効で ある。
活断層の調査は、従来、国の研究機関や大学を中心として、地形地質調査、 物理探査、ボーリング調査、トレンチ調査等の手法により行われてきた。そ
の 結果、日本列島の陸域の活断層の位置及び活動度(活断層の平均的な変位 速度)
については、都市部を除いて概ね確認されている。しかしながら、存 在が確認
されている活断層のうち、今後発生する可能性のある内陸地震を評 価するため
の基礎データとなりうる活動履歴の調査等が行われているものは 現在のところ
限られている。また、地震の原動力である地殻応力を活断層周 辺でのボーリン
グによって直接測定した事例についても限られている。
また、海域においては、ボーリング調査を含む活断層の分布や活動履歴の 調 査が開始されたところである。
目次
近代的な計器を用いた地震に関する調査観測は、現在のところ開始されて から100年余りが経過したところである。これは、プレート境界型巨大地
震 の推定発生周期に比べても短いものであり、地殻活動の時間的規模に比べ 極め
て限られた期間といえる。これまでの地震に関する調査研究は、我々の 地震に
関する知見を高めてきたが、地震調査観測結果の蓄積やそれに基づく 地震発生
の評価に必要な理論の構築は、必ずしも充分であったとはいえない。 したがっ
て、当面、長期的な地震発生の可能性の評価を行うことに配慮しつ つ、体系的
な調査観測を格段に強化し、データの蓄積を促進することが必要 である。
発生する地震活動を客観的に把握するためには、全国的に偏りなくかつ継 続 的に調査観測を行い、基本的なデータを蓄積していくとともに、成果が広
く共 用されることが必要である。このような調査観測は、地震活動を把握・ 評価し
ていく上での基礎となるものであるため、地震に関する基盤的調査観 測と位置
づけて推進すべきである。
当部会は、このような視点から、従来の調査観測の実績を踏まえ、基盤的 調 査観測について検討を行った結果、当面、陸域における調査観測項目のう
ち(1) 微小地震観測、(2)地殻変動観測(GPS連続観測)、(3)活断層調査
の3課 題を基盤的調査観測として推進することが適当と判断した。
また、海域における調査観測についても、プレートの沈み込み帯付近の地 震 活動を精度よく把握し、日本列島及びその周辺の地殻活動を捕捉するため
に重 要であると考えている。しかし、海底における調査観測は、技術的に可 能であ
っても困難がともなう場合が多い。また、現時点では、ケーブル式海 底地震計
が3式運用(更に3式が整備中)されているのみであり、海域の地殻 変動観測手
法については研究段階である。このため、海域における調査観測 については今
後も引き続き検討することとした。 目次
稠密な微小地震観測網は、内陸地震の震源決定精度を高めるだけでなく、
伏在する断層等の詳細な地殻の構造や地殻応力の変化に関する知見の蓄積に も
寄与することが期待される。また、内陸深部のプレート境界付近の震源及 び地
震の発生機構(震源における、地震を引き起こした断層運動の様子)を正 確かつ
数多く求めることが可能になるため、内陸深部のプレート構造や応力 分布につ
いての知見の蓄積に寄与することが期待され、内陸深部のプレート 境界型地震
の発生メカニズムの解明にも資することが期待される。
また、通常の内陸地震の規模は、活動した断層の大きさ(長さと幅)及び変 位
量に対応する。このうちの断層の長さと変位量が推定できない場合であっ ても
、微小地震観測により内陸地震の発生する深さの限界を求めれば、経験 的に、
断層の最大の幅を評価し、その地域における地震の最大規模の推定に 資するこ
とが期待できる。このような観点から、微小地震観測網の密度を決 めていくこ
とが考えられる。
通常の内陸地震は、従来の観測の結果から陸域地殻上部の深さ15〜20 k mより浅い部分で発生することが分かってきている。一般に震源の深さを
正確 に求めるためには観測点の間隔は概ねその深さ程度が望ましい。したが って、
当面、水平距離で15〜20km間隔を目安として全国的に微小地震 観測施設
を整備することが適当と考えられる。
なお、より浅い地震の震源を正確に求めるための観測については、このよ う な観測網の成果を踏まえて改めて検討を行うことする。
目次
地震の原動力である地殻の応力の変化を広域的に評価するためには、広域
的な地殻歪を観測することが必要である。従来の測地的手法と組み合わせG P
S連続観測網を全国的に展開することにより、地殻歪の時間的・空間的変 化を
即時的・定常的かつ広範囲に把握することができる。この観測網により、 地震
の発生にいたるまでの歪の蓄積及び応力変化に関する知見が蓄積される ことが
期待される。また、地震観測による成果と合わせ、地震テクトニクス や地震の
発生メカニズムについての知見が蓄積されることが期待される。
こうした地殻変動に関する知見の蓄積のためには、密度の高いGPS連続 観 測施設を広範囲に展開する必要があるが、全国的な地殻歪は、特に地殻変
動が 著しい地域を除き、年間1千万分の1(10の−7乗)オーダーで蓄積されるた
め、当 面、GPS連続観測でこの広域地殻変動を捕捉することを目標に置き 展開する
ことが妥当と考えられる。具体的には、誤差を考慮の上、GPS連 続観測によ
る辺長(2観測点間の距離)観測が、この地殻歪の蓄積を捕捉でき るよう、水平
距離で20〜25km程度の間隔を目安にして全国的にGPS 連続観測施設を
設置し、従来の測地的手法と合わせて行うことが妥当である。
また、このように高密度なGPS連続観測は、地震発生後の地殻変動につ い ても即時的に捕捉することができるため、地震の発生過程についての基礎
的な 知見が得られることが期待される。阪神・淡路大震災を引き起こした平 成7年
兵庫県南部地震では、六甲断層系が地下で約50km長にわたって活 動し、野
島断層では表面に10数km長の地震断層が現れたが、こうしたマ グニチュー
ド7クラスの内陸地震にともなう地殻変動の様子を即時的に捕捉 するためにも
、高密度なGPS連続観測網は有効である。
なお、GPS連続観測施設のさらなる高密度化については、このような観 測 網の成果を踏まえて改めて検討を行うこととしており、その際には、歪計・
傾 斜計等の地殻変動連続観測と併せて検討を行うことが望ましい。 目次
陸域における活断層の位置及び活動度は概ね確認されているところである
が、内陸地震に関する長期的な評価を行うためには活断層の位置・活動履歴・
長さ及び1回の活動における変位量を、地形地質調査・物理探査・ボーリン グ
調査・トレンチ調査等の手法により詳細に解明していく必要がある。調査 は、
当面、発生が想定される地震の規模が大きく活動度の高い断層、あるい は都市
部の近郊に存在する活断層を対象に重点的に実施されるべきである。
また、大都市部の潜在断層の調査方法やボーリングによる活断層周辺の地 殻 応力の直接測定等の研究開発、変動地形調査法による活断層・活構造調査
や海 域の活断層調査の充実、分析機器の整備等の活断層調査のための環境の 整備に
ついても今後検討を行うこととする。 目次
参考1 陸域における微小地震観測
参考2 地殻変動観測(GPS連続観測)
参考3 我が国における活断層の分布と調査状況
参考資料
調査観測計画部会の設置について
平成7年8月28日
政 策 委 員 会
今後の地震調査研究の推進方策について検討を行い、調査観測計画を策定する
ため、調査観測計画部会を設置し、以下の事項につき調査審議を行う。調査観測
計画部会は、必要に応じ政策委員会に審議結果を報告するものとする。
1.審議事項
(1)地震活動及び地殻変動等の観測施設の整備に関すること。
(2)活断層等の調査に関すること。
(3)その他地震の調査研究の推進に関すること。
2.部会の構成員
部会を構成する委員及び専門委員については委員長が別途定める。
調査観測計画部会名簿
部会長 長谷川 昭 東北大学理学部教授
委 員 安藤 雅孝 京都大学防災研究所教授
石井 紘 東京大学地震研究所教授
岡田 篤正 京都大学大学院理学研究科教授
岡田 義光 防災科学技術研究所地震予知研究センター長
我如古康弘 海上保安庁水路部企画課長
衣笠 善博 地質調査所首席研究官
木下 肇 海洋科学技術センター深海研究部長
栗原 隆治 気象庁地震火山部管理課長
塚原 弘一 国土地理院地殻調査部長
萩原 幸男 日本大学文理学部教授
平澤 朋郎 東北大学理学部教授
本蔵 義守 東京工業大学理学部教授
調査観測計画部会における審議経過
調査観測計画部会
平成7年10月16日 第1回調査観測計画部会
〃 11月 9日 第2回調査観測計画部会
〃 11月29日 第3回調査観測計画部会
〃 12月19日 第4回調査観測計画部会
平成8年 1月10日 第5回調査観測計画部会
活断層調査ワーキンググループ
平成7年10月25日 第1回活断層調査ワーキンググループ
〃 11月21日 第2回活断層調査ワーキンググループ
目次