平成16年9月8日
地震調査研究推進本部
地震調査委員会


跡津川断層帯の長期評価について


地震調査研究推進本部は、「地震調査研究の推進について −地震に関する観測、測量、調査及び研究の推進についての総合的かつ基本的な施策−」(平成11年4月23日)を決定し、この中において、「全国を概観した地震動予測地図」の作成を当面推進すべき地震調査研究の主要な課題とし、また「陸域の浅い地震、あるいは、海溝型地震の発生可能性の長期的な確率評価を行う」とした。

地震調査委員会では、この決定を踏まえつつ、これまでに陸域の活断層として、59断層帯の長期評価を行い公表した。

今回、引き続き、跡津川断層帯について現在までの研究成果及び関連資料を用いて評価し、とりまとめた。

評価に用いられたデータは量及び質において一様でなく、そのためにそれぞれの評価の結果についても精粗がある。このため、評価結果の各項目について信頼度を付与している。


・平成17年1月12日 経験式を用いた場合のマグニチュードの標記を変更しました。(赤字)


平成16年9月8日
地震調査研究推進本部
地震調査委員会

跡津川断層帯の評価

跡津川(あとつがわ)断層帯は、飛騨高地の北部の富山県南部から岐阜県北部にかけて分布する活断層帯である。ここでは、これまでに行われた調査研究成果に基づいて、この断層帯の諸特性を次のように評価した。

1.断層帯の位置及び形態

跡津川断層帯は、富山県中新川(なかにいかわ)郡立山町から同県上新川(かみにいかわ)郡大山(おおやま)町、岐阜県飛騨市を経て同県大野郡白川村に至る断層帯である。全体の長さは約69kmで、ほぼ東北東−西南西方向に延びる。本断層帯は、右横ずれを主体とする断層帯で、北西側隆起成分を伴う(図1、2及び表1)。

2.断層帯の過去の活動

跡津川断層帯の平均的な右横ずれの速度は約2−3m/千年と推定され、最新の活動は1858年(安政5年)の飛越地震であったと推定される。その際には、約4.5−8mの右横ずれが生じた可能性がある。また、平均活動間隔は約2千3百−2千7百年と推定される(表1)。

3.断層帯の将来の活動

跡津川断層帯全体が1つの活動区間として活動する場合、マグニチュード7.9程度の地震が発生すると推定される。その際には、約4.5−8mの右横ずれが生じる可能性がある。本断層帯の最新活動後の経過率及び将来この様な地震が発生する長期確率は表2に示すとおりである。

4.今後に向けて

跡津川断層帯の活動区間については、さらに精度良く明らかにすることが望ましい。また、活動に伴う1回のずれの量について、精度の良い資料を得ることが望ましい。

表1 跡津川断層帯の特性

項  目 特  性   信頼度  
(注3)
根  拠
(注4)
1.断層帯の位置・形態
  (1)断層帯を構成す
  る断層
跡津川断層、弥陀原(みだがはら)断層、
天狗平断層、茂住祐延(もずみすけのぶ)断層
  文献6等による。
  (2)断層帯の位置・
  形状
地表における断層の位置・形状
 断層の位置
  (北端)北緯36°35′東経137°36′
  (南端)北緯36°16′東経136°56′
 長さ     約69km






文献6、7による。
位置及び長さは図2
から計測。
     地下における断層面の位置・形状
 長さ及び上端の位置  地表での長さ・
                 位置と同じ

 上端の深さ  0km
 一般走向   N60°E


 傾斜      ほぼ垂直



 幅        約15km














上端の深さが0kmで
あることから推定。


一般走向は、断層の
両端を直線で結んだ
方向(図2参照)。
傾斜は文献8、10等
に示された断層露頭、
文献11による微小地
震の震源分布による。
幅は、傾斜と地震発
生層の下限の深さ
(約15km)から推定。
  (3)断層のずれの向
  きと種類
 右横ずれ断層
 (北西側隆起成分を伴う)
文献6、7等に示さ
れた地形の特徴、断
層露頭による。
2.断層帯の過去の活動
  (1)平均的なずれの
  速度
 約2−3m/千年(右横ずれ成分)


文献4に示された資
料等から推定。
評価文2.2(1)参照。
  (2)過去の活動時期  活動1(最新活動)
   1858年(安政5年)飛越地震
    (地形・地質調査では17世紀以後)
 活動2(1つ前の活動)
   約4千3百年前以後、1858年以前
 活動3(2つ前の活動)
   約5千3百年前以後、約4千年前以前
 活動4(3つ前の活動)
   約8千1百年前以後、約7千5百年前
   以前
 活動5(4つ前の活動)
   約1万1千年前以後、約9千3百年前
   以前
 活動6(5つ前の活動)
   約1万1千年前以前


(◎)












文献1−3、9及び
10等に示された資料
から推定。


  (3)1回のずれの量
  と平均活動間隔
1回のずれの量
           約4.5−8m
           (右横ずれ成分)
平均活動間隔  約2千3百−2千7百年





文献4に示された資
料から推定。
最近5回の活動から
推定。
  (4)過去の活動区間 断層帯全体で1区間 断層の位置関係、形
状、活動性等から推定。
3.断層帯の将来の活動
  (1)将来の活動区間
  及び活動時の地
  震の規模
活動区間    断層帯全体で1区間

地震規模     マグニチュード7.9程度
ずれの量    約4.5−8m
           (右横ずれ成分)



断層の位置関係、形
状、活動性等から推定。
断層の長さから推定。
過去の活動から推定。

 

表2 跡津川断層帯の将来の地震発生確率等

項   目

将来の地震発生確率等
(注5)

信頼度
(注6)

備   考

地震後経過率(注7)

今後30年以内の地震発生確率
今後50年以内の地震発生確率
今後100年以内の地震発生確率
今後300年以内の地震発生確率

集積確率(注8)

0.05-0.06

ほぼ0%
ほぼ0%
ほぼ0%
ほぼ0%

ほぼ0%

 

a

 

 

発生確率及び集積確率は、文献5による。

 

 


注1: 我が国の陸域及び沿岸域の主要な98の活断層のうち、2001年4月時点で調査結果が公表されているものについて、その資料を用いて今後30年間に地震が発生する確率を試算すると概ね以下のようになると推定される。
    98断層帯のうち約半数の断層帯:30年確率の最大値が0.1%未満
98断層帯のうち約1/4の断層帯:30年確率の最大値が0.1%以上−3%未満
98断層帯のうち約1/4の断層帯:30年確率の最大値が3%以上
(いずれも2001年4月時点での推定。確率の試算値に幅がある場合はその最大値を採用。)
  この統計資料を踏まえ、地震調査委員会の活断層評価では、次のような相対的な評価を盛り込むこととしている。
今後30年間の地震発生確率(最大値)が3%以上の場合:
「本断層帯は、今後30年の間に発生する可能性が、我が国の主な活断層の中では高いグループに属することになる」
今後30年間の地震発生確率(最大値)が0.1%以上−3%未満の場合:
「本断層帯は、今後30年の間に地震が発生する可能性が、我が国の主な活断層の中ではやや高いグループに属することになる」
注2: 1995年兵庫県南部地震、1858年飛越地震及び1847年善光寺地震の地震発生直前における30年確率と集積確率 (うち、1995年兵庫県南部地震については「長期的な地震発生確率の評価手法について」(地震調査研究推進本部地震調査委員会,2001)による暫定値)は以下のとおりである。
なお、「地震発生直前における30年確率と集積確率」算出の目的は、地震発生前に本評価と同様な評価を行ったと仮定したときに、地震発生直前にどのような確率値が得られていたはずかを示すことにある。このような観点から、本評価で得られた過去の活動時期(活動2−5)に基づき、飛越地震(活動1)を含めずに平均活動間隔を約1千7百−3千6百年と求め、飛越地震直前の確率値を算出していることに留意が必要である。

地震名

活動した活断層

地震発生直前の30年確率(%)

地震発生直前の集積確率(%)

断層の平均活動間隔(千年)

1995年兵庫県南部地震
(M7.3

野島断層
(兵庫県)

0.4 %−8 %

%80%

1.8−約3.0

1858年飛越地震
(M7.07.1*)

跡津川断層帯
(岐阜県・富山県)

ほぼ0%13 %

ほぼ0%90%より大

1.7−約3.6

1847年善光寺地震
(M7.4

長野盆地西縁断層帯
(長野県)

ほぼ0%−20%

ほぼ0%90%より大

0.8−約2.5

「長期的な地震発生確率の評価手法について」に示されているように、地震発生確率は前回の地震後、十分長い時間が経過しても100%とはならない。その最大値は平均活動間隔に依存し、平均活動間隔が長いほど最大値は小さくなる。平均活動間隔が2千年の場合は30年確率の最大値は10%程度、3千年の場合は30年確率の最大値は8%程度である。

*被害記録から想定される地震の規模はM7.0−7.1(宇佐美,1996など)と、断層長から推定される地震規模(M7.9程度:本評価文参照)とは有意な差異が認められる。ただし、飛越地震によって震度Xの揺れに見舞われたとされる地域は、京都府宮津市から長野県大町市までと非常に広範囲にわたる(宇佐美,2003)ことから、飛越地震の規模はM7.0−7.1より有意に大きいものと考えられる。
注3: 信頼度は、特性欄に記載されたデータの相対的な信頼性を表すもので、記号の意味は次のとおり。
    ◎:高い、○:中程度、△:低い
注4: 文献については、本文末尾に示す以下の文献。
  文献1:跡津川断層トレンチ発掘調査団ほか(1989)
  文献2:粟田・佃(1993)
  文献3:ハスバートルほか(2000)
  文献4:磯ほか(1980)
  文献5:地震調査研究推進本部地震調査委員会(2001)
  文献6:活断層研究会編(1991)
  文献7:中田・今泉編(2002)
  文献8:岡田・熊木(1983)
  文献9:竹内(1990)
  文献10:宇佐美(2003)
  文献11:和田・伊藤(1995)
注5: 評価時点はすべて2004年1月1日現在。「ほぼ0%」は10-3%未満の確率値を示す。
注6: 地震後経過率、発生確率及び現在までの集積確率(以下、発生確率等)の信頼度は、評価に用いた信頼できるデータの充足性から、評価の確からしさを相対的にランク分けしたもので、aからdの4段階で表す。各ランクの一般的な意味は次のとおりである。
  a:(信頼度が)高い b:中程度 c:やや低い d:低い
発生確率等の評価の信頼度は、これらを求めるために使用した過去の活動に関するデータの信頼度に依存する。信頼度ランクの具体的な意味は以下のとおりである。分類の詳細については付表を参照のこと。なお、発生確率等の評価の信頼度は、地震発生の切迫度を表すのではなく、発生確率等の値の確からしさを表すことに注意する必要がある。
発生確率等の評価の信頼度  
a:過去の地震に関する信頼できるデータの充足度が比較的高く、これを用いて求めた発生確率等の値の信頼性が高い。
b:過去の地震に関する信頼できるデータの充足度が中程度で、これを用いて求めた発生確率等の値の信頼性が中程度。
c:過去の地震に関する信頼できるデータの充足度が低く、これを用いて求めた発生確率等の値の信頼性がやや低い。
d:過去の地震に関する信頼できるデータの充足度が非常に低く、これを用いて求めた発生確率等の値の信頼性が低い。このため、今後の新しい知見により値が大きく変わる可能性が高い。または、最新活動時期のデータが得られていないため、現時点における確率値が推定できず、単に長期間の平均値を確率としている。
注7: 最新活動(地震発生)時期から評価時点までの経過時間を、平均活動間隔で割った値。最新の地震発生時期から評価時点までの経過時間が、平均活動間隔に達すると1.0となる。今回の評価した数字のうち0.05は146年を2700年で割った値であり、0.06は146年を2300年で割った値である。
注8: 前回の地震発生から評価時点までの間に地震が発生しているはずの確率。


(説明)

1.跡津川(あとつがわ)断層帯に関するこれまでの主な調査研究

跡津川断層帯の存在や特性については、初めに村田(1912)、辻村(1943)及び前田・武南(1957)などにより記載された。また、河合・野沢(1958)、野沢ほか(1975)などは5万分の1地質図幅において、該当地域の地質構造と本断層帯を構成する断層について記述を行った。

本断層帯を構成する断層のうち跡津川断層に関しては、松田(1966)により詳細な地質・地形調査が行われ、その活断層としての全体像が明らかにされた。その他にも、野沢(1978)、藤井・竹村(1979a,b)、野沢ほか(1981)、東郷・岡田(1983)及び竹村・藤井(1984)などが跡津川断層について記載を行った。竹村・藤井(1984)は立山カルデラから原山本谷に至る茂住断層を右横ずれの活断層とした。また、跡津川断層の北東に位置する弥陀原(みだがはら)断層と天狗平断層については、熊木(1983)などが記載している。

活断層研究会編(1980,1991)はこれらの研究を総括した形で、跡津川断層、茂住祐延(もずみすけのぶ)断層、弥陀原断層及び天狗平断層を第四紀に活動を繰り返した活断層として図示した。また中田・今泉編(2002)は、跡津川断層、弥陀原断層を活断層、茂住祐延断層を推定活断層として図示している。

本断層帯の第四紀後期の特性に関する調査としては、跡津川断層発掘調査団(1983,1986)、跡津川断層トレンチ発掘調査団ほか(1989)、跡津川断層トレンチ発掘調査団(1990)、粟田・佃(1993)、ハスバートルほか(2000)及びTakeuchi et al.(2003)などによるトレンチ調査及び地層抜き取り調査などがある。

また、跡津川断層と茂住祐延断層を対象として、断層ガスの連続観測、微小地震観測、ブーゲー異常観測、精密変歪測量、GPS観測などが行われ、活断層の歪や応力の蓄積過程、破砕帯の形成過程などの研究が進んでいる(和田・伊藤,1994,1995;多田,1991,1998;和田ほか,1996;安藤,1998;伊藤・和田ほか,1998;平原,1998など)。

2.跡津川断層帯の評価結果

跡津川断層帯は、飛騨高地北部の富山県中新川(なかにいかわ)郡立山町から同県上新川(かみにいかわ)郡大山(おおやま)町、岐阜県飛騨市を経て同県大野郡白川村に至る断層帯である(図1、2)。

本断層帯の北側には約5−12kmの間隔をおいて牛首断層と万波峠断層が並走するが、これらの断層は別途「牛首断層帯」として評価を行うため、本評価では扱わない。また、本断層帯の南側には約5−10kmの間隔で古川断層帯(松田,1990)が並走するが、本断層帯に関しては「高山・大原断層帯の評価」において検討済みであるため、ここでは評価は行わない。

2.1 跡津川断層帯の位置及び形態

(1)跡津川断層帯を構成する断層

跡津川断層帯は、跡津川断層及びその北東延長方向に分布する弥陀原断層、天狗平断層と、跡津川断層の北東部に約2−4kmの間隔で並走する茂住祐延断層とからなる。

断層帯の位置については、活断層研究会編(1991)、中田・今泉編(2002)などで概ね良い一致をなす。ただし、中田・今泉編(2002)では、跡津川断層の北東端の約3km区間と天狗平断層については、最近数十万年間に繰り返し活動したことを示す地形的な特徴を認めていない。

ここでは、本断層帯の位置は主に中田・今泉編(2002)に基づき、跡津川断層の北東端付近、弥陀原断層及び天狗平断層に関しては活断層研究会編(1991)に従った。断層帯を構成する各断層の名称は活断層研究会編(1991)によった。

(2)断層面の位置・形状

跡津川断層帯の長さ及び一般走向は、天狗平断層の北東端を本断層帯の北東端とみなし、本地点と跡津川断層の南西端を結んで計測すると約69km、N60°Eとなる(図2)。

断層面上端の深さは、変位地形や断層露頭が認められていることから0kmとした。

断層面の傾斜は、微小地震の震源分布(伊藤・和田ほか,1998など)に基づくと、地下15km以浅では断層面はほぼ垂直と推定される。また、断層露頭やトレンチ壁面の観察結果(跡津川断層発掘トレンチ調査団ほか,1989など)から、地表付近では高角であると推定される。

断層面の幅は、地震発生層の下限の深さが約15kmであること(後述)及び断層面の傾斜がほぼ垂直と推定されることから、約15kmと推定される。

(3)断層の変位の向き(ずれの向き)(注9)

活断層研究会編(1980,1991)や中田・今泉編(2002)などに示された谷地形の右方向への系統的な屈曲や、竹村・藤井(1984)をはじめとする断層露頭の観察結果などに基づくと、跡津川断層帯は右横ずれを主体とし、北西側隆起成分を伴うと考えられる。

2.2 跡津川断層帯の過去の活動

(1)平均変位速度(平均的なずれの速度)(注9)

跡津川断層帯中央部の、高原川中流の飛騨市東漆山(ひがしうるしやま)地点には、中越・殿・坂巻・見座の各段丘面が分布し、跡津川断層の活動に伴う段丘面の累積変位が認められる(松田,1966)。このうち最も古い中越段丘面の変位量は、北西側隆起成分で14.5m、中越段丘面と下位の殿段丘面を分ける段丘崖の右横ずれ量は20−30mである(磯ほか,1980)。中越段丘面の上下変位量(14.5m)は殿段丘面の上下変位量(10.8m)の1.3倍であることから、中越段丘面離水後の右横ずれ量は殿段丘面離水後の右横ずれ量(20−30m)より大きく、26−39m程度と推定できる。中越段丘面の年代は、上地ヶ根泥流(11,300±170yBP;小池,1978)に対比され約1万3千年前とされている(磯ほか,1980)ことから、この地点での平均右横ずれ変位速度は2.0−3.0m/千年、平均上下変位速度は1.1m/千年と推定される。

また、断層帯北東端付近の弥陀原断層では、立山火山第U・V期の溶岩・火砕流堆積物(大町Epm;60−75ka;町田・新井,2003)で構成され、大山倉吉火山灰(DKP;≧55ka;町田・新井,2003)により覆われる面を開析する谷の右横ずれが最大40mとされている(熊木,1983)。よって、弥陀原断層の平均右横ずれ変位量は0.5−0.7m/千年と推定される。

ここでは、本断層帯のほぼ中央に位置する東漆山地点の値を用いて、跡津川断層帯の平均右横ずれ変位速度を約2−3m/千年、平均上下変位速度を約1m/千年と推定する。

なお、断層帯南西部の飛騨市野首(のくび)地点ではトレンチ調査が実施されており、岡田・熊木(1983)は、約1万−1万数千年前に形成された段丘面が9m、また段丘堆積物の基底面が10m上下方向に変位していることに基づき、断層面の条線が15°傾斜すると仮定してネット方向の平均変位速度を2.5−3.7m/千年と求めている。

(2)活動時期

a)地形・地質的に認められた過去の活動

[1]跡津川断層野首地点(トレンチ調査)

跡津川断層の南西部の飛騨市野首地点では、跡津川断層トレンチ発掘調査団ほか(1989)及び粟田・佃(1993)によりトレンチ調査が行われている。

跡津川断層トレンチ発掘調査団ほか(1989)は、宮川流域の低位段丘面に認められる低断層崖上でトレンチ調査を実施した。また、粟田・佃(1993)は、最近の活動の再来間隔をより正確に求めるため、跡津川断層トレンチ発掘調査団ほか(1989)のトレンチ掘削地点に隣接して小規模なトレンチ調査を実施した。両トレンチ壁面には高角度の断層とほぼ同様の地質構造が確認され、跡津川断層の活動に関して整合する結果が得られた(図3、4)。

a)活動1(最新活動)

跡津川断層トレンチ発掘調査団ほか(1989)のトレンチ壁面では、11−13世紀の水路に堆積した1層(腐植土層)を切る断層が確認された。これに対比されるものとして、粟田・佃(1993)のトレンチ壁面では17−20世紀のB層(腐植土層)を切る断層が確認されている。これらに基づくと、本断層の最新活動は17世紀以後と考えられる。

なお、トレンチ壁面に認められた砂脈の残留磁化方位測定結果からは、AD1800年頃に地震動があったことが推定されている(跡津川断層トレンチ発掘調査団ほか,1989)。

b)活動2

粟田・佃(1993)のトレンチ壁面では、断層の下盤側近傍において腐植土層であるB層とD層の間に、断層崖の崩壊を示唆するC層(砂礫層)が挟まれる産状が確認されている。C層の年代は、上下の腐植土層の年代から約4千3百年前−20世紀と推定される。本イベントの層準は、跡津川断層発掘トレンチ調査団ほか(1989)のトレンチ壁面では、1層と2層との間の大きな時間間隙を伴う層準に相当し、その間に1回以上の活動があった可能性が指摘されている。これらのことから、この断層活動は約4千3百年前以後に生じた可能性があると判断した。

c)活動3

跡津川断層トレンチ発掘調査団ほか(1989)のトレンチ壁面では、4−1層(腐植土層)を切り、3層(砂層)ないし上位の2層(腐植土層)に覆われる断層が確認されている。これに対比されるものとして、粟田・佃(1993)のトレンチ壁面では、少なくともF層(腐植土層)とE層(砂層)の下半部を切り、上位のD層(腐植土層)に覆われる断層が確認されている。これらから、本活動は4−1層あるいはF層堆積より後、2層あるいはD層堆積より前に生じたと考えられ、その年代は約5千3百年前以後、約4千年前以前である。

d)活動4

跡津川断層トレンチ発掘調査団ほか(1989)のトレンチ壁面では、4−3層(腐植土層)を切り、上位の4−2層(砂層)に覆われる断層が認められている。この4−2層(砂層)は断層近傍に分布し、楔状の断面を示すことから、断層の活動に伴う崩壊堆積物と推定されている。一方、粟田・佃(1993)のトレンチ壁面では、4−3層に対比されるH層(腐植土層)とその上位の4−1層に対比されるF層(腐植土層)に挟まれるG層(砂層)が断層近傍で見かけ上層厚を増すが、これが断層変形によるものかどうかの判断はできない。

以上のことから、H層あるいは4−3層堆積より後、G層あるいは4−2層堆積より前に活動があった可能性がある。その年代は約8千1百年前以後、約7千5百年前以前である。

e)活動5

跡津川断層トレンチ発掘調査団ほか(1989)のトレンチ壁面では、下盤側の5層の分布を途切れさせ、上位の4−3層に覆われる断層が認められる。4−3層下部には、5層起源と考えられる角礫が多量に混じることから、4−3層下部は、崩積性堆積物と推定されている(跡津川断層トレンチ発掘調査団ほか,1989)。また、粟田・佃(1993)のトレンチ壁面でも、J層(腐植土層)を切り、さらに上位のI層(砂層)の少なくとも一部を切るが、さらに上位のH層(腐植土層)には変位を与えていない断層が認められている。

よって、5層あるいはJ層堆積より後、4−3層あるいはH層堆積より前に断層活動があったと考えられる。その年代は約1万1千年前以後、約9千3百年前以前である。

f)活動6

跡津川断層トレンチ発掘調査団ほか(1989)のトレンチ壁面では、7l層(砂層)を切り、その上位の7u層(砂層)の少なくとも一部を切るが、さらに上位の6層(腐植土層)には変位を与えていない断層が推定されている。よって、7l層堆積より後、6層堆積より前に断層活動があったと推定される。その年代は約1万1千年前以前である。

以上の検討結果から、本地点における最新の活動は、17世紀以後であったと考えられる。また、1つ前の活動は約4千3百年前以後であった可能性があり、2つ前の活動は約5千3百年前以後、約4千年前以前であったと考えられる。さらに、3つ前の活動は約8千1百年前以後、約7千5百年前以前であった可能性があり、4つ前の活動は約1万1千年前以後、約9千3百年前以前であったと考えられる。そして、5つ前の活動は約1万1千年前以前であったと推定される。

なお、跡津川断層トレンチ発掘調査団ほか(1989)は、7l層よりもさらに下位の地層において、段丘構成層である礫層の上位に細粒砂層に挟まれる中粒−粗粒砂層を見出し、この中粒−粗粒砂層が断層の活動によってもたらされた崩壊堆積物である可能性を指摘して、さらに5回の断層活動があった可能性も指摘した。しかし、それらの砂層を断層活動に伴う崩壊堆積物とする根拠は乏しい。

[2]跡津川断層真川(まかわ)地点(断層露頭調査)

跡津川断層の東部の富山県大山町真川地点では、複数の断層露頭が確認されている。このうち、竹村・藤井(1984)、竹内ほか(1990)などが記載した谷底付近の露頭において、断層活動の年代が推定されている。同露頭では、走向N42−45°E、傾斜87°SEの断層が認められる。

露頭上部に分布する低位段丘面(L5面)の構成層には、北西上がり0.5−1mの変位が認められている(竹内ほか,1990)。また、段丘構成層の最上部のg1礫層が断層に切られており、断層による裂溝を埋めて崖錐堆積物が堆積している(竹内ほか,1990)。g1礫層に挟まれるS2砂層の年代が14世紀と推定されていることから、ここでの最新の活動は14世紀以後にあったと考えられる。

また、G1礫層及びg0礫層は断層の南東側にのみ分布しており、その下位のG0礫層には断層の両側で顕著な層厚差は認められない(竹内ほか,1990)。このことからG0礫層堆積以後、g1礫層堆積以前にも断層活動があったと推定される。なお、竹内ほか(1990)は、段丘構成層の下部を占めるG1層及びG0層の厚さが断層を境に急変することから、これら段丘構成層の堆積中に2回の断層活動があった可能性も指摘している。そして、活動時期をそれぞれG0層直上のS0砂層の堆積時(約2千8百−2千2百年前)直後、G1礫層直上のS1砂層の堆積時(6−8世紀)直後の可能性があると指摘した。しかし、G0礫層とG1礫層の区分は明確ではなく、活動時期がS0砂層及びS1砂層の堆積直後であるとする根拠は明らかではない。

ところで、L5面には緩やかな窪地が認められるものの断層を挟んだ両側に変位は認められないとする見解、あるいはg1礫層相当層を切る断層は見出し難いとする見解もある(片川ほか,2002)。しかし、片川ほか(2002)では、最新時期の断層活動がないとする根拠は十分には示されていない。

[3]跡津川断層真川地点(トレンチ調査)

上述の断層露頭の約700m東北東において、真川右岸の標高1,200m付近の顕著な断層地形を横切って掘削されたT1トレンチ(Takeuchi et al.2003)では、土壌層やシルト及び砂層が断層に切られている。

このうち、約2千8百年前−14世紀の年代を示す土壌層(G層)が断層に切られ、その断層を上位のシルト及び腐植質土層(約2千5百−2千3百年前)が覆っている。したがって、ここでの最新活動時期は14世紀以後と推定され、上位のシルト及び腐植質土層は土壌層(G層)の再堆積によるものと考えられる。

また、約5千−4千3百年前の年代を示すシルト及び腐植質土層(F層)を切り、土壌層(G層)、シルト及び腐植土層に覆われる別の断層も認められる。しかし、断層を覆う土壌層(G層)は著しく変形しており、得られている年代値の幅も広いため、この断層を直接覆う堆積物の年代は不明である。また、土壌層(G層)より上位のシルト及び粘土層は前述したように再堆積したものと推定される。したがって、本地点での活動層準はF層堆積より後(約5千年前以後)にあったことは確実であるが、その年代の上限は押さえられない。

なお、Takeuchi et al.(2003)は、約2千8百年前以後、14世紀以前にも断層活動があったとしているが、その層準や根拠が示されておらず、詳細は不明である。さらに、Takeuchi et al.(2003)は、T1トレンチの南東側で掘削したT2トレンチにおいて、砂礫層に認められる液状化層準、及び堆積物の地すべりによる変形などを根拠として、6層準で断層活動があったとしている。ただし、これらの液状化や地すべりが本断層帯の活動に関係したものかどうかは不明であり、個々の断層活動との対応関係は必ずしも明らかではない。

なお、片川ほか(2002)は、上記T1トレンチの直下にあたる標高1,190m付近に分布する露頭の調査から、真川湖成層を切る断層を覆って地すべりによる擾乱帯が分布し、この擾乱帯の楔型凹地を埋積して最新期の腐植土層(1−4世紀)が堆積していることを報告している。しかし、この露頭と近傍のT1トレンチとの関係は明らかではない。

[4]茂住祐延断層茂住峠地点(地層抜き取り調査)

ハスバートルほか(2000)は、富山・岐阜県境の茂住峠から東方(富山県側)約200mの地点において、沢の系統的な右横ずれが認められる推定断層線上をまたいで地層抜き取り調査を行った(図5)。

採取された抜き取り試料には、砂礫層(W層:16−17世紀)と腐植土層(V層)を切って、礫混じり粘土−砂層(U層:modern)に覆われる断層が認められている。したがって、本地点での最新活動時期は16世紀以後と推定される。

また、断層に伴う地割れを埋積する細礫混じり有機質シルト層([層:約3万1千−2万年前)を覆って、中−粗粒砂層(Z層:約2万年前)、さらに砂礫層(Y層:約2万−1万5千年前)が楔状に堆積する。このうち、[層の変形とY−Z層境界の変形度合いを比較すると、[層の変形が大きいと推定できることから、[層とY層基底部との間に断層活動があった可能性があり、その年代は約2万年前以後、約1万5千年前以前である。

さらに、断層沿いで急傾斜する有機質細粒−中粒砂層(\層)と上位の有機質シルト層([層)との間に顕著な傾斜不整合が認められる。したがって、\層堆積以後−[層堆積以前に断層活動があったと推定でき、その年代は約3万1千年前である。

[5]茂住祐延断層長棟川地点(断層露頭調査)

長棟川地点では、1−3世紀の年代を示す礫層などから構成される堆積物が、断層によって、上下に2m以上引きずられている(ハスバートルほか,1999)。このことから、本地点での最新活動は1世紀以後にあったと推定される。

b)先史時代・歴史時代の活動

1858年(安政5年)の飛越地震(M7.0−7.1:宇佐美,2003)では、本断層帯に沿う集落で被害率が高く、跡津川断層及び茂住祐延断層に沿う集落、あるいは各断層から20数km以内に分布する家屋の被害率は50−100%に達している(宇佐美・松田,1979)。このうち、本断層帯の南側では、断層帯から離れるに従って被害率が急に小さくなる(距離2kmで25%以下)。以上の被害状況と地形・地質学的に確認された最新活動時期(17世紀以後)から、本断層帯の最新活動時期は1858年(安政5年)の飛越地震であったと推定される。

以上の調査結果をまとめると、跡津川断層帯の最新活動時期は1858年(安政5年)の飛越地震であったと推定される(地形・地質調査結果からは、17世紀以後と考えられる)。また、1つ前の活動は約4千3百年前以後、1858年以前の可能性があり、2つ前の活動は約5千3百年前以後、約4千年前以前と考えられる。さらに、3つ前の活動は約8千1百年前以後、約7千5百年前以前の可能性があり、4つ前の活動は約1万1千年前以後、約9千3百年前以前であったと考えられる。そして5つ前の活動は、約1万1千年前以前であったと推定される(図6)。

さらに、約2万年前以後、約1万5千年前以前にも断層活動があった可能性があり、約3万1千年前にも活動が推定される。ただし、最近5回の活動時期から推定される平均活動間隔(約2千3百−2千7百年:後述)を考慮すると、これら2つの活動時期の間にも複数の断層活動があったと推定される。

(3)1回の変位量(ずれの量)(注9)

前述したように、跡津川断層帯では約1万1千年前以後に5回の断層活動があったと推定される。また、跡津川断層の東漆山地点付近では、約1万3千年前以後に形成された中越段丘面が上下に14.5m変位している。本断層帯の活動時期と後述の平均活動間隔を考慮すると、この上下変位量は5−6回の断層活動によるものであり、1回あたりの上下変位量は2.4−2.9mであったと推定される。また、殿段丘面の変位量からは、この地点における上下成分と右横ずれ成分との比は1:1.9−2.8と求まる。したがって、1回の変位量の右横ずれ成分は4.4−8.1m、ネット成分で5.0−8.6mである可能性がある。

一方、本断層帯は長さが約69kmであることから、松田(1975)の経験式(1)、(2)を用いると、跡津川断層帯における1回の活動に伴う変位量は約5.5mと計算され、上記の段丘の変位量と断層活動回数から求めた変位量の範囲内に収まる。
用いた経験式は、次の式である。ここで、Lは1回の地震で活動する断層の長さ(km)、Mはその時のマグニチュード、Dは1回の活動に伴う変位量(m)である。

      Log L = 0.6M − 2.9    (1)
      Log D = 0.6M − 4.0    (2)

以上の検討から、1回の活動に伴う跡津川断層帯の右横ずれ変位量は約4.5−8m、上下変位量は約2.5−3mであった可能性があると判断する。

(4)活動間隔

跡津川断層帯では、最新活動時期が1858年(安政5年)の飛越地震と推定され、4つ前の活動時期が約1万1千年前以後、約9千3百年前以前と考えられることから、平均活動間隔は約2千3百−2千7百年と推定される。
なお、跡津川断層帯の平均変位速度(右横ずれ成分)は約2−3m/千年、1回の活動に伴う右横ずれ変位量は約4.5−8mと求められていることから、跡津川断層帯の平均活動間隔は1千7百−4千4百年程度と計算され、上述のように推定された活動間隔と整合する。

(5)活動区間

跡津川断層帯は並走する複数の断層から構成され、松田(1990)の基準に基づくと、全体が1つの活動区間として活動してきた可能性がある。
なお、茂住祐延断層に関しては、変動地形の特徴を考慮すると跡津川断層より活動度(注10)が小さく(活断層研究会編,1991)、過去の活動において跡津川断層と同時に動かなかった可能性もある。しかし、過去の活動時期が異なるとする直接の証拠が無いため、ここでは断層帯全体が1つの活動区間を形成してきたとみなす。

(6)測地観測結果

跡津川断層帯周辺における1994年までの約100年間の測地観測結果では、断層帯周辺で北西−南東方向の縮みが見られ、西部で北東−南西方向のわずかな伸びが見られる。
また、1985年からの約10年間では、北西−南東方向のわずかな縮みが見られる。
最近5年間のGPS観測結果では、周辺で北西−南東方向のわずかな縮みが見られ、西部で北東−南西方向の伸びが見られる。
過去20年間の精密辺長測量によると、本断層帯の一部で右横ずれと調和するようなわずかな変化が観測されており、変動がクリープ的に生じていることを示唆している可能性がある。

(7)地震観測結果

跡津川断層帯周辺の最近約6年間の地震観測結果によると、本断層帯付近の地震活動は活発であり、地震発生層の下限の深さは約15kmである。本断層帯付近で発生した地震の発震機構は、東南東−西北西に圧力軸を持つ横ずれ断層型が多い。

2.3 跡津川断層帯の将来の活動

(1)活動区間と活動時の地震の規模

跡津川断層帯は断層帯全体が1つの活動区間として活動する場合、長さが約69kmと推定されることから、前述の経験式(1)を用いると、発生する地震の規模はマグニチュード7.9程度と推定される。また、過去の事例に基づくと、その際には4.5−8m程度の右横ずれが生じ、断層の北西側が相対的に2.5−3m程度隆起する可能性がある。

なお、2.2.(2)に記述したように、跡津川断層帯の最新活動は1858年(安政5年)の飛越地震であったと推定されるが、被害記録から想定される地震の規模はM7.0−7.1(宇佐美,1996など)と、断層長から推定される地震規模(M7.9程度)とは有意な差異が認められる。ただし、飛越地震によって震度X相当の揺れに見舞われたと推定される地域は、京都府宮津市から長野県大町市までと非常に広範囲にわたる(宇佐美,2003)ことから、1858年(安政5年)の飛越地震の地震規模はM7.0−7.1より有意に大きいものと考えられる。

(2)地震発生の可能性

跡津川断層帯は、平均活動間隔が約2千3百−2千7百年、最新活動時期が1858年(安政5年)の飛越地震と推定されていることから、平均活動間隔に対する現在における地震後経過率は0.05−0.06となる。地震調査研究推進本部地震調査委員会(2001)に示された手法(BPT分布モデル、α=0.24)によると、今後30年以内、50年以内、100年以内、300年以内の地震発生確率は、いずれもほぼ0%である。また、現在までの集積確率はほぼ0%となる。表3にこれらの確率値の参考指標(地震調査研究推進本部地震調査委員会長期評価部会,1999)を示す。

3.今後に向けて

跡津川断層帯の活動区間については、さらに精度良く明らかにすることが望ましい。また、活動に伴う1回のずれの量については、精度の良い数値が得られていない。よって、本項目に関して信頼度の高い資料を得ることが望ましい。

注9: 「変位」を、1頁の本文及び4、5頁の表1では、一般にわかりやすいように「ずれ」という言葉で表現している。ここでは専門用語である「変位」が、本文や表1の「ずれ」に対応するものであることを示すため、両者を併記した。以下、文章の中では「変位」を用いる。なお、活断層の専門用語では、「変位」は切断を伴う「ずれの成分」と、切断を伴わない「撓(たわ)みの成分」よりなる。
注10: 活断層の活動の活発さの程度を示す指標として、活動度が定義されている(松田,1975)。
活動度がAの活断層は、1千年あたりの平均的なずれの量が1m以上、10m未満であるものをいう。
・活動度がBの活断層は、1千年あたりの平均的なずれの量が0.1m以上、1m未満であるものをいう。
・活動度がCの活断層は、1千年あたりの平均的なずれの量が0.01m以上、0.1m未満であるものをいう。
注11: 10,000年BPよりも新しい炭素同位体年代については、Niklaus(1991)に基づいて暦年補正し、原則として1σの範囲の数値で示した。このうち2,000年前よりも新しい年代値は世紀単位で示し、2,000年前よりも古い年代値については、百年単位で四捨五入して示した。また、10,000年BPより古い炭素同位年代については、Kitagawa and van der Plicht(1998)のデータに基づいて暦年補正し、四捨五入して千年単位で示した。

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山沢金五郎(1929):安政五年2月26日の飛騨角川大地震に就て.地震,1,125−128.

表3 跡津川断層帯の地震発生確率及び参考指標

項  目         数  値         備   考
地震後経過率

 今後30年以内の発生確率
 今後50年以内の発生確率
 今後100年以内の発生確率
 今後300年以内の発生確率

集積確率
0.05−0.06

ほぼ0%
ほぼ0%
ほぼ0%
ほぼ0%

ほぼ0%



発生確率及び集積確率は地
震調査研究推進本部地震調
査委員会(2001)参照。
 指標(1)経過年数
      比
 指標(2)
 指標(3)
 指標(4)
 指標(5)
マイナス1千7百年−マイナス1千5百年
0.08−0.09
ほぼ0
ほぼ0%
ほぼ0
0.0004

地震調査研究推進本部地震
調査委員会長期評価部会
(1999)参照。

注12: 評価時点はすべて2004年1月1日現在。「ほぼ0%」は10−3%未満の確率値を、「ほぼ0」は10−5未満の数値を示す。
指標(1) 経過年数 :当該活断層での大地震発生の危険率(1年間当たりに発生する回数)は、最新活動(地震発生)時期からの時間の経過とともに大きくなる(BPT分布モデルを適用した場合の考え方)。一方、最新活動の時期が把握されていない場合には、大地震発生の危険率は、時間によらず一定と考えざるを得ない(ポアソン過程を適用した場合の考え方)。
この指標は、BPT分布モデルを適用した場合の危険率が、ポアソン過程を適用した場合の危険率の値を超えた後の経過年数である。値がマイナスである場合は、BPT分布モデルを適用した場合の危険率がポアソン過程を適用した場合の危険率に達していないことを示す。
本断層帯の場合、ポアソン過程を適用した場合の危険度は、跡津川断層帯の場合2千3百−2千7百分の1であり、いつの時点でも一定である。
BPT分布モデルを適用した場合の危険率は評価時点でほぼ0であり、時間とともに増加する。BPT分布モデルを適用した場合の危険率がポアソン過程を適用した場合の危険率に達するには今後1千5百年から1千7百年を要する。
指標(1) :最新活動(地震発生)時期から評価時点までの経過時間をAとし、BPT分布モデルによる危険率がポアソン過程とした場合のそれを超えるまでの時間をBとする。前者を後者で割った値(A/B)。
指標(2) :BPT分布モデルによる場合と、ポアソン過程とした場合の評価時点での危険率の比。
指標(3) :評価時点での集積確率(前回の地震発生から評価時点までに地震が発生しているはずの確率)。
指標(4) :評価時点以後30年以内の地震発生確率をBPT分布モデルでとりうる最大の確率の値で割った値。
指標(5) :ポアソン過程を適用した場合の危険率(1年間あたりの地震発生回数)。

付表

地震発生確率等の評価の信頼度に関する各ランクの分類条件の詳細は以下のとおりである。

ランク

               分類条件の詳細

発生確率を求める際に用いる平均活動間隔及び最新活動時期の信頼度がいずれも比較的高く(◎または○)、これらにより求められた発生確率等の値は信頼性が高い。

平均活動間隔及び最新活動時期のうち、いずれか一方の信頼度が低く(△)、これらにより求められた発生確率等の値は信頼性が中程度。 

平均活動間隔及び最新活動時期の信頼度がいずれも低く(△)、これらにより求められた発生確率等の値は信頼性がやや低い。


 

平均活動間隔及び最新活動時期のいずれか一方または両方の信頼度が非常に低く(▲)、発生確率等の値は信頼性が低い。このため、今後の新しい知見により値が大きく変わる可能性が高い。または、データの不足により最新活動時期が十分特定できていないために、現在の確率値を求めることができず、単に長期間の平均値を確率としている。