庄内平野東縁断層帯の長期評価の一部改訂について

平成21年10月19日
地震調査研究推進本部
地震調査委員会

 地震調査研究推進本部は、「地震調査研究の推進について -地震に関する観測、測量、調査及び研究の推進についての総合的かつ基本的な施策-」(平成11年4月23日)を決定し、この中において、「全国を概観した地震動予測地図」の作成を当面推進すべき地震調査研究の主要な課題とし、また「陸域の浅い地震、あるいは、海溝型地震の発生可能性の長期的な確率評価を行う」とした。

 地震調査委員会では、この決定を踏まえつつ、平成17年4月までに陸域の活断層として、98断層帯の長期評価を行い公表した。

 庄内平野東縁断層帯の評価は平成17年4月13日に公表しているが、その後、最近の調査結果により、活動履歴などに関する新たな知見が得られたことから、これを基に評価の見直しを行い、一部改訂版としてとりまとめた。また、評価の新旧対比表を付録として巻末に示した。

 評価に用いられたデータは量及び質において一様でなく、そのためにそれぞれの評価の結果についても精粗がある。このため、評価結果の各項目について信頼度を付与している。


平成21年10月19日
地震調査研究推進本部
地震調査委員会

庄内平野東縁断層帯の評価(一部改訂)

 庄内平野東縁断層帯は、山形県庄内地方の庄内平野と出羽丘陵の境界部に分布する活断層帯である。ここでは、平成9-11年度に山形県及び平成18年度に産業技術総合研究所によって行われた調査をはじめ、これまでに行われた調査研究成果に基づいて、この断層帯の諸特性を次のように評価した。


庄内平野東縁断層帯については、地震調査研究推進本部地震調査委員会(2005)により、それまでに行われていた調査研究に基づいた長期評価が公表されているが、産業技術総合研究所(2007)などによって新しい知見が得られたことから、今回、主として活動履歴に関して再評価を行った。なお、位置・形態等それ以外の部分に関しては、原則、従前の評価を踏襲したものとなっていることに留意されたい。

1.断層帯の位置及び形態

 庄内平野東縁断層帯は、山形県飽海(あくみ)郡遊佐(ゆざ)町から酒田市東部、東田川郡庄内町を経て鶴岡市に至る断層帯である。長さは約38kmで、ほぼ南北方向に延びており、断層の東側が西側に対して相対的に隆起する逆断層である(図1及び表1)。庄内平野東縁断層帯は、過去の活動時期の違いから、庄内平野東縁断層帯北部と庄内平野東縁断層帯南部に区分される。

 庄内平野東縁断層帯北部は、飽海郡遊佐町から酒田市東部を経て東田川郡庄内町に至る断層帯である。長さは約24kmで、ほぼ南北方向に延びており、断層の東側が西側に対して相対的に隆起する逆断層である。

 庄内平野東縁断層帯南部は、酒田市東部から東田川郡庄内町を経て鶴岡市に至る断層帯である。長さは約17kmで、ほぼ南北方向に延びており、断層の東側が西側に対して相対的に隆起する逆断層である。

2.断層帯の過去の活動

 庄内平野東縁断層帯北部の平均的な上下方向のずれの速度は、2m/千年程度の可能性があり、最新活動は、1894年(明治27年)庄内地震であった可能性がある。また、野外調査から直接得られたデータではないが、経験則から求めた1回のずれの量と平均的なずれの速度に基づくと、平均活動間隔は1千-1千5百年程度もしくはそれ以下の可能性がある。
 庄内平野東縁断層帯南部の平均的な上下方向のずれの速度は、0.5m/千年程度と推定され、最新活動時期は、約3千年前以後、18世紀以前であったと推定される。活動時には、断層の東側が西側に対して相対的に1-2m程度隆起した可能性がある。また、平均活動間隔は約2千5百-4千6百年の可能性がある(表1)。

3.断層帯の将来の活動

 庄内平野東縁断層帯は、過去の活動と同様に北部と南部の2つの区間に分かれて活動すると推定されるが、断層帯全体が1つの区間として同時に活動する可能性もある(表1)。

 庄内平野東縁断層帯北部では、全体が1つの区間として活動する場合、マグニチュード7.1程度の地震が発生すると推定される。その際、断層の近傍の地表面では、断層の東側が西側に対して相対的に2m程度高まる段差や撓(たわ)みが生じる可能性がある(表1)。庄内平野東縁断層帯北部の最新活動後の経過率及び将来このような地震が発生する長期確率は表2に示すとおりである。
 庄内平野東縁断層帯南部では、全体が1つの区間として活動する場合、マグニチュード6.9程度の地震が発生すると推定される。その際、断層の近傍の地表面では、断層の東側が西側に対して相対的に1-2m程度高まる段差や撓みが生じる可能性がある(表1)。庄内平野東縁断層帯南部の最新活動後の経過率及び将来このような地震が発生する長期確率は表2に示すとおりである。本評価で得られた地震発生の長期確率には幅があるが、その最大値をとると、本断層帯南部は、今後30年間に地震が発生する確率が我が国の主な活断層の中では高いグループに属することになる(注1)。
 庄内平野東縁断層帯全体が同時に活動する場合には、マグニチュード7.5程度の地震が発生すると推定される。庄内平野東縁断層帯全体が同時に活動する場合の確率は、北部が単独で活動する場合の確率を超えないものと考えられる。

4.今後に向けて

 庄内平野東縁断層帯では、活動時期及び1回のずれの量についての資料が不足している。また、庄内平野東縁断層帯北部では、平均的なずれの速度について精度の良い値が得られていない。それらの結果、庄内平野東縁断層帯では、信頼度の高い平均活動間隔が得られていない。将来の活動性を明確にするためには、平均的なずれの速度を精度良く求めるとともに、過去の活動時期、1回のずれの量について精度の良いデータを集積させる必要がある。
 また、庄内平野では、平野内に活断層が伏在している可能性を示唆する研究成果が公表されているほか、庄内地震のような、地形・地質学的調査では過去の活動を認めることが困難な地震が発生している可能性もある。このため、今後は詳細な地形情報や、地下構造を把握するためのデータを蓄積し、地表で認められる地形・地質情報と地下構造との関係を明らかにした上で、本断層帯で発生する地震の姿について総合的に検討する必要がある。


表1 庄内平野東縁断層帯の特性
項目 特性   信頼度  
注3
根拠
注4
1.断層帯の位置・形態
(1) 断層帯を
   構成する
   断層
北部:
 下当(しもと)断層、野沢断層、月光川(が
 っこうがわ)断層、観音寺断層、通越(と
 おりごえ)断層など
南部:
 松山断層など
文献1、5による。
(2) 断層帯の
   位置・形状
地表における断層帯の位置・形状
 断層帯の位置
  北部:
   (北端) 北緯39°04′東経139°55′
   (南端) 北緯38°51′東経139°57′
  南部:
   (北端) 北緯38°53′東経139°59′
   (南端) 北緯38°44′東経139°58′
 長さ
  北部: 約24km
  南部: 約17km
  全体: 約38km











文献1による。
位置及び長さは図2から
計測。
地下における断層面の位置・形状
 長さ及び上端の位置
   地表での長さ・位置と同じ

 上端の深さ  
   0km

 一般走向
   北部: N-S
   南部: N-S
   全体: N-S

 傾斜
  北部: 東傾斜
  南部: 東傾斜

 幅
   不明(北部、南部とも)
















上端の深さが0kmであ
ることから推定。

地形の特徴から推定。

一般走向は断層帯の
両端を直線で結んだ方
向。


傾斜は文献6などに示さ
れた地質断面図と反射
法弾性波探査の結果か
ら推定。
地震発生層の下限の深
さは20km程度。
(3) 断層のずれ
   の向きと種
   類
北部: 東側隆起の逆断層
南部: 東側隆起の逆断層

文献1、6などに示され
た地形の特徴と反射法
弾性波探査の結果から
推定。
2.断層帯の過去の活動
(1) 平均的なず
   れの速度
北部:
 約2m/千年程度(上下成分)
南部:
 0.5m/千年程度(上下成分)




文献6に示された資料
から推定。
文献10、14に示された
資料から推定。
(2) 過去の活動
   時期
北部: 
 活動1(最新活動)
  1894年(明治27年)庄内地震
 活動2(1つ前の活動とは特定できない)
  約3千3百年前以後、約2千5百年前以前
 活動3
  約4千年前以後、約3千3百年前以前
南部: 
 活動1(最新活動)
  約3千年前以後、18世紀(1780年)以前
 活動2(1つ前の活動)
  約7千9百年前以後、約3千年前以前
 活動3(2つ前の活動)
  約9千5百年前以後、約7千9百年前以前















被害状況と予測震度分
布から推定。
文献9、11、13、14に
示された資料から推定。
文献9、11、13、14に
示された資料から推定。

文献10、14に示された
資料から推定。
文献10、14に示された
資料から推定。
文献8に示された資料
から推定。
(3) 1回のずれ
   の量と平均
   活動間隔
1回のずれの量
 北部:
   2m程度(上下成分)
 南部:
   1-2m程度(上下成分)

平均活動間隔
 北部:
   1千年-1千5百年程度もしくは
   それ以下

 南部:
  約2千5百-4千6百年















断層の長さから推定。

文献6、7、10に示され
た資料及び断層の長さ
から推定。

平均的なずれの速度と
1回のずれの量から推
定。

過去3回の活動から推
定。
(4) 過去の活
   動区間
 北部と南部の2区間 過去の活動から推定。
3.断層帯の将来の活動
(1) 将来の活
   動区間及
   び活動時
   地震の規
   模
活動区間
 北部と南部の2区間
 (断層帯全体が同時に活動する可能性もあ
 る。)
地震の規模
 北部: マグニチュード7.1程度
 南部: マグニチュード6.9程度
 全体: マグニチュード7.5程度
ずれの量
 北部:
  2m程度(上下成分)
 南部:
  1-2m程度(上下成分)













過去の活動から推定。


断層の長さから推定。





断層の長さから推定。

過去の活動から推定。


表2 庄内平野東縁断層帯の将来の地震発生確率等
項目   将来の地震発生確率等  
注5
 信頼度 
注6
備考
<北部>
地震後経過率(注7

今後30年以内の地震発生確率
今後50年以内の地震発生確率
今後100年以内の地震発生確率
今後300年以内の地震発生確率

集積確率(注8

<南部>
地震後経過率(注7

今後30年以内の地震発生確率
今後50年以内の地震発生確率
今後100年以内の地震発生確率
今後300年以内の地震発生確率

集積確率(注8

0.08-0.1もしくはそれ以上

ほぼ0%
ほぼ0%
ほぼ0%
 ほぼ0%-0.01%もしくはそれ以上 

ほぼ0%


0.05-1.2

ほぼ0%-6%
ほぼ0%-10%
ほぼ0%-20%
ほぼ0%-50%

ほぼ0%-80%














b



発生確率及び集積確
率は文献2による。


注1: 地震調査委員会の活断層評価では、将来の活動区間が単独で活動した場合の今後30年間の地震発生確率について、次のような相対的な評価を盛り込むこととしている。
今後30年間の地震発生確率(最大値)が3%以上の場合:
「本断層帯は、今後30年の間に地震が発生する可能性が、我が国の主な活断層の中では高いグループに属することになる」
今後30年間の地震発生確率(最大値)が0.1%以上-3%未満の場合:
「本断層帯は、今後30年の間に地震が発生する可能性が、我が国の主な活断層の中ではやや高いグループに属することになる」
 なお、2005年4月時点でひととおり評価を終えた98の主要活断層帯のうち、最新活動時期が判明しており、通常の活断層評価で用いている更新過程(地震の発生確率が時間とともに変動するモデル)により地震発生の長期確率を求めたものについては、将来の活動区間が単独で活動した場合の今後30年間に地震が発生する確率の割合は以下のとおりとなっている。
30年確率の最大値が0.1%未満 : 約半数
30年確率の最大値が0.1%以上-3%未満 : 約1/4
30年確率の最大値が3%以上 : 約1/4
(いずれも2005年4月時点での算定。確率の評価値に幅がある場合はその最大値を採用。)
注2: 1995年兵庫県南部地震、1858年飛越地震及び1847年善光寺地震の地震発生直前における30年確率と集積確率は以下のとおりである。
地震名 活動した活断層 地震発生直前の
30年確率 (%)
地震発生直前の
集積確率 (%)
断層の平均活動
間隔 (千年)
1995年兵庫県南部地震
(M7.3)
六甲・淡路島断層帯主部
淡路島西岸区間
「野島断層を含む区間」
(兵庫県)
0.02%-8% 0.06%-80% 約1.7-約3.5
1858年飛越地震
(M7.0-7.1)
跡津川断層帯
(岐阜県・富山県)
ほぼ0%-13% ほぼ0%-
90%より大
約1.7-約3.6
1847年善光寺地震
(M7.4)
長野盆地西縁断層帯
(長野県)
ほぼ0%-20% ほぼ0%-
90%より大
約0.8-約2.5
「長期的な地震発生確率の評価手法について」(地震調査研究推進本部地震調査委員会,2001)に示されているように、地震発生確率は前回の地震後、十分長い時間が経過しても100%とはならない。その最大値は平均活動間隔に依存し、平均活動間隔が長いほど最大値は小さくなる。平均活動間隔が2千5百年の場合、30年確率の最大値は10%程度である。
注3: 信頼度は、特性欄に記載されたデ-タの相対的な信頼性を表すもので、記号の意味は次のとおり。
  ◎:高い、○:中程度、△:低い
注4: 文献については、本文末尾に示す以下の文献。
 文献1:池田ほか編(2002)
 文献2:地震調査研究推進本部地震調査委員会(2001)
 文献3:加藤ほか(2006a)
 文献4:加藤ほか(2006b)
 文献5:活断層研究会編(1991)
 文献6:小松原(1997)
 文献7:水本ほか(2005)
 文献8:太田ほか(2000)
 文献9:産業技術総合研究所(2007)
 文献10:澤ほか(2000)
 文献11:鈴木ほか(1989)
 文献12:山形県(1998)
 文献13:山形県(1999)
 文献14:山形県(2000)
注5: 評価時点はすべて2009年1月1日現在。「ほぼ0%」は10-3%未満の確率値を示す。なお、計算に当たって用いた断層帯北部・南部における平均活動間隔と断層帯北部における最新活動時期の信頼度は低い(△)ことに留意されたい。
注6: 地震後経過率、発生確率及び現在までの集積確率(以下、発生確率等)の信頼度は、評価に用いた信頼できるデータの充足性から、評価の確からしさを相対的にランク分けしたもので、aからdの4段階で表す。各ランクの一般的な意味は次のとおりである。
   a: (信頼度が)高い  b: 中程度  c: やや低い  d: 低い
発生確率等の評価の信頼度は、これらを求めるために使用した過去の活動に関するデータの信頼度に依存する。信頼度ランクの具体的な意味は以下のとおりである。分類の詳細については付表を参照のこと。なお、発生確率等の評価の信頼度は、地震発生の切迫度を表すのではなく、発生確率等の値の確からしさを表すことに注意する必要がある。
発生確率等の評価の信頼度
a: 過去の地震に関する信頼できるデータの充足度が比較的高く、これを用いて求めた発生確率等の値の信頼性が高い。
b: 過去の地震に関する信頼できるデータの充足度が中程度で、これを用いて求めた発生確率等の値の信頼性が中程度。
c: 過去の地震に関する信頼できるデータの充足度が低く、これを用いて求めた発生確率等の値の信頼性がやや低い。
d: 過去の地震に関する信頼できるデータの充足度が非常に低く、これを用いて求めた発生確率等の値の信頼性が低い。このため、今後の新しい知見により値が大きく変わる可能性が高い。または、最新活動時期のデータが得られていないため、現時点における確率値が推定できず、単に長期間の平均値を確率としている。
注7: 最新活動(地震発生)時期から評価時点までの経過時間を、平均活動間隔で割った値。最新の地震発生時期から評価時点までの経過時間が、平均活動間隔に達すると1.0となる。今回の評価した数字のうち、断層帯北部における0.08は115年を1500年で、0.1は115年を1000年で割った値であり、断層帯南部における0.05は229年を4600年で、1.2は3000年を2500年で割った値である。
注8: 前回の地震発生から評価時点までに地震が発生しているはずの確率。


(説明)

1.庄内平野東縁断層帯に関するこれまでの主な調査研究

 庄内平野東縁に分布する断層に関しては、辻村(1932)以来、数々の報告がなされている。
 辻村(1932)は、本断層帯に相当する断層として、羽黒山断層崖、高鳥山断層崖、天狗森断層崖などの庄内断層系を報告している。吉川ほか(1973)は、庄内平野東縁の丘陵内に分布する段丘面に逆傾斜などの高度分布の異常を認め、その成因については第三系及び下部第四系の褶曲と調和的な運動によって生じたものであると解釈している。
 池辺ほか(1979)、土谷ほか(1984)、中野・土谷(1992)は、本地域の地質や活構造について、報告している。有賀(1984)は、既存ボーリング資料の解析から、庄内平野の完新世の地形発達について検討している。小松原(1997,1998)は、庄内平野東縁部において活断層と褶曲構造の関係や断層活動の開始時期などについて考察している。
 鈴木ほか(1989,1994)は観音寺断層において、太田ほか(1995,2000)は松山断層において、トレンチ調査、ボーリング調査などを実施し、本断層帯の活動履歴などについて検討している。澤ほか(2000)は松山断層において、断層変位地形と第四紀後期の活動性について検討している。山形県(1998,1999,2000)は、トレンチ調査、ボーリング調査及び反射法弾性波探査などの総合的な調査を実施している。産業技術総合研究所(2007)は、より詳細な活動履歴を求めることを目的としてトレンチ調査、ボーリング調査を実施している。
 本地域で発生した1894年(明治27年)の庄内地震について、大森(1895)は、家屋の倒壊率が高い集落が本断層帯に沿って集中していることを示し、小藤(1895)は地表地震断層として「矢流沢(やだれざわ)断層」の存在を指摘したが、鈴木ほか(1989)は、聞き取り調査や地形地質調査などの結果、「矢流沢断層」の存在を否定している。さらに、Awata and Kakimi(1985)及び鈴木ほか(1989)などは、被害分布の特徴から、この地震を観音寺断層の活動によるものと推定している。しかし、本断層帯では1894年(明治27年)の庄内地震時の活動を直接的に示す地形・地質の証拠は得られていない(鈴木ほか,1989,1994;太田ほか,2000;山形県,1998,1999,2000)。
 なお、断層の詳細な位置は、活断層研究会編(1991)、池田ほか編(2002)、中田・今泉編(2002)、今泉ほか(2007)及び東郷ほか(2007)などに示されている。

2.庄内平野東縁断層帯の評価結果

 庄内平野東縁断層帯は、庄内平野と出羽丘陵の境界に位置する東側隆起の活断層帯である。
 庄内平野東縁断層帯については、地震調査研究推進本部地震調査委員会(2005)により、それまで行われていた調査研究に基づいた長期評価が公表されているが、産業技術総合研究所(2007)などによって新しい知見が得られたことから、今回再評価を行った。
 なお、位置・形状に関する新たな知見も得られているが、詳細な検討を行うための資料が十分ではないことから、今回は主として活動履歴に関する部分のみの再評価を実施することとした。そのため、それ以外の部分に関しては、原則、従前の評価内容を踏襲したものとなっていることに留意されたい。

2.1 庄内平野東縁断層帯の位置及び形態

(1)庄内平野東縁断層帯を構成する断層

 庄内平野東縁断層帯は、山形県飽海(あくみ)郡遊佐(ゆざ)町から酒田市東部、東田川郡庄内町を経て鶴岡市にかけて分布する。本断層帯は、最上川以北では並走する数条の断層からなり、最上川以南では山地と平野の境界部に沿う一条の断層からなる(図1)。
 本断層帯を構成する断層の位置及び形態は、活断層研究会編(1991)、山形県(2000)、池田ほか編(2002)、中田・今泉編(2002)などに示されている。これらで示された主要断層の位置はほぼ一致している。ここでは、断層の位置は池田ほか編(2002)にしたがい、断層の名称は活断層研究会編(1991)及び池田ほか編(2002)にしたがった。
 本断層帯は、後述するように、過去の活動時期の違いに基づき、北部と南部の2つの活動区間に分けられる。本断層帯北部は下当(しもと)断層、野沢断層、月光川(がっこうがわ)断層、観音寺断層、通越(とおりごえ)断層など、本断層帯南部は松山断層などからそれぞれ構成される。
 なお、小松原(1997,1998)は、最上川左岸の東田川郡庄内町(旧:立川町)片倉付近において後期更新世の地形面の断層変位及び傾動を報告し、本断層帯東側の出羽丘陵に分布する青沢断層(大沢ほか,1986など)の活動によるものと推定した。しかし、小松原(1997,1998)が示した地形面の断層変位の長さは約1kmと短く、その断層変位は南北方向には延長せず、青沢断層の位置とも異なっている。これらのことから、小松原(1997,1998)で示された地形面の断層変位は、青沢断層の後期更新世以後の活動を直接反映しているとは限らないと判断し、ここでの評価には含めなかった。

(2)断層面の位置・形状

 本断層帯北部と南部の長さ及び一般走向は、図2に示された断層帯の北端と南端を直線で結んで計測すると、北部が約24km、N-S、南部が約17km、N-Sとなる。また、本断層帯全体では、約38km、N-Sとなる。
 断層面の上端の深さは、変位が地表まで及んでいることから、北部、南部とも0kmとした。
 なお、本断層帯北部における反射法弾性波探査(山形県,1998:図3上)の結果によれば、庄内平野の地表下1500m以浅では、撓曲変形が卓越している。また、それ以深ではかなり低角の反射面が認められ、これが主断層面である可能性もある。
 断層面の傾斜は、小松原(1997)などに示される地質断面図や、反射法弾性波探査の結果(山形県,1998,1999:図3; 加藤ほか,2006a,2006b:図4)などから、北部、南部ともに東傾斜と推定される。
 断層面の下端の深さは、地震発生層の下限を目安とすると20km程度と推定されるが、断層面の幅は、地下深部の傾斜が明らかではないことから、北部、南部ともに不明である。

(3)断層の変位の向き(ずれの向き)注9

 本断層帯は、西へ撓み下がる変位地形や地質構造を形成していること(池田ほか編,2002など)や、2.1.(2)で述べたように断層面は東傾斜であることから判断すると、北部、南部ともに東側が西側に乗り上げる逆断層と考えられる。

2.2 庄内平野東縁断層帯の過去の活動

(1)平均変位速度(平均的なずれの速度)

<北部>
 酒田市(旧:飽海(あくみ)郡八幡(やわた)町)福山付近では、日向(にっこう)川に沿って分布するM1-M3段丘が、西向きの撓曲崖をつくって大きく変位している(小松原,1997:図5のB-B’断面)。その上下変位量は、少なくともM1段丘で150m、M2段丘で120m、M3段丘で90mに達しているとみなせる。各段丘の形成年代を小松原(1997)に基づき、M1段丘を約13万年前、M2段丘を約7-13万年前、M3段丘を5-9万年前とすると、これらの資料から、平均上下変位速度として0.9-1.8m/千年が導かれる。これらの段丘は低下側では地下に埋没している可能性があることから、平均上下変位速度は0.9-1.8m/千年以上となる。

 酒田市生石(おいし)付近では、既存のボーリング資料から、庄内層群基底は観音寺断層の下盤側で標高-400m付近に位置しているのに対し、上盤側では標高50-100mに露出しているのが確認されている(小松原,1997:図5のD-D’断面)。このことから、同層準は観音寺断層により500m程度、上下変位していると見積もることができる。庄内層群基底の年代を小松原(1997)に基づき約50-70万年前とすると、平均上下変位速度として0.7-1.0m/千年が導かれる。しかし、庄内層群より下位の地層が観音寺断層を挟んでほぼ同じような厚さで分布しているのに対し、庄内層群は下盤側に厚く分布することから、観音寺断層の活動開始時期は庄内層群堆積開始以後と考えられている(小松原,1997)。したがって、平均上下変位速度は0.7-1.0m/千年を大きく上回る可能性がある。

 以上のことから、多少の不確かさを伴うが、本断層帯北部の平均上下変位速度は2m/千年程度の可能性があると判断した。

<南部>
 酒田市土渕地点では、III 面(澤ほか,2000)に東側隆起で約4mの変位が認められており(図6)、山形県(2000)が実施したボーリング調査の結果では、III 面を構成する礫層の上部で約7千9百年-6千4百年前の14C年代値が得られていることから、平均上下変位速度は0.5-0.6m/千年と算出される。

 以上のことから、本断層帯南部の平均上下変位速度は0.5m/千年程度と推定される。

(2)活動時期

a)地形・地質的に認められた過去の活動

<北部>
・寺田地点

 産業技術総合研究所(2007)は、観音寺断層の酒田市寺田地点においてトレンチ調査、ボーリング調査を実施している(図7)。AトレンチからCトレンチにかけて、淘汰の良い中粒砂層(140層)が分布し、同じ層厚を保ったまま西側へ傾斜する様子が認められる。ボーリング調査結果から見積もると140層の高度差は1.5-2mである。140層上部は腐植土層(137層)に覆われるが、その層厚は、A、Bトレンチでは5cm程度であるのに対し、Cトレンチでは30cm程度と西側に向かって増している。このことから、140層の変形後、斜面を埋めるように137層が堆積したと考え、140層堆積後137層堆積前に活動があったと推定している(産業技術総合研究所,2007)。また、Aトレンチでは311-383層に著しい変形が認められる。このうち335-383層は極めて緩やかな傾斜で、東側法面で確認できるように層厚の変化がほとんどない層であることから、この変形は活動に伴うものであり、変形後、上位の210-230層が堆積したと考え、311層堆積後230層堆積前に活動があったと推定している(産業技術総合研究所,2007)。これらのことから、過去2回の活動が推定されるが、採取した試料の分析値の多くが2千5百-4千年前に集中し、年代値と層序の対応が悪いため、この間に2回の活動があった可能性があるとしか判断出来ないとしている(産業技術総合研究所,2007)。
 このことから、本地点では、約4千年前以後、約2千5百年前以前に2回の活動があった可能性があると判断した。

・北境地点
 観音寺断層の酒田市北境地点では、新期の扇状地上に認められる低崖を横断して、ボーリング調査・ジオスライサー調査が実施された(山形県,1999,2000:図9)。ジオスライサー調査の地質断面では、約7mの高度差をもって西に急傾斜する粘土及び腐植土を主体とする地層(kiIV層)が認められる。これらが一連の地層であったとすると、ここに認められる高度差は断層活動により生じたものとみなせる。kiIV層の上面付近の14C年代値(注10)は、約7千4百-4千7百年前を示すことから、活動時期は、kiIV層堆積以後すなわち約7千4百年前以後の可能性がある。
 また、この地点では、扇状地上の1m程度の低崖の直下でトレンチ調査が行われた(鈴木ほか,1989)。その結果、壁面には粘土から粗砂の細粒堆積物が露出した(図10)。また、低崖の基部より数m前面(西側)に2条の東傾斜の断層(F1・F2)が認められた。このうち、F2は上盤側で、約3千3百-2千8百年前の14C年代値(注10)を示す腐植土層を東側隆起で変形させていることから、約3千3百年前以後に断層活動があった可能性がある。

・大平地点
 産業技術総合研究所(2007)は、通越断層の酒田市大平(おおだいら)地点においてトレンチ調査を実施している(図11)。トレンチ壁面では、41層が断層により断ち切られている様子が明瞭に認められる。断層は36層までは達していないことから、41層堆積後36層堆積前に活動があったと推定している(産業技術総合研究所,2007)。41層から約4万-3万8千年前、36層よりも上位の32層から約2万5千-2万4千年前の14C年代値(注10)が得られていることから、約4万年前以後、約2万4千年前に活動があったと推定される。さらに、産業技術総合研究所(2007)は、33層に見られる変形は41層に認められる明瞭な断層構造とは不調和であることから別の活動があったと考えられ、33層堆積後、基底面が水平である23層堆積前に活動があった可能性があるとしている。23層よりも上位の13層から約6千5百-6千4百年前の14C年代値(注10)が得られていることから、約6千4百年前以前に活動があった可能性がある。
 また、23層の基底面が水平であることから、それ以降は活動していないと推定される。ただし、本地点で得られた活動は、副次的な断層で認められたものであるため、必ずしも本断層帯の全ての活動を記録しているとは限らないが、少なくとも本地点で活動が認められた時期には、本断層帯の活動があったものと判断した。

 以上の地形地質調査の結果に基づけば、本断層帯北部では、約3千3百年前以後、約2千5百年前以前及び約4千年前以後、約3千3百年前以前に活動があった可能性がある。ただし、最新活動時期は特定できない。

<南部>
・土渕地点

 松山断層の酒田市(旧:松山町)土渕(つちぶち)地点では、IV面(澤ほか,2000)が東側隆起で約1.5m変位している。IV面を構成する礫層の上部は、約3千-2千8百年前の14C年代値(注10)を示す(山形県,2000)ことから、約3千年前以後に断層活動があったと推定される。また、IV面の南側に隣接して分布する上位の III 面(澤ほか,2000)が東側隆起で約4m変位している(図6)。この変位量は、IV面の変位量と比較して有意に大きいので、IV面形成以前にも断層活動があったと推定される。山形県(2000)が実施したボーリング調査の結果、III 面を構成する礫層の上部は約7千9百-6千4百年前の14C年代値(注10)を示すことから、活動時期は約7千9百年前以後と推定される。これらの資料から、約3千年前以後と、約7千9百年前以後、約3千年前以前に断層活動があったと推定される。このうち、IV面は変位の認められる最も新しい地形面であるので、約3千年前以後の断層活動は最新活動と推定される。
 産業技術総合研究所(2007)は、同地点にてトレンチ調査、ボーリング調査を実施し、トレンチ壁面(図12)に認められる傾斜不整合から、21層堆積後15層堆積前、41層堆積後33層堆積前及び51層堆積後42層堆積前の3回の活動を推定している。最も変形した最下位層直上の木片から約4万5千-4万2千年前の14C年代値(注10)が得られていることから、約4万5千年前以後に3回の活動があった可能性がある(産業技術総合研究所,2007)。

・朴ノ木沢地点
 土渕地点より約500m南方の酒田市(旧:松山町)朴ノ木沢(ほおのきさわ)地点では、III 面を変位させる断層の上盤側で、トレンチ調査が実施された(太田ほか,2000)。ここでは、主として砂・礫からなるA-E層と東傾斜の断層が露出した(図13)。断層は、D層及びE層を東上がりで1m程度変位させているが、少なくともC層の上部には変位を及ぼしていない。太田ほか(2000)による14C年代測定の結果、D層の最上部からは、約9千5百-8千8百年前、C層を覆うB3層からは約7千8百-7千4百年前の14C年代値(注10)が得られた。このことから、約9千5百年前以後、約7千4百年前以前に活動があったと考えられる。ただし、B3層の14C年代値は最上部から得られていることから、活動時期は、約7千4百年よりかなり前と推定される。

・山崎地点
 松山断層の東田川郡庄内町(旧:立川町)山崎地点では、丘陵の基部から沖積面上にかけて断層を横断するように群列ボーリング調査(山形県,2000)が実施された(図14)。ここでは、約3万年前以前の地層(yaV-yaIII層)及び約9千年前以後の地層(yaII-yaI 層)が確認された。このうち、yaIV-yaII層は、西側ほど急傾斜している。これらの地層がそれぞれ一連の地層であるとすると、断層により変形した可能性がある。このことから、少なくともyaII層(シルト・粘土層)の堆積後に活動があった可能性がある。yaII層の上限付近の14C年代値(注10)は、約7千6百-6千年前(山形県,2000)を示すことから、この地点では、約7千6百年前以後に少なくとも1回の断層活動があった可能性がある。

 以上の地形地質調査の結果に基づけば、本断層帯南部の最新活動時期は、約3千年前以後であったと推定される。また、これに先立つ活動は、1つ前が、約7千9百年前以後、約3千年前以前、2つ前が、約9千5百年前以後、約7千9百年前以前であった可能性がある。

 これらの地点における断層活動の時空間分布を図15に示す。

b)先史時代・歴史時代の活動

 1894年(明治27年)に発生した庄内地震(マグニチュード7.0;宇佐美,2003)では、被害は庄内平野に集中し、特に平野の東縁部において、きわめて高い家屋倒壊率(70%-100%)を示した(大森,1895)ことから、本断層帯が活動した可能性が指摘されている(Awata and Kakimi, 1985; 鈴木ほか,1989)。また、小藤(1895)は、地表地震断層として「矢流沢断層」を推定した。しかし、鈴木ほか(1989)は、地形地質調査、聞き取り調査などの結果、その存在を否定した。
 これまでのところ、庄内地震時の変位を直接示す証拠は認められておらず、断層は地表までは到達しなかったと推定されている(鈴木ほか,1994; 太田ほか,2000)。しかし、この地震について、歴史記録に基づいて推定した震度分布と、本断層帯北部の活動を想定した予測震度分布は対応がよく(図16)、庄内地震は、本断層帯北部から想定される地震と、その規模、震源の位置がほぼ同じであったと考えられる。このことから、庄内地震は、本断層帯北部の活動によるものであったと判断した。
 なお、850年(嘉祥3年)には、出羽国地震が発生している(マグニチュード7程度)。地割れや山崩れが記録され、本断層帯の活動によるという指摘もある(Awata and Kakimi,1985; 鈴木ほか,1994)が、詳細は不明である。1780年(安永9年)にはマグニチュード6.5程度の地震が発生しているが、本断層帯との直接の関係は不明である。
 また、本断層帯周辺では、18世紀(西暦1780年)以降の被害地震について、本断層帯と直接の因果関係があることを示す資料はない。

 以上のことから、本断層帯北部の最新活動は1894年(明治27年)庄内地震であった可能性がある。これに先立つ活動は、約3千3百年前以後、約2千5百年前以前及び約4千年前以後、約3千3百年前以前であった可能性がある。しかし、地形・地質調査結果からは、これらの活動以後、庄内地震までの間に別の活動があったかどうかは特定できない。さらに、1894年(明治27年)庄内地震の痕跡が地形・地質調査では認められていないことから、過去の同様な活動が把握できていない可能性も否定できない。
 また、本断層帯付近では、18世紀末以後、被害地震の記録があるが、庄内地震を除いては本断層帯との直接の関係は不明であることから、本断層帯南部の最新活動時期は、約3千年前以後、18世紀(西暦1780年)以前であったと推定され、これに先立つ活動は、1つ前が、約7千9百年前以後、約3千年前以前、2つ前が、約9千5百年前以後、約7千9百年前以前であった可能性がある。

(3)1回の変位量(ずれの量)注9

<北部>
 本断層帯北部では、1回の活動に伴う変位量を示す直接的な資料は得られていない。しかしながら、本断層帯北部の長さは約24kmであることから、次の松田(1975)の経験式(1)、(2)に基づくと、1回の変位量は1.9mと求められる。

    LogL=0.6M-2.9  (1)
    LogD=0.6M-4.0  (2)

 ここで、Lは1回の地震で活動する活断層の長さ(km)、Dは断層の変位量(m)、Mは地震のマグニチュードである。

 以上のことから、本断層帯北部における1回の上下変位量は2m程度であった可能性があると判断した。

<南部>
 土渕地点におけるIV面の上下変位量は約1.5mである(澤ほか,2000)。IV面は、変位を受けている最も新しい地形面であることから、この変位量は1回の活動により生じた可能性がある。ただし、本地点の西方では、並走する断層が認められ、IV面は、西方の最上川及び北西方の相沢川との間には最大で15m程度の崖を形成して段丘化している(小松原,1997)ことから、断層活動により変位している可能性がある。したがって、本断層帯における1回の変位量は1.5mを大きく上回る可能性がある。
 水本ほか(2005)は、山崎地点においてボーリング調査を実施し、L3-2面を構成するII層に約1.2mの高度差を認め、これを1回の変位量であると推定している。
 また、本断層帯南部の長さは約17kmであることから、前述の松田(1975)の経験式(1)、(2)に基づくと、1回の変位量は1.4mと求められる。

 以上のことから、本断層帯南部における1回の上下変位量は1-2m程度であった可能性があると判断した。

(4)活動間隔

<北部>
 寺田地点では、約4千年前以後、約2千5百年前以前に2回の活動があった可能性があることから、平均活動間隔は1千5百年以下と求められる。
 また、平均上下変位速度(2m/千年程度)と1回の変位量(計算値1.9m)からは、平均活動間隔は1千年と求められる。
 以上のことから、本断層帯北部の平均活動間隔は、1千-1千5百年程度の可能性がある。
 ただし、堆積層が厚い庄内平野では、今回評価した地震以外に、1894年(明治27年)庄内地震のような、地形・地質学的調査では過去の活動を認めることが困難な地震が発生している可能性がある。このことを考慮した場合、平均活動間隔は、1千-1千5百年程度もしくはそれ以下の可能性がある。

<南部>
 前述のように、本断層帯南部では、約9千5百年前以後、18世紀以前の間に3回の活動があった可能性があることから、平均活動間隔は約2千5百-4千6百年の可能性がある。

(5)活動区間

 本断層帯は前述のように、過去の活動時期の違いから、北部と南部の2つの区間に分かれて活動があったと推定される。しかしながら、松田(1990)の基準に基づくと1つの起震断層となることから、断層帯全体が1つの区間として活動した可能性もある。

(6)測地観測結果

 本断層帯周辺における1981年までの約70年間の測地観測結果では、断層帯の北部で東西方向の縮みが見られる。
 また、2003年8月までの6年間のGPS観測結果でも、断層帯周辺で東西方向のわずかな縮みが見られる。

(7)地震観測結果

 最近約7年間の地震観測結果によれば、本断層帯付近では最近の地震活動はやや低調である。本断層帯周辺の地震活動から、地震発生層の下限の深さは20km程度と推定される。
 なお、本断層帯北側の秋田・山形県境沖で、1999年2月26日にマグニチュード5.3の浅発地震が発生した。この地震の発震機構解は、ほぼ東西方向に圧力軸をもつ逆断層型で、長谷見ほか(2004)は、余震観測結果から本震の断層面を西傾斜と推定した。

2.3 庄内平野東縁断層帯の将来の活動

(1)活動区間と活動時の地震の規模

 庄内平野東縁断層帯は、過去の活動と同様に北部と南部の2つの区間に分かれて活動すると推定されるが、断層帯全体が1つの区間として同時に活動する可能性もある。北部と南部に分かれて活動する場合、断層帯北部では断層の長さが24kmと推定されることから、前述の松田(1975)の経験式(1)、(2)に基づくと、マグニチュード7.1程度の地震が発生すると推定される。その際には断層近傍の地表面で断層の東側が西側に対して相対的に2m程度高まる段差や撓みが生じる可能性がある。
 断層帯南部では断層の長さが17kmと推定されることから、前述の松田(1975)の経験式(1)に基づくと、マグニチュード6.9程度の地震が発生すると推定される。その際には過去の活動と同様に断層近傍の地表面で断層の東側が西側に対して相対的に1-2m程度高まる段差や撓みが生じる可能性がある。
 庄内平野東縁断層帯全体が同時に活動する場合には、マグニチュード7.5程度の地震が発生すると推定される。

(2)地震発生の可能性

 以上のように、庄内平野東縁断層帯は、北部と南部の2つの区間に分かれて活動すると推定される。
 断層帯北部では、平均活動間隔が1千-1千5百年程度もしくはそれ以下、最新活動時期が1894年(明治27年)庄内地震であった可能性があることから、平均活動間隔に対する現在における地震後経過率は0.08-0.1もしくはそれ以上となる。また、最新活動時期は1894年(明治27年)庄内地震であり、我が国の主な活断層の平均的な活動間隔と比べ非常に短い時間しか経過していないことから、地震調査研究推進本部地震調査委員会(2001)に示された手法(BPTモデル、α=0.24)を用いると、今後30年以内、50年以内、100年以内、300年以内の地震発生確率は、それぞれ、ほぼ0%、ほぼ0%、ほぼ0%及びほぼ0%-0.01%もしくはそれ以上となる。また、現在までの集積確率は、ほぼ0%となる(表2)。表3にこれらの確率値の参考指標(地震調査研究推進本部地震調査委員会長期評価部会,1999)を示す。
 断層帯南部では、平均活動間隔が約2千5百-4千6百年、最新活動時期が約3千年前以後、18世紀(1780年)以前と求められていることから、平均活動間隔に対する現在における地震後経過率は0.05-1.2となる。地震調査研究推進本部地震調査委員会(2001)に示された手法(BPT分布モデル、α=0.24)によると、今後30年以内、50年以内、100年以内、300年以内の地震発生確率は、それぞれ、ほぼ0%-6%、ほぼ0%-10%、ほぼ0%-20%、ほぼ0%-50%となり、現在までの集積確率はほぼ0%-80%となる(表2)。表3にこれらの確率値の参考指標(地震調査研究推進本部地震調査委員会長期評価部会,1999)を示す。本評価で得られた将来の地震発生確率には幅があるが、その最大値をとると、本断層帯南部は、今後30年の間に地震が発生する可能性が、我が国の主な活断層の中では高いグループに属することになる。
 庄内平野東縁断層帯全体が同時に活動する場合の確率は、北部が単独で活動する場合の確率を超えないものと考えられる。

3.今後に向けて

 庄内平野東縁断層帯では、活動時期及び1回の変位量についての資料が不足している。また、庄内平野東縁断層帯北部では、平均的なずれの速度について精度のよい値が得られていない。その結果、信頼度の高い平均活動間隔が得られていない。将来の活動性を明確にするためには、平均変位速度を精度良く求めるとともに、過去の活動時期、1回の活動に伴う変位量について精度良いデータを集積させる必要がある。
 東郷(2007)は、余目付近の背斜構造の存在から、庄内平野東縁断層帯の南部においては主たる活動が平野下に派生した若い断層に移りつつあると推察し、庄内平野の地下に低角度の逆断層が存在することを示唆している。また、山形県(1998)により実施された反射法弾性波探査の結果に基づくと、低角の断層面が庄内平野の地下に延びている可能性もある。さらに、堆積層が厚い庄内平野では、今回評価した地震以外に、1894年(明治27年)庄内地震のような、地形・地質学的調査では過去の活動を認めることが困難な地震が発生している可能性がある。しかし、現時点では、これらについて十分な検討を行うための資料が不足している。今後は、活構造を把握するための詳細な地形情報や、地下構造を詳細に把握するためのデータを蓄積し、地表に認められる地形・地質情報と、平野内の地下構造との関係を明らかにした上で、本断層帯で発生する地震の姿について総合的に検討する必要がある。

注9: 「変位」を、1、2頁の本文及び5~7頁の表1では、一般にわかりやすいように「ずれ」という言葉で表現している。ここでは専門用語である「変位」が、本文や表1の「ずれ」に対応するものであることを示すため、両者を併記した。以下、文章の中では「変位」を用いる。なお、活断層の専門用語では、「変位」は切断を伴う「ずれの成分」と、切断を伴わない「撓(たわ)みの成分」よりなる。
注10: 21,000年BPよりも新しい炭素同位体年代については、Ramsey(1995, 2001)及びReimer et al.(2004)に基づいて暦年較正し、原則として1σの範囲の数値で示した。このうち、2,000年前よりも新しい年代値は世紀単位で示し、2,000年前よりも古い年代値については、百年単位で四捨五入して示した。また、21,000年BPより古い炭素同位体年代については、Kitagawa and van der Plicht(1998)のデータに基づいて暦年較正し、四捨五入して千年単位で示した。


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表3 庄内平野東縁断層帯の地震発生確率及び参考指標
項目 数値 備考
<北部>
地震後経過率

今後30年以内の発生確率
今後50年以内の発生確率
今後100年以内の発生確率
今後300年以内の発生確率

集積確率

<南部>
地震後経過率

今後30年以内の発生確率
今後50年以内の発生確率
今後100年以内の発生確率
今後300年以内の発生確率

集積確率

0.08-0.1もしくはそれ以下

ほぼ0%
ほぼ0%
ほぼ0%
ほぼ0%-0.01%もしくはそれ以上

ほぼ0%


0.05-1.2

ほぼ0%-6%
ほぼ0%-10%
ほぼ0%-20%
ほぼ0%-50%

ほぼ0%-80%
発生確率及び集積確率は
震調査研究推進本部地震調
査委員会(2001)
参照。
<北部>
指標(1) 経過年数
      比
指標(2)
指標(3)
指標(4)
指標(5)

<南部>
指標(1) 経過年数
      比
指標(2)
指標(3)
指標(4)
指標(5)

マイナス9百年-マイナス6百年もしくはそれ以下
0.1-0.2もしくはそれ以上
ほぼ0
ほぼ0%
ほぼ0
0.0007-0.001もしくはそれ以上


マイナス3千年-1千3百年
0.1-1.7
ほぼ0-5.0
ほぼ0%-80%
ほぼ0-0.6
0.0002-0.0004
地震調査研究推進本部地震
調査委員会長期評価部会
(1999)
参照。
 評価時点はすべて2009年1月1日現在。「ほぼ0%」は10-3%未満の確率値を、「ほぼ0」は10-5未満
の数値を示す。なお、計算に当って用いた平均活動間隔と北部における最新活動時期の信頼度は低い(△)ことに留意されたい。

指標(1) 経過年数 当該断層帯に起因する大地震発生の危険率(1年間当たりに発生する回数)は、最新活動(地震発生)時期からの時間の経過とともに大きくなる(BPT分布モデルを適用した場合の考え方)。一方、最新活動の時期が把握されていない場合には、大地震発生の危険率は、時間によらず一定と考えざるを得ない(ポアソン過程を適用した場合の考え方)。
この指標は、BPT分布モデルを適用した場合の危険率が、ポアソン過程を適用した場合の危険率の値を超えた後の経過年数である。値がマイナスである場合は、BPT分布モデルを適用した場合の危険率がポアソン過程を適用した場合の危険率に達していないことを示す。ポアソン過程を適用した場合の危険度は、本断層帯南部の場合、4千6百分の1-2千5百分の1(0.0002-0.0004)であり、いつの時点でも一定である。
BPT分布モデルを適用した場合の危険率は評価時点で10万分の1以下-5百分の1(ほぼ0-0.002)であり、時間とともに増加する。10万分の1以下であれば、BPT分布モデルを適用した場合の危険率がポアソン過程を適用した場合の危険率に達するには今後3千年要するが、5百分の1であれば、BPT分布モデルを適用した場合の危険率がポアソン過程を適用した場合の危険率に達してから既に1千3百年経過していることになる。
指標(1) 最新活動(地震発生)時期から評価時点までの経過時間をAとし、BPT分布モデルを適用した場合の危険率がポアソン過程を適用した場合の危険率を超えるまでの時間をBとした場合において、前者を後者で割った値(A/B)である。
指標(2) BPT分布モデルを適用した場合と、ポアソン過程を適用した場合の評価時点での危険率の比。
指標(3) 評価時点での集積確率(前回の地震発生から評価時点までに地震が発生しているはずの確率)。
指標(4) 評価時点以後30年以内の地震発生確率をBPT分布モデルでとりうる最大の地震発生確率の値で割った値。
指標(5) ポアソン過程を適用した場合の危険率(1年間あたりの地震発生回数)。

付表

地震発生確率等の評価の信頼度に関する各ランクの分類条件の詳細は以下のとおりである。

  ランク   分類条件の詳細
発生確率を求める際に用いる平均活動間隔及び最新活動時期の信頼度がいずれも比較的高く(◎または○)、これらにより求められた発生確率等の値は信頼性が高い。
平均活動間隔及び最新活動時期のうち、いずれか一方の信頼度が低く(△)、これらにより求められた発生確率等の値は信頼性が中程度。
平均活動間隔及び最新活動時期の信頼度がいずれも低く(△)、これらにより求められた発生確率等の値は信頼性がやや低い。
平均活動間隔及び最新活動時期のいずれか一方または両方の信頼度が非常に低く(▲)、発生確率等の値は信頼性が低い。このため、今後の新しい知見により値が大きく変わる可能性が高い。または、データの不足により最新活動時期が十分特定できていないために、現在の確率値を求めることができず、単に長期間の平均値を確率としている。


<付録>

 庄内平野東縁断層帯については、産業技術総合研究所(2007)によってトレンチ調査、ボーリング調査などが実施され、新たな知見が得られたことから、これに基づき再検討を行い、過去の活動履歴などについて改訂を行った。
 以下に改訂となった項目とその値について、前回の評価と今回の評価の対比表を示す。なお、評価にあたっては、下表に示す数値のほか各値を求めた根拠についても改訂していることに留意されるとともに、その詳細については評価文を参照されたい。

庄内平野東縁断層帯の評価についての新旧対比表
項目 前回の評価
(平成17年4月13日公表)
今回の評価
(平成21年10月19日公表)
長さ 約38km  全体: 約38km
 北部: 約24km
 南部: 約17km

最新活動時期 約3000年前以後、
  18世紀末以前
 北部: 1894年庄内地震
 南部: 約3000年前以後、
     18世紀以前

1回のずれの量
(上下成分)
2m程度以上  北部: 2m程度
 南部: 1-2m程度

平均活動間隔 2400-4600年程度  北部: 1000-1500年程度
      もしくはそれ以下
 南部: 約2500-4600年


地震の規模
(マグニチュード)
7.5程度  全体: 7.5程度
 北部: 7.1程度
 南部: 6.9程度

地震発生確率
(30年)
ほぼ0%-6%
[BPT]
 北部: ほぼ0%[BPT]
 南部: ほぼ0%-6%[BPT]

地震後経過率 0.04-1.3  北部: 0.08-0.1
      もしくはそれ以上
 南部: 0.05-1.2
 対比表に示した(◎、○、△)及び(a、b、c、d)については信頼度を表す。
それぞれの詳細については注3注6を参照のこと。