平成19年10月15日
地震調査研究推進本部
地震調査委員会


伊那谷断層帯の長期評価の一部改訂について


 地震調査研究推進本部は、「地震調査研究の推進について −地震に関する観測、測量、調査及び研究の推進についての総合的かつ基本的な施策−」(平成11年4月23日)を決定し、この中において、「全国を概観した地震動予測地図」の作成を当面推進すべき地震調査研究の主要な課題とし、また「陸域の浅い地震、あるいは、海溝型地震の発生可能性の長期的な確率評価を行う」とした。

 地震調査委員会では、この決定を踏まえつつ、平成17年4月までに陸域の活断層として、98断層帯の長期評価を行い公表した。

 伊那谷断層帯の評価は平成14年7月10日に公表しているが、その後、最近の調査結果により活動履歴などに関する新たな知見が得られたことから、これを基に評価の見直しを行い、一部改訂版としてとりまとめた。また、評価の新旧対比表を付録として巻末に示した。

 評価に用いられたデータは量及び質において一様でなく、そのためにそれぞれの評価の結果についても精粗がある。このため、評価結果の各項目について信頼度を付与している。


平成19年10月15日
地震調査研究推進本部
地震調査委員会

伊那谷断層帯の評価(一部改訂)

 伊那谷断層帯は、木曽山脈とその東側の伊那盆地の境界に位置する活断層帯である。ここでは、平成7年度に地質調査所(現:産業技術総合研究所)及び平成17年度に産業技術総合研究所によって行われた調査をはじめ、これまで行われた調査研究成果に基づいて、この断層帯の諸特性を次のように評価した


※伊那谷断層帯については、地震調査研究推進本部地震調査委員会(2002)により、それまで行われていた調査研究に基づいた長期評価が公表されているが、産業技術総合研究所(2006)などによって新しい知見が得られたことから、今回再評価を行った。

1.断層帯の位置及び形態

 伊那谷断層帯は、伊那谷断層帯主部及び伊那谷断層帯南東部からなる。
 伊那谷断層帯主部は、長野県上伊那郡辰野町(たつのまち)から同郡箕輪町、同郡南箕輪村、伊那市、上伊那郡宮田村、駒ヶ根市、上伊那郡飯島町、同郡中川村、下伊那郡松川町、同郡高森町、飯田市、下伊那郡阿智村を経て同郡平谷村(ひらやむら)に至る断層帯である。長さは約79kmで、概ね北北東−南南西方向に延びる。本断層帯主部は断層の西側が東側に対して相対的に隆起する逆断層である。(図1−1図2及び表1)。
 伊那谷断層帯南東部は、長野県飯田市から下伊那郡阿智村、同郡下條村、同郡阿南町を経て同郡売木村(うるぎむら)に至る断層帯である。長さは約32kmで、概ね北北東−南南西方向に延びる。本断層帯南東部は断層の西側が東側に対して相対的に隆起する逆断層で、南端部で右横ずれを伴う(図1−1図2及び表3)。

2.断層帯の過去の活動

(1)伊那谷断層帯主部

 伊那谷断層帯主部の平均的な上下方向のずれの速度は、0.2−1.3 m/千年程度の可能性がある。最新活動時期は、14世紀以後、18世紀以前であったと推定される。平均活動間隔は約5千2百−6千4百年であった可能性がある(表1)。

(2)伊那谷断層帯南東部

 伊那谷断層帯南東部の最新活動時期を含めた過去の活動については、十分特定できない(表3)。

3.断層帯の将来の活動

(1)伊那谷断層帯主部

 伊那谷断層帯主部は、全体が一つの区間として活動する場合、マグニチュード8.0程度の地震が発生すると推定される。その際、断層近傍の地表面では、断層の西側が東側に対して相対的に6m程度高まる段差や撓(たわ)みが生じる可能性がある(表1)。伊那谷断層帯主部の最新活動後の経過率及び将来このような地震が発生する長期確率は表2に示すとおりである(注1)。

(2)伊那谷断層帯南東部

 伊那谷断層帯南東部は、全体が1つの区間として活動する場合、マグニチュード7.3程度の地震が発生すると推定され、その際には断層の近傍の地表面に2−3m程度の撓みや段差が生じる可能性がある(表3)。ただし、本断層帯の最新活動後の経過率及び将来このような地震が発生する長期確率は不明である。

4.今後に向けて

 今回の評価では伊那谷断層帯主部に加え断層帯南東部を別の起震断層として評価することができた。また、断層帯主部については最新活動時期や平均活動間隔をより精度よく求めることができ、将来の地震発生確率について信頼度の高い評価とすることができた。
 しかしながら、伊那谷断層帯主部においては、最新活動時期(14世紀以後、18世紀以前)に全体が一度に活動せずに、活動しなかった区間が残っている可能性もある。この場合、今回評価したマグニチュード8程度の地震のほかに、これよりひとまわり小さい規模の地震が発生する可能性があるが、現時点ではこの発生確率や規模を予測することができない。今後は未調査の区間における地形・地質調査や古文書調査等により、最新活動時期、活動区間、地震規模を明確にする必要がある。さらには、情報が不足している場合であってもこのような規模の地震についても評価を行うことを視野に入れた調査及びその評価方法の検討を行う必要がある。
 伊那谷断層帯南東部は、過去の活動についてほとんどデータが得られていないため、活動履歴や詳細な位置・形状などに関する調査を行う必要がある。
 また、木曽山脈の西側に位置し、伊那谷断層帯に近接する木曽山脈西縁断層帯の活動との関連性について検討する必要がある(図1−2)。

表1 伊那谷断層帯主部の特性
項  目 特  性   信頼度  
注3
根  拠
注4
1.断層帯の位置・形態
  (1)断層帯を構成す
  る断層
伊那断層、小黒川断層、田切断層群、木曽
山脈山麓断層群、三州街道断層
  文献3、4、7−9、
11、12による。
  (2) 断層帯の位置・
   形状
地表における断層帯の位置・形状
断層帯の位置
 (北端) 北緯36°00′東経137°58′
 (南端) 北緯35°20′東経137°40′
長さ     約79km





文献3、4、7−9、
11、12による。数値
図2から計測。形状
図2を参照。
地下における断層面の位置・形状
 長さ及び上端の位置  地表での長さ・位
                置と同じ
 上端の深さ        0km

 一般走向        N20°E


 傾斜     西傾斜20−40°
          (地下150−300m以浅)

 幅      25−60km程度












上端の深さが0kmで
あることから推定。


一般走向は、断層帯の
両端を直線で結んだ
方向(図2参照)。
傾斜は、文献10に示
された反射法弾性波
探査結果による。
断層面の幅は、断層面
の下端が地震発生層
の下限と推定して算
出。
  (3) 断層のずれの向
   きと種類
西側隆起の逆断層



文献2−10などに示さ
れた変位地形、反射法
弾性波探査、トレンチ
調査の結果から推定。
2.断層帯の過去の活動
  (1) 平均的な断層の
   ずれの速度
0.2−1.3m/千年程度(上下成分)


文献1、6、7による。
  (2) 過去の活動時期 活動1(最新活動):
 14世紀以後、18世紀以前
活動2(一つ前の活動):
 約6千7百年前以後、約5千1百年前以前
活動3(二つ前の活動):
 約1万3千年前以後、約1万1千年前以前






文献2、10、11、13
から推定。





  (3) 1回のずれの量
   と平均活動間隔
1回のずれの量
 6m程度(上下成分)

平均活動間隔
 約5千2百−6千4百年






断層の長さから推定。


過去の活動から推定。
  (4) 過去の活動区間 断層帯全体で1区間
なお、歴史記録から、断層帯全体が活動した
と考えられる被害地震は知られていない。

過去の活動から推定。
3.断層帯の将来の活動
  (1) 将来の活動区間
   及び活動時の地
   震の規模
活動区間    断層帯全体で1区間


地震の規模  マグニチュード8.0程度

ずれの量   6m程度






断層の位置関係、形
状、活動性等から推
定。
断層の長さから推定。

断層の長さから推定。


表2 伊那谷断層帯主部の将来の地震発生確率等
項  目   将来の地震発生確率等  
注5
 信頼度 
注6
備  考
 地震後経過率(注7

 今後30年以内の発生確率 
 今後50年以内の発生確率 
 今後100年以内の発生確率 
 今後300年以内の発生確率 

 集積確率(注8)  
0.05 − 0.1

ほぼ0%
ほぼ0%
ほぼ0%
ほぼ0%

ほぼ0%







発生確率及び集積確
率は文献5による。



表3 伊那谷断層帯南東部の特性
項  目 特  性   信頼度  
注3
根  拠
注4
1.断層帯の位置・形態
  (1)断層帯を構成す
  る断層
川路・竜丘断層、下伊那竜西断層、新野
(にいの)断層など

  文献6、9による。
  (2) 断層帯の位置・
   形状
地表における断層帯の位置・形状
 断層帯の位置
 (北東端)北緯35°30′東経137°51′
 (南西端)北緯35°14′東経137°43′
 長さ     約32km






文献6、9による。
位置及び長さは図2
から計測。
地下における断層面の位置・形状
 長さ及び上端の位置  地表での長さ・
                位置と同じ
 上端の深さ    0km
 一般走向     N20°E

 傾斜       高角度西側傾斜
           (地表付近)

 幅        不明








上端の深さが0kmで
あることから推定。
一般走向は、断層の
両端を直線で結ん
だ方向(図2参照)。
傾斜は、文献6、9、
12に示す地形の特
徴による。

  (3) 断層のずれの向
   きと種類
西側隆起の逆断層
 (南端部付近では右横ずれを伴う)


文献6、9、12に示
す地形の特徴による。
2.断層帯の過去の活動
  (1) 平均的なずれの
   速度
不明 (活動度はB−C級)

括弧内の活動度は文
献6による。
  (2) 過去の活動時期 不明 
  (3) 1回のずれの量
   と平均活動間隔
1回のずれの量  2−3m程度

平均活動間隔   不明

断層の長さから推定。
  (4) 過去の活動区間 断層帯全体で1区間

断層の位置関係・形
状等から推定。
3.断層帯の将来の活動
  (1) 将来の活動区間
   及び活動時の地
   震の規模
活動区間    断層帯全体で1区間

地震の規模   マグニチュード7.3程度

ずれの量    2−3m程度





断層の位置関係、形
状から推定。
断層の長さから推定。

断層の長さから推定。

注1: 地震調査委員会の活断層評価では、将来の活動区間が単独で活動した場合の今後30年間の地震発生確率について、次のような相対的な評価を盛り込むこととしている。
今後30年間の地震発生確率(最大値)が3%以上の場合:
「本断層帯は、今後30年の間に地震が発生する可能性が、我が国の主な活断層の中では高いグループに属することになる」
今後30年間の地震発生確率(最大値)が0.1%以上−3%未満の場合:
「本断層帯は、今後30年の間に地震が発生する可能性が、我が国の主な活断層の中ではやや高いグループに属することになる」
   なお、2005年4月時点でひととおり評価を 終えた98の主要活断層帯のうち、最新活動時期が判明しており、通常の活断層評価で用いている更新過程(地震の発生確率が時間とともに変動するモデル)により地震発生の長期確率を求めたものについては、将来の活動区間が単独で活動した場合の今後30年間に地震が発生する確率の割合は以下のとおりとなっている。
30年確率の最大値が0.1%未満 : 約半数
30年確率の最大値が0.1%以上−3%未満 : 約1/4
30年確率の最大値が3%以上 : 約1/4
(いずれも2005年4月時点での算定。確率の評価値に幅がある場合はその最大値を採用。)
注2: 1995年兵庫県南部地震、1858年飛越地震及び1847年善光寺地震の地震発生直前における30年確率と集積確率は以下のとおりである。
地震名 活動した活断層 地震発生直前の
30年確率 (%)
地震発生直前の
集積確率 (%)
断層の平均活動
間隔 (千年)
1995年兵庫県南部地震
(M7.3)
六甲・淡路島断層帯主部
淡路島西岸区間
「野島断層を含む区間」
(兵庫県)
0.02%−8% 0.06%−80% 約1.7−約3.5
1858年飛越地震
(M7.0−7.1)
跡津川断層帯
(岐阜県・富山県)
ほぼ0%−13% ほぼ0%−
90%より大
約1.7−約3.6
1847年善光寺地震
(M7.4)
長野盆地西縁断層帯
(長野県)
ほぼ0%−20% ほぼ0%−
90%より大
約0.8−約2.5

「長期的な地震発生確率の評価手法について」(地震調査研究推進本部地震調査委員会,2001)に示されているように、地震発生確率は前回の地震後、十分長い時間が経過しても100%とはならない。その最大値は平均活動間隔に依存し、平均活動間隔が長いほど最大値は小さくなる。
注3: 信頼度は、特性欄に記載されたデータの相対的な信頼性を表すもので、記号の意味は次のとおり。
  ◎:高い、○:中程度、△:低い
注4: 文献については、本文末尾に示す以下の文献。
 文献1:阿部・池田(1987)
 文献2:服部ほか(2007)
 文献3:池田ほか(2002)
 文献4:池田ほか(2003)
 文献5:地震調査研究推進本部地震調査委員会(2001)
 文献6:活断層研究会編(1991)
 文献7:松島(1995)
 文献8:中田・今泉編(2002)
 文献9:岡田ほか(2003)
 文献10:奥村ほか(1996)
 文献11:産業技術総合研究所(2006)
 文献12:鈴木ほか(2002)
 文献13:宇佐美(2003)
注5: 評価時点はすべて2007年1月1日現在。「ほぼ0%」は10−3%未満の確率値を示す。なお、計算に当たって用いた平均活動間隔の信頼度は低い(△)ことに留意されたい。
注6:
地震後経過率、発生確率及び現在までの集積確率(以下、発生確率等)の信頼度は、評価に用いた信頼できるデータの充足性から、評価の確からしさを相対的にランク分けしたもので、aからdの4段階で表す。各ランクの一般的な意味は次のとおりである。
  a:(信頼度が)高い b:中程度 c:やや低い d:低い
発生確率等の評価の信頼度は、これらを求めるために使用した過去の活動に関するデータの信頼度に依存する。信頼度ランクの具体的な意味は以下のとおりである。分類の詳細については付表を参照のこと。なお、発生確率等の評価の信頼度は、地震発生の切迫度を表すのではなく、発生確率等の値の確からしさを表すことに注意する必要がある。
発生確率等の評価の信頼度

a: 過去の地震に関する信頼できるデータの充足度が比較的高く、これを用いて求めた発生確率等の値の信頼性が高い。
b: 過去の地震に関する信頼できるデータの充足度が中程度で、これを用いて求めた発生確率等の値の信頼性が中程度。
c: 過去の地震に関する信頼できるデータの充足度が低く、これを用いて求めた発生確率等の値の信頼性がやや低い。
d: 過去の地震に関する信頼できるデータの充足度が非常に低く、これを用いて求めた発生確率等の値の信頼性が低い。このため、今後の新しい知見により値が大きく変わる可能性が高い。または、最新活動時期のデータが得られていないため、現時点における確率値が推定できず、単に長期間の平均値を確率としている。
注7: 最新活動(地震発生)時期から評価時点までの経過時間を、平均活動間隔で割った値。最新の地震発生時期から評価時点までの経過時間が、平均活動間隔に達すると1.0となる。今回の評価の数字のうち0.05は300年を6400年で割った値であり、0.1は707年を5200年で割った値である。
注8: 前回の地震発生から評価時点までに地震が発生しているはずの確率。



(説明)

1.伊那谷断層帯に関するこれまでの主な調査研究

 伊那谷断層帯に関する主な調査研究として以下のものがある。
 松島(1968)は、伊那谷断層帯のうち飯田市付近に位置する断層群について記載し、これらの断層の活動時期は第四紀後期更新世以後であることを指摘した。また、松島(1981)は、同じ地域の断層群の第四紀後期における平均変位速度を求め、これらの活動度がA級(注9)に達すること、及び断層活動が3−4万年前から活発になり、とくに2万年前前後の活動が顕著であることを指摘した。
 活断層研究会編(1980,1991)は、この断層帯が木曽山脈と伊那盆地との境界に沿って延びる活断層であり、上下成分とともに横ずれ成分を伴う断層であるとして記載した。鈴木ほか(2002)、池田ほか(2003)、岡田ほか(2003)は大縮尺空中写真を用いた詳細な判読に基づき、伊那谷断層帯のほぼ全体の分布を明らかにした。
 Ikeda and Yonekura(1986)及び阿部・池田(1987)は、この断層帯の北部において、変位地形の解析から実変位速度を求め、上下成分よりも水平短縮成分が卓越していることを指摘した。
 松島(1995)は、この断層帯の位置・形状、地形面の年代、変位量、平均変位速度などについて詳しい記載を行い、断層の発達史を取りまとめた。
 その後、奥村ほか(1996)は、トレンチ調査と反射法弾性波探査を行い、断層の活動時期や地下浅部における断層面の形状を示した。小田ほか(2005)、岡田ほか(2007)は、反射法弾性波探査を行い、地下浅部における断層面の形状を示した。産業技術総合研究所(2006)、服部ほか(2007)は、本断層帯を対象として、ボーリング調査、トレンチ調査などを行い、平均変位速度や活動履歴などについて新たな知見を得ている。本断層帯の詳しい位置は、活断層研究会編(1991)、松島(1995)、鈴木ほか(2002)、池田ほか編(2002)、池田ほか(2003)、岡田ほか(2003)及び中田・今泉編(2002)に示されている。

2.伊那谷断層帯の評価結果

 伊那谷断層帯は、木曽山脈とその東側の伊那盆地との境界付近に位置し、ほぼ伊那盆地全域に延びる断層帯である。本断層帯は、断層の走向や変位の向きから、松田(1990)の起震断層の定義に基づき、本断層帯を伊那谷断層帯主部と伊那谷断層帯南東部の2つの起震断層に区分して評価を行った。
 なお、平岡断層については、長さが16kmと、地震調査研究推進本部(1997)による基盤的調査観測対象の基準に該当しないことから、詳細な評価の対象とはしないこととした(図3)。

2.1 伊那谷断層帯主部

2.1.1  伊那谷断層帯主部の位置及び形態

(1)伊那谷断層帯主部を構成する断層

 伊那谷断層帯主部は、木曽山脈とその東側の伊那盆地との境界付近に位置し、長野県上伊那郡辰野町(たつのまち)から同郡箕輪町、同郡南箕輪村、伊那市、上伊那郡宮田村、駒ヶ根市、上伊那郡飯島町、同郡中川村、下伊那郡松川町、同郡高森町、飯田市、下伊那郡阿智村を経て同郡平谷村(ひらやむら)まで、概ね北北東−南南西方向に延びる断層帯である(図2)。
 伊那谷断層帯主部は、伊那断層、小黒川断層、田切断層群、木曽山脈山麓断層群、三州街道断層から構成される。
 各断層の位置は鈴木ほか(2002)、池田ほか(2003)、岡田ほか(2003)を基本とし、北端部は松島(1995)、産業技術総合研究所(2006)によった。断層の名称は活断層研究会編(1991)によった。

(2)断層面の位置・形状

 地下における断層面の位置及び形状は、地表における断層帯の位置及び形状と地下の地質構造等から推定した。
 断層面の長さ及び一般走向は、断層帯の北端と南端を直線で結んで計測すると、長さは約79km、一般走向はN20°Eとなる。
 断層面上端の深さは、断層による変位が地表に達していることや、断層露頭が認められることから0kmとした。
 活断層研究会編(1991)、松島(1995)は、伊那断層で実施された反射法弾性波探査結果から、断層面の傾斜は深さ200−300m以浅では西傾斜約30−40°とされている(図4;奥村ほか,1996)。この断層の地表付近の傾斜は、変動地形の解析に基づく水平短縮量の検討から、数度以下の極低角度であるとする考えもある(阿部・池田,1987 ;池田ほか編,2002)。また、田切断層群で実施された反射法弾性波探査結果から、断層面は深さ150m以浅では西傾斜約20°と考えられるが、さらに深部ではより低角度になるとされている(図5;奥村ほか,1996)。田切断層群の露頭では、西傾斜30−40°の断層面が観察され、小田ほか(2005)、岡田ほか(2006)による反射断面結果からも同様の結果が示されている。これらのことから、断層面の傾斜は、反射法弾性波探査結果に基づくと、深さ150−300m以浅では西傾斜20−40°と考えられる。
 断層面の深部形状については十分な資料がないが、重力探査結果や変動地形の解析結果から、傾斜角は地下深部では極低角度になるとする考えがある(池田ほか,1987;池田,1988;池田ほか編,2002)。
 地震発生層の下限の深さは、地震観測結果から約15−20kmと推定される。断層面の幅は、断層面の傾斜を20−40°とすると23−58kmと計算されることから、25−60km程度とした。

(3)断層の変位の向き(ずれの向き)注10

 伊那谷断層帯主部は、変位地形(活断層研究会編,1991;松島,1995;池田ほか編,2002)、及び反射法弾性波探査やトレンチ調査の結果(奥村ほか,1996)に基づくと、断層の西側が東側に対して相対的に隆起する逆断層であると考えられる。

2.1.2 伊那谷断層帯主部の過去の活動

(1)平均変位速度(平均的なずれの速度)

 伊那谷断層帯主部の平均上下変位速度は、第四紀更新世後期の地形面の変位量と、火山灰の対比によって推定した地形面の形成年代から求められている(阿部・池田,1987;活断層研究会編,1991;松島,1995)。これらの平均上下変位速度のうち、代表的な値として、木曽山脈山麓断層群の北部で0.5−0.6m/千年、同断層群の南部で0.8−1.3m/千年の値が得られている。また、三州街道断層の中央部付近において、約1.5万年前に形成された可能性のある段丘面が上下に20m変位している(活断層研究会編,1991)ことから、ここでの平均上下変位速度は1.3m/千年の可能性がある。
 断層帯主部の北部においては、伊那断層で0.1−0.5m/千年、小黒川断層で0.1−0.5m/千年の値が得られている。これらの断層は並走しているため、この付近における平均上下変位速度は、両者を加え合わせた0.2−1.0m/千年と考えられる。田切断層群の中・北部では0.5−0.8m/千年、同断層群の南部では0.3m/千年の値が得られている(阿部・池田,1987;活断層研究会編、1991;松島,1995)。
 以上のことから、本断層帯の平均上下変位速度は、0.2−1.3m/千年程度の可能性があると判断した。
 なお、河川や尾根の屈曲から右ずれ成分を伴うとする考え(活断層研究会編,1991;松島,1995)があるが、それらの屈曲は必ずしも系統的とは言えない。また、伊那谷断層帯主部の北部では、伊那断層、小黒川断層などにおいて、見かけ上横ずれ変位を示す地形が認められ、これらの断層の変位は上下成分よりも水平短縮成分がはるかに大きいとする考えもある(阿部・池田,1987)。

(2)活動時期
a)地形・地質的に認められた過去の活動

・上古田地点(トレンチ調査)
 上伊那郡箕輪町上古田では、産業技術総合研究所(2006)により、撓曲変形を横断するトレンチ調査が実施されている。トレンチ壁面には東傾斜を示す撓曲した地層が認められる(図6)。
 産業技術総合研究所(2006)は、段丘堆積物が撓曲変形していることから、この堆積物の堆積以後の活動を指摘している。段丘堆積物からは約2万7千年前を示す14C年代値(注11)が得られている。このことから、本地点においては少なくとも約2万7千年前以後に最新活動があったと推定されるが、これ以上活動時期を絞り込むことはできない。

・松島地点(トレンチ調査)
 産業技術総合研究所(2006)は、上伊那郡箕輪町松島において航空機レーザ測量を実施し、沖積面を切る低断層崖を認め、これを横断する2ヶ所(A地点、B地点)でトレンチ調査を実施した。両地点とも、トレンチ壁面には東傾斜を示す撓曲した地層が認められる(図7図8図9)。
 産業技術総合研究所(2006)はBトレンチ壁面スケッチに基づくと、MB−8層(礫混じり腐植質シルト)以下の地層が断層で切られていることからMB−8層堆積以後の活動を指摘している。MB−8層からは14−15世紀を示す14C年代値が得られていることから、その活動時期は14世紀以後であったと推定される。
 産業技術総合研究所(2006)はBトレンチでの1つ前の活動について、南側壁面において沼池性堆積物であるMB−4層(シルト・シルト混じり砂・腐植質シルトの互層)以下の地層に折れ曲がり変形が認められる一方、上位のMB−5層(シルト混じり砂礫)にはこの変形が及んでおらず、またMB−5層はMB−4層以下の変形により生じた低地を埋積するように堆積していることから、MB−4層堆積後、MB−5層堆積前の活動を指摘している。MB−4層からは約1万年前、MB−5層からは約4千1百−4千年を示す14C年代値が得られていることから、その活動時期は約1万年前以後、約4千年前以前の可能性がある。ただし、MB−4層の「折れ曲がり変形」は堆積時からのものである可能性も否定できず、活動の有無について信頼度が低いことに留意する必要がある。
 産業技術総合研究所(2006)はBトレンチでの2つ前の活動について、Bトレンチ北側の谷から南流し堆積したと見られる扇状地性砂礫層のMB−3層(シルト混じり砂礫)以下の地層に東傾斜の変形が認められ、上位のMB−4層がアバットして堆積することから、MB−3層堆積後、MB−4層堆積前の活動を指摘している。MB−3層からは約1万4千年前、MB−4層からは約1万1千年を示す14C年代値が得られていることから、その活動時期は約1万4千年前以後、約1万1千年前以前の可能性がある。
 産業技術総合研究所(2006)はAトレンチ壁面において、地表面が断層運動により撓曲変形を受けていることから、地表面を構成するMA−5層(砂礫・礫混じりシルト及び腐植土)堆積以後の活動を指摘している。MA−5層からは5−6世紀を示す14C年代値が得られていることから、その活動時期は5世紀以後に最新活動の可能性もある。
 産業技術総合研究所(2006)はAトレンチでの1つ前の活動について、MA−1層(砂礫及びこれを覆う腐食質シルト)以下の背斜状構造にMA−2層(腐植質シルト及びシルト)がアバットして堆積していることから、MA−1層堆積後、MA−2層堆積前の活動を指摘している。MA−1層からは約9千3百−9千2百年前、MA−2層からは約5千3百−5千1百年前を示す14C年代値が得られていることから、その活動時期は約9千3百年前以後、約5千1百年前以前の可能性がある。
 以上のことから、松島地点の最新活動時期は14世紀以後であったと推定され、1つ前の活動時期は約9千3百年前以後、約5千1百年前以前、2つ前の活動時期は約1万4千年前以後、約1万1千年前以前の可能性がある。

・北村地点(トレンチ調査)
 上伊那郡飯島町北村では、与田切川の扇状地性の段丘面を変位させる比高約80mの断層崖基部においてトレンチ調査が行われ(図10;奥村ほか,1996)、約3万5千年前の段丘堆積物(下位より砂礫層、砂・シルト層)と、約1万年前以後の埋没土壌、斜面堆積物及び黒色土壌を切る断層が認められた。
 奥村ほか(1996)はトレンチ壁面の西側(山地側)に分布するF1断層が、約1万3千年前の埋没土壌と斜面堆積物の一部を切っているが、上位の約1万年前の黒色土壌には変位が及んでいないことから、この間の活動を指摘している。また、F1断層より東側(盆地側)に位置するF2及びF3断層のうち、少なくともF3断層は約6千7百年前の黒色土壌を切っている。
 これらのことから、本地点の最新活動時期は約6千7百年前以後に少なくとも1回の活動があったと推定され、これに先立つ活動時期は約1万3千年前以後、約1万年前以前であった可能性がある。

・山寺地点(トレンチ調査)
 伊那市山寺では、扇状地性の段丘面を変位させる比高約10mの撓曲崖基部においてトレンチ調査が行われ(図11;奥村ほか,1996)、段丘堆積物である砂礫層を覆う、約6万−7万年前に降下したとされる御岳−辰野軽石層(町田・新井,1992)を切る断層が認められた。この断層は、約1万−2万5千年前の河谷堆積物に不整合で覆われている。しかしながら、河谷堆積物とその上位の約1万年前の砂礫層、及び表土も、撓曲崖と調和的に西側が高く東側が低い分布を示すことから、河谷堆積物の堆積以後に撓曲変形がなかったとは断定できない。したがって、本トレンチの調査結果から最新活動時期を特定することは困難であると判断した。

・大田切地点(ピット・測量調査)
 上伊那郡宮田村大田切で、沖積段丘面に1.4−1.6mの東側低下を示す撓曲崖が認められている(産業技術総合研究所,2006)ことから、産業技術総合研究所(2006)は、沖積段丘面構成層の年代を明らかにするため、これを横断する測量とピット調査を実施した(図12)。ピットの沖積段丘構成層から13世紀を示す14C年代値が得られていることから、その活動時期は13世紀以後であった可能性がある。

・横前地点(トレンチ調査)
 上伊那郡中川村横前では、扇状地性の段丘面を変位させる比高約20mの断層崖基部においてトレンチ調査が行なわれた(図13;奥村ほか,1996)。ここでは、約6万年前の砂礫層から約2万8千年前に降下した火山灰の二次堆積物を含む砂礫層までが撓曲により変形している。また、約7千3百年前に降下した火山灰を挟む表土には変形が見られないことから、約2万8千年前以後、約7千3百年前以前に断層活動があったと推定されるが、それ以前の活動時期の詳細については資料が得られていない。

・寒原(さむはら)地点(トレンチ調査)
 下伊那郡阿智村寒原から恩田にかけて岡田ほか(2003)などにより断層が記されており、この位置付近に断層変位地形が認められることから、服部ほか(2007)は断層を横断するトレンチ調査を実施した。トレンチ壁面には断層が認められた(図14)。
 服部ほか(2007)は、3層(腐植土層)以下の地層がF1断層により切られていることから、3層堆積以後の活動を指摘している。3層中で確実に変位を受けている地層からは14世紀を示す14C年代値が得られていることから、その活動時期は14世紀以後と推定される。
 また、1つ前の活動について、服部ほか(2007)はF2断層により、7層(シルト層)が切られて6層(腐植土層)に覆われることから、6層堆積終了前の活動を指摘している。7層からは約8千5百−8千2百年前、6層からは約4千1百−3千9百年前を示す14C年代値が得られていることから、その活動時期は約8千5百年前以後、約3千9百年前以前に1つ前の活動があった可能性がある。

 これらの地点における断層活動の時空間分布を図15に示す。
 ここで、前回の評価(地震調査研究推進本部地震調査委員会,2002)においては、北村地点と横前地点における過去の活動時期の違いから、伊那谷断層帯(本評価における伊那谷断層帯主部)を境界断層(木曽山脈山麓断層群、三州街道断層)と前縁断層(伊那断層、小黒川断層、田切断層群など)の2つの活動区間に区分していた。しかし、両地点は図2に示したとおり2−3km間隔で並走する断層にそれぞれ位置しているため、断層帯の活動が両方のトレンチに記載されているとは限らない。さらに、横前トレンチについては、付近にさらに複数の断層が並走していること、トレンチ最下部付近に地層の乱れが認められ、トレンチ下部の低角断層により変形が前面に存在する可能性もある。これらのことから、このトレンチにおいて活動が認められなかったとしてもその間に断層帯の活動がなかったとは言えないと判断した。
 なお、松島(1995)は、遺跡との関係から、比較的新しい沖積面にも断層変位が認められることを報告している。すなわち、木曽山脈山麓断層群の南部の飯田市柏原付近では、沖積面が2.5m上下に変位しており、沖積面上には約2千5百年前の縄文時代の遺跡があるとしている。また、飯田市座光寺付近では、沖積面が2−3m上下に変位しており、撓曲崖では縄文時代早期の遺物が、また撓曲崖下を埋める土石流堆積物の上面では縄文時代後期の遺物が出土したとしている。しかしながら、いずれの地点においても、断層活動と遺跡との時代関係は明確にされていない。
 この他、伊那市諏訪形では、産業技術総合研究所(2006)によってトレンチ調査が実施されているが、トレンチ壁面には明瞭な断層変位や変形は認められなかった。ただし、断層はトレンチ外を通過している可能性もあることから、この調査結果から活動時期を特定することはできない。

b)先史時代・歴史時代の活動

 1718年の信濃・三河の地震(M7.0)では、飯田において寺の門が倒れたとの記録がある(宇佐美,2003)。この地震では、伊那谷断層帯の南東方の遠山川の流域で山崩れがあり、川がせき止められたことが知られている。1725年の高遠の地震(M6.0−6.5)では、高遠城において石垣が崩壊したとの記録がある(宇佐美,2003)。これらの地震と、伊那谷断層帯の活動との関係は明らかでない。ただし、少なくともこれらの地震より後に、伊那谷断層帯付近で大きな被害地震は起こっていないことから、最近約300年間はこの断層帯は活動していないと考えられる。

 以上の検討結果から、伊那谷断層帯主部の最新活動時期は、14世紀以後、18世紀以前(約300年前)であったと推定され、1つ前の活動時期は、約6千7百年前以後、約5千1百年前以前の可能性がある。2つ前の活動時期は、約1万3千年前以後、約1万1千年前以前の可能性がある。

(3)1回の変位量(ずれの量)

 松島A地区付近の地形測量結果からは、14世紀以後の最新活動に伴う上下変位量は約1mであった。大田切地区付近の地形測量結果からは、13世紀以後の活動に伴う上下変位量は約1.5mであった。北村トレンチの調査結果からは、約6千7百年前以後の最新活動に伴う上下変位量はおよそ1mであったが、このトレンチが断層崖の基部に掘削されたことなどから、この間の活動による変位量はこれよりも有意に大きいと考えられる。
 以上のように、トレンチなどで観察される1回の変位量は約1−1.5m程度である。しかしながら、これらの地点ではいずれも断層が並走しており、断層帯を横断する方向の全体の変位量はこれらを上回ると考えられる。
 本断層帯の長さは約79kmであることから、次の松田(1975)の経験式に基づくと、1回の変位量は約6.3m(上下成分)となる。

       Log L = 0.6M−2.9   (1)
       Log D = 0.6M−4.0   (2)

 ここで、Lは1回の地震で活動する断層の長さ(km)、Dは断層の変位量(m)、Mは地震のマグニチュード。
 以上のことから、断層帯全体の本断層帯の活動1回の上下変位量は、6m程度であった可能性があると判断した。
 なお、伊那谷断層帯の北部では、変位量の上下成分よりも水平短縮成分がはるかに大きいとする考えがある(阿部・池田,1987)。

(4)活動間隔

 伊那谷断層帯主部では、最新活動時期が14世紀以後、18世紀以前であり、その1つ前の活動時期が約6千7百年前以後、約5千1百年前以前、2つ前活動時期が約1万3千年前以後、約1万1千年前以前であった可能性がある。これらの過去3回の活動から、活動間隔は約5千2百−6千4百年の可能性がある。

(5)活動区間

 伊那谷断層帯主部を構成する各断層は、概ね連続的に分布することから、松田(1990)の基準に基づけば、全体が1つの区間として活動した可能性がある。
 なお、本断層帯主部の最新活動時期(14世紀以後、18世紀以前)にマグニチュード8クラスの地震が発生したと判断できる歴史地震の記録が知られていない。本断層帯主部において、木曽山脈山麓断層群にあたる飯島町北村から三州街道断層の阿智村寒原にかけての間は調査が行われておらず、北村地点においてもこの時期の活動の有無は判断できない。このことから、最新活動においては本断層帯主部の全体が一度に活動せず、複数の区間に分かれて、もしくは一部の区間のみが活動して、マグニチュード8に満たない地震を発生させた可能性もある。

(6)測地観測結果

 伊那谷断層帯の周辺における1994年までの約100年間の測地観測結果では、断層帯周辺でほぼ北西−南東方向のわずかな縮みが見られる。また、2006年12月までの8年間のGPS観測結果では、顕著な歪みは見られない。

(7)地震観測結果

 伊那谷断層帯の周辺の最近約9年間の地震観測結果によると、地震活動は全体的に低調である。地震発生層の下限の深さは約15−20kmと推定される。

2.1.3 伊那谷断層帯主部の将来の活動

(1)活動区間と活動時の地震の規模

 伊那谷断層帯主部では、全体が1つの区間として同時に活動すると推定される。この場合、断層の長さが約79kmであることから、前述の経験式(1)を用いて地震の規模を求めると、マグニチュード8.0程度の地震が発生すると推定される。また、このような地震が発生した場合、前述の経験式(2)を用いて1回の変位量を求めると、断層近傍の地表面では断層の西側が東側に対して相対的に6m程度高まる段差や撓みが生じる可能性がある。
 なお、2.1.2(5)で示したとおり、伊那谷断層帯主部で最新活動時にはマグニチュード8.0程度の地震が発生したと判断できる先史時代・歴史時代の資料は知られていないことから、将来の活動において、断層帯の一部のみが活動する可能性もある。

(2)地震発生の可能性

 伊那谷断層帯主部の最新活動後の経過率及び将来このような地震が発生する長期確率は表2に示すとおりである(注1)。
 本断層帯では、平均活動間隔が約5千2百−6千4百年、最新活動時期が14世紀以後、18世紀以前と求められていることから、平均活動間隔に対する現在における地震後経過率は0.05−0.1となる。また、地震調査研究推進本部地震調査委員会(2001)に示された手法(BPT分布モデル、α=0.24)によると、今後30年以内、50年以内、100年以内、300年以内の地震発生確率は、すべてほぼ0%となる。また、現在までの集積確率もほぼ0%となる (表2)。
 表4に、これらの確率値の参考指標(地震調査研究推進本部地震調査委員会長期評価部会,1999)を示す。
 ただし、2.1.2(5)で示したとおり、伊那谷断層帯主部は本評価で検討した最新活動時期(14世紀以後、18世紀以前)にマグニチュード8.0程度の地震が発生したと判断できる先史時代・歴史時代の資料は明らかでないことから、最新活動において未破壊区間が存在する可能性が否定できない。このため、ここで示した以外に、将来において、断層帯の一部が活動する可能性もある。しかしながら、このような地震が発生する長期確率を求めることはできない。

2.2 伊那谷断層帯南東部

2.2.1 伊那谷断層帯南東部の位置及び形態

(1)伊那谷断層帯南東部を構成する断層

 伊那谷断層帯南東部は、長野県飯田市、下伊那郡阿智村、同郡下條村、同郡阿南町を経て同郡売木村(うるぎむら)まで、概ね北北東−南南西方向に延びる断層帯である(図2)。
 伊那谷断層帯南東部は、川路・竜丘断層、下伊那竜西断層、新野(にいの)断層などから構成される。
 伊那谷断層帯南東部を構成する各断層の位置・形態は、岡田ほか(2003)を基本とし、南端部は、活断層研究会編(1991)によった。断層の名称は活断層研究会編(1991)によった。

(2)断層面の位置・形状

 伊那谷断層帯南東部の長さ及び一般走向は、断層帯の両端を直線で結ぶと約32km、N20°Eとなる(図2)。
 断層面上端の深さは、断層による変位が地表に達していることから0kmとした。
 断層面の傾斜と深部形状についての直接的な資料は得られていない。
 断層面の下端の深さは、地震発生層の下限を目安とすると15km程度と推定される。しかしながら、地下深部の断層面の傾斜が明らかでないため、断層面の幅は不明である。

(3)断層の変位の向き(ずれの向き)

 伊那谷断層帯南東部は、活断層研究会編(1991)などに示された変位地形や地質構造から、断層の西側が東側に対して相対的に隆起する逆断層で、南端部で右横ずれを伴うと考えられる。

2.2.2 伊那谷断層帯南東部の過去の活動

(1)平均変位速度(平均的なずれの速度)

 伊那谷断層帯南東部では、平均変位速度に関する資料は得られていない。
 なお、活断層研究会編(1991)は、本断層帯を構成する断層のうち、川路・竜丘断層の活動度をB級、下伊那竜西断層、新野断層の活動度をB−C級としている。

(2)活動時期
a)地形・地質的に認められた過去の活動

 伊那谷断層帯南東部の最新活動を含む最近の活動履歴については、関係する資料がないため、明らかでない。

b)先史時代・歴史時代の活動

 2.1.2(2)b)参照。
 なお、1718年の信濃・三河の地震(M7.0)は、被害状況の分布や推定される地震の規模から、伊那谷断層帯南東部の活動の可能性もある。

(3)1回の変位量(ずれの量)

 伊那谷断層帯南東部では、1回の活動に伴う変位量を示す直接的な資料は得られていない。 しかしながら、本断層帯の長さは約32kmと推定されることから、前述の経験式(1)及び(2)を用いると、1回の活動に伴う変位量は約2.5mと計算される。したがって、本断層帯の1回の活動に伴う上下変位量は2−3m程度であった可能性がある。

(4)活動間隔

 伊那谷断層帯南東部では、活動時期、平均変位速度等が求められていないため、平均活動間隔を求めることはできない。

(5)活動区間

 伊那谷断層帯南東部は断層がほぼ連続的に分布することから、松田(1990)の基準に基づけば全体が1つの区間として活動したと推定される。

(6)測地観測結果

 2.1.2(6)参照。

(7)地震観測結果

 2.1.2(7)参照。

2.2.3 伊那谷断層帯南東部の将来の活動

(1)活動区間と活動時の地震の規模

 2.2.2(5)で述べたように、本断層帯は全体が1つの区間として同時に活動すると推定される。この場合、長さが約32kmと推定されることから、前述の経験式(1)及び(2)を用いて地震の規模を求めると、マグニチュード7.3程度の地震が発生すると推定され、その際には過去の活動に基づくと断層の西側が東側に対して相対的に2−3m程度高まる段差や撓みが生じる可能性がある。

(2)地震発生の可能性

 伊那谷断層帯南東部では、過去の活動に関する資料が得られていないため、将来の地震発生確率は不明である。

3.今後に向けて

 伊那谷断層帯については、これまでの評価では断層帯の正確な位置・形状が明確ではなかったため、今回伊那谷断層帯主部とした部分のみの評価となっていた。また、地下構造の情報にも乏しく、断層帯の全体像が明確に把握されていなかったため、並走する異なる断層線におけるトレンチで観察された活動時期の相違から断層帯主部を2つの活動区間に設定していた。
 今回の評価では高精度な位置・形態情報に基づいて、伊那谷断層帯主部に加え断層帯南東部を別の起震断層として評価することができた。また、断層帯主部については航空機レーザ測量によって新たに見出した断層線上でトレンチ調査を実施するなどの補完調査によって最新活動時期や平均活動間隔をより精度よく求めることができ、将来の地震発生確率について信頼度の高い評価とすることができた。その際、境界断層と前縁断層の活動時期が異なるとは必ずしも判断できないことから、断層帯主部を1つの活動区間として評価した。
 しかしながら、伊那谷断層帯主部の最新活動時期(14世紀以後、18世紀以前)においては断層帯全体が一度に活動しなかった可能性もある。この場合、今回評価したマグニチュード8程度の地震のほかに、これよりひとまわり小さい規模の地震が発生する可能性があるが、現時点ではこの発生確率や規模を予測することができない。また、トレンチ調査などにおいて、情報が少なく信頼度が低い場合でも活動の有無を判断せざるを得ない場合があるが、その判断が評価全体に大きく影響を及ぼすこともありうる。今後は未調査の区間における地形・地質調査、信頼度が低い調査地点における精査の実施、古文書調査等により、活動時期、活動区間、地震規模を明確にする必要がある。さらには、情報が不足している場合であっても、ひとまわり小さな規模の地震についても評価を行うことを視野に入れた調査及びその評価方法の検討を行う必要がある。
 伊那谷断層帯南東部は、過去の活動についてほとんどデータが得られていない。本断層帯南東部に関して信頼度の高い評価を得るためには、断層帯南東部を構成する断層における活動履歴や詳細な位置・形状などに関する調査を行う必要がある。新野断層については断層の詳細な位置が明らかとなっていない。新野断層の東に位置する平岡断層との関連も含め、位置・形状に関する詳細な調査を行う必要がある。
 また、木曽山脈の西側に位置する木曽山脈西縁断層帯は、東側に位置する伊那谷断層帯とともに木曽山脈の隆起に関与してきたとされることから、この断層帯の活動との関連性について検討する必要がある。

注9: 伊那谷断層帯南東部では、平均的なずれの速度を具体的に示すことはできないが、活断層の活発さの程度、すなわち活動度(松田,1975)が求められているので、それを示した。
・活動度がAの活断層は、1千年あたりの平均的なずれの量が1m以上、10m未満であるものをいう。
・活動度がBの活断層は、1千年あたりの平均的なずれの量が0.1m以上、1m未満であるものをいう。
・活動度がCの活断層は、1千年あたりの平均的なずれの量が0.01m以上、0.1m未満であるものをいう。
注10: 「変位」を、1頁の本文及び5、6、7頁の表1では、一般にわかりやすいように「ずれ」という言葉で表現している。ここでは専門用語である「変位」が、本文や表1の「ずれ」に対応するものであることを示すため、両者を併記した。以下、文章の中では「変位」を用いる。なお、活断層の専門用語では、「変位」は切断を伴う「ずれの成分」と、切断を伴わない「撓(たわ)みの成分」よりなる。
注11: 炭素同位体年代については、Ramsey(1995,2001)、Reimer et al.(2004)に基づいて暦年補正し、原則として1σの範囲の数値で示した。このうち2,000年前よりも新しい年代値は世紀単位で示し、2,000年前よりも古い年代値については、百年単位で四捨五入した。また20,000年BPよりも古い炭素同位体年代については、Kitagawa and van der Plicht(1998)のデータに基づいて暦年補正した値を用いた。



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Reimer,P.J., Baillie,M.G.L., Bard,E., Bayliss,A., Beck,J.W., Bertrand,C., Blackwell,P.G., Buck,C.E., Burr,G., Cutler,K.B., Damon,P.E., Edwards,R.L., Fairbanks,R.G., Friedrich,M., Guilderson,T.P., Hughen,K.A., Kromer,B., McCormac,F.G., Manning,S., Ramsey,C.B., Reimer,R.W., Remmele,S., Southon,J.R., Stuiver,M., Talamo,S., Taylor,F.W., van der Plicht,J. and Weyhenmeyer,C.E.(2004):IntCal04 terrestrial radiocarbon age calibration,0−26 cal kyr BP.Radiocarbon46,1029−1058.

産業技術総合研究所(2006):伊那谷断層帯の活動性および活動履歴調査「基盤的調査観測対象活断層の追加・補完調査」成果報告書.No.H17−10,17p.

鈴木康弘・池田安隆・澤 祥・田力正好・廣内大介(2002):1:25,000都市圏活断層図「飯田」,国土地理院技術資料D・1−No.396.

宇佐美龍夫(2003):「最新版 日本被害地震総覧[416]−2001」.東京大学出版会,605p.



表4 伊那谷断層帯主部の将来の地震発生確率及び参考指標
項  目                           数  値                  備   考
地震後経過率

今後30年以内の発生確率
今後50年以内の発生確率
今後100年以内の発生確率
今後300年以内の発生確率

集積確率
0.05 − 0.1

ほぼ0%
ほぼ0%
ほぼ0%
ほぼ0%

ほぼ0%
発生確率及び集積確率は地震
調査研究推進本部地震調査委
員会(2001)参照。
指標(1) 経過年数
          比
指標(2)
指標(3)
指標(4)
指標(5)
マイナス4千2百年 − マイナス2千9百年
0.1 − 0.2
ほぼ0
ほぼ0%
ほぼ0
0.0002
地震調査研究推進本部地震調
査委員会長期評価部会(1999)
参照。
 評価時点はすべて2007年1月1日現在。「ほぼ0%」は10−3未満の数値、「ほぼ0」は10−5未満の数値を示す。なお、計算に当たって用いた平均活動間隔の信頼度は低い(△)ことに留意されたい。

指標 (1) 経過年数 当該活断層での大地震発生の危険率(1年あたりに発生する回数)は、最新活動(地震発生)時期からの時間の経過とともに大きくなる(ここではBPT分布モデルを適用した場合の考え方)。一方、最新活動の時期が把握されていない場合には、大地震発生の危険率は、時間によらず一定と考えざるを得ない(ポアソン過程を適用した場合の考え方)。この指標は、BPT分布モデルを適用した場合の危険率がポアソン過程を適用した場合の危険率の値を越えた後の経過年数である。値がマイナスである場合はBPT分布モデルを適用した場合の危険率がポアソン過程を適用した場合の危険率に達していないことを示す。ポアソン過程を適用した場合の危険率は5千分の1(0.0002)回であり、いつの時点でも一定である。BPT分布モデルを適用した場合の危険率は評価時点で10万分の1回以下(ほぼ0回)であり、時間とともに増加する。ほぼ0であればBPT分布モデルを適用した場合の危険率がポアソン過程を適用した場合の危険率に達するには今後4千2百−2千9百年を要することになる。
指標 (1) 最新活動(地震発生)時期から評価時点までの経過時間をAとし、BPT分布モデルによる危険率がポアソン過程とした場合のそれを越えるまでの時間をBとする。前者を後者で割った値(A/B)。
指標 (2)
BPT分布モデルによる場合と、ポアソン過程とした場合の、評価時点での危険率の比。
指標 (3)
評価時点での集積確率(前回の地震発生から評価時点までに地震が発生しているはずの確率)。
指標 (4)
評価時点以後30年以内の地震発生確率をBPT分布モデルでとりうる最大の確率の値で割った値。
指標 (5)
ポアソン過程を適用した場合の危険率(1年あたりの地震発生回数)。



付表
 地震発生確率等の評価の信頼度に関する各ランクの分類条件の詳細は以下のとおりである。

  ランク   分類条件の詳細
発生確率を求める際に用いる平均活動間隔及び最新活動時期の信頼度がいずれも比較的高く(◎または○)、これらにより求められた発生確率等の値は信頼性が高い。
平均活動間隔及び最新活動時期のうち、いずれか一方の信頼度が低く(△)、これらにより求められた発生確率等の値は信頼性が中程度。
平均活動間隔及び最新活動時期の信頼度がいずれも低く(△)、これらにより求められた発生確率等の値は信頼性がやや低い。
平均活動間隔及び最新活動時期のいずれか一方または両方の信頼度が非常に低く(▲)、発生確率等の値は信頼性が低い。このため、今後の新しい知見により値が大きく変わる可能性が高い。または、データの不足により最新活動時期が十分特定できていないために、現在の確率値を求めることができず、単に長期間の平均値を確率としている。




<付録>

 伊那谷断層帯については、産業技術総合研究所(2006)の調査によりトレンチ調査などが実施され、新たな知見が得られたことから、これに基づき再検討を行い、過去の活動履歴などについて改訂を行った。
 以下に改訂となった項目とその値について、前回の評価と今回の評価の対比表を示す。なお、評価にあたっては、下表に示す数値のほか各値を求めた根拠についても改訂していることに留意されるとともに、その詳細については評価文を参照されたい。
 また、今回の評価では新たな起震断層として伊那谷断層帯南東部を設けた。その詳細についても評価文を参照されたい。

伊那谷断層帯主部の評価についての新旧対比表
項  目 前回の評価
(平成14年7月10日公表)
今回の評価
(平成19年10月15日公表)
活動区間 2区間(境界断層と前縁断層)
以下境界・前縁と表記
1区間
長さ 全体:約78km
境界:約49km
前縁:約57km

約79km
最新活動時期 境界:約6500年前以後、
  300年前以前
前縁:約28000年前以後、
  約7500年前以前


14世紀以後、
18世紀以前


平均活動間隔 境界:約3000−12000年
前縁:約4000−20000年

約5200−6400年
1回のずれの量
(上下成分)
境界:4m程度
前縁:4m程度

6m程度
地震の規模
(マグニチュード)
全体:8.0程度
境界:7.7程度
前縁:7.8程度


8.0程度
地震発生確率
(30年)
境界:ほぼ0%−7%
[BPT]
前縁:ほぼ0%−6%
[BPT]



ほぼ0%
[BPT]

地震後経過率 境界:0.03−2.2
前縁:0.4−2より大
0.05−0.1

 対比表に示した(◎、○、△)及び(a、b、c、d)については信頼度を表す。