平成9年8月6日
地震調査研究推進本部
地震調査委員会

神縄・国府津−松田断層帯の調査結果と評価について


T.検討の経緯と評価の概要

  地震調査委員会では長期的な観点から地震発生の可能性の評価を行っているが、その一環として、全国の活断層の活動の評価を順次進めている。通商産業省工業技術院地質調査所は平成7年度に、 国府津−松田断層の活動履歴と活動性の解明を目的として、トレンチ調査やボーリング調査等の活断層調査を行った。地震調査委員会ではその調査結果を受け、さらに既存の文献も利用して検討を重ね、標記断層帯の評価を行った。この報告書はその評価結果を述べたものである。  
 神縄・国府津−松田断層帯は神奈川県の丹沢山地南縁から相模湾岸に至る断層帯で、南西側の足柄平野と北東側の大磯丘陵等の地形境界をなしている。また、大きな構造から見れば、フィリピン海プレートの北縁部に位置し、同プレートと陸側のプレートとの境界をなす断層帯の一部である。評価の概要は以下のとおりである。

<過去の活動について>

 この断層帯の最新の活動は約3千年前で、おおよその活動間隔は3千年程度、1回の変位量は10m程度と推定される。その場合、地震規模はマグニチュード8程度、震源域はこの断層帯全体とその海域延長部に及んだと考えられる。

<将来の活動について>

 この断層帯では、現在を含む今後数百年以内に、変位量10m程度、マグニチュード8程度の規模の地震が発生する可能性がある。震源域は断層帯全体とその海域延長部に及ぶと考えられる。(注)ここでマグニチュード8程度とは、8± 0.5のことである。




U.神縄・国府津−松田断層帯の調査結果と評価

目   次

1.断層帯の概要
2.調査結果のまとめ  
  2−1.平均変位速度  
  2−2.過去の活動履歴(最新の活動時期、活動間隔等)  
  2−3.歴史地震
3.評価  
  3−1.過去の活動について  
  3−2.将来の活動について
4.今後に向けて
5.補足説明  
  5−1.断層帯の概要   
  5−2.歴史地震  
  5−3.近年の地震観測結果  
  5−4.近年の地殻変動観測結果  
  5−5.相模湾地域の大地震に関する研究
  5−6.将来の地震について
図−1 神縄・国府津−松田断層帯略図
図−2 国府津−松田断層と調査地点位置図
図−3 国府津地区トレンチ壁面のスケッチ
図−4 神縄・国府津−松田断層帯とその周辺地域の概観
図−5 大磯丘陵、足柄平野の地形・地質
文献表



1.断層帯の概要

神縄・国府津−松田断層帯は丹沢山地南縁から相模湾岸に至る延長約25kmの断層帯で、神縄断層と国府津−松田断層及び松田山山麓断層、松田北断層、ひなた日向断層がその主要構成断層である(図−1参照)。この断層帯は南西側の足柄平野と北東側の大磯丘陵等との地形境界を走っており、長期的には南西側を沈降させ、北東側を隆起させてきた逆断層帯である。また、大きな構造から見ればフィリピン海プレートの北縁部に位置し、同プレートと陸側のプレートの境界をなす断層帯の一部である。



2.調査結果のまとめ

神縄・国府津−松田断層帯については、これまで、大学、地質調査所、神奈川県等により各種の調査・研究がされてきた(文献表参照)。これらの調査と最近の調査に若干の評価を加え、以下のようにとりまとめた。

2−1.平均変位速度

 *国府津−松田断層 約3m/千年(上下成分;最近6千〜6万年間)
 *松田北断層    約2m/千年(上下成分;最近約5万年間)
 *神縄断層     約1m/千年(上下成分;最近約8万年間)

  なお、これらの値は上下成分だけの値であり、水平成分も含めた実質の変位速度はこれより大きい可能性がある。

2−2.過去の活動履歴(最新の活動時期、活動間隔等)

 *国府津−松田断層:約3千年前(約2800〜2900年前)に大きな活動があったと推定される。
 *足柄平野の沖積層に見られる約3千年前の海進の跡は、その頃の地震に伴う足柄平野の沈降によると考えられる。
 *日向断層:地質調査によれば、少なくとも御殿場泥流(約2300年前)以降は活動が認められない。
 *大磯丘陵に見られる縄文海進(約6千年前)以降の3段の海成段丘は、地震に伴う海岸の土地の隆起によって形成されたものと考えられる.



2−3.歴史地震

歴史地震のうち、神縄・国府津−松田断層帯の活動によると考えられている地震はない。



3.評価

上に述べた調査結果から、この断層帯の活動についての評価は以下のようにまとめることが出来る。

3−1.過去の活動について

<主文>
 
この断層帯の最新の活動は約3千年前で、おおよその活動間隔は3千年程度、1回の変位量は10m程度と推定される。その場合、地震規模はマグニチュード8程度、震源域はこの断層帯全体とその海域延長部に及んだと考えられる。

(注)ここでマグニチュード8程度とは、8± 0.5のことである。

<説明>

○最新の活動時期

国府津−松田断層のトレンチ調査では約3千年前(約2800〜2900年前;ここで用いた年代値は暦年補正を施していない。以下同様。)に活動が認められ、それ以降の活動は認められなかった。地形・地質から見て付近に並走する断層がある可能性は低く、ここの活動履歴がこの区間の活動履歴を表している可能性が高いと考えられる。また、約3千年前に足柄平野に海が侵入した痕跡があり、このときの地震による沈降を示唆する。
足柄平野の海岸付近にある鴨宮段丘は、長期的に沈降を続ける足柄平野にあって、1923年の関東地震と同様の、大磯丘陵及び足柄平野を隆起させる地震による隆起の累積によって形成されたと考えられる。もし、3千年前以降にこの断層帯に複数回の活動(足柄平野沈降)があったとすると、この段丘はすでに沖積面下に埋没しているはずであるので、このことも3千年前を最新の活動と考えることに調和的である。歴史記録には、この断層帯が活動した地震は知られていない。これらのことから、約3千年前の活動をこの断層帯の最新の活動と推定した。
○活動間隔
国府津−大磯間の海岸には縄文海進(約6千年前)以降の地震に伴う隆起によって形成されたと考えられる海成段丘が3段ある。3段目の最も新しい段丘は鴨宮段丘と同じ高さにあり、1923年の関東地震、及びそれと同様な地震に伴う隆起によって形成されたと考えられるため、1段目と2段目の段丘が神縄・国府津−松田断層帯の活動により形成された可能性がある。したがって、この断層帯の活動による段丘は約6千年間に2段生じたと考えられ、活動間隔はおおよそ3千年と推定される。

○過去の地震の規模

国府津−松田断層は過去約6千年間に約20mの上下変位していて、それが上述のように2回の地震で生じたと考えられるので、1回の地震による断層の上下変位量は約10mと考えられる。これまでの内陸地震の経験式(末尾の注参照)によれば、変位量約10mに対応する地震規模はM8程度であり、この断層で過去繰り返されて来た地震の規模はM8程度と推定される。なお、3千年前よりも古い活動については詳細なデータはないが、最近数万年間の平均変位速度が3m/千年であることは、1回の変位量10mの地震が3千年間隔で繰り返してきたと考えても矛盾はない。

○過去の活動区間

この断層帯からの地震の規模はM8程度であると推定したので、その場合の断層の活動区間の長さは、これまでの地震断層の経験では、80km程度である。したがって、この断層帯の長さ(陸上部の25km)の数倍の範囲が震源域になったと考えられる。

3−2.将来の活動について

<主文>

この断層帯では、現在を含む今後数百年以内に、変位量10m程度、マグニチュード8程度の規模の地震が発生する可能性がある。震源域は断層帯全体とその海域延長部に及ぶと考えられる。

(注)ここでマグニチュード8程度とは、8± 0.5のことである。

<説明>

将来の活動についての予測は、前回の糸魚川−静岡構造線断層帯の評価の場合と同様、過去の活動歴に基づいて行った。活動歴の推定の基礎になった諸資料の信頼度などについて以下に述べる。

○最新の活動時期

最新の活動時期(約3千年前)に関してはトレンチ調査の資料と足柄平野の地表地質資料によっている。概して、その資料が得られた地点数が少ないことから、前回評価した糸魚川−静岡構造線断層帯の場合よりも信頼度が落ちる。しかし、今回は周辺地域(足柄平野や大磯海岸)での段丘の資料が利用できた。

○活動間隔

活動間隔に関しては、糸魚川−静岡構造線断層帯の場合と異なり、トレンチ調査の資料からは同一地点で複数の活動を認定することができなかった。しかし、関連項目の説明文にあるとおり、主に過去6千年間に2回の活動があり、最近の3千年間には活動していないことに基づいて、平均的な活動間隔は間接的に約3千年と推定した。
また、活動間隔の推定値の不確かさとは別に、個々の活動の間隔には平均的な活動間隔の50〜150%程度の範囲のばらつきがあると考えておくべきことは、前回の場合と同様である。

○地震時の変位量と地震の規模

地震に伴う上下変位量を10m程度とみなしたのは、約6千年前の海成層の上下変位量約20mが、それ以降の2回の活動によって生じたという上述の推定に基づいている。したがって、この変位量と地震規模の推定値の信頼度は過去6千年間の地震回数の推定の確かさに依存している。しかし、1回の変位量の推定値がたとえ10mの2/3程度(活動回数が3回、間隔が2千年程度)であっても、M8程度という推定の範囲内である。なお、横ずれ成分を考慮すると10m以上になり、地震規模もより大きくなる可能性があるが、その場合でもM8程度の範囲に収まると考えられる。

○活動区間

活動区間の推定は地震の規模と活動区間の長さ(あるいは震源域の大きさ)との間の大略の関係によっている。経験的にはM8程度に対しては、通常80km程度の長さが対応している。このような関係は地域(あるいはプレート内地震かプレート間地震かなど)によってやや異なるが、それは上述のような活動区間の推定を大きく左右するほどのものではない。

○活動の時期

主として野外資料に基づいて得られた上述の活動間隔と、最新の活動時期以後の経過年数を比較した時、両者の推定値に有意な差異が認めがたいことから、「現在を含む数百年以内に発生する可能性がある」と考えた。糸魚川−静岡構造線断層帯の場合と違って「可能性がある」と表現した理由は、ひとつには、推定された活動間隔が糸魚川−静岡構造線断層帯の場合よりも長く(約3倍)、したがって今後の「数百年」の期間における発生確率がそれだけ低いこと、また、活動間隔と最新の活動時期の推定値の信頼度が糸魚川−静岡構造線断層帯の場合に比べて低いことを考慮したからである。
なお、以上の時期予測に関連して、今後の数十年間にこの断層帯が活動する可能性は(その後の期間に比べて)低いのではないか、という点について議論された。1923年の関東地震の震源域とこの断層帯が発生する推定地震の震源域がかなり重複していることから、この断層帯からはしばらく(数十年間)は大地震が発生し得ないのではないか、という考えである。議論の論点は主に、その重複部分の大きさの見積もり、重複部分の意味の取り方(重複した部分でもその中心域以外は再度活動しうるか)などであった



4.今後に向けて

神縄・国府津−松田断層帯は首都圏にも近く、その将来の活動には高い関心が寄せられている。しかし、必ずしも十分な質・量の調査資料があるとはいえず、その将来の活動を評価するうえでも限界がある。このため、今後、次のような調査を充実させる必要があると考えられる。

 *国府津−松田断層、日向断層、神縄断層等の活動時期、活動間隔、地震の規模等を明らかにするための、さらに詳しい調査
 *断層帯の地下深部の形状等を把握するための構造調査
 *相模トラフの断層のさらに詳しい活動履歴調査
 *当該断層帯及びその周辺の歴史地震及び考古地震の調査
 *当該断層帯及びその周辺における地殻内の応力状態の調査


5.補足説明

5−1.断層帯の概要とその付近の地形

第1節で述べたように、神縄・国府津−松田断層帯は丹沢山地南縁から相模湾岸に至る延長約25kmの断層帯で、神縄断層と国府津−松田断層及び松田山山麓断層、松田北断層、日向断層がその主要構成断層である(図−1参照)。この断層帯は南西側の足柄平野と北東側の大磯丘陵等との地形境界を走っており、長期的には南西側を沈降させ、北東側を隆起させてきた逆断層帯である。また、大きな構造から見ればフィリピン海プレートの北縁部に位置し、同プレートと陸側のプレートの境界をなす断層帯の一部である。 以下、この断層帯を構成する各断層の概要及びその付近の地形を説明する(図−1図−2図−3図−4図−5)。

○国府津−松田断層

国府津−松田断層は相模湾岸の神奈川県小田原市国府津地区から内陸の松田町にかけ、北西−南東方向に延びる長さ約10kmの活断層である。この断層は足柄平野と大磯丘陵を区切る顕著な地形境界を形成しており、北東側隆起の逆断層である。南西側の足柄平野は厚さ 500m以上の第四紀層で埋積される沈降域であり、東側の大磯丘陵は隆起域である。しかし、大磯丘陵も第四紀前・中期の厚い沈降性堆積物に覆われており、隆起が始まったのは、第四紀中期と考えられ、断層の活動もその頃から始まったと推定される。この断層の平均変位速度については、上下変位成分について下記のいくつかの値が得られている。水平成分も含めた実質の変位速度はこれより大きい可能性がある。


以上のことから変位速度を約3m/千年と評価した。なお、1923年の関東地震の時にこの断層が活動したことを示す資料は、現地の地表調査でも水準点測量でも、得られていない。

以下、最近行われた地質調査所の調査結果の概要を示す。

国府津−松田断層の4地点でトレンチ調査を、周辺11地点でボーリング調査を、断層を横切る5測線で反射法弾性波探査を行った(図−2)。

トレンチ調査の結果、山田地区ではローム層を切る逆断層群が出現したが、それを覆う地層の年代は不明で、活動時期を絞ることはできなかった。上曽我地区トレンチでは古い地割れ及び地すべりが認められ、地割れの充填物は古墳時代の砂礫層であり、古墳時代以前に断層活動があったことが示唆された。曽我谷津地区トレンチでは逆断層とその活動によると考えられる崩壊堆積物が認められた。南方での遺物の時代等も併せ考えると、縄文時代中期〜弥生時代末期に活動があったと考えられ、また弥生時代以降も強い地震動があったと推定された。国府津地区トレンチ(図−3)では地割れと地滑り面及びこれらを覆う黒色土が認められた。地割れを充填している土壌の年代は約2900年前、黒色土下部の年代は約2800年前と測定され、地割れ・地すべりの形成時期は2800〜2900年前の縄文時代後期と推定された。
11カ所のボーリング調査では断層両側の箱根火山火砕流堆積物・軽石層(5〜6万年前に堆積)の高度差は、既存の資料や地表での調査結果も含め、90〜140m程度の差があることが判明した。この高度差を断層の上下変位と仮定すると平均変位速度は1.5〜2.8m/千年となる。また、5測線における反射法弾性波探査では地表調査等から推定される断層位置・変位方向と調和的な反射断面が得られ、断層の北東側(大磯丘陵側)隆起が確認された。 以上をまとめると、曽我谷津地区の逆断層活動時期は国府津地区の地割れ・地すべり形成時期(約2800〜2900年前)と調和的で、上曽我地区の地割れ時期とも矛盾しない。このことから約2800〜2900年前に国府津−松田断層が活動したと考えられる。活動間隔に関するデータは得られなかった。5〜6万年間の平均変位速度は1.5〜2.8m/千年と推定された。

○松田北断層、松田山山麓断層、日向断層

神縄・国府津−松田断層帯は、松田町以北では走向を西北西に変え、足柄平野の北縁をたどって山北南方にかけて延び、この部分に松田北断層、松田山山麓断層、ひなた日向断層が連なる。いずれも北側隆起の逆断層で、長さは約2kmである。これらの断層は調査資料に乏しいが、松田北断層の平均変位速度が約2m/千年(最近の5万年;上下成分)、ひなた日向断層の最新の活動は、2300年前(御殿場泥流の堆積)より古いという結果が得られている。

○神縄断層

神縄断層は国府津−松田断層と直接にはつながらず、松田北断層、日向断層等の断層列の2〜3km北を、これらと並行して西北西に走る長さ16km以上の逆断層である。北側の丹沢層群(第三紀層)と南側の足柄層群(第四紀層)の分布境界をなし、地質学的には北側隆起の大きな累積変位が認められ、地形的にも丹沢山地と足柄山地の境界として比高数百mの地形境界をなしている。この断層の特徴は、主断層が多数の北西−南東走向及びそれと共役な北東−南西走向の小断層によって分断されていることである。地質構造上は明瞭な断層であるが、第四紀の活動を示す地形的証拠は乏しい。塩沢西方では約8万年前の駿河礫層が90m以上上下に変位している。平均変位速度は、一部では1m/千年という値が得られている。しかし、これは見かけのものである可能性があり、真の上下変位を表すものかどうか、再検討が必要である。


○足柄平野と大磯丘陵

神縄・国府津−松田断層帯の南西側の足柄平野は長期的には沈降を続けている(6千年間に約4m、6万年間に約30m)。これは関東地震時の隆起の動きとは逆である。このことは関東地震時の動きとは異なる国府津−松田断層の活動を考えることにより理解できる。国府津−松田断層は上述のように、長期的には北東側(大磯丘陵)を隆起させ、南西側(足柄平野)を沈降させてきた逆断層である。現在、その運動の結果、両地域間の高度差は 250mに達している。
足柄平野の海岸寄りの所には4〜5mの比高を持つ鴨宮段丘がある。この段丘面は約3千年前に海抜0m程度であり、それ以降隆起したことを意味している。また、足柄平野の沖積層に約3千年前の海進の跡がある。これは約3千年前の地震の際に沈降したことを示唆する。
一方、大磯丘陵に縄文海進(約6千年前)以降の海成段丘が3段ある。このうちの最上段は、約6千年前の縄文海進時の堆積面であり、現在最高約25mの高さにある。この下の2段の段丘面はいずれも浸食段丘であり、形成年代は不詳である。最下段の段丘は鴨宮段丘とほぼ同じ高さにあり、ほぼ同時期に形成されたと考えられることから、1923年の関東地震と同様な地震の累積によると推定される。このように、約6千年前に生じた第1と第2の2段の段丘を、この断層帯の活動によって生じたものであると考える。

○相模トラフ

神縄・国府津−松田断層帯の南東延長部には相模トラフがあり、トラフの陸側斜面の基部に多くの断続する活断層が推定されている。この相模トラフに沿ってプレート境界の断層があり、フィリピン海プレートが北西ないし北北西へ3cm/年前後の速さで陸側のプレートの下に沈み込んでいると考えられている。1923年の関東地震や1703年の元禄地震はこの相模トラフに沿って発生したプレート間の大地震であった。


5−2.歴史地震

歴史地震の内、この断層帯付近を震源とする地震はいくつか知られているが、そのいずれでもこの断層帯の地表部分が活動したことを示唆する資料はない。相模湾地域で起きた大地震で、確実にプレート間地震と考えられるのは1703年の元禄地震(M7.9〜8.2)と1923年の関東地震(M7.9)だけである。一部には 878年の関東諸国の地震、1293年の鎌倉の地震もプレート間地震の可能性があるとする考えもある。1703年の元禄地震は相模湾沿岸に甚大な被害を与えた点は1923年の関東地震と似ているが、沿岸地形の調査結果によると、後者の場合と異なって、沿岸の土地の隆起は相模湾から外房へ向かって大きくなり、最大4mを越える。津波もその波高は湾内よりも外房沿岸で大きく、また、1923年の関東地震の場合よりも遠くまで比較的大きな津波が到達した。
1923年の関東地震による沿岸の隆起量は房総半島南部と大磯海岸で最大で約2mに達した。さらに1m程度の隆起は大磯丘陵より西側の足柄平野、真鶴岬、初島まで及んだ。丹沢山地は著しく沈降した。このように、沿岸の隆起の中心は1703年の元禄地震の場合と異なって、相模湾内にあった。
多くの地震学的、測地学的資料は、この地震の震源域は国府津−松田断層の地下にまで及んだことを示しているが、国府津−松田断層沿いの地表では断層活動は認められなかった。


5−3.近年の地震観測結果

近年の地震観測によれば、この断層帯のごく近くは微小地震は少なく、震源分布等からこの断層帯の地下の形状を推定することは困難である。


5−4.近年の地殻変動観測結果
測量によれば、1923年の関東地震以降、足柄平野及び大磯丘陵は2mm/年程度の速さで沈降を続けている。この沈降速度は500〜1000年間で地震時の隆起を回復する速さである。断層が地震を伴わずに継続的にずれる現象(クリープ)は認められていない。

5−5.相模湾地域の大地震に関する研究

歴史時代に相模湾地域から1703年の元禄地震や1923年の関東地震などの大地震が発生している。これらの大地震の発生機構や地震像に関して、以下のようないくつかの議論が行われている。

1923年の関東地震について、山崎直方、加藤武夫、今村明恒らの当時の主な地形・地質・地震の研究者はいずれも、その震源を主に相模湾内の北西−南東走向の断層と考えていた。今村・岸上(1928)は水平変動に基づいて、その断層が地震時に右ずれに約8m動いたと推定した。さらに今村(1928)は三浦半島の隆起海岸の観察からそのような大地震が過去千数百年間に4回あったと考えた。また、Sugimura and Naruse(1954)は関東地震に伴う相模湾沿岸の隆起量の分布が完新世段丘の汀線高度とよい相関にあることを見いだし、関東地震が繰り返し発生していることを量的に示した。1970年代になるとさらに多くの新しい知見が加わった。Kanamori (1971, 1973)、 Ando (1974)は関東地震の観測資料を用いて、その地震の震源断層が丹沢山地を含む神奈川西部から房総沖にいたる、ほぼ相模トラフ沿いの、長さ100km前後、幅40〜60km、北東へ30〜45°程度傾斜する断層面に沿う、逆断層性右ずれ断層(変位量約7m)によって説明できることを示した。このような関東地震の断層パラメーターを求める調査 はその後も Scholz and Kato(1978), Matsu’ura et al.(1980), Matsu’ura and Iwasaki (1983)によってすすめられ、最近では Wald and Somerville (1995), Takeo and Kanamori (1993)によって、すべり量分布が断層西端で大きかったと推定された。

これらの調査によって1923年の関東地震に伴う相模湾沿岸の地殻変動の大勢は説明できたが、初島や真鶴岬など、足柄平野以西の海岸が隆起したことは説明できなかった。そこで、その隆起を説明するために石橋(1980)は上記の相模トラフ断層沿いの主な断層のほかに小田原−熱海沖に西傾斜の逆断層を想定し、それも活動したと考えた。多田(1977)も水平変動の分布から、関東地震の震源断層の北西部は相模トラフから西へ分かれて熱海市方面へ延び、その断層も変位したとした。その後、相模湾海底の資料を調べた大河内(1990)は熱海―相模トラフ間の海底の高まり(真鶴海丘)を、ほぼ東西で北傾斜の逆断層による隆起地形とし、関東地震時にその逆断層も変位したと考えた。多田と大河内の考えは、関東地震の震源断層は相模湾北西部の地下で分岐し、そのひとつは国府津―松田断層(の深部)へ、他のひとつは真鶴海丘の逆断層へ連なったとするものである。松田(1993)はその考えを用いて1923年の関東地震の断層範囲と、元禄地震や想定「大磯型地震」(後述)の震源域の位置関係の概略を図示した。

1703年の元禄地震については地形調査によって、この地震に伴ってできた隆起段丘の沿岸での高度分布が明らかになり、それが1923年の関東地震に伴う海岸隆起の分布型と異なることが示された。それに基づいて、相模湾地域から発生する大地震には少なくとも2つの互いに異なる型の地震(大正型地震と元禄型地震)があり、それらが繰り返して発生しているとされた(松田ほか、1974; Matsuda et al.,1978)。そして、それらと相模湾沿岸での過去約6000年間における海岸隆起量の分布とが比較され、大正型とも元禄型とも異なって、大磯地域を隆起させ足柄平野を沈降させる地震(想定「大磯型地震」=神縄・国府津−松田断層帯の活動による)があるとした。その地震は丹沢山地をも隆起させると考えられた(松田、1993)。

相模湾地域のこれらの大地震の活動間隔については次のような議論があった。瀬野(1977)は主に水準点変動の資料から、大正型地震については活動間隔180〜400年、元禄型地震については950〜2500年を得た。中田ほか(1980)は房総半島南端の約6000年前以降の4段の各段丘の年代をもとめて、元禄型地震の活動間隔はおよそ2000年であることを示した。大正型地震の活動間隔についても検討が行われたが、その結果には概して、200〜400年程度の推定値が得られた場合(Kanamori,1973; 石橋,1992; Yoshioka et al., 1994)と700〜900年程度の場合(松田,1985; 茅根・吉川,1986 ;熊木,1988; 山崎,1985)とがあった。

「大磯型地震」あるいは国府津−松田断層の活動間隔に関しては、山崎(1985)は足柄平野の段丘調査結果から少なくとも最近の2300年間に足柄平野が沈降するような大地震(想定「大磯型地震」)が起こっていないとして、この断層の活動間隔が2000年〜3000年、活動時の変位量が約10m、地震のマグニチュードMが7.5以上であることを示唆した。

これに対して石橋(1992)は相模トラフを震源域とする地震(大正型地震)から独立して国府津―松田断層が活動することはなく、前者の震源域が時々拡大して、そのときにだけ国府津―松田断層も変位すると考えた。また、Wald and Somerville(1995)は、1923年の関東地震のすべり量分布を検討した結果、「大磯型地震」に関しては、その規模や活動可能性の再評価が必要であるとした。

5−6.将来の地震について 

1923年の関東地震の震源域は国府津−松田断層の直下まで伸びていた。一般に、断層運動のずれの量の小さい地域では二つの地震の震源域が重なっても不自然ではないが、主文で述べたような規模の大きな地震がこの断層帯から単独で起きるか、大正型地震の発生によってその時にだけ(従属的に)起きるのかは、議論のあるところである。前者であれば「おおむね3千年間隔で繰り返して活動している断層が満期を迎えた(繰り返し間隔の時間が経過した)」ことになり、繰り返し間隔の不規則さを考慮に入れると「現在を含む今後数百年以内に」発生する可能性がある、という結論になる。一方、後者のように「従属的」に活動すると考えれば、次の活動は早くても関東地震の1サイクル次のプレート間地震の時、つまり、今後数10年以内に発生する可能性はむしろ低いということになる。このような議論においては、重複部分の広さの見積もりや、重複部分の意味の取り方(重複した部分でもその中心域以外は再度活動しうるか)などを検討する必要があり、今後の研究の一層の進展が待たれる。

なお、ここでは神縄・国府津−松田断層帯の活動を評価したのであって、関東地方ないし首都圏に大きな被害を及ぼす次の地震がこの断層帯で発生するかどうかを議論したものではない。それは将来の課題である。

<注>松田による内陸断層に関する経験式は次のとおり。
     logD= 0.6M−4
     logL= 0.6M−2.9
       ここで log:常用対数
          M:地震の規模(マグニチュード)
          D:断層運動による食い違い量(m)
          L:地表に現れた断層の長さ(km)



文献表

相田勇 (1993) : 相模湾北西部に起こった歴史津波とその波源数値モデル,地学雑誌,vol.102,No.4,427−436.
天野一男 (1986) : 多重衝突帯としての南部フォッサマグナ, 月刊地球,vol.8,No.10,581−585.
天野一男・横山健治・立川孝志 (1984) : 箱根古期外輪山を切る平山断層,地質学雑誌,vol.90,No.11, 849−852.
ANDO, Masataka (1971) : A Fault−OriginModelofthe Great Kanto Earthquake of1923 asDeducedfrom Geodetic Data, Bull.Earthq.Res. Inst.,vol.49, 19−32.
ANDO, Masataka (1974) : Seismo−tectonicsofthe1923 Kanto earthquake, J. Phys.Earth,vol.22,263−277.
千葉達朗・米澤宏・関東第四期研究会 (1983) : 国府津−松田断層地域の第四系(その2)−大磯丘陵西部団研1982年度の成果−,関東の四紀,(10),3−14.
遠藤邦彦・関本勝久・辻誠一郎 (1979) : 大磯丘陵西南部, 中村川下流域の完新世の層序と古環境,日本大学文理学部自然科学研究紀要,vol.14,9−28.
藤井陽一郎 (1985) : 小田原付近・伊豆半島北東部の地殻歪, 月刊地球,vol.7,No.8,446−451.
羽鳥徳太郎・相田勇・梶浦欣二郎 (1973) : 南関東周辺における地震津波,関東大地震五十周年論文集,57−66.
廣井脩・中森広道 (1993) : 神奈川県西部地震の被害の様相, 地学雑誌,vol.102,No.4,482−488.
星野一男・長谷紘和 (1977) : 神縄断層を切る南北性断層について, 地質学雑誌,vol.83,62−64.
今村明恒 (1925) : 房総半島ニ於ケル土地ノ隆起, 震災予防調査會報告,第百号乙,91−93.
IMAMURA, Akitune (1928) : On the SeismicActivityofthe Kwanto District, Jap. J.Astr. Geophy.,127−135.
今村明恒・岸上冬彦 (1928) : 関東大地震並に丹後大地震に表れたる断層の横ずれについて,地震研彙報,5,35−41.
今永勇 (1986) : 足柄層群の層序と構造, 月刊地球, vol.8, No.10,637−641.
井上禧之助 (1925) : 関東大地震ニ伴ヘル地変調査予報, 震災予防調査會報告,第百号乙,95−96.
石橋克彦 (1976) : 「伊豆東方線−西相模湾断層」と伊豆異常隆起の解釈−フィリッピン海プレート最北境界の二重構造,地震学会講演予稿集,No.2,29.
石橋克彦 (1980) : 伊豆半島をめぐる現在のテクトニクス. 月刊地球,vol.2,No.2,110−119.
石橋克彦 (1985) : 小田原付近の大地震発生の可能性, 月刊地球, vol.7,No.8,420−426.
石橋克彦 (1986) : 南部フォッサ・マグナのプレート運動史 (試論),月刊地球,vol.8, No.10, 591−597.
石橋克彦 (1988a) : “神奈川県西部地震”と地震予知 I, 科学, vol.58,No.9,537−547.
石橋克彦 (1988b) : “神奈川県西部地震”と地震予知 II, 科学,vol.58,No.12,771−780.
石橋克彦 (1990) : 西相模湾断裂, 国府津・松田断層, 大磯型地震,地球惑星科学関連学会シンポジウム共通セッション講演予稿集,90.
石橋克彦 (1992) : 「大磯型地震」と相模トラフ巨大地震 (試論) ,月刊地球,号外,No.5, 73−77.
石橋克彦 (1993) : 小田原付近に発生した歴史地震とその地学的意味,地学雑誌,vol.102,No.4, 341−353.
石橋克彦・太田陽子・松田時彦 (1982) : 相模湾西部、初島の完新世海成段丘と地殻上下変動,地震2輯,vol.35,195−212.
石田瑞穂 (1993) : 神奈川県西部地域の地震活動, 地学雑誌, vol.102,No.4,381−392.
伊藤慎・増田富士雄 (1986) : 堆積体の発達様式から見た地質構造 −足柄層群を中心とした丹沢山地周辺の上部新世界−,月刊地球,vol.8,No.10, 616−620.
伊藤谷生・上杉陽・狩野謙一・千葉達郎・米澤宏・染野誠・本間睦美 (1986):最近100万年間における足柄−大磯地域の古地理変遷とテクトニクス,月刊地球,vol.8,No.10, 630−636.
ITO, Tanio, Ken’ichi KANO, Yo UESUGI, KazuoKOSAKAandTatsuro CHIBA (1989) :Tectonicevolutionalongthe northernmost borderof the PhilippineSeaplate since about1 Ma, Tectonophys.,160,305−326.
ITO, Tanio, Yo UESUGI, Hiroshi YONEZAWA,Ken’ichiKANO,Makoto SOMENO, TatsuroCHIBA, andToshioKIMURA(1987) Analytical Method for EvaluatingSuperficialFaultDisplacements in VolcanicAir FallDeposits:Case of the HirayamaFault, Southof TanzawaMountains, CentralJapan, Since21,500years B.P.,J. Geophys.Res., vol.92,No.B10,10,683−10,695.
貝塚爽平 (1987) : 関東の第四紀地殻変動, 地学雑誌, 96, 223−240.
貝塚爽平・森山昭雄 (1969) : 相模川沖積低地の地形と沖積層, 地理学評論,42,85−105.
垣見俊弘・平山次郎・岡重文・杉村新 (1971) : 南下浦断層の変位の性格,とくに垂直変位量について,第四紀研究,10,81−91.
神奈川県 (1982) : 神奈川県地震災害対策資料、三浦半島および国府津・松田地域の活断層に関する調査報告書,82−195.
金井清 (1973) : 関東地震の建物被害について, 関東大地震五十周年論文集,51−55.
KANAMORI, Hiroo (1971) : Faulting of theGreatKantoEarthquake of 1923 as RevealedbySeismologicalData,Bull. Earthq. Res.Inst.,vol.49,13−18.
KANAMORI, Hiroo (1973) : Mode of strainreleaseassociatedwith major earthquakesin Japan,Ann. Rev.Earth Planet. Sci.,1, 213−239.
金森博雄・安藤雅孝 (1973) : 関東大地震の断層モデル, 関東大地震五十周年論文集,89−101.
KANEKO, Shiro (1971) : Neotectonics ofOisoHillsand Contiguous Districts inSouthKanto,Japan,(金子史朗,大磯丘陵とその周辺のネオテクトニックス), 地質学雑誌,vol.77,No.6, 345−358.
狩野謙一・染野誠・上杉陽・伊藤谷生 (1988) : 足柄地域北西部における中期更新世以降の断層活動−プレート力学境界表層部での変形過程の例−,静岡大学地球科学研究報告,vol.14,57−83.
狩野謙一・上杉陽・伊藤谷生・千葉達郎・米澤宏・染野誠 (1984) : 丹沢南部・大磯丘陸周辺における中期更新世以降の断層運動,第四紀研究,23,137−143.
関東四紀研究会 (1987) : 大磯丘陵の層序と構造, 関東の四紀 (13),3−46.
笠原慶一・山田重平・安藤雅孝 (1973) : 南関東の地殻変動 −展望と作業仮説−,関東大地震五十周年論文集,103−116.
笠原敬司 (1985) : 関東南部における大地震再来周期について, 月刊地球,vol.7,No.863,440−445.
笠原敬司・山水史生・井川猛・清水祥四郎 (1991) : 足柄平野〜国府津・松田断層を横切る地震波反射断面,地震学会講演予稿集,No.2,324.
加藤茂・岩淵洋・浅田昭・加藤幸弘・菊池真一・穀田昇一・楠勝治・渡辺一樹(1993):相模湾の地殻構造と変動地形,地学雑誌, vol.102,No.4, 399−406.
加藤武夫 (1925) : 大正十二年九月一日関東大地震ノ地質學的考察 (第一回報告),震災予防調査會報告,第百号乙,1−9.
活断層研究会 (1991) : 新編日本の活断層, 東京大学出版会, 174−183.
茅根創・吉川虎雄 (1986) : 房総半島南東岸における現成・離水侵食海岸地形の比較研究,地理学評論, 59A, 18−36.
茅野一郎 (1993) : 神奈川県西部における地殻活動観測の現状, 地学雑誌,vol.102,No.4,457−462.
KIM, Hyeongpyo (1989) : Inversion of GeodeticDatausingABIC with Application to the1923KantoEarthquake, Indiv. Studiesby Participantsatthe Int. Inst. Seismol.Earthq. Eng.,25,77−91.
木村正昭 (1973) : 陸上地質を相模湾底に追う, 科学, July, 420−426.
北里洋 (1986) : 南部フォッサマグナ地域における古地理の変遷, 月刊地球,vol.8,No.10,605−611.
駒澤正夫・石原丈実・広島俊男 (1992) : 日本列島の重力図の作成と主な特徴,月刊地球,vol.14,No.3, 166−173.
小山真人 (1996) : 西相模湾断裂の再検討と相模湾北西部の地震テクトニクス,地学雑誌,vol.104,No.1, 45−68.
小山真人・北里洋・矢野享 (1986) : 古地磁気から見た大磯丘陵の構造運動,月刊地球,vol.8,No.10, 620−625.
KOYAMA, Masato and Susumu UMINO (1991):WhyDoes the Higashi−Izu MonogeneticVolcanoGroupExist in the Izu Peninsula?:RelationshipsbetweenLate QuaternaryVolcanism and Tectonicsinthe NorthernTip of the Izu−Bonin Arc,J.Phys. Earth,39, 391−420.
工藤一嘉 (1993) : 神奈川県西部地震から予想される強震動, 地学雑誌,vol.102,No.4,471−481.
熊木洋太 (1988) : 房総半島の完新世旧汀線からみた「大正型」関東地震の平均再来間隔,地学雑誌,97,144−155.
KUMAKI, Yohta (1985) : The DeformationsofHoloceneMarine Terraces in SouthernKanto,CentralJapan, (熊木洋太, 南関東における完新世海成段丘の変位)GeographicalReviewof Japan, vol.58 (Ser.B),No.1,49−60.
熊木洋太・市川清次 (1981) : 大磯丘陵南縁部の中村原面・前川面の変位について,国土地理院時報,No.55,24−28.
KUNO, Hisashi (1951) : Geology of HakoneVolcanoandAdjacent Areas, Part II, 7,351−402.
町田洋 (1973) : 南関東における第四紀中・後期の編年と海成面の変動,地学雑誌,82,53−76.
町田洋・新井房夫・村田明美・袴田和夫 (1974) : 南関東における第四紀中期のテフラの対比とそれに基づく編年,地学雑誌,83,302−338.
町田洋・松島義章・今永勇 (1975) : 富士山東麓駿河小山付近の第四系−とくに古地理の変遷と神縄断層の変動について−,第四紀研究,vol.14,77−89.
町田洋・森山昭雄 (1968) : 大磯丘陵のtephrochronologyとそれにもとづく富士および箱根火山の活動史,地理学評論,41−4,241−256.
松原彰子 (1984) : 駿河湾奥部沖積平野の地形発達史, 地理学評論,57,37−56.
松田時彦 (1975) : 活断層から発生する地震の規模と周期について, 地震2輯,vol.28,269−283.
松田時彦 (1984) : 南部フォッサマグナの湾曲構造と伊豆の衝突,第四紀研究,23,151−154.
松田時彦 (1985) : 大磯型地震について, 月刊地球, vol.7, No.8,472−477.
松田時彦 (1986) : 丹沢山地南部の構造と生いたち −5つの時期−,月刊地球,vol.8,No.10, 626−629.
松田時彦 (1987) : 百年・千年・万年の未来予測−地震と地殻変動, 第四紀学会編,百年・千年・万年後の日本の自然と人類,古今書院,81−103.
松田時彦 (1989) : 南部フォッサマグナ多重衝突説の吟味, 月刊地球,vol.11,No.9,522−525.
松田時彦 (1993) : 相模湾北西部地域の地震テクトニクス, 地学雑誌,vol.102,No.4,354−364.
松田時彦 (1996) : 「要注意断層」の再検討, 活断層研究14号, 1−8.
松田時彦・太田陽子・安藤雅孝・米倉伸之 (1974) : 元禄関東地震 (1703年)の地学的研究「関東地方の地震と地殻変動」,ラティス, 175−192.
MATSUDA, Tokihiko, Yoko OTA, MasatakaANDOandNobuyuki YONEKURA (1978) : Faultmechanismandrecurrence time of majorearthquakesinsouthern Kanto district,Japan, as deducedfromcoastal terracedata, Geol. Soc. Am.Bull.,89, 1610−1618.
松田時彦・由井将雄・松島義章・今永勇・平田大二・東郷正美・鹿島薫・松原彰子・中井信之・中村俊夫・松岡数充(1988):伊勢原断層 (神奈川県) の試錐による地下探査−過去約7000年間の堆積,環境と元慶2年地震の変位−, 地震研究所彙報,63,145−182.
松島義章 (1979) : 南関東における縄文海進に伴う貝類群集の変遷, 第四紀研究,vol.17,243−265.
松島義章 (1980) : 南関東における貝類群衆からみた縄文海進と地殻変動,月刊地球,vol.2,52−65.
松島義章 (1982) : 相模湾北岸, 足柄平野における沖積層14C年代とそれに関連する問題,第四紀研究,20,(4), 319−323.
松島義章 (1984) : 完新世段丘からみた相模湾・駿河湾沿岸地域のネオテクトニクス,第四紀研究,23,165−174.
松島義章・今永勇 (1968) : 神縄逆断層について, 神奈川県立博物館研究報告,vol.1,65−73.
MATSU’URA, Mitsuhiro and Takaya IWASAKI(1983):Study on Coseismic and PostseismicCrustalMovementsAssociated with the1923 KantoEarthquake,Tectonophys., 97,201−215.
MATSU’URA, Mitsuhiro, Takaya IWASAKI,YasunoriSUZUKIand Ryousuke SATO (1980): StaticalandDynamical Study on FaultingMechanismofthe 1923 Kanto Earthquake,J. Phys. Earth,28,119−143.
水野清秀・山崎晴雄・下川浩一・佐竹健治・井村隆介・吉岡敏和 (1995):国府津−松田断層の活動履歴及び活動性調査,平成7年度活断層研究調査概要報告書,工業技術院地質調査所,81−88.
森慎一・米澤宏・関東第四紀研究会 (1982) : 国府津−松田断層地域の第四系(その1)−大磯丘陵西部団研1981年度の成果と課題−,関東の四紀,(9) , 1−9.
村井勇 (1973) : 南関東における鮮新世末の地震活動の推定, 関東大地震五十周年論文集,117−124.
村井勇・金子史朗 (1973) : 南関東のネオテクトニクス・ノート,関東大地震五十周年論文集,125−145.
中田高・木庭元晴・今泉俊文・曹華龍・松本秀明・菅沼健 (1980) : 房総半島南部の完新世海成段丘と地殻変動,地理学評論,vol.53,No.1, 29−44.
中村一明・島崎邦彦 (1981) : 相模・駿河トラフとプレートの沈み込み科学,Aug.1981,490−498.
NAKAMURA, Kazuaki, Kunihiko SHIMAZAKIandNobuyukiYONEKURA (1984) : Subduction,bendingandeducation,Present and Quaternarytectonicsofthe northern border of thePhilippineSeaplate, Bull. Soc. Geol.France. 1984,No.2,221−243.
那須信治 (1973) : 関東大地震前後の関東地方の地震活動, 関東大地震五十周年論文集,21−40.
西澤あずさ・金澤敏彦・岩崎貴哉・島村英紀 (1991) : 海底地震探査による相模湾地域の上部地殻構造(2),地震学会講演予稿集,No.2, 217.
岡田義光 (1993) : 「神奈川県西部地震」の諸モデルと期待される地殻変動,地学雑誌,vol.102,No.4, 445−456.
岡山俊雄 (1961) : 日本の地形構造と地質構造の関係, 辻村太郎先生古希記念地理学論文集,古今書院,50−68.
奥村清 (1977) : 神奈川県山北町, 尾崎遺跡の遺物を包含する降下火砕層について,神奈川県文化財調査報告,vol.13,359−362.
大磯団体研究グループ (1988) : 国府津−松田断層地域の第四系 (その3),関東の四紀,(14) , 3−22.
大木靖衛 (1985) : 箱根芦ノ湖の湖底木から見た小田原付近の巨大地震,月刊地球,vol.7,No.8, 426−430.
大木靖衛 (1993) : 箱根の逆さ杉と南関東の大地震, 地学雑誌, vol.102,No.4,437−444
大河内直彦 (1990) : 相模湾の活構造とテクトニクス, 地学雑誌, vol.99,No.5,38−50.
大村齊 (1925) : 関東大地震ニ伴ヘル陸地水準変更調査, 震災予防調査會報告,第百号乙,55−59.
太田陽子・成瀬洋 (1977) : 日本の海成段丘−環太平洋地域の海面変化・地殻変動の中での位置づけ−,科学,vol.47,281−292.
大竹政和 (1993) : 神奈川県西部に想定される地震の断層破断様式と発生確率,地学雑誌,vol.102,No.4, 463−470.
大塚弥之助 (1930) : 大磯地塊を中心とした地域の最新地質時代の地史,地理学評論,6,1−20, 113−143.
佐山守 (1973) : 江戸及びその付近に発生した古地震概説, 関東大地震五十周年論文集,13−20.
SCHOLZ, Christopher H. and Teruyuki KATO(1978):The Behavior of a Convergent PlateBoundary:CrustalDeformation in the SouthKantoDistrict,Japan, J. Geophys. Res.,vol.83,783−797.
瀬野徹三 (1977) : 地殻上下運動より推定された相模トラフ巨大地震の再来周期,地震2輯,vol.30,253−264.
瀬野徹三 (1993) : 関東−東海地域におけるプレート相対運動, 地学雑誌,vol.102,No.4,374−380.
瀬尾和大 (1985) : 東京から小田原に至る地域の地下構造について, 月刊地球,vol.7,No.8,452−456.
徐垣 (1986) : 丹沢ブロック衝突時の化石プレート境界, 月刊地球,vol.8,No.10,598−601.
徐垣 (1995) : 足柄層群南縁の衝上断層 (日向断層) とその地震テクトニクス上の意義,地質学雑誌,vol.101,No.4,295−303.
杉村新 (1974) : 関東地震と活断層 「関東地方の地震と地殻変動」,ラティス,157−174.
SUGIMURA, Arata and Y. NARUSE (1954) :Changesinthe sea level, seismic upheavals,andcoastalterraces in the southern KantoRegion,Japan(I) (II) , Jap. Geol. Geographyvol.XXIV,XXVI,101−113, 165−176.
多田堯 (1977) : 熱海構造線の提唱, 地震2輯, 30, 347−377.
多田堯 (1993) : 神奈川県西部地方の地殻変動とその地学的意味, 地学雑誌,vol.102,No.4,418−426.
TADA, Takashi and Shoji SAKATA (1977) :Onafault model of the 1923 great Kantoearthquakeandits geotectonic implication,Bull.Geogr.Sur. Inst., 22, 103−121.
TAIRA, Asahiko, Hidekazu TOKUYAMA andWonnSOH(1989) : Accretion tectonics andevolutionofJapan, in Ben−Avraham ed.,The evolutionofthe Pacific Ocean margins,Oxford Univ.Press,100−123.
高橋正樹 (1986) : マグマ活動から見た南部フォッサマグナ地域の「衝突」テクトニクス,月刊地球,vol.8,No.10,586−591.
武村雅之・池浦友則 (1994) : 短周期データから見た1923年関東地震の多重震源性−体験談と地震記象の解釈−,地震2輯,47,351−364.
TAKEO, Minoru and Hiroo KANAMORI (1992):Simulationof Long−Period Ground Motionsforthe 1923Kanto Earthquake (M=8) , Bull.Earthq.Res.Inst., vol.67, 389−436.
寺田寅彦 (1925) : 相模灣海底変化ノ意義並ニ大地震ノ原因ニ関スル地球物理學的考察,震災予防調査會報告,第百号乙,63−72.
鳥海光弘・荒井融 (1986) : 変成作用から見た伊豆・マリアナ弧の衝突,月刊地球,vol.8,No.10, 612−615.
都司嘉宣 (1985) : 小田原を襲った歴史地震について, 月刊地球, vol.7,No.8,431−439.
塚原弘昭・池田隆司 (1986) : 南部フォッサマグナの3次元的応力場,月刊地球,vol.8No.10, 602−605.
津村建四朗 (1973) : 関東地方の微小地震活動, 関東大地震五十周年論文集,67−87.
恒石幸正・塩坂邦雄 (1981) : 富士川断層と東海地震, 応用地質, 22,52−66.
津屋弘逵 (1942) : 神縄衝上断層の西翼について, 地震研究所彙報,vol.20,322−336.
内田虎三郎 (1925) : 関東大地震ニ因ル相模灣底及附近地形ノ変化調査報告,震災予防調査會報告,第百号乙, 61.
上杉陽・千葉達朗・米澤宏 (1982) : いわゆる国府津・松田断層について−その研究史と実態−,関東の四紀,(9),21−32.
上杉陽・米澤宏 (1987) : 伊豆半島北縁平山断層の活動期, 地震2輯,40,122−124.
上杉陽・米澤宏・千葉達郎・狩野謙一 (1981) : 川音川横すべり断層−大磯丘陸北西縁の活断層−,第四紀研究,20,35−42.
上杉陽・米澤宏・千葉達朗・宮地直道・森慎一 (1983) : テフラからみた関東平野,UrbanKubota,2−17.
宇佐美龍夫 (1973) : 関東地方の古い地震々央位置の範囲, 関東大地震五十周年論文集,1−12.
WALD, David J., and Paul G. Somervuille(1995):Variable−Slip Rupture Model ofthe Great1923Kanto,Japan, Earthquake:Geodeticand Body−WaveformAnalysis, Bull.Seis.Soc. Am., vol.85,No.1, 159−177.
山崎晴雄 (1984) : 活断層からみた南部フオッサマグナ地域のネオテクトニクス,第四紀研究,23,(2) , 129−136.
山崎晴雄 (1985) : 足柄平野の地質と地殻変動, 月刊地球, vol.7,No.8,466−472.
山崎晴雄 (1993) : 南関東の地震テクトニクスと国府津・松田断層の活動,地学雑誌,vol.102,No.4, 365−373.
YAMAZAKI, Haruo (1992) : Tectonics of aPlateCollisionalong the Northern MarginofIZU Peninsula,Central Japan, 地質調査所月報,vol.43,No.10,603−657.
山崎晴雄・垣見俊弘・加藤完・池田喜代治・高橋誠・永田松三・伊藤吉助 (1982):プレート北端部の造構運動の調査研究,フィリピン海プレート北端部の地震テクトニクスに関する特定総合研究中間報告書,科学技術庁研究調整局,368−393.
山崎晴雄・水野清秀・加藤完・下川浩一 (1991) : 地殻構造及び地殻活動史に関する研究,マグニチュード7級の内陸地震の予知に関する研究(第T期昭和62〜平成元年度)成果報告書, 科学技術庁研究開発局, 79−92.
山崎晴雄・町田洋 (1981) : 足柄平野北縁の活断層と地形発達, 日本第四紀学会講演要旨集,vol.11,96−97.
山崎稲雄 (1971) : 山北から洒水の滝へ, コロナ社, 67−72.
山崎直方 (1925) : 関東地震ノ地形學的考察, 震災予防調査會報告,第百号乙,11−54.
米倉伸之・島崎邦彦 (1980) : プレート内逆断層による逆傾斜海成段丘の形成,地震学会講演予稿集,No.1,90.
米倉伸之・鈴木郁夫・長谷川太洋・上杉陽・遠藤邦彦・岡田篤正・河名俊男・石川佳代・福田正巳(1968):相模湾北岸の沖積段丘, とくに下原貝層のC−14年代について,第四紀研究,7,49−55.
吉田明夫 (1993) : 神奈川県西部およびその周辺の地震活動とテクトニクス,地学雑誌,vol.102,No.4, 407−417.
吉井敏尅 (1993) : 神奈川県西部における人工地震による地殻構造調査,地学雑誌,vol.102,No.4, 393−398.
YOSHIOKA, Shoichi, Tetsuichiro YABUKI,TakeshiSAGIYA,Takashi TADA and MitsuhiroMatsu’ura(1994): Interplate couplingin the Kantodistrictcentral Japan, deducedfrom geodeticdatainversion and its tectonicimplications,Tectonophys.,229, 181−200.
吉山良一 (1973) : 関東大地震のマグニチュードと東京に於ける地震動について,関東大地震五十周年論文集,41−50.