4.全体の成果の概要

 本章では、本年度実施した各観測項目の概要を述べることとする。
 まず、本年度の観測項目の中の物理探査(反射法地震探査・重力探査、電磁気探査及び自然地震観測(特に稠密アレー観測)は構造線断層帯南部に集中させ、互いの成果を比較検討し最終的には総合解釈ができるような体制を取った。
 反射法地震探査は、この構造線断層帯の南部の構造解明を目的とするものである。そのために、甲府盆地北部において深さ数kmまでの構造を高分解能でイメージングすることを目的とする浅部反射法地震探査と、より深部の構造のイメージングを目指した深部反射法地震探査、を行った。重力探査は、深部反射法測線上で実施した。パイロット的な重点的調査観測における成果と課題を踏まえ、本年度の調査観測を実施した結果、糸魚川−静岡構造線活断層帯南部の構造とダイナミクスを解明する上で重要な手がかりを得ることができた。本地域ではアクティブな断層フロントの位置が、地質境界を成す狭義の糸魚川−静岡線より約10km東側の下円井−市之P断層まで前進している。この幅広い断層帯は、全体として高角西傾斜の逆断層から成る覆瓦構造をなし、その東縁および底面を低角(約15度)で西に傾斜する逆断層である下円井−市之瀬断層によって限られている可能性が高いことがわかった。また、本研究によって、下円井−市之瀬断層の上盤先端部は約1.3kmにわたってほぼ水平に盆地堆積物の上をすべって前進していることが明らかになった。変動地形と断層の地下構造との関係から、下円井−市之瀬断層の過去50〜60kyrの間におけるすべり速度を求めると、その値は7.5〜10mm/yrという極めて大きな値となる可能性が高い。反射法地震探査から、断層帯の形状・構造だけでなく、その運動特性の知見が得られたことは大きな意義がある。また、得られたデータに対する屈折法解析によってこの地域の浅部構造の詳細が明らかになり、強震動予測にも役立つ成果を提供した。
 電磁気探査では、南部セグメントの南端部(下円井活動セグメント・市之瀬活動セグメント)において広帯域MT観測を行い、断層に関連する地下の不均質構造解明を目的とした。具体的には断層周辺5kmの測線について深度5kmまでの構造を明らかにすることを目指した。その結果、構造の走向がN30度Wを示すことがわかり、これは地表の断層の走向とも調和的であった。また、2次元インバージョンによって比抵抗構造解析を行い、以下の2点が明らかになった。すなわち断層の西側には、深度約500〜1000m付近に低比抵抗層があり、断層位置から西側に向けて徐々に深くなる傾向があること、また、高比抵抗基盤が西に向かって急激に深くなることがわかった。これらの結果は、反射法地震探査・重力探査の結果、また後述の自然地震観測(地震波トモグラフィ)の結果とも調和的で、断層の基本構造が西傾斜であることを明瞭に示したものである。
 自然地震観測は、長期機動観測と稠密アレー観測から構成される。前者では、断層帯周辺に既存地震観測網を補完するように観測点を設置し、比較的長期間(10年間)の観測を実施する予定である。定常的観測網データと合わせることによって、この断層帯を取り囲むやや広域的な地震活動を明らかにすることを目指している。後者は反射法地震探査と連携を取って実施し、断層近傍の微小地震活動の実態を明らかにするとともに、地殻深部の不均質構造を解明する。更にこれらのデータから、断層帯に作用する応力状態の推定を目指す。
 本年度の長期地震観測の観測網整備として、パイロット的な重点的調査観測による5観測点を気象庁から防災科学技術研究所に移管した。また、計器深度が50mの長期機動観測点を3点新設した。さらに、これらの観測点からのデータと高感度地震観測網(Hi−net)のデータとの併合処理を行えるようにデータ処理システムを整備した。この整備によって、この地域で発生する浅発地震の決定精度が向上した。また、これらの8観測点では高感度地震観測網(Hi−net)とは異なって公衆インターネット回線を利用してデータを転送することによって回線コストの削減に成功した。
 断層帯を含む広域不均質構造研究については、既設観測点自然地震データ及び既往人工地震データを併合したトモグラフィ解析が行われた。この中では、本調査観測における新設観測点の効果を調べる目的での数値シミュレーションも行われた。今回の解析によって糸魚川−静岡構造線活断層帯の速度構造モデルを推定し、断層帯の地殻構造全体像を掴むことができた。北部域と南部域では深さ3kmと6kmに顕著な低速度域が存在することが明らかになった。その一方で、中部域ではそのような顕著な低速度域が存在しないことが確かめられ、活断層帯に沿った大規模な構造の変化があることがわかった。
 一方、稠密アレー観測は、断層帯南部で反射法・重力探査と密接な連携を取りながら実施され、高精度微小地震分布とトモグラフィ解析に用いることのできるデータが得られた。周辺の定常観測点のデータを統合したデータベースを作成して、二重走時差トモグラフィ法で速度分布を推定した結果、構造線断層帯を含む地質に対応する低速度帯が推定された。深さ5kmから15km程度の範囲で、空間分解能5km程度の構造が、西傾斜している可能性が示され、反射法・重力探査及び電磁気探査の結果と調和的な結果を得た。また、本観測では、マグニチュード0程度までの地震のメカニズム解を決定することができた。精度よく決定できたメカニズム解は83個に達し、その最小のマグニチュードは0.2であった。一方、この期間に気象庁でルーチン的に決められたメカニズム解は、M3.2の地震1個にすぎない。これらのメカニズム階のP軸の方位は、比較的ばらつきが少なく、北西−南東から西北西−東南東に分布する。北緯35.8度付近から南の領域では、その領域の東部の糸静線近傍では逆断層タイプ、西部の中央構造線近傍では横ずれ断層タイプが卓越する。また、諏訪湖近傍の地震は、横ずれ断層タイプが卓越することがわかった。この結果は、糸魚川−静岡構造線断層帯の応力状態を知る基礎となる知見となる。
 変動地形調査では、活断層全域において、航空写真測量とLiDAR(レーザレーダー)計測を用いて地表の詳細な高精度DEMを作成し、変位地形に現れた断層運動による累積的な変位量を高密度で計測し、地形学的手法により平均変位速度(slip rate)分布を明らかにすることによって、地震時の変位量やアスペリティの分布予測精度を高めることを目的とする。同時に、これまで植生に被われ断層変位が明瞭でなかった箇所の精査を行うことにより、活動区間推定を向上させ、断層の運動特性の解明につなげる。本年度は、糸魚川−静岡構造線北部(白馬・神城〜松本)において、航空写真測量および現地地形調査に基づいて、平均800m間隔(断層変位が明瞭な範囲では500〜600m)という高密度で上下変位量を計測し、地形面年代決定を経て平均変位速度の分布を明らかにした。地形改変により変位地形が残っていない場所は大縮尺米軍航空写真を併用・解析し、活断層線そのものの認定においても新知見を得た。断層周辺のオルソ航空写真画像、活断層線の3次元位置情報、変位地形の3次元標高データ、地形面分類情報等のすべてが、GIS上で管理できる数値情報として整備され、データ検証の再現性・更新性を確保した。ここにも従来にない新規性があり、情報公開を考慮した活断層基礎情報整備の雛形を提示した。平均変位速度分布図はそもそも整備が遅れており、あっても数キロ間隔であったり、測量結果の根拠が明示されていなかったりして、信頼性の高いデータはほとんどない。これほど高密度で信頼性の高いデータが得られたことは初めてである。しかも地形断面および地形面年代がすべてデジタル情報として整備され、データ解釈の再現性や更新性が保証されている。  上下方向の平均変位速度分布図が如何なる意味を持つかについては、強震動予測や断層活動区間推定等の目的で多角的に議論がされることになる。少なくとも、強震動計算におけるアスペリティ設定には大きく貢献すると考えられる。
 地震活動履歴解明のための地質学および史料地震学的研究においては、地震活動履歴に関するデータがまだ十分得られていない断層帯北部を中心に、トレンチ調査、ボーリング等の地質学的研究と未発見地震史料の収集等の史料地震学的研究を行うこととしている。これらの調査研究結果に基づき、地震活動履歴を重視した断層帯のセグメンテーションを行い、各セグメントから発生する地震の規模と時期、および隣接区間との連動性に関する検討を行い、更に、本研究の成果と他のサブテーマの成果を統合することにより、地震発生の確率評価と強震動予測のための地震シナリオを高度化することを目指す。本年度は、最近の活動履歴に関する研究調査のレビューとイベント堆積物による活動履歴解明のための青木湖底のボーリング調査を実施した。神城断層延長部が通過すると考えられる青木湖においてピストンコアリング調査を実施し、過去1万年間に4回の混濁流による砂層堆積イベントを検出した。また、湖底堆積物の堆積速度と現在の断層崖の比高約25mから、断層鉛直変位速度を1.2mm/年と見積もった。青木湖に注ぎ込む主たる河川は存在しないことから、砂層堆積イベントは地震等による浅部湖岸斜面の崩壊の可能性が高い。但し、洪水等、他の要因や、近傍の他の断層(地震)による影響も排除できず、トレンチ調査に比べて地震イベントの信頼性に欠ける。現段階では、あくまで地震イベントの可能性がある時期として、参考程度にとどめるべきであろう。また、電力中央研究所(宮腰・他、2004など)を中心に実施された最近のトレンチ調査等のデータを収集し、地震活動履歴に関する整理作業を進めた。また、候補地選定のための簡単な予備踏査も実施し、平成19年度以降の調査の準備を進めた。
 強震動評価高精度化のための強震観測・地下構造調査は、本調査観測で実施される多項目の成果を総合的に解析することで、地震時の断層運動の特性を明らかにし、加えて、人口の密集した盆地部の地下構造を求めることによって、この断層帯についてのより高精度な強震動予測モデルの構築を図ることを目的としている。本年度は、断層帯近傍の地下構造や地震動特性を明らかにするため、パイロット的な重点的調査観測での反射法測線上に二地点を選定してボーリングと速度・密度検層および電気検層を行った。一点は牛伏寺断層近傍の松本市立開成中学校第二グラウンド(神田強震観測点)であり、もう一点は松本盆地内の松本市立島立小学校(島立強震観測点)である。さらには、地点ごとの孔底・地表に加速度計を設置して強震観測を開始した。速度検層の結果を、近接したKiK−net観測点における検層結果と比較して、その妥当性を検証するとともに、速度・密度検層および電気検層の結果と、パイロット的な重点的調査観測で行われた反射法、MT法・トレンチ等の結果との対応関係を吟味した。牛伏寺断層近傍と松本盆地内における速度構造・基盤深度は異なっており、両者の境界位置と断層位置との関係を、今後は微動等の物理探査を併用して吟味する必要がある。また、強震観測により得られた孔底および地表の加速度記録を比較して、二地点における非常に強い地盤増幅特性が確認された。島立観測点の観測記録に見られる増幅(孔底記録に対する地表記録での増幅)は、主に堆積層に起因すると考えられるが、神田観測点における増幅は、断層近傍の不均質構造に起因している可能性があり、今後Q値等を含めた検討を行なう予定である。
 GPS観測では、本断層帯の周辺においてGPSの稠密なキャンペーン観測を繰り返し実施し、周囲のGPS連続観測点のデータと合わせて解析することにより当該地域における地殻変動の詳細な分布を明らかにし、断層帯周辺における応力蓄積過程を検討するための基礎データを提供することを目的としている。
 本年度は糸静線の中部から北部におけるキャンペーン観測点において、パイロット的研究から通算4回目のGPS観測を実施した。過去4回のGPSキャンペーン観測と周囲の連続観測点のデータを合わせて解析する事により、数mm/年の精度で断層周辺の詳細地殻変動分布を明らかにすることができた。観測された地殻変動の特徴をまとめると、(1)長野盆地西縁断層の西側は東向きの速度を持ち、断層付近の狭い範囲に変形が集中している。(2)中央隆起帯では変形が非常に小さく、長野市以南では、その西縁付近が変形フロントになっている。(3)明科(S036)付近を境に、北では逆断層型(西北西−東南東方向の短縮)、南では左横ずれ型と変形パターンが変わる。(4)従って、牛伏寺断層や糸静線中部(諏訪湖以南)は基本的に横ずれである。(5)跡津川の南東側では、全体的にベクトルが時計方向に回転しており、跡津川断層系が力学境界として機能している、の5点が挙げられる。糸静線北部の白馬−大町付近と松本付近では、変形様式が大きく異なり、地震発生に関する応力蓄積メカニズムも異なると考えられる。
 干渉SAR解析では、GPSによる地殻変動観測を空間的に補完し、糸魚川−静岡構造線断層帯周辺の地殻変動の面的分布を明らかにするため、干渉SAR解析を行う。得られた地殻変動から断層帯周辺の詳細な状況を把握すると共に、干渉SARによる微小な地殻変動の検出技術の向上を目指し、活断層周辺域の地殻変動観測手法の確立に資することを目的としている。
 ENVISATのSARデータを用いて干渉SAR解析を行い、糸魚川−静岡構造線断層帯周辺の地殻変動の面的把握を試みた結果、山岳部では干渉が得られなかったものの、長野盆地や松本盆地などで良好な干渉が得られ、山間部に点在する谷間の平坦部などでも干渉が得られることがわかった。
 また、複数の干渉画像のスタッキングを行い、大気中の水蒸気分布の影響を低減させた地殻変動場を得た。得られた地殻変動場には(1)長野盆地よりも南部では中央隆起帯の西側に変形が集中している、(2)牛伏寺断層付近には変形の集中は特に見られない、(3)白馬付近で変形の集中が見られる、などの特徴が見られ、これらはGPSキャンペーン観測の結果と調和的である。


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