平成18年10月17日
地震調査研究推進本部
地震調査委員会


境峠・神谷断層帯の長期評価の一部改訂について


 地震調査研究推進本部は、「地震調査研究の推進について −地震に関する観測、測量、調査及び研究の推進についての総合的かつ基本的な施策−」(平成11年4月23日)を決定し、この中において、「全国を概観した地震動予測地図」の作成を当面推進すべき地震調査研究の主要な課題とし、また「陸域の浅い地震、あるいは、海溝型地震の発生可能性の長期的な確率評価を行う」とした。

 地震調査委員会では、この決定を踏まえつつ、これまでに陸域の活断層として、98断層帯の長期評価を行い公表した。

 境峠・神谷断層帯の評価は平成17年1月12日に公表しているが、その後、最近の調査結果により活動履歴などに関する新たな知見が得られたことから、これを基に評価の見直しを行い、一部改訂版としてとりまとめた。また、評価の新旧対比表を付録として巻末に示した。

 評価に用いられたデータは量及び質において一様でなく、そのためにそれぞれの評価の結果についても精粗がある。このため、評価結果の各項目について信頼度を付与している。



平成18年10月17日
地震調査研究推進本部
地震調査委員会

境峠・神谷断層帯の評価(一部改訂)

 境峠・神谷断層帯は、長野県中西部に分布する活断層帯である。ここでは、平成14年度、15年度及び平成17年度に産業技術総合研究所によって行われた調査をはじめ、これまでに行われた調査研究成果に基づいて、この断層帯の諸特性を次のように評価した


境峠・神谷断層帯については、地震調査研究推進本部地震調査委員会(2005)により、それまで行われていた調査研究に基づいた長期評価が公表されているが、産業技術総合研究所(2006)によって新しい知見が得られたことから、今回再評価を行った。

1.断層帯の位置及び形態

 境峠・神谷(さかいとうげ・かみや)断層帯は、境峠・神谷断層帯主部及び霧訪山−奈良井(むとうやま−ならい)断層帯からなる。
 境峠・神谷断層帯主部は、長野県松本市安曇から同市奈川(ながわ)、木曽郡木祖村、同郡木曽町日義(ひよし)、塩尻市奈良井、上伊那郡南箕輪村飛地を経て、伊那市に至る断層帯である。長さは約47kmで、概ね北西−南東方向に延びる。本断層帯は左横ずれを主体とする断層からなり、上下成分のずれを伴う(図1−1図2及び表1)。
 霧訪山−奈良井断層帯は、長野県塩尻市及び岡谷市から、上伊那郡辰野町、塩尻市奈良井を経て、木曽郡木祖村に至る断層帯である。長さは約28kmで、概ね北東−南西方向に延びる。本断層帯は右横ずれを主体とする断層からなり、東部では北側隆起成分を伴う(図1−1図2及び表3)。

2.断層帯の過去の活動

(1)境峠・神谷断層帯主部

 境峠・神谷断層帯主部の最新活動時期は、約4千9百年前以後、約2千5百年前以前であったと推定される。また、平均活動間隔は約1千8百−5千2百年の可能性がある(表1)。

(2)霧訪山−奈良井断層帯

 霧訪山−奈良井断層帯の最新活動時期を含めた過去の活動については、十分特定できない(表3)。

3.断層帯の将来の活動

(1)境峠・神谷断層帯主部

 境峠・神谷断層帯主部は、全体が1つの区間として活動する場合、マグニチュード7.6程度の地震が発生すると推定され、その際には4m程度の左横ずれが生じる可能性がある(表1)。
 本断層帯の最新活動後の経過率及び将来このような地震が発生する長期確率を算出すると表2に示すとおりとなる。本評価で得られた地震発生確率には幅があるが、その最大値をとると、今後30年の間に地震が発生する可能性が我が国の主な活断層の中では高いグループに属することになる(注1)。

(2)霧訪山−奈良井断層帯

 霧訪山−奈良井断層帯は、全体が1つの区間として活動する場合、マグニチュード7.2程度の地震が発生すると推定され、その際には2m程度の右横ずれが生じる可能性がある(表3)。ただし、本断層帯の最新活動後の経過率及び将来このような地震が発生する長期確率は不明である。

4.今後に向けて

 今回の評価では、境峠・神谷断層帯主部に関して最新活動時期を従来の評価より短い期間内に推定することができた。このため、将来の地震発生確率等についてやや絞り込んだ評価とすることができた。
 しかし、依然として将来の地震発生確率等の信頼度を高めるまでには至らなかった。これは、現行の評価手法ではこれ以上の地震発生確率値の絞り込みが困難であることを示している。今後は新たな視点と必要な情報を加えた新たな評価手法を構築し、さらに信頼度を向上させるための調査を行う必要がある。
 霧訪山−奈良井断層帯に関しては、過去の活動についてほとんど資料が得られていない。したがって、平均的なずれの速度や活動時期など、過去の活動を明らかにする必要がある。
 また、境峠・神谷断層帯の周辺に位置する糸魚川−静岡構造線断層帯や伊那谷断層帯、木曽山脈西縁断層帯の活動との関連性についても検討する必要がある(図1−2)。



表1 境峠・神谷断層帯主部の特性

項  目 特  性   信頼度  
注3
根  拠
注4
1.断層帯の位置・形態
  (1)断層帯を構成す
   る断層
境峠断層、神谷断層
  文献2による。
  (2) 断層帯の位置・
   形状
地表における断層帯の位置・形状
 断層帯の位置
 (北西端) 北緯36°12′東経137°36′
 (南東端) 北緯35°51′東経137°54′
 長さ    約47km






文献2による。
位置及び長さは図2
ら計測。
地下における断層面の位置・形状
 長さ及び上端の位置   地表での長さ・
                   位置と同じ

 上端の深さ  0km
 一般走向   N35°W


 傾斜     高角 (地表付近:北部では
         高角東傾斜)

 幅      15km程度













上端の深さが0kmで
あることから推定。


一般走向は、断層の両
端を直線で結んだ方向
図2参照)。
傾斜は文献3−6に
示された断層露頭や
断層の形状から推定。
幅は、傾斜と地震発
生層の下限の深さ
(15km程度)から推
定。
  (3) 断層のずれの向
   きと種類
 左横ずれ断層
    (上下成分のずれを伴う)

文献2、3などに示され
た地形の特徴による。
2.断層帯の過去の活動
  (1) 平均的なずれの
   速度
不明(活動度はA−B級)
  括弧内の活動度
注5)は文献2による。
  (2) 過去の活動時期 活動1(最新活動)
  約4千9百年前以後、約2千5百年前以前

活動2(1つ前の活動)
  約7千7百年前以後、約6千7百年前以前

(上記活動のほか、約3万8千年前以後、
約9千5百年前以前に少なくとも2回の活動
があったと推定される。)





活動時期は、文献3、
4、5に示された資料
から推定。
  (3) 1回のずれの量
   と平均活動間隔
1回のずれの量
   4m程度  (左横ずれ成分)

平均活動間隔
   約1千8百−5千2百年





断層の長さから推定。

過去2回の活動から
推定。
  (4) 過去の活動区間 断層帯全体で1区間
断層の位置関係、形
状等から推定。
3.断層帯の将来の活動
  (1) 将来の活動区間
   及び活動時の地
   震の規模
活動区間   断層全体で1区間

地震の規模 マグニチュード7.6程度

ずれの量   4m程度(左横ずれ成分)





断層の位置関係、形
状等から推定。
断層の長さから推定。

断層の長さから推定。


表2 境峠・神谷断層帯主部の将来の地震発生確率等
 
項  目   将来の地震発生確率等
注6
 信頼度 
注7
備  考

地震後経過率(注8

今後30年以内の地震発生確率
今後50年以内の地震発生確率
今後100年以内の地震発生確率
今後300年以内の地震発生確率

集積確率(注9
 

0.5−2より大*

0.02%−13%*
0.04%−20%*
0.09%−40%*
0.5%−70%*

0.1%−90%より大*
b*

発生確率及び集積確
率は文献1による。

*この評価では、最新活動時期を約4千9百年前以後−約2千5百年前以前、1つ前の活動を約7千7百年前以後−約6千7百年前以前の可能性があるとし、これら過去2回の活動の間隔を基に平均活動間隔(約1千8百−5千2百年)を求めている。ただし、最新活動時期の年代幅は2千4百年程度と大きく、そのため、平均活動間隔に関しても十分に値を絞り込むことができなかった。したがって、これらの値から算出した地震後経過率(0.5−2より大(計算結果は2.7))及び将来の地震発生確率(今後30年:0.02%−13%)は、いずれも大きく幅を持たせた評価となっていることに留意する必要がある。


表3 霧訪山−奈良井断層帯の特性

項  目 特  性   信頼度  
注3
根  拠
注4
1.断層帯の位置・形態
  (1)断層帯を構成す
   る断層
東山西方の断層、高尾山断層、
霧訪山(むとうやま)断層、奈良井断層

  文献2による。
  (2) 断層帯の位置・
   形状
地表における断層帯の位置・形状
 断層帯の位置
 (北東端) 北緯36°06′東経138°01′
 (南西端) 北緯35°56′東経137°47′
 長さ    約28km






文献2による。
位置及び長さは図2
から計測。
地下における断層面の位置・形状
 長さ及び上端の位置   地表での長さ・
                   位置と同じ

 上端の深さ  0km
 一般走向   N50°E


 傾斜     高角 (地表付近)

 幅      15km程度












上端の深さが0kmで
あることから推定。


一般走向は、断層の
両端を直線で結んだ
方向(図2参照)。
傾斜は断層の形状か
ら推定。
幅は、傾斜と地震発生
層の下限の深さ(15
km程度)から推定。
  (3) 断層のずれの向
   きと種類
 右横ずれ断層 (東部では北側隆起成分
           を伴う)

文献2などに示された
地形の特徴による。
2.断層帯の過去の活動
  (1) 平均的なずれの
   速度
 不明 (活動度はA−B級、上下成分では
     0.1m/千年 程度以下)
  括弧内の活動度(注5
は文献2、3による。
  (2) 過去の活動時期  不明

  (3) 1回のずれの量
   と平均活動間隔
1回のずれの量  2m程度(右横ずれ成分)

平均活動間隔   不明



断層の長さから推定。

  (4) 過去の活動区間  断層帯全体で1区間
断層の位置関係・形
状等から推定。
3.断層帯の将来の活動
  (1) 将来の活動区間
   及び活動時の地
   震の規模
活動区間   断層全体で1区間

地震の規模 マグニチュード7.2程度

ずれの量   2m程度(右横ずれ成分)





断層の位置関係、形
状等から推定。
断層の長さから推定。

断層の長さから推定。


注1: 地震調査委員会の活断層評価では、将来の活動区間が単独で活動した場合の今後30年間の地震発生確率について、次のような相対的な評価を盛り込むこととしている。
今後30年間の地震発生確率(最大値)が3%以上の場合:
「本断層帯は、今後30年の間に地震が発生する可能性が、我が国の主な活断層の中では高いグループに属することになる」
今後30年間の地震発生確率(最大値)が0.1%以上−3%未満の場合:
「本断層帯は、今後30年の間に地震が発生する可能性が、我が国の主な活断層の中ではやや高いグループに属することになる」
   
   なお、2005年4月時点でひととおり評価を終えた98の主要断層帯のうち、最新活動時期が判明しており、通常の活断層評価で用いている更新過程(地震の発生確率が時間とともに変動するモデル)により地震発生確率を求めたものについては、将来の活動区間が単独で活動した場合の今後30年間に地震が発生する確率の割合は以下のとおりとなっている。
30年確率の最大値が0.1%未満 : 約半数 
30年確率の最大値が0.1%以上−3%未満 : 約1/4
30年確率の最大値が3%以上 : 約1/4
(いずれも2005年4月時点での算定。確率の評価値に幅がある場合はその最大値を採用。)
 
注2:  1995年兵庫県南部地震、1858年飛越地震及び1847年善光寺地震の地震発生直前における30年確率と集積確率は以下のとおりである。
地震名 活動した活断層 地震発生直前の
30年確率 (%)
地震発生直前の
集積確率 (%)
断層の平均活動
間隔 (千年)
1995年兵庫県南部地震
(M7.3)
六甲・淡路島断層帯主部
淡路島西岸区間
「野島断層を含む区間」
(兵庫県)
0.02%−8% 0.06%−80% 約1.7−約3.5
1858年飛越地震
(M7.0−7.1)
跡津川断層帯
(岐阜県・富山県)
ほぼ0%−13% ほぼ0%−
90%より大
約1.7−約3.6
1847年善光寺地震
(M7.4)
長野盆地西縁断層帯
(長野県)
ほぼ0%−20% ほぼ0%−
90%より大
約0.8−約2.5
「長期的な地震発生確率の評価手法について」(地震調査研究推進本部地震調査委員会,2001)に示されているように、地震発生確率は前回の地震後、十分長い時間が経過しても100%とはならない。その最大値は平均活動間隔に依存し、平均活動間隔が長いほど最大値は小さくなる。30年確率の最大値は、平均活動間隔が2千年の場合は12%程度、5千年の場合は5%程度である。
注3: 信頼度は、特性欄に記載されたデータの相対的な信頼性を表すもので、記号の意味は次のとおり。
  ◎:高い、○:中程度、△:低い
注4: 文献については、本文末尾に示す以下の文献。
文献1: 地震調査研究推進本部地震調査委員会(2001)
文献2: 活断層研究会編(1991)
文献3: 産業技術総合研究所(2006)
文献4: 吉岡ほか(2003)
文献5: 吉岡ほか(2004)
文献6: 吉岡ほか(2005)
注5: 境峠・神谷断層帯主部及び霧訪山−奈良井断層帯では、平均的なずれの速度を具体的に示すことはできないが、活断層の活発さの程度、すなわち活動度(松田,1975)が求められているので、それを示した。
・ 活動度がAの活断層は、1千年あたりの平均的なずれの量が1m以上、10m未満であるものをいう。
・ 活動度がBの活断層は、1千年あたりの平均的なずれの量が0.1m以上、1m未満であるものをいう。
・ 活動度がCの活断層は、1千年あたりの平均的なずれの量が0.01m以上、0.1m未満であるものをいう。
注6: 評価時点はすべて2006年1月1日現在。なお、計算に当たって用いた平均活動間隔に関しては、いずれも年代値が十分に絞り込めていないため、信頼度は低い(△)ことに留意されたい。
注7: 地震後経過率、発生確率及び現在までの集積確率(以下、発生確率等)の信頼度は、評価に用いた信頼できるデータの充足性から、評価の確からしさを相対的にランク分けしたもので、aからdの4段階で表す。各ランクの一般的な意味は次のとおりである。
   a:(信頼度が)高い b:中程度 c:やや低い d:低い
発生確率等の評価の信頼度は、これらを求めるために使用した過去の活動に関するデータの信頼度に依存する。信頼度ランクの具体的な意味は以下のとおりである。分類の詳細については付表を参照のこと。なお、発生確率等の評価の信頼度は、地震発生の切迫度を表すのではなく、発生確率等の値の確からしさを表すことに注意する必要がある。
発生確率等の評価の信頼度
a: 過去の地震に関する信頼できるデータの充足度が比較的高く、これを用いて求めた発生確率等の値の信頼性が高い。
b: 過去の地震に関する信頼できるデータの充足度が中程度で、これを用いて求めた発生確率等の値の信頼性が中程度。
c: 過去の地震に関する信頼できるデータの充足度が低く、これを用いて求めた発生確率等の値の信頼性がやや低い。
d: 過去の地震に関する信頼できるデータの充足度が非常に低く、これを用いて求めた発生確率等の値の信頼性が低い。このため、今後の新しい知見により値が大きく変わる可能性が高い。または、最新活動時期のデータが得られていないため、現時点における確率値が推定できず、単に長期間の平均値を確率としている。
注8: 最新活動(地震発生)時期から評価時点までの経過時間を、平均活動間隔で割った値。最新の地震発生時期から評価時点までの経過時間が、平均活動間隔に達すると1.0となる。今回評価した数字のうち、境峠・神谷断層帯主部の0.5は2,500年を5,200年で割った値である。
注9: 前回の地震発生から評価時点までの間に地震が発生しているはずの確率。


(説明)

1.境峠・神谷断層帯に関するこれまでの主な調査研究

 境峠・神谷(さかいとうげ・かみや)断層帯については、辻村(1926)、片田・礒見(1962)などが飛騨山脈南部から木曽山脈北部にかけて延びる顕著な断層崖として記載している。その後、本断層帯は、松田(1968)、松田ほか(1976)、金子(1979)、仁科(1982)、仁科ほか(1985)、松島(1995)などによって、空中写真判読などから、横ずれ断層として図示されるようになった。
 活断層研究会編(1980,1991)はそれらの研究を総括し、断層の位置とその諸特性を取りまとめた。中田・今泉編(2002)では、本断層帯を構成する主要な断層について第四紀後期に活動を繰り返したとして図示している。
 本断層帯の第四紀後期における活動性についての調査としては、狩野ほか(2001,2002)、吉岡ほか(2003,2004,2005)による地形・地質調査や断層露頭調査、トレンチ調査がある。さらに、産業技術総合研究所(2006)は、本断層帯を対象としてトレンチ調査などを行い、断層帯の過去の活動などについての新たな知見を得ている。

2.境峠・神谷断層帯の評価結果

 境峠・神谷断層帯は、飛騨山脈南部から木曽山脈北部にかけて分布する断層帯である。
本断層帯は、断層の走向や変位の向きから、松田(1990)の起震断層の定義に基づけば、北西−南東走向の境峠・神谷断層帯主部と北東−南西方向に延びる霧訪山−奈良井(むとうやま−ならい)断層帯の2つの断層帯に区分することができる(図1−1図2)。
 なお、境峠・神谷断層帯主部の南方に位置する伊那谷断層帯と木曽山脈西縁断層帯及び霧訪山−奈良井断層帯の北方をほぼ北西−南東方向に横切る糸魚川−静岡構造線断層帯については、別途評価を実施している(図1−2:地震調査研究推進本部地震調査委員会,1996,2002,2004)。

2.1 境峠・神谷断層帯主部

2.1.1 境峠・神谷断層帯主部の位置及び形態

(1)境峠・神谷断層帯主部を構成する断層

 境峠・神谷断層帯主部は、長野県松本市安曇から同市奈川(ながわ)、木曽郡木祖村、同郡木曽町日義(ひよし)、塩尻市奈良井、上伊那郡南箕輪村飛地を経て、伊那市に至る断層帯である(図1−1図2)。
 本断層帯は、境峠断層と神谷断層から構成される。
 本断層帯を構成する各断層の位置・形態は、活断層研究会編(1991)、中田・今泉編(2002)などに示されている。ここでは、各断層の位置及び名称は活断層研究会編(1991)によった。

(2)断層面の位置・形状

 境峠・神谷断層帯主部の長さと一般走向は、断層帯の北西端と南東端を直線で結ぶとそれぞれ約47km、N35°Wとなる(図2)。
 断層面上端の深さは、断層による変位が地表に認められることから0kmとした。
 断層面の傾斜は、断層露頭やトレンチ壁面において高角の断層面が確認されること(吉岡ほか,2003,2004,2005など)、及び断層トレースが直線的であることから、地表付近では高角と推定される。また、断層帯の北半部では、トレンチ壁面に認められる断層の傾斜から地表付近では高角東傾斜と推定される。
 断層面の幅は、地下深部も地表付近と同様に高角であるとすれば、地震発生層の下限の深さから、15km程度の可能性がある。

(3)断層の変位の向き(ずれの向き)注10

 境峠・神谷断層帯主部は、系統的な河川の屈曲などの地形の特徴や断層露頭などから、左横ずれを主体とする断層であると考えられる。
 なお、上下成分について活断層研究会編(1991)は、北部では北東側隆起成分、南部では南西側隆起成分を伴うとしている。また、産業技術総合研究所(2006)は、上下方向のずれの向きは一定していないとしているが、少なくとも本断層帯は、上下方向のずれを伴う可能性がある。

2.1.2 断層帯の過去の活動

(1)平均変位速度(平均的なずれの速度)

 境峠・神谷断層帯主部では、平均変位速度に関する詳細な資料は得られていない。
 なお、活断層研究会編(1991)は、境峠断層の活動度(注5)をB級、神谷断層の活動度をA−B級としている。
 また、中野ほか(1995)は、梓湖付近の大野川右岸において中期更新世(6−20万年前:清水ほか,1998など)の乗鞍岳番所(ばんどころ)溶岩流の分布が約200m左に横ずれ屈曲するような形態を呈していることを指摘し、これを断層変位と考えると、境峠断層の平均横ずれ変位速度は1−3m/千年と見積もることができるとしている。しかし、この形態が断層活動によるものかどうかは明らかではない。
 吉岡ほか(2005)は、境峠断層の中央に位置する松本市奈川ソグラ沢で実施したトレンチ調査の結果に基づいて、断層を挟んだ堆積物が約10m西側隆起で変位していることを指摘している。この堆積物には、御岳火山起源のスコリア(約9万年前−2.6万年前)が含まれていることから、平均上下変位速度を0.1−0.4m/千年としている。ただし、本地点でのずれの向きは、活断層研究会編(1991)と異なり、ここで得られた値は、横ずれによる見かけの上下変位か局所的な上下変位を示している可能性がある。

(2)活動時期

a)地形・地質的に認められた過去の活動

[1] 境峠断層ソグラ沢地点(トレンチ調査)

 境峠断層のほぼ中央に位置する松本市奈川ソグラ沢において、尾根状の緩斜面上に連続する低崖を横断するトレンチ(SA・SBトレンチ)が掘削された(吉岡ほか,2004,2005)。トレンチ壁面には、数条の高角度の断層が認められた(図3)。
 SAトレンチにおいて、断層は約5千5百−5千4百年前の14C年代値(注13)を示すS2層(黒色腐植土層)を変位させている。また、SBトレンチでは、断層は約4千9百−4千8百年前の14C年代値を示すS2層を切り、11−13世紀の14C年代値を示すS1層(黒色腐植土層)に覆われる。したがって、本地点での最新活動時期は、約4千9百年前以後、13世紀以前であったと考えられる。
 さらに、SBトレンチ南壁面のスケッチに基づくと、S3層(ローム層)及びS2b層(腐植土層:約7千7百−7千6百年前)が断層によって変位するが、上位のS2a層(腐植土層)に変位は及んでいないと判断される。このS2a層から得られた最も古い14C年代値は約4千9百−4千6百年前を示す。したがって、SBトレンチでの1つ前の活動時期は、約7千7百年前以後、約4千6百年前以前の可能性があると判断される。
 SAトレンチの約60m北方において、連続する低崖を横断するトレンチ(SCトレンチ)が掘削された(産業技術総合研究所,2006)。トレンチ壁面には、礫層および腐植層が露出し、それらを変位させる断層が認められた(図6)。断層はE層(腐植土混じりの砂礫)及びそれより下位の地層を変位させており、C層(礫混じり腐植質土壌)、B層(黒色の腐植土及び腐植質シルト)およびA層(表土)に覆われる。E層からは、約7千8百−7千6百年前の14C年代値が得られている。ただし、SCトレンチ南北壁面のスケッチに基づくと、C層は層相などから斜面堆積物と判断され、C層より得られた年代値は地層の堆積年代を示さないものと考えられる。C層を覆うB層からは複数の年代値が得られているが、産業技術総合研究所(2006)の判断にしたがって、上下方向に連続的に採取された試料において年代値の逆転が見られないことから、このうちの最下部の試料の年代(約2千8百年−2千5百年前)を、断層を覆う地層の年代として採用した。したがって、SCトレンチでの最新活動時期は、約7千8百年前以後、約2千5百年前以前であったと推定される。
 これらを総合すると、本地点における最新活動時期は、約4千9百年前以後、約2千5百年前以前であったと推定される。
 なお、吉岡ほか(2004,2005)は、SBトレンチ南壁面にみられるS1c層(黒色腐植土層下部の礫質な部分)を断層活動に伴う崩積性堆積物と考え、S1c層がS2a層より上位に分布することから、本地点での最新活動がS2a層(最も若い14C年代値で約3千7百−3千5百年前)の堆積より後に限定される可能性も指摘している。しかし、S2a層と断層との直接の関係は不明である。

[2] 境峠断層野麦峠スキー場南方地点(断層露頭調査)

 松本市奈川の野麦峠スキー場南方地点において、狩野ほか(2001,2002)が断層露頭調査を実施している。本地点は、中田・今泉編(2002)などにより推定された活断層トレースからは200m程度南西方に位置する。
 露頭では、カタクレーサイト化した花崗岩中にせん断変形を受けた脈状の腐植質土層(あるいは粉砕された炭化物片)が含まれており、約6千−5千8百年前の14C年代値を示す(狩野ほか,2001,2002)。よって、本地点では約6千年前以後に断層活動があったと考えられる。
 なお、狩野ほか(2001,2002)は、7世紀の14C年代値を示す腐植質土層が断層活動により流動変形を被っているとしている。ただし、この流動変形が地震動によるとする根拠は示されておらず、また、本断層帯の活動との関係も不明であるため、ここでは本断層帯の評価に採用しない。

[3] 境峠断層寄合渡(よりあいど)地点(トレンチ調査)

 松本市奈川寄合渡において、分離小丘とそれに連続するリニアメントが認められ、そのトレースを横切ってトレンチ(YA・YBトレンチ)が掘削された(吉岡ほか,2004)。トレンチ壁面には、高角度の数条の断層が認められた(図4)。
 YAトレンチにおいては、Y4層(礫混じり腐植土:上部で約8千−7千9百年前)やY3層(火山灰質堆積物:年代不明)を切り、Y1c層(黒色腐植土)に覆われる断層が認められる。Y1c層から得られた年代値にはばらつきがあるため採用できないが、Y1c層を傾斜不整合で覆うシルト質の堆積物(Y1b層)からは1−3世紀の14C年代値が得られている。したがって、本地点での最新活動時期は、約8千年前以後、3世紀以前であった可能性がある。
 YBトレンチでは、Y4b層(黒色腐植土層下位:約7千7百−7千6百年前)以下の地層を切り、崩積性堆積物(吉岡ほか,2004)のY4c層に覆われる断層が認められる。また、Y4c層上位のY4a層からは約6千8百−6千7百年前の14C年代値が得られている。したがって、本地点での1つ前の活動時期は、約7千7百年前以後、約6千7百年前以前であったと考えられる。
 さらに、YAトレンチの南壁面では、Y7層を切る断層がY6層に覆われることから、より古い時期に断層活動があったと考えられるが、年代試料が得られていないため、その時期を特定することはできない。
 なお、吉岡ほか(2004)は、Y1c層を断層活動に伴う崩積性堆積物と考え、その下位に位置するY2層の堆積後に断層活動が起こった可能性も指摘している。しかし、Y2層と断層との直接の関係は不明である。

[4] 境峠断層上押出沢(かみおしでさわ)地点(断層露頭調査)

 寄合渡地点の南南東約2.5kmに位置する木祖村上押出沢において、林道の路面を数10cm削り込んだ露頭の観察が行なわれている(狩野ほか,2002)。本地点は、中田・今泉編(2002)などにより推定された活断層トレースからは200m程度南西方に位置する。
 露頭では、花崗岩と砂礫層を水平距離3.5m以上にわたり境する断層構造が見出されている(狩野ほか,2001,2002)。また、砂礫層からは約6千3百−6千1百年前の14C年代値が得られている。よって、本地点では約6千3百年前以後に断層活動があったと考えられる。

[5] 境峠断層細島(ほそしま)地点(トレンチ調査)

 木祖村小木曽細島において、東向き斜面上に西落ちの逆向き低断層崖がみられ、この低断層崖と西側の山地斜面の間に、断層に沿って凹地が形成されている。吉岡ほか(2003)は、この凹地の南北両側においてトレンチ(A−Cトレンチ)を掘削した。トレンチ壁面には、東側に傾斜する見かけ上逆断層の形態を示す数条の断層が認められた(図5)。
 Cトレンチにおいて、断層は約6千2百−6千1百年前の14C年代値を示すBa層(黒色腐植土層)を変形させ、A層(土壌)に覆われる。また、断層の上盤側では、約6千−5千8百年前の14C年代値を示すBb層(土壌)がくさび状に落ち込む。したがって、本地点での最新活動時期は約6千年前以後と考えられる。なお、断層を覆うA層から得られた14C年代値は、その値がかなりばらつくこと、またA層が断層崖の斜面上に堆積した土壌であることを考慮すると、断層活動後に再堆積した土壌の年代である可能性が高い。よって、この活動時期の上限は限定できない。
 また、上記の活動に先立つものとして、約3万8千年前以後−姶良Tn火山灰降灰(約2万8千年前;注11)以前に少なくとも1回、姶良Tn火山灰降灰以後に少なくとも1回断層活動があったとされる(吉岡ほか,2003)。Cトレンチのスケッチに基づくと、C層(ローム層)の中部に認められる断層運動に伴った地層の逆転構造が、Ba層基底部(黒色腐植土層:約9千6百−9千5百年前)に不整合で覆われると推定される。C層からは直接の年代を示す試料は得られていないが、AトレンチのC層下部から姶良Tn火山灰層起源の火山ガラスが検出されていることから、約2万8千年前以後、約9千5百年前以前に断層活動が生じたと推定される。さらに、両トレンチにみられるC層とIII(D)層との間には、下位の地層が断層に向かって傾き下がる形態をとる傾斜不整合がみられる。Aトレンチでは、III(D)層の下位にあたるIV層から約3万8千年前の14C年代値が得られていることから、約3万8千年前以後、約2万8千年前以前に断層活動が生じたと推定される。
 なお、Aトレンチにおいて、E2層中に認められる分岐断層の一部が上位のE1層に覆われていることから、さらに古い時期に断層活動があったと考えられるが、年代試料が得られていないため、その時期を特定することはできない。

 以上の検討結果から、境峠・神谷断層帯主部の最新活動時期は、約4千9百年前以後、約2千5百年前以前と推定され、1つ前の活動時期は約7千7百年前以後、約6千7百年前以前であった可能性がある(図7)。また、約3万8千年前以後、約9千5百年前以前に少なくとも2回の活動があったと推定される。
 なお、狩野ほか(2002)は前述した境峠断層上押出沢林道地点の南東方70m程度に位置する土取場において、7世紀の年代を示す崖錐性堆積物が断層変位を被ると報告した。しかし、狩野ほか(2002)のスケッチを見る限り、年代試料が採取された層準まで断層変位を受けているかどうかは断定できないため、ここでは採用しないこととした。

b)先史時代・歴史時代の活動

 境峠・神谷断層帯主部の活動と直接関係する被害地震は知られていない(宇佐美,2003)。

(3)1回の変位量(ずれの量)

 境峠・神谷断層帯主部では、1回の活動に伴う変位量を示す直接的な資料は得られていない。
 しかし、本断層帯の長さは約47kmと推定されることから、経験式(1)及び(2)を用いると、1回の活動に伴う変位量は約3.7mと計算される。したがって、本断層帯の1回の活動に伴う左横ずれ変位量は4m程度であった可能性がある。
 用いた経験式は松田(1975)による次の式である。ここで、Lは1回の地震で活動する断層の長さ(km)、Mはマグニチュード、Dは1回の活動に伴う変位量(m)である。

        Log L=0.6M−2.9   (1)
        Log D=0.6M−4.0   (2)

 なお、狩野ほか(2002)は、松本市奈川上押出沢の林道路面(境峠断層上押出沢林道地点1)において、花崗岩と砂礫層を水平距離で3.5m以上にわたり境する構造を見出し、メートルオーダーの変位が示唆されるとしている。しかし、計測可能な変位基準は得られておらず、具体的な変位量を求めることはできない。

(4)活動間隔

 境峠・神谷断層帯主部では、最新活動時期が約4千9百年前以後、約2千5百年前以前と推定され、1つ前の活動時期は約7千7百年前以後、約6千7百年前以前の可能性があることから、平均活動間隔は約1千8百−5千2百年であった可能性がある。

(5)活動区間

 境峠・神谷断層帯主部は断層がほぼ連続的に分布することから、松田(1990)の基準に基づけば全体が1つの区間として活動したと推定される。

(6)測地観測結果

 境峠・神谷断層帯主部周辺における1994年までの約100年間の測地観測結果では、断層帯の周辺で北西−南東方向の縮みが見られる。2006年4月までの8年間のGPS観測結果では、北部で北西−南東方向の縮みが見られる。

(7)地震観測結果

 境峠・神谷断層帯主部周辺の最近約9年間の地震観測結果によると、北部で微小地震活動が見られるが、南部では低調である。地震発生層の下限の深さは15km程度である。発震機構解によると、断層帯周辺では北西−南東方向に圧力軸を持つ型が多い。

2.1.3 断層帯の将来の活動

(1)活動区間及び活動時の地震の規模

 2.1.2(5)に記述したように、本断層帯は全体が1つの活動区間として同時に活動すると推定される。この場合、長さが約47kmと推定されることから、前述の経験式(1)及び(2)を用いて地震の規模を求めると、マグニチュード7.6程度と推定され、その際には上下変位を伴う4m程度の左横ずれが生じる可能性がある。

(2)地震発生の可能性

 境峠・神谷断層帯主部では、平均活動間隔が約1千8百−5千2百年の可能性があり、最新活動時期が約4千9百年前以後、約2千5百年前以前と推定されることから、平均活動間隔に対する現在における地震後経過率は、0.5−2より大となる。また、地震調査研究推進本部地震調査委員会(2001)に示された手法(BPT分布モデル、α=0.24)によると、今後30年以内、50年以内、100年以内、300年以内の地震発生確率は、それぞれ0.02%−13%、0.04%−20%、0.09%−40%、0.5%−70%となる。また、現在までの集積確率は、0.1%−90%より大となる。表4にこれらの確率値の参考指標(地震調査研究推進本部地震調査委員会長期評価部会,1999)を示す。本評価では、最新活動時期と平均活動間隔が十分に絞り込めていないことから、得られた地震発生確率にも大きな幅があるが、その最大値をとると、今後30年の間に地震が発生する可能性が我が国の主な活断層の中では高いグループに属することになる。

2.2 霧訪山−奈良井断層帯

2.2.1 霧訪山−奈良井断層帯の位置及び形態

(1)霧訪山−奈良井断層帯を構成する断層

 霧訪山−奈良井断層帯は長野県塩尻市及び岡谷市から、上伊那郡辰野町、塩尻市奈良井を経て、木曽郡木祖村に至る断層帯である(図1−1図2)。
 本断層帯は、東山西方の断層(注12)、高尾山断層、霧訪山断層及び奈良井断層から構成される。
 本断層帯を構成する各断層の位置・形態は、活断層研究会編(1991)、中田・今泉編(2002)などに示されており、これらの資料で概ね一致している。ここでは、各断層の位置及び名称は活断層研究会編(1991)によった。

(2)断層面の位置・形状

 霧訪山−奈良井断層帯の長さと一般走向は、断層帯の北東端と南西端を直線で結ぶとそれぞれ約28km、N50°Eとなる(図2)。ただし、断層帯の北東端の位置については、糸魚川−静岡構造線断層帯と東山西方の断層との交点とした。
 断層面上端の深さは、断層変位が地表に達していることから0kmとした。
 断層面の傾斜と深部形状についての直接的な資料は得られていないが、後述のように本断層帯は横ずれを主体とする断層からなり、断層の地表トレースが概ね直線的であることから、地表付近では高角であると推定される。
 断層面の幅は、地下深部も地表付近と同様に高角であるとすれば、後述の地震発生層の下限の深さから、15km程度である可能性がある。

(3)断層の変位の向き(ずれの向き)

 霧訪山−奈良井断層帯は、河川の屈曲などの地形的特徴(活断層研究会編,1991など)から、全体に右横ずれが卓越すると考えられる。断層帯の東部では断層を挟んで北側の山地高度が南側より高いという地形的特徴から、少なくとも、断層帯の東部においては北側隆起の上下変位を伴うと推定される。

2.2.2 断層帯の過去の活動

(1)平均変位速度(平均的なずれの速度)

 霧訪山−奈良井断層帯の、主たる変位の向きである横ずれ成分に関する平均変位速度の資料は得られていない。
 なお、活断層研究会編(1991)は、本断層帯を構成する霧訪山断層の活動度(注5)をA−B級、奈良井断層の活動度をB級としている。
 また上下成分について、産業技術総合研究所(2006)は、本断層帯の北東部にあたる塩尻市北小野地点の、姶良Tn火山灰(約2万8千年前:注11)降下以前に形成されたと推定される扇状地面に、約3m北西側が隆起する上下変位が認められることから、本断層帯の平均上下変位速度を0.1m/千年程度以下と求めている。

(2)活動時期

a)地形・地質的に認められた過去の活動

[1] 霧訪山断層塩尻市小野中村地点(トレンチ調査)

 産業技術総合研究所(2006)は、断層帯北東部の塩尻市小野中村で、谷の出口を横切るように位置する比高約2mの低崖においてトレンチを掘削したが、トレンチ壁面に明瞭な断層及び地層の変形は認められなかった。ただし、断層がトレンチ外を通過している可能性もあるため、この地点のデータから活動時期を限定することはできない。

[2] 霧訪山断層塩尻市桑崎地点(トレンチ調査)

 産業技術総合研究所(2006)は、断層帯中部の塩尻市桑崎において、段丘面上に北東−南西方向で南東落ちの低崖が認められることからトレンチを掘削した。トレンチ壁面には、扇状地性の角礫層およびシルト層(B−F層)が露出し、その上部に表土(A層)が認められる。B−F層は南東方向に約20°の傾斜を示すが、明瞭な断層は確認されなかった。C、D層内には層を削り込む構造が認められるため、D層より上位層の傾斜については堆積時の傾斜を示している可能性もある。しかし、少なくともF層以下については、堆積時に現地形面と異なる方向の傾斜があったとは考えにくいことから、この傾斜は断層活動によって生じた変形と推定される。トレンチ壁面から直接年代を示す試料は得られていないが、F層(角礫混じりの風化火山灰質シルト)には約9万年前以後と考えられる御岳火山起源のスコリア(産業技術総合研究所,2006)が含まれる。
 このことから、本地点においては少なくとも約9万年前以後に最新活動があったと推定されるが、これ以上活動時期を絞り込むことはできない。

b)先史時代・歴史時代の活動

 霧訪山−奈良井断層帯の活動と直接関係する被害地震は知られていない(宇佐美,2003)。

 以上の検討結果から、霧訪山−奈良井断層帯の最新活動時期は、少なくとも約9万年前以後にあったと推定されるが、これ以上活動時期を絞り込むことはできない。

(3)1回の変位量(ずれの量)

 霧訪山−奈良井断層帯では、1回の活動に伴う変位量を示す直接的な資料は得られていない。 しかし、本断層帯の長さは約28kmと推定されることから、前述の経験式(1)及び(2)を用いると、1回の活動に伴う変位量は約2.2mと計算される。したがって、本断層帯の1回の活動に伴う右横ずれ変位量は2m程度であった可能性がある。

(4)活動間隔

 霧訪山−奈良井断層帯では、活動時期、平均変位速度等が精度良く求められていないため、平均活動間隔を求めることはできない。

(5)活動区間

 霧訪山−奈良井断層帯は断層がほぼ連続的に分布することから、松田(1990)の基準に基づけば全体が1つの区間として活動したと推定される。

(6)測地観測結果

 霧訪山−奈良井断層帯周辺における1994年までの約100年間の測地観測結果では、顕著な歪みは見られない。2006年4月までの8年間のGPS観測結果でも、顕著な歪みは見られない。

(7)地震観測結果

 霧訪山−奈良井断層帯周辺の最近約9年間の地震観測結果によると、本断層帯の微小地震活動は低調である。地震発生層の下限の深さは15km程度である。

2.2.3 断層帯の将来の活動

(1)将来の活動区間及び地震の規模

 2.2.2(5)で述べたように、本断層帯は全体が1つの区間として同時に活動すると推定される。この場合、長さが約28kmと推定されることから、前述の経験式(1)及び(2)を用いて地震の規模を求めると、マグニチュード7.2程度の地震が発生すると推定され、その際には2m程度の右横ずれが生じる可能性がある。

(2)地震発生の可能性

 霧訪山−奈良井断層帯では、過去の活動に関する資料が得られていないため、将来の地震発生確率は不明である。

3.今後に向けて

 今回の評価では、境峠・神谷断層帯主部に関して最新活動時期を従来の評価より短い期間内に推定することができた。このため、将来の地震発生確率等についてやや絞り込んだ評価とすることができた。
 しかし、依然として将来の地震発生確率等の信頼度を高めるまでには至らなかった。今回の結果は、堆積物が少ない山間部の横ずれ断層である境峠・神谷断層帯主部において、現行の評価手法ではこれ以上の地震発生確率値の絞り込みが困難であることを示している。今後は新たな視点と必要な情報を加えた新たな評価手法を構築し、さらに信頼度を向上させるための調査を行う必要がある。
 霧訪山−奈良井断層帯に関しては、過去の活動についてほとんど資料が得られていない。したがって、平均変位速度や活動時期など、過去の活動を明らかにする必要がある。
 また、境峠・神谷断層帯の周辺に位置する糸魚川−静岡構造線断層帯や伊那谷断層帯、木曽山脈西縁断層帯の活動との関連性についても検討する必要がある(図1−2)。

注10: 「変位」を、1−2ページの本文、5−8ページの表1では、一般的にわかりやすいように「ずれ」という言葉で表現している。ここでは専門用語である「変位」が本文や表1の「ずれ」に対応するものであることを示すため、両者を併記した。以下、文章の中では「変位」を用いる。なお、活断層の専門用語では、「変位」は切断を伴う「ずれの成分」と切断を伴わない「撓(たわ)みの成分」よりなる。
注11: 姶良Tn火山灰層(AT)の降下年代値については、日本第四紀学会第四紀露頭集編集委員会編(1996)、小池・町田編(2001)等から、25,000年BPとし、暦年補正して約2万8千年前とした。
注12: 東山西方の断層については、活断層研究会編(1991)では単に東山西方としか記載がないことから、本評価に関しては便宜上この断層を「東山西方の断層」と、名称の後ろに「の断層」をつけて表記した。
注13: 炭素同位体年代については、Ramsey(1995,2001)、Reimer et al.(2004)に基づいて暦年補正し、原則として1σの範囲の数値で示した。このうち2,000年前よりも新しい年代値は世紀単位で示し、2,000年前よりも古い年代値については百年単位で、1万年前より古い年代値については千年単位で、四捨五入して示した。なお、従来の方法(Niklaus,1991)を用いた場合との対比は以下の通り。

Niklaus(1991) (旧) Ramsey(2005) (新)
活動時期(1つ前の活動) 7600年前〜4600年前 7700年前〜4600年前
平均活動間隔 1800年〜5100年 1800年〜5200年
地震発生確率(30年) 0.03%〜13% 0.02%〜13%



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表4 境峠・神谷断層帯主部の将来の地震発生確率及び参考指標
 
項  目                     数  値 (注14            備   考
地震後経過率

今後30年以内の発生確率
今後50年以内の発生確率
今後100年以内の発生確率
今後300年以内の発生確率

集積確率
0.5−2より大

0.02%−13%
0.04%−20%
0.09%−40%
0.5%−70%

0.1%−90%より大
発生確率及び集積確率は
地震調査研究推進本部地
震調査委員会(2001)参
照。
指標(1) 経過年数
       比
指標(2)
指標(3)
指標(4)
指標(5)
マイナス1千1百年−3千6百年
0.7−3.9
0.04−8.1
0.1%−90%より大
0.005−0.9
0.0002−0.0006
地震調査研究推進本部地
震調査委員会長期評価部
会(1999)参照。

注14: 評価時点はすべて2006年1月1日現在。なお、説明文で述べたように、境峠・神谷断層帯主部に関しては、最新活動時期の年代幅が2千4百年程度と大きく、平均活動間隔も十分に時期を絞り込めているとはいえないため、地震後経過率と将来の地震発生確率値に関しても、大きく幅を持たせた評価となっていることに留意されたい。
指標(1) 経過年数 当該活断層での大地震発生の危険率(1年間当たりに発生する回数)は、最新活動(地震発生)時期からの時間の経過とともに大きくなる(BPT分布モデルを適用した場合の考え方)。一方、最新活動の時期が把握されていない場合には、大地震発生の危険率は、時間によらず一定と考えざるを得ない(ポアソン過程を適用した場合の考え方)。

この指標は、BPT分布モデルを適用した場合の危険率が、ポアソン過程を適用した場合の危険率の値を超えた後の経過年数である。値がマイナスである場合は、BPT分布モデルを適用した場合の危険率がポアソン過程を適用した場合の危険率に達していないことを示す。境峠・神谷断層帯主部の場合、ポアソン過程を適用した場合の危険率は、5千2百分の1−1千8百分の1(0.0002−0.0006)であり、いつの時点でも一定である。

境峠・神谷断層帯主部では、BPT分布モデルを適用した場合の危険率は評価時点でほぼ0−220分の1(0.005)であり、時間とともに増加する。ほぼ0であればBPT分布モデルを適用した場合の危険率がポアソン過程を適用した場合の危険率に達するには今後1千1百年を要するが、220分の1であればBPT分布モデルを適用した場合の危険率がポアソン過程を適用した場合の危険率に達してからすでに3千6百年が経過したことになる。
指標(1) 最新活動(地震発生)時期から評価時点までの経過時間をAとし、BPT分布モデルを適用した場合の危険率がポアソン過程を適用した場合の危険率を超えるまでの時間をBとした場合において、前者を後者で割った値(A/B)である。
指標(2) BPT分布モデルによる場合と、ポアソン過程とした場合の評価時点での危険率の比。
指標(3) 評価時点での集積確率(前回の地震発生から評価時点までに地震が発生しているはずの確率)。
指標(4) 評価時点以後30年以内の地震発生確率の値をBPT分布モデルでとりうる最大の地震発生確率の値で割った値。
指標(5) ポアソン過程を適用した場合の危険率(1年間あたりの地震発生回数)。


付表

地震発生確率等の評価の信頼度に関する各ランクの分類条件の詳細は以下のとおりである。

  ランク   分類条件の詳細
発生確率を求める際に用いる平均活動間隔及び最新活動時期の信頼度がいずれも比較的高く(◎または○)、これらにより求められた発生確率等の値は信頼性が高い。

平均活動間隔及び最新活動時期のうち、いずれか一方の信頼度が低く(△)、これらにより求められた発生確率等の値は信頼性が中程度。

平均活動間隔及び最新活動時期の信頼度がいずれも低く(△)、これらにより求められた発生確率等の値は信頼性がやや低い。

平均活動間隔及び最新活動時期のいずれか一方または両方の信頼度が非常に低く(▲)、発生確率等の値は信頼性が低い。このため、今後の新しい知見により値が大きく変わる可能性が高い。または、データの不足により最新活動時期が十分特定できていないために、現在の確率値を求めることができず、単に長期間の平均値を確率としている。




<付録>

 境峠・神谷断層帯については、産業技術総合研究所(2006)によりトレンチ調査などが実施され、新たな知見が得られたことから、これに基づき再検討を行い、過去の活動履歴などについて改訂を行った。
 以下に改訂となった項目とその値について、前回の評価と今回の評価の対比表を示す。なお、評価にあたっては、下表に示す数値のほか各値を求めた根拠についても改訂していることに留意されるとともに、その詳細については評価文を参照されたい。


境峠・神谷断層帯の評価についての新旧対比表

名 称 項  目 前回の評価
(平成17年1月12日公表)
今回の評価
(平成18年10月17日公表)
境峠・神谷断層帯
主部

最新活動時期 約4900年前以後、
3世紀以前
約4900年前以後、
約2500年前以前
平均活動間隔 約1800−5900年 約1800−5200年
地震発生確率
(30年)
ほぼ0%−13%
0.02%−13%
霧訪山−
奈良井
断層帯
変更無し

対比表に示した(◎、○、△)及び(a、b、c、d)については信頼度を表す。それぞれの詳細については注3注7を参照されたい。