平成17年4月13日
地震調査研究推進本部
地震調査委員会


庄内平野東縁断層帯の長期評価について


地震調査研究推進本部は、「地震調査研究の推進について−地震に関する観測、測量、調査及び研究の推進についての総合的かつ基本的な施策−」(平成11年4月23日)を決定し、この中において、「全国を概観した地震動予測地図」の作成を当面推進すべき地震調査研究の主要な課題とし、また「陸域の浅い地震、あるいは、海溝型地震の発生可能性の長期的な確率評価を行う」とした。

地震調査委員会では、この決定を踏まえつつ、これまでに陸域の活断層として、88断層帯の長期評価を行い公表した。

今回、引き続き、庄内平野東縁断層帯について現在までの研究成果及び関連資料を用いて評価し、とりまとめた。

評価に用いられたデータは量及び質において一様でなく、そのためにそれぞれの評価の結果についても精粗がある。このため、評価結果の各項目について信頼度を付与している。


平成17年4月13日
地震調査研究推進本部
地震調査委員会

庄内平野東縁断層帯の評価

庄内平野東縁断層帯は、出羽丘陵と庄内平野の境界部に分布する活断層帯である。ここでは、平成9−11年度に山形県によって行われた調査をはじめ、これまでに行われた調査研究成果に基づいて、この断層帯の諸特性を次のように評価した。

1.断層帯の位置及び形態

庄内平野東縁断層帯は、山形県飽海(あくみ)郡遊佐(ゆざ)町から酒田市東部を経て東田川郡藤島町に至る断層帯である。長さは約38kmで、ほぼ南北方向に延びており、断層の東側が相対的に隆起する逆断層である(
図1及び表1)。

2.断層帯の過去の活動

庄内平野東縁断層帯の平均的なずれの速度は、約2−3m/千年の可能性がある。最新活動時期は、約3千年前以後、18世紀末以前と推定される。本断層帯の平均活動間隔は2千4百−4千6百年程度であった可能性がある(表1)。

3.断層帯の将来の活動

庄内平野東縁断層帯は、全体が1つの区間として活動する場合、マグニチュード7.5程度の地震が発生する可能性がある。その時、断層の近傍の地表面では、東側が西側に対して相対的に2m程度以上高まる段差や撓みが生じる可能性がある(表1)。本断層帯の最新活動後の経過率及び将来このような地震が発生する長期確率は表2に示すとおりとなり、その最大値をとると、本断層帯は、今後30年間に地震が発生する確率が我が国の主な活断層の中では高いグループに属することになる(注1、2)。

4.今後に向けて

庄内平野東縁断層帯では、平均的なずれの速度については精度の良い値が得られていない。また、活動時期及び1回のずれの量についての資料が不足している。その結果、信頼度の高い平均活動間隔が得られていない。将来の活動性を明確にするためには、平均的なずれの速度を精度良く求めるとともに、過去の活動時期、1回のずれの量について精度良いデータを集積させる必要がある。
特に、庄内地震をはじめとする歴史地震との関係について、さらに資料を集め、詳しく検討する必要がある。
また、本断層帯の地表に認められる断層地形と地下構造との関係についても明らかにする必要がある。


表1 庄内平野東縁断層帯の特性

項  目 特  性   信頼度  
(注3)
根  拠
(注4)
1.断層帯の位置・形態
  (1)断層帯を構成す
  る断層
下当(しもと)断層、野沢断層、月光川(が
っこうがわ)断層、観音寺断層、通越(と
おりごえ)断層、松山断層など
 
  文献1、3による。
  (2) 断層帯の位置・
   形状
地表における断層帯の位置・形状
 断層帯の位置
  (北端)北緯39°04′東経139°55′
  (南端)北緯38°44′東経139°57′
 長さ    約38km
 






文献1による。
位置及び長さは図2
から計測。
地下における断層面の位置・形状
 長さ及び上端の位置
          地表での長さ・位置と同じ
 上端の深さ  0km

 一般走向   N−S


 傾斜     東傾斜


 幅      不明










上端の深さが0kmで
あることから推定。
地形の特徴から推
定。
一般走向は、断層帯
の両端を直線で結ん
だ方向。
傾斜は文献4などに
示された地質断面図
から推定。
地震発生層の下限の
深さは20km程度。
  (3) 断層のずれの向
   きと種類
 東側隆起の逆断層

文献1、4などに示
された地形の特徴と
反射法弾性波探査結
果による。
2.断層帯の過去の活動
  (1) 平均的なずれの
   速度
約2−3m/千年(上下成分)

文献4、7、11−13な
どに示された資料から
推定。
  (2) 過去の活動時期 活動1(最新活動)
 約3千年前以後、18世紀末以前

活動2(1つ前の活動)
 約7千8百年以後、約3千年前以前

活動3(2つ前の活動)
 約9千4百年前以後、約7千8百年前
 以前

 18世紀末以後に、この断層帯における固
有規模の地震は知られておらず、最近200
年間は活動していないと判断される。









文献7、10、12−13な
どに示された資料から
推定。
文献7、11−13に示さ
れた資料から推定。

文献6に示された資
料から推定。
  (3) 1回のずれの量
   と平均活動間隔
1回のずれの量 2m程度以上
                (上下成分)
平均活動間隔  2千4百−4千6百年
           程度



文献4に示された資
料から推定。
過去3回の活動から
推定。
  (4) 過去の活動区間  不明
3.断層帯の将来の活動
  (1) 将来の活動区間
   及び活動時の地
   震の規模
活動区間   断層帯全体で1区間
地震の規模  マグニチュード7.5程度
ずれの量   2m程度以上(上下成分)




断層の長さから推定。
過去の活動から推定。
 


表2 庄内平野東縁断層帯の将来の地震発生確率等
 
項  目   将来の地震発生確率等  
(注5)
 信頼度 
(注6)
備  考

地震後経過率(注7)

今後30年以内の地震発生確率
今後50年以内の地震発生確率
今後100年以内の地震発生確率
今後300年以内の地震発生確率

集積確率(注8)



0.04−1.3

ほぼ0%−6%
ほぼ0%−10%
ほぼ0%−20%
ほぼ0%−50%

ほぼ0%−90%
発生確率及び集積確
率は文献2による。

注1: 我が国の陸域及び沿岸域の主要な98の活断層のうち、2001年4月時点で調査結果が公表されているものについて、その資料を用いて今後30年間に地震が発生する確率を試算すると概ね以下のようになると推定される。
  98断層帯のうち約半数の断層帯:30年確率の最大値が0.1%未満
98断層帯のうち約1/4の断層帯:30年確率の最大値が0.1%以上−3%未満
98断層帯のうち約1/4の断層帯:30年確率の最大値が3%以上
(いずれも2001年4月時点での推定。確率の試算値に幅がある場合はその最大値を採用。)
  この統計資料を踏まえ、地震調査委員会の活断層評価では、次のような相対的な評価を盛り込むこととしている。
今後30年間の地震発生確率(最大値)が3%以上の場合:
「本断層帯は、今後30年の間に地震が発生する可能性が、我が国の主な活断層の中では高いグループに属することになる」
今後30年間の地震発生確率(最大値)が0.1%以上−3%未満の場合:
「本断層帯は、今後30年の間に地震が発生する可能性が、我が国の主な活断層の中ではやや高いグループに属することになる」
注2: 1995年兵庫県南部地震、1858年飛越地震及び1847年善光寺地震の地震発生直前における30年確率と集積確率は以下のとおりである。
地震名 活動した活断層 地震発生直前の
30年確率 (%)
地震発生直前の
集積確率 (%)
断層の平均活動
間隔 (千年)
1995年兵庫県南部地震
(M7.3)
六甲・淡路島断層帯主部
淡路島西岸区間
「野島断層を含む区間」
(兵庫県)
0.02%−8% 0.06%−80% 約1.7−約3.5
1858年飛越地震
(M7.0−7.1)
跡津川断層帯
(岐阜県・富山県)
ほぼ0%−13% ほぼ0%−
90%より大
約1.7−約3.6
1847年善光寺地震
(M7.4)
長野盆地西縁断層帯
(長野県)
ほぼ0%−20% ほぼ0%−
90%より大
約0.8−約2.5
「長期的な地震発生確率の評価手法について」(地震調査研究推進本部地震調査委員会,2001)に示されているように、地震発生確率は前回の地震後、十分長い時間が経過しても100%とはならない。その最大値は平均活動間隔に依存し、平均活動間隔が長いほど最大値は小さくなる。平均活動間隔が2千年の場合は30年確率の最大値は10%程度、4千年の場合は30年確率の最大値は5%程度である。
注3: 信頼度は、特性欄に記載されたデ−タの相対的な信頼性を表すもので、記号の意味は次のとおり。
  ◎:高い、○:中程度、△:低い
注4: 文献については、本文末尾に示す以下の文献。
  文献1:池田ほか編(2002)
  文献2:地震調査研究推進本部地震調査委員会(2001)
  文献3:活断層研究会編(1991)
  文献4:小松原(1997)
  文献5:中田・今泉編(2002)
  文献6:太田ほか(2000)
  文献7:澤ほか(2000)
  文献8:鈴木ほか(1989)
  文献9:鈴木ほか(1994)
  文献10:宇佐美(2003)
  文献11:山形県(1998)
  文献12:山形県(1999)
  文献13:山形県(2000)
注5: 評価時点はすべて2005年1月1日現在。「ほぼ0%」は10−3%未満の確率値を示す。なお、計算に当たって用いた平均活動間隔の信頼度は低い(△)ことに留意されたい。
注6: 地震後経過率、発生確率及び現在までの集積確率(以下、発生確率等)の信頼度は、評価に用いた信頼できるデータの充足性から、評価の確からしさを相対的にランク分けしたもので、aからdの4段階で表す。各ランクの一般的な意味は次のとおりである。
  a:(信頼度が)高い b:中程度 c:やや低い d:低い
発生確率等の評価の信頼度は、これらを求めるために使用した過去の活動に関するデータの信頼度に依存する。信頼度ランクの具体的な意味は以下のとおりである。分類の詳細については付表を参照のこと。なお、発生確率等の評価の信頼度は、地震発生の切迫度を表すのではなく、発生確率等の値の確からしさを表すことに注意する必要がある。
発生確率等の評価の信頼度
a: 過去の地震に関する信頼できるデータの充足度が比較的高く、これを用いて求めた発生確率等の値の信頼性が高い。
b: 過去の地震に関する信頼できるデータの充足度が中程度で、これを用いて求めた発生確率等の値の信頼性が中程度。
c: 過去の地震に関する信頼できるデータの充足度が低く、これを用いて求めた発生確率等の値の信頼性がやや低い。
d: 過去の地震に関する信頼できるデータの充足度が非常に低く、これを用いて求めた発生確率等の値の信頼性が低い。このため、今後の新しい知見により値が大きく変わる可能性が高い。または、最新活動時期のデータが得られていないため、現時点における確率値が推定できず、単に長期間の平均値を確率としている。
注7: 最新活動(地震発生)時期から評価時点までの経過時間を、平均活動間隔で割った値。最新の地震発生時期から評価時点までの経過時間が、平均活動間隔に達すると1.0となる。今回の評価した数字のうち0.04は205年を4600年で、1.3は3000年を2400年で割った値である。
注8: 前回の地震発生から評価時点までの間に地震が発生しているはずの確率。



(説明)


1.庄内平野東縁断層帯に関するこれまでの主な調査研究

庄内平野東縁断層帯は、庄内平野と出羽丘陵の境界に位置する東側隆起の活断層帯である。
辻村(1932)は、本断層帯に相当する断層として、羽黒山断層崖、高鳥山断層崖、天狗森断層崖などの庄内断層系を報告している。吉川ほか(1973)は、庄内平野東縁の丘陵内に分布する段丘面に逆傾斜などの高度分布の異常を認め、その成因については第三系及び下部第四系の褶曲と調和的な運動によって生じたものであると解釈している。
池辺ほか(1979)、土谷ほか(1984)、中野・土谷(1992)は、本地域の地質や活構造について、報告している。有賀(1984)は、既存ボーリング資料の解析から、庄内平野の完新世の地形発達について検討している。小松原(1997,1998)は、庄内平野東縁部において活断層と褶曲構造の関係や断層活動の開始時期などについて考察している。
鈴木ほか(1989,1994)は観音寺断層において、太田ほか(1995,2000)は松山断層において、トレンチ調査、ボーリング調査などを実施し、本断層帯の活動履歴などについて検討している。澤ほか(2000)は松山断層において、断層変位地形と第四紀後期の活動性について検討している。山形県(1998,1999,2000)は、トレンチ調査、ボーリング調査及び反射法弾性波探査などの総合的な調査を実施している。
本地域で発生した1894年(明治27年)の庄内地震について、大森(1895)は、家屋の倒壊率が本断層帯に沿って集中していることを示し、小藤(1895)は地表地震断層として「矢流沢断層」の存在を指摘したが、鈴木(1989)は、聞き取り調査や地形地質調査などの結果、「矢流沢断層」の存在を否定している。さらに、Awata and Kakimi(1985)及び鈴木(1989)などは、被害分布の特徴から、この地震を観音寺断層の活動によるものと推定している。しかし、本断層帯では1894年(明治27年)の庄内地震時の活動を直接的に示す地形・地質の証拠は得られていない(鈴木ほか,1989,1994;太田ほか,2000;山形県,1998,1999,2000)。
なお、断層の詳細な位置は、活断層研究会編(1980,1991)、池田ほか編(2002)及び中田・今泉編(2002)などに示されている。

2.庄内平野東縁断層帯の評価結果

2.1 庄内平野東縁断層帯の位置及び形態

(1)庄内平野東縁断層帯を構成する断層

本断層帯は、山形県飽海(あくみ)郡遊佐(ゆざ)町から酒田市東部を経て東田川郡藤島町にかけて分布する。断層帯は、北部から最上川以北では並走する数条の断層からなり、最上川以南では山地と平野の境界部に沿う一条の断層からなる(図1)。
本断層帯を構成する断層の位置及び形態は、活断層研究会編(1980,1991)、山形県(2000)、池田ほか編(2002)及び中田・今泉編(2002)などに示されている。これらで示された主要断層の位置はほぼ一致している。ここでは、断層の位置は池田ほか編(2002)にしたがい、断層の名称は活断層研究会編(1991)及び池田ほか編(2002)にしたがった。
本断層帯は、下当(しもと)断層、野沢断層、月光川(がっこうがわ)断層、観音寺断層、通越(とおりごえ)断層、松山断層などによって構成される。
なお、小松原(1997,1998)は、最上川左岸の東田川郡立川町片倉付近において後期更新世の地形面の断層変位及び傾動を報告し、本断層帯東側の出羽丘陵に分布する青沢断層(大沢ほか,1986など)の活動によるものと推定した。しかし、小松原(1997,1998)が示した地形面の断層変位の長さは約1kmと短く、その断層変位は南北方向には延長せず、青沢断層の位置とも異なっている。これらのことから、小松原(1997,1998)で示された地形面の断層変位は、青沢断層の後期更新世以後の活動を直接反映しているとは限らないと判断し、ここでの評価には含めなかった。

(2)断層面の位置・形状

本断層帯の長さ及び一般走向は、図2に示された断層帯の両端を直線で結んで計測すると、約38km、N−Sとなる。
断層面の上端の深さは、変位が地表まで及んでいることから0kmとした。
なお、反射法弾性波探査(山形県,1998:図3)の結果によれば、庄内平野の地表下1500m以浅では、撓曲変形が卓越している。また、それ以深ではかなり低角の反射面が認められ、これが主断層面である可能性もある。
断層面の傾斜については、小松原(1997)などに示される地質断面図から、東傾斜と推定される。
断層面の下端の深さは、地震発生層の下限を目安とすると20km程度と推定されるが、断層面の幅は、地下深部の傾斜が明らかではないことから不明である。

(3)断層の変位の向き(ずれの向き)(注9)

本断層帯は、西へ撓み下がる変位地形や地質構造を形成していること(池田ほか編,2002など)、前述のように断層面は東傾斜であることから判断すると、東側が西側に乗り上げる逆断層と考えられる。

2.2 庄内平野東縁断層帯の過去の活動

(1)平均変位速度(平均的なずれの速度)(注9)

本断層帯の平均変位速度については、以下の資料がある。

飽海(あくみ)郡八幡町福山付近では、日向(にっこう)川に沿って分布するM1−M3段丘が、西向きの撓曲崖をつくって大きく変位している(小松原,1997:図4のB−B'断面)。その上下変位量は、少なくともM1段丘で150m、M2段丘で120m、M3段丘で90mに達しているとみなせる。各段丘の形成年代を小松原(1997)に基づき、M1段丘を約13万年前、M2段丘を約7−13万年前、M3段丘を5−9万年前とすると、これらの資料から、平均変上下位速度として0.9−2.0m/千年が導かれる。これらの段丘は低下側では地下に埋没している可能性があることから、平均上下変位速度は0.9−2.0m/千年以上となる。

酒田市生石(おいし)付近では、既存のボーリング資料から、庄内層群基底は観音寺断層の下盤側で標高−400m付近に位置しているのに対し、上盤側では標高50−100mに露出しているのが確認されている(小松原,1997)。このことから、同層準は観音寺断層により500m程度、上下変位していると見積もることができる。庄内層群基底の年代を小松原(1997)に基づき約50−70万年前とすると、平均上下変位速度として0.7−1.0m/千年が導かれる。しかし、庄内層群より下位の地層が観音寺断層を挟んでほぼ同じような厚さで分布しているのに対し、庄内層群は下盤側に厚く分布することから、観音寺断層の活動開始時期は庄内層群堆積開始以後と考えられている(小松原,1997)。したがって、平均変位速度は0.7−1.0m/千年を大きく上回る可能性がある。

飽海郡松山町下餅山では、L1段丘(小松原,1997)が相沢川の左岸の標高30m付近に分布しているのに対し、約2km下流の飽海郡平田町飛鳥付近で、観音寺断層西側(低下側)の沖積面の下の標高−25mから−40mにL1段丘堆積物に対比される礫層が分布することが明らかになっている(有賀,1984;小松原,1997:図4のD−D'断面)。下餅山に分布するL1段丘を構成する礫層の最上部の14C年代値(注10)は約2万4千年前(小松原,1997)、飛鳥付近の低地下に分布する礫層直上のピートは約2万2千年前の14C年代値を示す(小松原,1997)。これらの資料から、約2万4千−2万2千年前の堆積物に、55−70m程度の高度差があることとなり、これを断層活動による変位量とみなせば、平均上下変位速度として2.3−3.1m/千年が求まる。しかし、約2万年前頃の海水準を考慮すると、当時の河川は現在よりも急勾配であったと考えられることから、見積もられる変位量は55−70mよりも小さかった可能性がある。したがって、平均上下変位速度は2.3−3.1m/千年程度かそれ以下の可能性がある。

以上のことから、本断層帯の平均上下変位速度は約2−3m/千年の可能性がある。

(2)活動時期

a)地形・地質的に認められた過去の活動

本断層帯の活動時期に関する資料として、以下のものがある。

土渕地点

松山断層の松山町土渕(つちぶち)地点では、面(澤ほか,2000)が東側隆起で約1.5m変位している。面を構成する礫層の上部は、約3千−2千8百年前の14C年代値(山形県,2000)を示すことから、約3千年前以後に断層活動があったと推定される。また、面の南側に隣接して分布する上位の面(澤ほか,2000)が東側隆起で約4m変位している(図5)。この変位量は、面の変位量と比較して有意に大きいので、面形成以前にも断層活動があったと推定される。山形県(2000)が実施したボーリング調査の結果、面を構成する礫層の上部は約7千8百−6千4百年前の14C年代値を示すことから、活動時期は約7千8百年前以後と推定される。これらの資料から、約3千年前以後と、約7千8百年前以後、約3千年前以前に断層活動があったと推定される。このうち、面は変位の認められる最も新しい地形面であるので、約3千年前以後の断層活動は最新活動と推定される。

朴の木沢地点

土渕地点より約500m南方の松山町朴の木沢(ほおのきさわ)地点では、面を変位させる断層の上盤側で、トレンチ調査が実施された(太田ほか,2000)。ここでは、主として砂・礫からなるA−E層と東傾斜の断層が露出した(図6)。断層は、D層及びE層を東上がりで1m程度変位させているが、少なくともC層の上部には変位を及ぼしていない。太田ほか(2000)による14C年代測定の結果、D層の最上部からは、約9千4百−8千8百年前、C層を覆うB3層からは約7千7百−7千3百年前の14C年代値が得られた。このことから、約9千4百年前以後、約7千3百年前以前に活動があったと考えられる。ただし、B3層の14C年代値は最上部から得られていることから、活動時期は、約7千3百年よりかなり前と推定される。

北境地点

観音寺断層の酒田市北境地点では、新期の扇状地上に認められる低崖を横断して、ボーリング調査・ジオスライサ−調査が実施された(山形県,1999,2000:図7)。ジオスライサ−調査の地質断面では、約7mの高度差をもって東に急傾斜する粘土及び腐植土を主体とする地層(ki層)が認められる。これらが一連の地層であったとすると、ここに認められる高度差は断層活動により生じたものとみなせる。ki層の上面付近の14C年代値は、約7千3百−4千7百年前を示すことから、活動時期は、ki層堆積以後すなわち約7千3百年前以後の可能性がある。
また、この地点では、扇状地上の1m程度の低崖の直下でトレンチ調査が行われた(鈴木ほか,1989)。その結果、壁面には粘土から粗砂の細粒堆積物が露出した(図8)。また、低崖の基部より数m前面(西側)に2条の東傾斜の断層(F1・F2)が認められた。このうち、F2は上盤側で、約3千3百−2千8百年前の14C年代値を示す腐植土層を東側隆起で変形させていることから、約3千3百年前以後に断層活動があった可能性がある。
これらのボーリング調査・ジオスライサ−調査の結果及びトレンチ調査結果は、上述の土渕地点における結果と矛盾しない。

山崎地点

松山断層の立川町山崎地点では、丘陵の基部から沖積面上にかけて断層を横断するように群列ボーリング調査(山形県,2000)が実施された。ここでは、約3万年前以前の地層(ya−ya層)及び約9千年前以後の地層(ya−ya層)が確認された。このうち、ya−ya層は、西側ほど急傾斜している。これらの地層がそれぞれ一連の地層であるとすると、断層により変形した可能性がある。このことから、少なくともya層(シルト・粘土層)の堆積後に活動があった可能性がある。ya層の上限付近の14C年代値は、約7千6百−6千2百年前(山形県,2000)を示すことから、この地点では、約7千6百年前以後に少なくとも1回の断層活動があった可能性があり、上述の土渕地点における結果と矛盾しない。

以上の調査結果にもとづけば、本断層帯では、約3千年前以後に最新活動があったと推定され、約7千8百年前以後、約3千年前以前の活動が1つ前の、約9千4百年前以後、約7千8百年前以前の活動が2つ前の活動であった可能性がある。

b)先史時代・歴史時代の活動

1894年(明治27年)に発生した庄内地震(マグニチュード7.0;宇佐美,2003)では、被害は庄内平野に集中し、特に平野の東縁部において、きわめて高い家屋倒壊率(70%−100%)を示した(大森,1895:図9)ことから、本断層帯の活動の可能性が指摘されている(Awata and Kakimi,1985;鈴木ほか,1989)。また、小藤(1895)は、地表地震断層として「矢流沢(やだれざわ)断層」を推定した。しかし、鈴木(1989)は、地形地質調査、聞き取り調査などの結果、その存在を否定した。これまでのところ、庄内地震時の変位を直接示す証拠は認められておらず、断層は地表までは到達しなかったと推定されている(鈴木ほか,1994;太田ほか,2000)。
これらのことから、庄内地震は、本断層帯が活動した地震と推定されるものの、変位は地表に及ばなかった可能性が高い。また、庄内地震の規模は、後述するように、本断層帯から想定される地震規模(マグニチュード7.5)に比べても小さい。したがって、庄内地震は、本断層帯における固有規模の地震ではなかった可能性がある。
850年(嘉祥3年)には、出羽国地震が発生している(マグニチュード7程度)。地割れや山崩れが記録され、本断層帯の活動によるという指摘もある(Awata and Kakimi,1985;鈴木ほか,1994)が、詳細は不明である。また、1780年(安永9年)にマグニチュード6.5程度の地震が発生しているが、本断層帯との直接の関係は不明である。

これらのことから、本断層帯付近では、18世紀末以後、被害地震の記録があるが、規模は想定されるマグニチュードよりも小さく、地表変位があらわられたという報告もないことから、最近の約200年間に、この断層帯における固有規模の地震は発生していないと判断される。

なお、本断層帯の周辺では、以下のような被害地震も生じている。
本断層帯の北西方の海域では、1804年(文化元年)に象潟地震(マグニチュード7.0±0.1)が発生し、本断層帯の北西方を中心として被害を生じており(宇佐美,2003)、津波が発生していたという報告もある(渡辺,1998)。

以上のことから、本断層帯の最新活動は、約3千年前以後、18世紀末以前と推定される。また、約7千8百年前以後、約3千年前以前に1つ前の、約9千4百年前以後、約7千8百年前以前に2つ前の活動があった可能性がある。

(3)1回の変位量(ずれの量)(注9)

上述の土渕地点における面の上下変位量は約1.5mである。面は、変位を受けている最も新しい地形面であることから、この変位量は1回の活動により生じた可能性がある。ただし、本地点の西方では、並走する断層が認められ、面は、西方の最上川及び北西方の相沢川との間には最大で15m程度の崖を形成して段丘化している(小松原,1997)ことから、断層活動により変位している可能性がある。したがって、本断層帯における1回の変位量は1.5mを大きく上回る可能性がある。
これらの資料から、本断層帯における1回の変位量は2m程度以上であった可能性がある。

なお、本断層帯の長さは約38kmであることから、次の松田(1975)の経験式(1)、(2)に基づくと、1回の変位量は3.0mと求められる。

      Log L=0.6M−2.9 (1)
      Log D=0.6M−4.0 (2)

ここで、Lは1回の地震で活動する断層の長さ(km)、Dは断層の変位量(m)、Mは地震のマグニチュードである。

(4)活動間隔

上述のように、本断層帯では、約9千4百年前以後、18世紀末以前の間に3回の活動があった可能性があることから、本断層帯の平均活動間隔は2千4百−4千6百年程度であった可能性がある。
なお、本断層帯の長さと経験式から求まる1回の変位量(約3.0m)と、本断層帯の平均変位速度(約2−3m/千年)に基づき試算すると、平均活動間隔は1千−1千5百年となる。

(5)活動区間

本断層帯の活動区間に関する直接的な資料は得られていない。

(6)測地観測結果

本断層帯周辺における1981年までの約70年間の測地観測結果では、断層帯の北部で東西方向の縮みが見られる。
また、最近5年間のGPS観測結果でも、東西方向のわずかな縮みが見られる。

(7)地震観測結果

本断層帯周辺の最近約7年間の地震観測結果によると、地震発生層の下限の深さは20km程度と推定される。

2.3 庄内平野東縁断層帯の将来の活動

(1)活動区間と活動時の地震の規模

本断層帯全体を1つの活動区間とした場合、前述の松田(1975)の経験式(1)に基づくと、本断層帯(長さ約38km)から発生する地震の規模はマグニチュード7.5程度の可能性がある。また、このような地震が発生した場合、過去の活動時と同様に、断層の近傍の地表面に東側隆起で2m程度以上高まる段差や撓みを生じる可能性がある。

(2)地震発生の可能性

庄内平野東縁断層帯は、平均活動間隔は2千4百−4千6百年程度、最新活動時期が約3千年前以後、18世紀末以前と求められていることから、平均活動間隔に対する現在における地震後経過率は0.04−1.3となる。地震調査研究推進本部地震調査委員会(2001)に示された手法(BPT分布モデル、α=0.24)によると、今後30年以内、50年以内、100年以内、300年以内の地震発生確率は、それぞれ、ほぼ0%−6%、ほぼ0%−10%、ほぼ0%−20%、ほぼ0%−50%となり、現在までの集積確率はほぼ0%−90%となる。

3.今後に向けて

庄内平野東縁断層帯では、平均的なずれの速度については精度のよい値が得られていない。また、活動時期及び1回の変位量についての資料が不足している。その結果、信頼度の高い平均活動間隔が得られていない。将来の活動性を明確にするためには、平均変位速度を精度良く求めるとともに、過去の活動時期、1回の活動に伴う変位量について精度良いデータを集積させる必要がある。
特に、庄内地震をはじめとする歴史地震との関係について、さらに資料を集め、詳しく検討する必要がある。
また、本断層帯の地表に認められる断層地形と地下構造との関係についても明らかにする必要がある。

注9: 「変位」を、1頁の本文及び4、5頁の表1では、一般にわかりやすいように「ずれ」という言葉で表現している。ここでは専門用語である「変位」が、本文や表1の「ずれ」に対応するものであることを示すため、両者を併記した。以下、文章の中では「変位」を用いる。なお、活断層の専門用語では、「変位」は切断を伴う「ずれの成分」と、切断を伴わない「撓(たわ)みの成分」よりなる。
注10: 10,000年BPよりも新しい炭素同位体年代については、Niklaus(1991)に基づいて暦年補正し、原則として1σの範囲の数値で示した。このうち2,000年前よりも新しい年代値は世紀単位で示し、2,000年前よりも古い年代値については、百年単位で四捨五入して示した。また、10,000年BPより古い炭素同位年代については、Kitagawa and van der Plicht(1998)のデータに基づいて暦年補正し、四捨五入して千年単位で示した。


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表3 庄内平野東縁断層帯の地震発生確率及び参考指標
 
項  目                         数  値                  備   考
地震後経過率

今後30年以内の発生確率
今後50年以内の発生確率
今後100年以内の発生確率
今後300年以内の発生確率

集積確率
0.04−1.3

ほぼ0−6%
ほぼ0−10%
ほぼ0−20%
ほぼ0−50%

ほぼ0−90%
発生確率及び集積確率は地
震調査研究推進本部地震調
査委員会(2001)参照。
指標(1) 経過年数
      比
指標(2)
指標(3)
指標(4)
指標(5)
マイナス3千年−1千3百年
0.06−1.8
ほぼ0−5
ほぼ0−90%
ほぼ0−0.6
0.0002−0.0004
地震調査研究推進本部地震
調査委員会長期評価部会
(1999) 参照。

注11: 評価時点はすべて2005年1月1日現在。「ほぼ0%」は10−3%未満の確率値を、「ほぼ0」は10−5未満の数値を示す。なお、計算に用いた平均活動間隔の信頼度は低い(△)ことに留意されたい。
指標(1) 経過年数 :当該活断層での大地震発生の危険率(1年間当たりに発生する回数)は、最新活動(地震発生)時期からの時間の経過とともに大きくなる(BPT分布モデルを適用した場合の考え方)。一方、最新活動の時期が把握されていない場合には、大地震発生の危険率は、時間によらず一定と考えざるを得ない(ポアソン過程を適用した場合の考え方)。
この指標は、BPT分布モデルを適用した場合の危険率が、ポアソン過程を適用した場合の危険率の値を超えた後の経過年数である。値がマイナスである場合は、BPT分布モデルを適用した場合の危険率がポアソン過程を適用した場合の危険率に達していないことを示す。ポアソン過程を適用した場合の危険度は、本断層帯の場合、2千4百分の1−4千6百分の1(0.0002−0.0004)であり、いつの時点でも一定である。
BPT分布モデルを適用した場合の危険率は評価時点でほぼ0−5百分の1(0.002)であり、時間とともに増加する。ほぼ0であれば、BPT分布モデルを適用した場合の危険率がポアソン過程を適用した場合の危険率に達するには今後3千年を要し、5百分の1であれば、BPT分布モデルを適用した場合の危険率がポアソン過程を適用した場合の危険率に達してから1千3百年が経過したことになる。
指標(1) :最新活動(地震発生)時期から評価時点までの経過時間をAとし、BPT分布モデルを適用した場合の危険率がポアソン過程を適用した場合の危険率を超えるまでの時間をBとした場合において、前者を後者で割った値(A/B)である。
指標(2) :BPT分布モデルによる場合と、ポアソン過程とした場合の評価時点での危険率の比。
指標(3) :評価時点での集積確率(前回の地震発生から評価時点までに地震が発生しているはずの確率)。
指標(4) :評価時点以後30年以内の地震発生確率をBPT分布モデルでとりうる最大の地震発生確率の値で割った値。
指標(5) :ポアソン過程を適用した場合の危険率(1年間あたりの地震発生回数)。

付表

地震発生確率等の評価の信頼度に関する各ランクの分類条件の詳細は以下のとおりである。

  ランク   分類条件の詳細
発生確率を求める際に用いる平均活動間隔及び最新活動時期の信頼度がいずれも比較
的高く(◎または○)、これらにより求められた発生確率等の値は信頼性が高い。

平均活動間隔及び最新活動時期のうち、いずれか一方の信頼度が低く(△)、これらに
より求められた発生確率等の値は信頼性が中程度。

平均活動間隔及び最新活動時期の信頼度がいずれも低く(△)、これらにより求められ
た発生確率等の値は信頼性がやや低い。

平均活動間隔及び最新活動時期のいずれか一方または両方の信頼度が非常に低く(▲)、
発生確率等の値は信頼性が低い。このため、今後の新しい知見により値が大きく変わる
可能性が高い。または、データの不足により最新活動時期が十分特定できていないため
に、現在の確率値を求めることができず、単に長期間の平均値を確率としている。