平成10年10月14日
地震調査研究推進本部
地震調査委員会

富士川河口断層帯の調査結果と評価について

  富士川(ふじかわ)河口断層帯は静岡県東部の駿河湾奥に流れ込む富士川の河口付近から富士山南西山麓にかけて、ほぼ南北に延びる長さ約20kmの断層帯で、東側の富士宮・岳南(がくなん)低地、中央の蒲原(かんばら)丘陵等の丘陵群、西側の浜石岳・天守(てんしゅ)山地等の山地群の地形境界を形成している。また、大きな構造から見れば、フィリピン海プレートの北縁部に位置し、同プレートと西南日本を乗せた陸側のプレートの境界をなす断層帯の一部である。
 地震調査委員会では長期的な観点から地震発生の可能性の評価を行っているが、その一環として、全国の活断層の評価を順次進めている。通商産業省工業技術院地質調査所及び静岡県総務部地震対策課は平成7年度に、静岡県東部の富士川河口断層帯の活動履歴と活動性の解明を目的として、トレンチ調査やボーリング調査等の活断層調査を行った。地震調査委員会ではそれらの調査結果を受け、さらに既存の文献も利用して検討を重ね、この断層帯の評価をとりまとめた。この報告書はその評価結果を述べたものである。なお、この断層帯についてはこれまでに多くの調査研究がある。しかし、それでも活断層調査資料は質、量とも必ずしも十分であるとは言えず、評価には限界があった。精密な評価のためには、活断層調査を一層充実させる必要があるといえる。
 この断層帯の過去及び将来の活動についてとりまとめた評価は次のとおりである。
 
<過去の活動について>
 富士川河口断層帯は駿河湾内のプレ−ト境界断層に連続している。平均変位速度は少なくとも7m/千年であり、その活動度は日本の中では最大級である。平均活動間隔は千数百年であったと考えられる。最新活動期は千年以上前であった可能性が高い。
 
<将来の活動について>
 これらのことから、この断層帯の次回の活動は、地震時の変位量が7m程度またはそれ以上、地震の規模でいうとマグニチュ−ド8程度、震源域は駿河湾内にまで及ぶと考えられる。また、その時期は今後数百年以内の比較的近い将来である可能性がある。
 
  (注)ここでいうマグニチュード8程度とは、8.0 +/- 0.5を意味する。
 

富士川河口断層帯の調査結果と評価について

目  次
 
�T.富士川河口断層帯の調査結果と評価
  1.断層帯の概要
  2.調査結果のまとめ
   2−1.断層の型
   2−2.平均変位速度
   2−3.過去の活動の時期
  3.評価
   3−1.過去の活動について
   3−2.将来の活動について
  4.今後に向けて
�U.参考資料
  1.富士川河口断層帯の調査結果
  2.富士川河口断層帯の研究史
  3.駿河湾沿岸地域の地殻変形
  4.駿河湾地域の大地震の研究
  5.富士川河口断層帯が活動する確率の試算
  6.文献表
図−1:富士川河口断層帯の位置
図−2:地質調査所による各種の調査地点
図−3:大宮断層のトレンチ調査による南側壁面のスケッチ
図−4:静岡県地震対策課による各種の調査地点
図−5:入山瀬断層滝戸付近のボーリング地点とその付近の地形地質断面
図−6:入山瀬断層滝戸付近のボーリングの柱状図と14C年代測定値
図−7:蒲原丘陵南西部由比川河口部の完新世段丘
図−8:危険率が時間とともに増加していく様子


富士川河口断層帯の調査結果と評価について
 
�T.富士川河口断層帯の調査結果と評価


1.断層帯の概要
  富士川(ふじかわ)河口断層帯は静岡県東部の富士川の河口付近から富士山南西山麓にかけて、ほぼ南北に延びる長さ約20km(海域を除く;活断層研究会(1991)による)の断層帯である(図−1、2)。この断層帯の東側には富士山の斜面に続く富士宮・岳南(がくなん)の低地があり、西側には浜石岳・天守(てんしゅ)山地等の第三系の山地があり、両者の中間には蒲原(かんばら)・星山(ほしやま)・羽鮒(はぶな)などの各丘陵地帯がある。この断層帯はこれらの地形・地質境界を形成している。また、大きな構造から見れば、フィリピン海プレートの北縁部に位置し、同プレートと西南日本を乗せた陸側のプレートの境界をなす断層帯の一部である。
 この断層帯は主に、富士川河口付近から北に延びる東列の断層帯と、その西方の由比(ゆい)町付近から北に延びる西列の断層帯とからなっている。東列は入山瀬(いりやませ)断層、大宮断層及び安居山(あごやま)断層からなる。西列は入山(いりやま)断層、芝川断層からなる。東列、西列いずれも概して西側隆起であり、それぞれ顕著な地質境界をなしている。
 東列の入山瀬断層と安居山(あごやま)断層はほぼ南北走向で西側隆起の逆断層であり、大宮断層は北西−南東走向(南西側隆起)の正断層である。逆断層の運動により、西側の丘陵群はいずれも西側への顕著な傾動変形を受けている。平均変位速度は断層両側に分布する古富士泥流や富士溶岩等の後期更新世以降の地層や地形面等の食い違いから、A級(1〜10m/千年)のなかでも大きい値が求められている。
 西列の入山断層、芝川断層は、富士川を境に別の名称がつけられているが、実質的には延長17km以上の一連の逆断層(西側隆起)であり、西側の富士川層群と東側の前〜中期更新世の地層を境して大きな累積変位を持っている。入山断層では最近の変動地形が不明瞭で、比較的小さいB級(0.1〜1m/千年)の平均変位速度が得られている。一方、芝川断層では、南部で古富士泥流や富士溶岩流に上下変位が認められ、A級下位に相当する平均変位速度が得られている。芝川断層北部では地形面の変位が明瞭になり、A級中位の平均変位速度が得られている。
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2.調査結果のまとめ
  後に(�U章)述べるように、この断層帯についてはこれまでに多くの調査研究がある。さらに、平成7年度には通商産業省工業技術院地質調査所及び静岡県総務部地震対策課がトレンチ調査やボーリング調査等を行った(図−2〜4)。これらの研究結果及び調査結果に評価を加えて、この断層帯の性質を以下のようにとりまとめた。
 
 
2−1.断層の型
    各断層は概して西側隆起を示し、断層面は垂直ないし西へ傾斜している。但し、大宮断層は東側低下の正断層である。横ずれに関しては左ずれ成分の存在が推定されているが、確かな資料は得られていない。
 
 
2−2.平均変位速度
    この断層帯の各断層の第四紀後期における平均変位速度(上下成分のみ)を下のように認めた。これに基づいて、この断層帯の平均変位速度(上下成分のみ)は7m/千年とみなす。水平成分も含めた実質の変位速度はこれ以上になる。
 
*入山瀬断層 7m/千年(最近1万4千年、富士山溶岩流SSW1の変位)
                         (Yamazaki, 1992)
*大宮断層  7m/千年(最近2万年、古富士泥流Mf-�V面の変位)
                         (Yamazaki, 1992)
*安居山(あごやま)断層 6m/千年(最近10万年、古富士泥流基底の変位)
                         (下川ほか, 1996)
*入山断層  0.25m/千年(最近2万年、立川段丘相当面の変位)
                (杉山・下川, 1982; Yamazaki, 1992)
*芝川断層  2m/千年(最近2万5千年、AT火山灰の50mの変位)
                          (静岡県, 1996)
 
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2−3.過去の活動の時期
    大宮断層および芝川断層は約3千年前(放射性炭素年代;以下、同様)に活動した(下川ほか, 1996、図−3;岩田ほか, 1997)。入山瀬断層および安居山(あごやま)断層は約6千年前以降にも活動しているが、その活動時期は直接的には求められていない。入山瀬断層では約6千年前以降に少なくとも4回の大規模な崖錐形成時期が求められたが、それは蒲原(かんばら)丘陵周辺での地震隆起によると思われる完新世段丘の数と一致し、形成時期が知られている2つの段丘については時期も一致している(山崎ほか(1998);図−5〜7)。また、最新活動時期は2100年前以降である(山崎ほか, 1998)。なお、歴史時代にこの断層帯の活動によると考えられる大地震は知られていない。
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3.評価
  この断層帯の活動についての評価は以下のとおりである。
 
 
3−1.過去の活動について
<主文>

 富士川河口断層帯は駿河湾内のプレ−ト境界断層に連続している。平
均変位速度は少なくとも7m/千年であり、その活動度は日本の中では
最大級である。平均活動間隔は千数百年であったと考えられる。最新活
動期は千年以上前であった可能性が高い。

 





 
 
<説明>
○断層帯の構造上の位置づけ
 富士川(ふじかわ)河口断層帯は静岡県東部の富士川の河口付近から富士山南西山麓にかけて、ほぼ南北に延びる長さ約20kmの断層帯である(図−1、2)。この断層帯の東側には富士山の斜面に続く富士宮・岳南の低地があり、西側には浜石岳・天守山地等の第三系の山地があり、この断層帯が顕著な地形・地質境界を形成している。また、大きな構造から見れば、フィリピン海プレートの北縁部に位置し、同プレートと西南日本を乗せた陸側のプレートとの境界をなす断層帯の一部である。
 
○平均変位速度
 平均変位速度は、この断層帯の場合のように並走する断層からなる断層帯においては、両断層がいつも別々の時期に活動する場合には、両者の平均変位速度の和を用いるのが適当である。しかし、両断層が同時に活動する場合には、いずれか顕著な方をもって代表させるのが適当である。この断層帯では東列と西列がいずれも約3千年前に活動したので、両者が同時に活動する場合にあたる。したがって、東列の平均変位速度(7m/千年)をもってこの断層帯の平均変位速度とする。なお、この値は上下成分のみの値である。このほかに横ずれ成分(走向方向に沿う水平成分)として左ずれ成分があると推定されており、それを考慮すると平均変位速度はさらに大きくなる。
 富士川河口断層帯は、横ずれ成分を考慮しなくても、中央構造線断層帯(四国中央部における平均変位速度5〜10m/千年)、糸魚川−静岡構造線断層帯(牛伏寺断層における平均変位速度6〜9m/千年)などとともに、日本の内陸の活断層のなかでは最も活動的な断層帯の一つということができる。
 
○活動間隔
 富士川河口断層帯の活動間隔としては、大宮断層の掘削地点で7000年より短いという資料(下川ほか, 1996)が得られている。また、入山瀬断層の断層崖下の崖錐堆積物に対するボーリング調査によって、千数百年程度であるという資料も得られている。後者の資料では約6000年前以降、最大千数百年の間隔で少なくとも4回の大規模な崖錐形成時期が求められた。この数は蒲原(かんばら)丘陵周辺での地震に伴う隆起によると思われる完新世段丘の数と一致し、形成年代が知られている2つの段丘とは時期も一致している(山崎ほか, 1998;図−5〜7)。このことから、入山瀬断層の活動間隔は最大千数百年程度と考えられる。
 このことから、この断層帯の活動間隔を千数百年程度と判断した。
 
○最新の活動時期
 日本には過去千年以上にわたる古文書があり、この間、富士山の活動は記録されているが、この断層帯付近での大地震の発生を示唆する記録は見当たらない。この断層帯は古くからの交通の動脈である東海道を横切っており、もしこれが活動していれば、地震に伴う広域被害や地殻変動に関する記録に残らないはずはないと考えられる。また、安政東海地震の際に富士川河口域に出現した2つの地震山がこの断層帯南端部の変位を意味している可能性は大きいが、それ以北の内陸部では地震時の土地の変動などは知られておらず、安政東海地震がこの断層帯全体の活動であったとは考えられない。
 最近の調査では大宮断層と芝川断層のそれぞれ1箇所で最新の活動として約3千年前の断層活動を示唆する資料が得られた(大宮断層について、図−3)。また、山崎ほか(1998)によると、最新活動時期は2100年前以降である。
 以上の歴史資料と野外資料とから、この断層帯の最新活動時期は約2千年前以降、1千年以上前であると判断した。
 

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3−2.将来の活動について 
<主文>

 これらのことから、この断層帯の次回の活動は、地震時の変位量が7
m程度またはそれ以上、地震の規模でいうとマグニチュ−ド8程度、震
源域は駿河湾内にまで及ぶと考えられる。また、その時期は今後数百年
以内の比較的近い将来である可能性がある。

 





 
   (注)ここでいうマグニチュード8程度とは、8.0 +/- 0.5を意味する。
 
<説明>
○断層活動に対する基本的な考え方
 日本の活断層はすべて、間欠的に活動すると考えられている。その間欠的な活動の様式については、活動の規模や活動の時間間隔がランダムであるとする考えと、活動間隔も活動規模も断層ごとにほぼ決まっているとする考え(固有地震説あるいは階段モデル)とがある。従来の研究から得られた活動間隔のデータを検討したところ、ある程度の規則性を考慮したほうがデータを良く説明するという予備的な結果が得られている。このため、後者の考えに立って地震発生の長期評価を行う。
 固有地震説にたつ場合、つまり、ひとつの断層帯(またはその部分区間)はほぼ等しい時間間隔で、ほぼ等しい規模の地震を繰り返して発生させていると考えた場合、将来の地震発生の時期を評価するためには、その断層の平均活動間隔と最新活動時期の認定が重要である。例えば、その断層帯の平均活動間隔の年数と最新活動期から現在までの経過年数とが接近している場合には、次の活動時期が近いと判断される。実際には、その活動間隔にも地震規模にもかなりのばらつきがあることを考慮して判断する。
 
○将来の活動の規模
 7m/千年という大きな平均変位速度を持っている断層が千年以上も動かないでいると、それだけでも7m以上の変位を起こす潜在能力をもっていることになる。1回の地震での変位量が7mの地震は経験式(�T章末尾の<注>を参照)によればM=8.1である。これらのことから、この断層帯の次回の活動は上下変位量7m(水平変位量も含めると、それ以上)で、地震規模はM8程度と推定した。
 
○活動区間
 マグニチュ−ド8程度(あるいは1回の変位量が7m以上)の地震ではその震源域の範囲はこの断層帯の陸上で確認されている長さ(約20km)の数倍に及ぶと考えられる。マグニチュ−ドMあるいは1回の変位量Dと、その時の震源域の範囲(長さL)の間の経験式によるとM=8は長さ約80km、D=7m以上は長さ70km以上になる。これらのことから、活動区間(震源域)はこの断層帯(陸上部)だけにとどまらず駿河湾内まで延び、「東海地震」の想定震源域と大部分重なり合うと考えられる。活動区間が北方へ延びる可能性もあるが、この断層帯の北方延長部には断層変位地形が認められないので、大きな変位速度を持つ断層は、北方には延びていないと推測できる。
 
○次の活動時期とその可能性
 この断層帯に対する調査結果から、この断層帯の活動間隔は千数百年であり、最新活動時期以降現在までに、すでに千数百年が経過していると推定される。このことから、次の地震の発生の時期は(数千年以内ではなくて)数百年以内であると考えることができる。
 しかし、上述の活動間隔の年数にも、最新活動時期以降の経過年数にも、その推定には数百年程度の不確かさが含まれている。また、これとは別に断層の活動自体にも数百年程度のばらつきがある可能性がある。そのような不確かさを考慮に入れて、主文では次回の活動時期について、数百年以内である「可能性がある」と表現した。
 更に、主文では発生時期を「今後数百年以内の比較的近い将来」と述べたが、これは、単に「今後数百年以内」という表現では、つぎの大地震発生は数百年先であると受け取られがちであることを憂慮したためである。
 なお、想定「東海地震」が発生した時に、この断層帯が同時に活動する可能性は否定できない。しかし、この断層帯と「東海地震」の平均活動間隔は、前者が後者の概ね10倍程度とかけはなれている。よって、想定「東海地震」が発生した時、この断層帯が必ず同時に活動するとは限らない。
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4.今後に向けて
  活断層調査資料は、現状では質、量とも必ずしも十分であるとは言えず、将来の活動を高い信頼度で評価するうえでも限界があり、今後、さらに調査研究を充実させる必要がある。
 
 
 
<注>松田による内陸活断層に関する経験式は次のとおり。
     logD=0.6M−4
     logL=0.6M−2.9
       D=0.1 L
       ここで、 log:常用対数
            M:地震の規模(マグニチュード)
            D:断層運動による食い違い量(m)
            L:地表に現れた断層の長さ(km)
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�U.参考資料
  この章は、前章で述べた富士川河口断層帯の評価を行うに際して、参考にした事項を述べたものであり、同断層帯の評価に直接的に関わるものではないことをあらかじめお断りしておく。
 
 
1.富士川河口断層帯の調査結果
  富士川(ふじかわ)河口断層帯に対しては古くから地形・地質学的調査が行われている。詳しい地震観測や地殻変動、地下水位、地球化学的観測等も地震予知計画の一環として行われている。通商産業省工業技術院地質調査所は兵庫県南部地震を契機に、富士川河口断層帯の東列の入山瀬断層、大宮断層、安居山(あごやま)断層について、断層活動履歴の解明を目的として、平成7年度にトレンチ調査、ボーリング調査、反射法弾性波探査等からなる活断層調査を実施した(下川ほか, 1996;図−2、図−3)。また静岡県地震対策課(1996)も平成7年度に富士川断層帯の西列の入山断層と芝川断層等について、同様の目的でトレンチ調査、ボーリング調査、反射法弾性波探査等からなる総合的な活断層調査を実施した(図−4)。
 これらの調査も含めて、この断層帯を構成する主な断層の性質を以下に紹介する。
 
○入山瀬断層
 入山瀬断層は富士川河口付近から星山丘陵南東端入山瀬付近まで、延長約8kmにわたって認められる南北走向、西側隆起の活断層である。断層の西側には蒲原(かんばら)及び星山丘陵が形成され、一方、東側は富士川扇状地や浮島ケ原の低地となっている。南方延長は駿河湾海底のプレート境界逆断層に連続すると考えられている。
 富士川河口西側での駿河湾沿いの反射法探査では深さ150〜200mまでの反射断面が得られ、新蒲原駅東方約1kmに東落ちの断層と考えられる反射面の不連続が認められた。この不連続は入山瀬断層に対応する可能性が高いと報告されている(下川ほか, 1996)。
 この断層は約1万4千年前の富士山の溶岩流や約1万年前以降の沖積層を大きく変位させているが、明確な活動時期は特定されていない。1854年の安政東海地震の際にほぼこの断層に沿って地震山が現れた(大森, 1920)ので、この断層の南部が変位した可能性がある。
 この断層はきわめて活発な活断層である。この断層の東側では富士山の約1万4千年前の溶岩が地下100m付近に埋没しており、西側ではそれが現在の富士川河床に露出しているので、この期間の平均変位速度は約7m/千年(山崎, 1979)と推定されている。
 断層西側の蒲原丘陵では、由比付近までの沿岸には数段の段丘がある。しかし、東側の低地には段丘は存在せず、西側の段丘に対応する地層は低地の地下に埋没している。段丘堆積物と断層東側のそれに対応する地層との高度差からも、この断層の過去数千年間の平均変位速度は6m/千年以上(羽田野ほか, 1979)、あるいは7〜8m/千年(山崎ほか, 1981)と推定されている。なお、最近、断層崖下に形成された崖錐堆積物に対するボーリング調査などによって、この断層の活動間隔は最大千数百年程度で、最も新しい活動時期は2100年前以降で、かつ歴史時代以前であると推定された(山崎ほか, 1998)。
 
○大宮断層
 大宮断層は星山丘陵の北東縁を限る、南西側隆起の正断層である。南東端で入山瀬断層と接し北端で安居山(あごやま)断層の中南部に合流する。長さ約6kmである。この断層の活動によって富士山側(北東側)から流下した古富士泥流が下流側(南西側)隆起の変位を受け、丘陵上に分布している。
 最近、地質調査所により、富士宮市山本で行われた大宮断層を横切る測線の極浅層反射法弾性波探査では、反射面の不連続が確認された(下川ほか, 1996)。
 この断層が歴史時代に活動した記録はないが、山本の断層崖基部付近で行われたトレンチ調査によって、約1万年以降少なくとも2回は活動し、最新の活動時期は約3000年前と推定された(下川ほか, 1996;図−3)。
 大宮断層の平均変位速度については以下の資料が得られている。黒田、野中、大中里の3地点で断層の両側に分布する古富士泥流の堆積面の高度差から、それぞれ、4.4m/千年、2.2〜2.7m/千年、3.3m/千年の平均変位速度が、また、断層南側に近い山本では丘陵上の1万2千〜1万5千年前の若い泥流面と低下側沖積面との高度差80mから、平均変位速度の最小値として5.3〜6.7m/千年(山崎, 1979)が求められ、北西から南東へ向かい変位速度の増加が認められる。一方、断層北西端では大中里〜安居山(あごやま)に分布する新富士溶岩の変位から5〜6m/千年(山崎ほか, 1981)の値が求められていて、再び変位速度が増大している。この断層は雁行する南北走向の2本の逆断層(入山瀬及び安居(あご)山(やま)断層)をつなぐ北西・南東走向の正断層であるため、南東端で特に変位速度が増加すると思われる。また、北西端での増加から、安居山(あごやま)断層により上盤側が引きずられている可能性が考えられる。
 
○安居山(あごやま)断層
 安居山(あごやま)断層は富士宮市の北西方にあり富士火山の山麓斜面と羽鮒(はぶな)丘陵とを境する西側隆起の逆断層である。南端部は星山丘陵の北西縁を限り北端部は富士山の新期扇状地に覆われている。長さは約11kmである。この断層の最新活動時期は明らかでない。。
 Yamazaki(1992)は断層を挟んだ富士火山に由来する泥流の基底(約10万年前)の比高や、溶岩の比高から、平均変位速度を5.1m/千年以上と求めた。最近では、青木で掘削したボーリングの結果から、約10万年前の古富士泥流基底は上下に600m程度、約1万3千年前の万野風穴溶岩が上下に約75m、それぞれ、変位していること、従って上下方向の平均変位速度は約6m/千年になることがわかった(下川ほか, 1996)。
 
○入山断層
 入山断層は由比町からほぼ由比川にそって北へ延びる西側隆起の逆断層である。蒲原丘陵と浜石岳山地を境しているが、富士川以北の北方延長部は芝川断層と呼ばれている。長さは約10kmである。この断層の歴史時代の活動記録はないが、杉山・下川(1982)によると2万年以降(おそらく1万年より新しい)の河成礫層を2.5〜3m変位させていて、平均変位速度は0.25m/千年以上と推定されている。静岡県による調査(静岡県地震対策課, 1996)では、南部では約1万年前以降は活動していないとされている。
 
○芝川断層
 芝川断層は入山断層の富士川以北の延長部にあたり、芝川沿いに北へ延びる西側隆起の断層である。天守山地南端の第三系山地と羽鮒(はぶな)丘陵を境しているが、北端は富士火山の堆積物に覆われて明らかでない。長さは約7kmである。この断層は歴史時代に活動した記録はないがおよそ1万2千〜1万5千年前に噴出した富士山の溶岩(芝川溶岩)を変位させている。その変位量は上羽鮒(はぶな)で約20m、さらに5万年前に流下した古富士泥流の変位量は約50mである。従って平均変位量はそれぞれ1.3〜1.7m/千年、1m/千年になる(山崎, 1979)。この断層の北部ではおよそ1万年前の富士山の溶岩流が30〜40m変位していて平均変位速度は南部よりも大きく3〜4m/千年と推定される(Yamazaki, 1992)。
 最近の静岡県による羽鮒(はぶな)と大久保でのトレンチ調査(静岡県地震対策課, 1996)などによって、約2万年以降4回の活動が推定された。それらは新しい順に、2.9〜4.5千年前(約3千年前と推測)、5.3〜7.6千年前、8.2〜10千年前、13.5〜18.5千年前である。この内、新しい2回は確実と考えられるが、古い時代の2回の活動はそれほど確実ではない。また、羽鮒における約1.5千年前の黒ボク土が変位を受けていないことから、少なくとも1.5千年前以降は活動していない。また約2万5千年前の火山灰層を含む湖成層が約50mの上下変位を受けていることから羽鮒地域での平均変位速度は2.0m/千年と推定されている。
 
○断層帯の海域延長部
 海上保安庁水路部が1977年に実施した音波探査では、断層らしいものがいくつか見られるが、この断層帯との関係については不明である。
 
○断層帯とその周辺の地震観測結果及び地殻変動観測結果
 近年の地震観測によれば、この断層帯の活動に関連すると考えられる地震活動は、微小地震も含めて殆ど認められず、震源分布等からこの断層帯の地下の形状を推定することは困難である。また、測量によれば、駿河湾奥地域にはフィリピン海プレートの沈み込みによる地殻変動が観測されている。しかし、富士川河口断層帯付近に特に大きな地殻変動は見られないし、クリープ現象も認められない。
 

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2.富士川河口断層帯の研究史
  富士川(ふじかわ)河口部の断層群の存在を最初に指摘したのは井上(1934)である。井上(1934)は富士川河口部の山地・丘陵地域の地形と地質層序を調査して、南北性の断層群の存在を指摘し、それらを地質図上に図示した。そこでは現在の大宮・安居山(あごやま)断層に相当するものがCF線、入山断層の南部に相当するものがMA線、北部がKO線として表現されている。
 その後、大塚(1938)は入山衝上断層(井上(1934)のMA線とKO線)を詳細に記載し、それが高角逆断層であり、かつ左横ずれ成分を持っていることを指摘した。
 一方、津屋(1940)は井上(1934)が同一と考えていた蒲原(かんばら)・星山・羽鮒丘陵に分布する集塊岩を岩淵火山岩類と富士山起源の集塊質泥流堆積物(古富士泥流堆積物)に分け、後者の分布高度が羽鮒・星山丘陵上と富士山南西麓斜面との間で大きく異なる(下流側が高い)ことから、大宮断層(潤井川沿い)、入山瀬断層、安居山(あごやま)断層が存在することを指摘した。なお、これらの断層の活動時期は古富士泥流の流下後で新富士溶岩の噴出前と考えられた。
 戦後、火山体の成長に伴う荷重沈下を研究していた鈴木(1968)は、津屋(1940)の大宮断層が富士山を中心とする円弧状の形態を示し、かつ富士山側が低下していることから、この断層を火山体の荷重沈下を調整するためその周縁に形成された重力性の正断層と考えた。
 1970年代後半、東海地震に対する関心の高まりの中で、羽田野(1977)は安政東海地震の際に富士川河口域に生じた2つの地震山(大森, 1920)が潜在する西傾斜の逆断層の動きの表現であるとして、大宮断層・入山瀬断層やその南延長の駿河トラフ西縁のスラストは全体として伊豆・小笠原弧と本州弧の境をなす活動的大構造線であると考えた。
 つづいて恒石・塩坂(1978)も地震山の出現を1854年安政東海地震の際の駿河トラフにつづく断層の活動とみたが、地形の横ずれや新富士溶岩に見られる断層条線を根拠にして、その断層は北方では大宮断層に続かずに富士山南西麓を北上すると主張した。またこの断層(その陸上部を富士川断層と命名)はプレート境界の逆断層ではなく左ずれ断層であると考えた。そして富士川河口域でのボーリングと地形の資料から、縦ずれの平均変位速度が1.0cm/年、富士川左岸の雁(かりがね)堤に10mの左横ずれ変位がみられるとして、左ずれの平均変位速度が3.3cm/年であるとした(恒石, 1981)。
 しかし、山崎(1979)は古富士泥流の細分・編年と富士川河口部の完新統の変形などを手掛かりに、この地域の活断層の特徴を記載して、この断層帯のプレート境界部の断層としての性格を明らかにした。その報告で津屋(1940)の大宮断層を北部の逆断層と南部の正断層にわけて、安居山(あごやま)断層と大宮断層を再定義した。そして大宮断層は雁行する南北性の2本の逆断層(入山瀬断層と安(あ)居山(ごやま)断層)を繋ぐ正断層であると解釈した。
 さらに、山崎(1984)は変位の累積性などの活断層としての証拠が認められないことから、恒石・塩坂(1978)、恒石(1981)の富士川断層を事実上否定し、この地域の主要な活断層(帯)は入山瀬・大宮・安居山(あごやま)の各断層と、その西側の丘陵と山地を限る入山・芝川の両断層であると主張し、丘陵地域の層序と編年から、これらの地域は前期更新世のトラフ底でプレートの沈み込みに伴って形成された付加体がその後隆起して陸上にあらわれたものと解釈した。そして、活断層群は付加体を切る地下のプレート境界断層に続く覆瓦スラストであるとした。さらに、中期更新世以降、その主たる活動が西側の断層から東側の断層に移り変わっていることを指摘した。伊豆北縁の活断層と広域テクトニクスの関係は、その後、Yamazaki (1992)にまとめられている。
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3.駿河湾沿岸地域の地殻変形
  駿河湾地域の地殻変形は富士川(ふじかわ)河口地域を境にしてその東西両側で著しくその特徴を異にしている。駿河湾東岸地域(岳南平野−伊豆半島西岸)の地形・地質は比較的単調であり、概して最近の地質時代に沈降を続けている(米倉, 1984など)。これにたいして富士川河口から御前崎までの西岸地域は、概して隆起していて海底部分を含めて第四紀の地層や地形の変形(波長数km〜数十km)が著しい(土, 1967, 1984, 1984など)。この西岸地域は第三紀層−第四紀層の著しい褶曲−衝上地帯として知られる南部フォッサマグナの富士川谷南端部にあたっている。このような湾の東西にみられる地殻変形の顕著な差異は、多くの場合、伊豆半島を載せたフィリピン海プレ−トの駿河湾での西方への斜め沈み込みや伊豆半島の南部フォッサマグナへの衝突で説明されている。
 富士川河口以西の蒲原(かんばら)丘陵、有度山、石花海(せのうみ)堆、牧ノ原台地−御前崎などが隆起部であり、それに交互して分布する清水平野、焼津低地、石花海(せのうみ)海盆などが沈降部である。隆起部の隆起量は約13万年前の中位段丘形成以後、有度山で200m以上、御前崎−掛川東方で20〜200m、両地域の間にある焼津地域で0mないしそれ以下である。このような土地の変形は約6千年前の完新世段丘の高度分布にもあらわれている。上記隆起部では完新世段丘の旧汀線あるいは海成層は多くの場所で標高数m程度であり、特に由比東方の蒲原丘陵沿岸ではそれが約17m(羽田野ほか, 1979)に達すると報告されている。一方、焼津低地ではそれが海面下8m程度にある(米倉, 1986)。
 このような上下変形は後述の安政・宝永・明応の各地震で知られている地震時の変動と調和的であり、上記の第四紀後期の地殻変形は駿河湾の大地震に伴う変動が累積した結果であるとみることができる。
 
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4.駿河湾地域の大地震の研究
  駿河湾地域に大きな被害をもたらした地震は歴史記録によると、1498年の明応地震、1707年の宝永地震および1854年の安政地震である。これらの地震の震度分布、津波、地変などの特徴と、この地域での将来の地震に対する主な議論は次のようである。
 これらの大地震はいずれも駿河湾地域ではほぼ同じ震源域をもって繰り返された同じ型の地震であったとする見解(Ishibashi, 1981など)と、それらがやや異なった地震であったとする見解とがある。前者の見解は現在の想定「東海地震」の基礎になっている。
 駿河湾沿岸での震度(萩原, 1974、宇佐美, 1996)は安政・宝永いずれの地震でも震度5〜6以上であり、両地震による震度分布の程度はほぼ同程度(石橋, 1977)あるいは宝永地震の方が(とくに湾奥部で)安政地震よりやや小さい(羽鳥, 1977、茂木, 1977、石橋, 1977、Tsuji, 1987)とみられる。明応地震の震度の資料は少ないが西岸の2地点では震度�Wとされている(羽鳥, 1975、Tsuji, 1983)。しかし甲府地方には震度�Wの地点があり(Tsuji, 1983)、その点では宝永・安政地震の場合と共通している。
 津波の高さはいずれの地震でも駿河湾西岸では5m前後かそれ以上であった(羽鳥(1977)によると安政地震で5〜6m、湾奥では2〜3m、宝永地震では4〜8?m、明応地震では羽鳥(1975)によると6〜8m、Tsuji(1983)によると5〜10m)。相田(1981)は駿河湾内での津波分布にもとづいて、安政地震の津波は石橋(1976)が想定した湾奥部まで達する断層モデルによって、また、明応地震の津波は駿河湾に入らずに伊豆半島南方沖に達する断層モデルによって、それぞれ、説明できることを示した。
 沿岸での土地の変動は史料によると安政地震と宝永・明応両地震とは異なっている。安政地震では御前崎付近から富士川(ふじかわ)河口まで沿岸各所で土地の隆起が記録されている(0.9〜2mないし3m、石橋(1984)にそのまとめがある)。これにたいして宝永地震と明応地震では隆起を示す記録はなく、それぞれ清水と焼津で土地の沈降を示唆する記述がある。清水市付近は安政地震では隆起したが宝永地震では0.6〜2mの沈下・陥没が生じた(羽鳥, 1977)。今村(1943)は宝永地震で御前崎が1.1m隆起したと述べているが、隆起が宝永地震で生じたとする年代的な証拠がなくきわめて疑問である。
 これらの歴史地震のうち安政地震については、多くの研究者が一致して駿河湾の奥部までその震源域になったと考えている。しかし、宝永地震と明応地震の震源に関してはいくつかの見解がある。大別するとつぎの2つになる。一つは明応、宝永の各大地震は駿河湾地域ではいずれも基本的には安政地震と同じ型(安政型)の地震であるとするものである(石橋, 1980; Ishibashi, 1981)。石橋(1984)は宝永と明応の地震に伴う清水と焼津の沈降現象は津波や地震動あるいは副次的な縦ずれ断層の寄与で説明できるとしてこれらをいずれも安政型地震とみなしている。
 他の一つは、すくなくとも宝永地震あるいは明応地震は安政地震とは異なっていて、震源域は湾の南部だけあるいは湾外を考えるものである。たとえば茂木(1977)は宝永地震の震源域は駿河湾の中部以南であり湾北部には達しなかったと考えた。羽鳥(1977)は明応地震について南関東沿岸での津波や地変の資料を考慮して、その震源域は遠州灘沖から駿河湾に入らずに伊豆半島南方沖にのびたと考えた。宇津(1977)、青木(1977)もそのように考えて議論している。
 駿河湾地域から発生する将来の大地震については次のような議論がある。石橋(1976, 1977)、Ishibashi(1981)は上述の駿河湾地域の3つの地震が基本的には同じ型(安政型、震源は御前崎沖から駿河湾奥部にいたる西傾斜の逆断層)の地震の繰り返しであったとみて、次回の大地震(想定「東海地震」)も同じ型であり、現在、安政地震以来すでに126年が経過している(1980年現在)ことからその発生が切迫していると考えた。瀬野(1977)はフィリピン海プレートとの相対速度などを考慮してこの地域での大地震の再来間隔が約121年であると推定した。松田(1975)は御前崎の累積隆起量が室戸岬でのそれにくらべて小さいことなどから、この地域での大地震の発生頻度は南海地震のそれより小さいと考えた。宇津(1977)、青木(1977)は安政地震・宝永地震と明応地震とが異なる震源域をもつことから、次回の地震は順序として震源域が駿河湾に入らない明応型の地震であり、その発生は2030年頃(青木, 1977)あるいは当分先(21世紀中頃の南海トラフの大地震の時)と考えた。浅田(1979)は駿河湾地域だけが震源となった地震の発生例がこれまでの歴史時代にないことに注意している。
 1980年代以後、この種の議論は少ない。杉山(1990)は富士川断層帯を含めて駿河湾内部地域に2つの地質構造区を認め、それらの活動(右ずれを伴う逆断層運動、各最大M6.9〜7.0)によって石花海(せのうみ)堆、有度山、蒲原(かんばら)丘陵の隆起と焼津付近などの沈降が生じると考えた。松田(1996)は富士川(河口)断層帯の活動は駿河トラフ断層におよぶ規模M8以上の大地震であり平均再来間隔を経過した要注意断層の一つであるとした。 Pollitz and Sacks (1995) は、Mogi(1981)の指摘した1891年濃尾地震の影響を定量的に考察し、駿河湾からの想定東海地震の発生が少なくとも20年遅れるとした。
 

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5.富士川河口断層帯が活動する確率の試算
  地震調査委員会のもとで、長期的な観点から地震発生可能性の評価手法等を検討している長期評価部会は、試案「長期的な地震発生確率の評価手法及びその適用例について」をとりまとめた。以下では、試案で述べている手法にもとづいて、この断層帯が活動する確率を計算した結果を述べる。なお、この節においては暦年補正した年代を用いる。
 同試案では、活断層の活動間隔の分布モデルとして対数正規分布、ガンマ分布、ワイブル分布、二重指数分布、及びポアソン分布を候補にあげて検討し、ポアソン分布はデータをうまく説明できないが、残る4者には特に差異が見られない、としている。そして更に、特に差異が見られないなら、馴染みが深く、直感的に理解しやすい対数正規分布を用いることが妥当であると考えられる、としている。また、暫定的ではあるが、標準偏差として0.23という値を推奨している。以下で述べるのは、対数正規分布モデルに基づき、標準偏差を0.23として行った計算結果である。
 4回前の活動は、暦年補正によると4400BC〜4800BCと認められるので、中央値をとって4600BCとした。最新活動(1回前)は100BCよりも新しいと認められ、また、歴史時代には活動していないので1000ADより古いと考えられる。このため、最新活動時期として1000AD(1000年前)、500AD(1500年前)、100BC(2100年前)の3とおりを考えた。この3とおりの場合の平均活動間隔は、それぞれ、1900年、1700年、1500年になる。この3とおりに応じて、対数正規分布を仮定し、今後の30年間、50年間、100年間に活動する確率等の計算結果を表−1に示す。また、ポアソン分布を仮定した時の同様な計算結果を表−2に示す。
 これらの計算結果を、他の活断層等から地震が発生する確率(暫定的なデータにもとづく試算結果)と比較するために、試案の表4.1を表−3として再掲し、富士川(ふじかわ)河口断層帯についての計算結果を表−4に示す。
 次に、試案の図4.2〜4.10にならい、富士川河口断層帯の危険率が時間とともに増加していく様子を図−8に示す。試案ではさらに、この図から読みとることができる「断層の活動を注意喚起するための指標」が表4.2に示されている。これを表−5として再掲する。富士川河口断層帯についての指標は表−6に示す。
 計算の結果は以上のとおりであるが、確率の数字も断層の活動を注意喚起するための指標も、最新活動時期からの経過年数を1000年(平均活動間隔は1900年)とするか、2100年(平均活動間隔は1500年)とするかによって大きく変化する。その原因は平均活動間隔に比べて、最新活動時期からの経過年数の不確定性が大きいためと考えられる。このようなことから、ここで試算した確率の値を防災情報または安心情報として利用するのは必ずしも適切ではないので留意されたい。
 
 
表−1:今後のある期間内に活動する確率及びその極大値(< >内;いずれも%)。対数正規分布を仮定し、標準偏差は0.23として計算。

最新活動から
の経過時間
(平均活
動間隔)
今後30年間に
活動する確率
今後50年間に
活動する確率
今後100年間に
活動する確率
1000年 (1900年) 0.1%<10.9%> 0.2%<17.5%> 0.6%<32.0%>
1500 (1700年) 4.3 <12.1 > 7.2 <19.4%> 14.6 <35.0 >
2100 (1500年) 11.2 <13.6 > 18.1 <21.7 > 33.2 <38.6 >
                             < >内は確率の極大値
 
表−2:今後のある期間内に活動する確率(%)。ポアソン分布を仮定して計算。

最新活動から
の経過時間
(平均活
動間隔)
今後30年間に
活動する確率
今後50年間に
活動する確率
今後100年間に
活動する確率
1000年 (1900年) 1.6% 2.6% 5.1%
1500 (1700年) 1.7 2.9 5.7
2100 (1500年) 2.0 3.3 6.4
 
表−3:南海トラフ等プレート間地震と陸域の活断層における、今後30年以内の地震発生確率(データは暫定、モデルは対数正規、確率の単位は%)(試案の表4.1及び付録B等による)


断層

評価時点

σの値
発生確率
(今後30年)
対数正規分布での
確率の極大値
ポアソン過程
での確率
南海�T 現在 0.36 4.5% 48.1% 17%
南海�V 現在 0.16 0.8 97.2 22
南海* 現在 0.3 30 76.3 28
南海�V’ 1946年 0.13 42 99.4 21
東海�@ 現在 0.33 36 50.5 16
宮城沖�V 現在 0.40 65 85.6 48
阿寺�T’ 1586年 0.23 6.5 11.9 1.6
丹那�T’ 1930年 0.23 2.8 16.5 2.4
跡津川�T’ 1858年 0.23 1.4 8.0 1.1
長野�T’ 1847年 0.23 10.8 18.8 2.7
牛伏寺 現在 0.23 14 19.7 3.0
牛伏寺* 現在 0.2 10〜36 21.5〜36.8 3〜5
野島 1995年 0.2 4〜9 12.8〜15.5 2〜3
糸−静�A 現在 0.23 14.0 19.7 3.0
神国松�B 現在 0.23 3.5 7.1 1.0


*時間予測モデルを使用
�@南海�Wのdatasetを使用
�A糸魚川−静岡構造線断層帯;試案の付録B等より
�B神縄・国府津−松田断層帯;試案の付録B等より
 
 
表−4:富士川河口断層帯における今後30年以内の地震発生確率。データを3とおりに想定して計算した結果。(モデルは対数正規、確率の単位は%)


断層

評価時点

σの値
発生確率
(今後30年)
対数正規分布での
確率の極大値
ポアソン過程
での確率
富士川�@ 現在 0.23 0.1% 10.9% 1.6%
富士川�A 現在 0.23 4.3 12.1 1.7
富士川�B 現在 0.23 11.2 13.6 2.0


�@前回活動を1000年前(平均活動間隔は1900年)とした場合
�A前回活動を1500年前(平均活動間隔は1700年)とした場合
�B前回活動を2100年前(平均活動間隔は1500年)とした場合


表−5:断層の活動を注意喚起するための指標(データは暫定)

断層

評価時点

指標(1)

指標(2)

指標(3)

指標(4)

指標(5)

回/年

経過年数

比

南海�T

現在 -45年 0.531 0.042 0.15% 0.094 0.0063

南海�V

現在 -42 0.550 〜0 〜0 0.008 0.0083

南海�V’

1946年 -8 0.917 0.285 1.0 0.426 0.0079

東海�@

現在 38 1.36 2.16 38.1 0.722 0.0060

宮城沖�V

現在 -7 0.735 0.371 2.6 0.768 0.0220

阿寺�T’

1586年 557 1.44 4.00 57.2 0.547 0.00055

丹那�T’

1930年 9 1.01 1.06 8.9 0.169 0.00081

跡津川�T’

1858年 51 1.03 1.16 10.1 0.170 0.00038

長野�T’

1847年 347 1.45 4.04 58.5 0.573 0.00091

牛伏寺

現在 452 1.61 6.06 81.9 0.679 0.00100

野島

1995年 517 1.36 4.22 53.9 0.470 0.00067

�@南海�Wのdatasetを使用
指標(1)〜(5)の説明は表−6を参照。
 
表−6:富士川河口断層帯の活動を注意喚起するための指標。データを3とおりに想定して計算した結果。

断層

評価時点

指標(1)

指標(2)

指標(3)

指標(4)

指標(5)

回/年

経過年数

比

富士川�@

現在 -382年 0.72 0.07 0.3% 0.011 0.00053

富士川�A

現在 263 1.21 2.40 29.3 0.359 0.00059

富士川�B

現在 1009 1.92 5.92 92.8 0.825 0.00067

�@前回活動を1000年前(平均活動間隔は1900年)とした場合
�A前回活動を1500年前(平均活動間隔は1700年)とした場合
�B前回活動を2100年前(平均活動間隔は1500年)とした場合
指標(1):経過年数:ポアソン分布を仮定した場合の危険率を越えた後の経過
          年数.負符号はその危険率を越えるまでに残された年数.
        比:前回の活動時から評価時点までの経過時間(B)と前回の活
          動時からポアソン分布を仮定した場合の危険率を越える
           までの時間(A)との比(B/A)
指標(2):評価時点の危険率とポアソン分布を仮定した場合の危険率との比
指標(3):集積確率(前回の活動時から現在までに活動していてしかるべき確
     率;%)
指標(4):今後30年間に活動する確率と、その極大値との比
指標(5):ポアソン分布を仮定した場合の危険率(地震発生回数/年)

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6.文献表

  富士川河口断層帯に関する論文等の文献を以下に掲げる。
 
 1. AIDA, Isamu(1983) Numerical simulation of historical tsunamis generated off the
    Tokai district in central Japan, Tsunami-Their Science and Engineering, edited by
    K. Iida and T. Iwasaki, Terra Scientific Publishing Company (TERRAPUB), Tokyo,
    227-291.
 2. 相田 勇(1985)東海地震津波の挙動−その数値実験−.月刊地球, Vol.7,No.4,204-215.
 3. 安藤雅孝(1975)東海沖地震と防災.東海沖地震,「東海沖地震」に関する研究討論会,55-59.
 4. 青木治三(1976)東海地方における大地震の可能性 .地震予知研究シンポジウム,56-68.
 5. 青木治三(1980)駿河湾西方における深発地震帯.地震予知研究シンポジウム,97-102.
 6. 青木治三(1985)東海地方の地震活動とテクトニクス.月刊地球,Vol.7,No.3,159-167.
 7. 浅田 敏(1979) 東海地震の問題点.地震予知連絡会10年のあゆみ,110-120.
 8. 檀原 毅(1980)東海地震予知の問題点について.地震予知研究シンポジウム,85-95.
 9. 藤井陽一郎(1975)東海地方の地殻変動.東海沖地震,「東海沖地震」に関する研究討論会,18-27.
10. 藤井陽一郎(1984)南部フォッサマグナ地域の地殻歪とそのテクトニックな意義 .第四紀研究 ,
    Vol. 23, No.2,91-103.
11. 藤井陽一郎(1985)東海地震長期予測の諸問題.月刊地球,Vol.7,No.3,132-138.
12. 原田健久(1975)東海地震について.東海沖地震,「東海沖地震」に関する研究討論会, 37-38.
13. 春川光男(1996)地震エネルギー累積曲線の階層構造と仮想エネルギー収支にもとづく東海地震の
    予測について.月刊地球,号外 14,139-147.
14. 羽田野誠一(1977)大宮・入山瀬断層と蒲原地震山の読図と判読.地図,Vol. 15, No.3, 40-41.
15. 羽田野誠一・関崎賢一・津沢正晴(1978)駿河湾北岸の完新世地殻変動と測地的地殻変動.地理学
    会予稿集,Vol. 15, 124-125.
16. 羽田野誠一・津沢正晴・松島義章(1979)駿河湾北岸の完新世垂直変動と測地的上下変動.地震予
    知連絡会会報,Vol. 21, 建設省国土地理院編, 101-106.
17. 羽鳥徳太郎(1975)宝永・安政津波の波源域と1944年東南海津波の比較.東海沖地震,「東海沖地
    震」に関する研究討論会,27-34.
18. 羽鳥徳太郎(1976)安政地震(1854年12月23日)における東海地方の津波・地殻変動の記録.地震研
    究所彙報,Vol. 51,13-28.
19. 羽鳥徳太郎(1977) 静岡県沿岸における宝永・安政東海地震の津波調査.地震研彙報,Vol.52,
    407-439.
20. 羽鳥徳太郎(1985)東海地方の歴史津波.月刊地球,Vol.7,No.4,182-191.
21. 本座栄一(1984)相模・駿河トラフにおける沈み込みの形態.第四紀研究,Vol. 23, No.2, 77-81.
22. 星野一男(1984)応力場、活断層と南部フォッサマグナのネオテクトニクス.第四紀研究,
    Vol. 23, No.2, 117-128.
23. 今村明恒(1943) 遠州東南地塊の傾動に就いて.地震 ,15,No.9,1-8.
24. 井上春雄(1934)富士川下流流域の地質概観.地学雑誌,Vol. 46, 18-34.
25. 石橋克彦(1976a)「伊豆東方線−西相模湾断層」と伊豆異常隆起の解釈−フィリピン海プレート最
    北境界の二重構造−. 地震学会講演予稿集,29.
26. 石橋克彦(1976b)東海地方に予想される大地震の再検討−駿河湾大地震について−. 地震学会講演
    予稿集, 30-34.
27. 石橋克彦(1977a)伊豆半島異常隆起のクリープ・モデル−伊豆東方線スラスト深部の非地震性断層
    運動−. 地震予知連絡会会報, vol.17,65-67.
28. 石橋克彦(1977b)東海地方に予想される大地震の再検討−駿河湾地震の可能性−.地震予知連絡会
    会報, vol.17,126-132.
29. 石橋克彦(1980a)伊豆半島をめぐる現在のテクトニクス.月刊 地球,Vol.2,No.2,110-119.
30. 石橋克彦(1980b)東海地震の長期的予測に関するコメント.地震予知研究シンポジウム,123-125.
31. ISHIBASHI, Katsuhiko(1981)SPESIFICATION OF A SOON-TO-OCCUR SEISMIC FAULTING IN
    THE TOKAI DISTRICT, CENTRAL JAPAN, BASED UPON SEISMOTECTONICS. Earthquake
    Prediction, An International Review,Maurice Ewing Series 4, Am. Geophys. Union.297-332.
32. 石橋克彦(1984a)駿河湾地域の地震時地殻上下変動.第四紀研究,Vol. 23, No.2,105-110.
33. 石橋克彦(1984b)南部フォッサマグナ地域のプレート運動.月刊地球,Vol. 6, No.1, 61-67.
34. 石橋克彦(1985)東海地震の発生機構再考(試論).月刊地球, Vol.7,No.3,128-131.
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127. 米倉伸之(1986)駿河湾周辺の変動地形と“東海地震”.月刊地球,Vol.8,No.2,91- 95
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    昭和58,59年度東大特定研究経費成果報告書(科学研究費成果報告書),35-80.


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図−1:富士川河口断層帯の位置。(活断層研究会, 1991)
20:大宮断層、21:入山瀬断層、22:安居山(あごやま)断層、
23:芝川断層、25:入山断層
 
 
図−2:地質調査所による各種の調査地点。(下川ほか, 1996)
�@は山崎(1992)による断層通過位置、�Aは恒石・塩坂(1981)による断層通過位置を示す。滝戸は図−5、6で引用。
 
 
図−3:大宮断層(富士宮市山本;図−2参照)のトレンチ調査による南側壁面のスケッチ(下川ほか, 1996)。年代値は放射性炭素年代測定による。
 
 
図−4:静岡県地震対策課による各種の調査地点。(岩田ほか, 1997)
 
 
図−5:入山瀬断層滝戸(富士市滝戸;図−2参照)付近のボーリング地点(上図)とその付近の地形地質断面(下図)。下図に崖錐堆積物が描かれている。図−6も参照。(山崎ほか(1998)が学会発表で用いた図)
 
 
図−6:入山瀬断層滝戸(富士市滝戸;図−2参照)付近のボーリング(図−5上図参照)の柱状図と14C年代測定値。黒い網掛けの部分が崖錐堆積物を表す。段丘のY4等は図−7に対応している。(山崎ほか(1998)が学会発表で用いた図)
 
 
図−7:蒲原丘陵南西部由比川河口部の完新世段丘
    (山崎ほか(1998)が学会発表で用いた図)
 
 
図−8:危険率が時間とともに増加していく様子


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