平成13年6月13日
地震調査研究推進本部
地震調査委員会

北上低地西縁断層帯の評価


 北上低地西縁断層帯は、奥羽山地とその東側の北上低地帯との境界付近に位置する活断層帯である。ここでは、平成7年度、8年度及び9年度に行われた岩手県の調査をはじめ、これまでこの断層帯に関して行われた調査研究成果に基づいて、この断層帯の諸特性を次のように評価した。

1 断層帯の位置及び形態 

 北上低地西縁断層帯は、岩手県の紫波(しわ)郡矢巾(やはば)町西方から胆沢(いさわ)郡胆沢町南部にかけてほぼ南北に延びている。全体として長さは62kmで、西側が東側に対して相対的に隆起する逆断層である。横ずれ成分は認められない。本断層帯は複数の断層から構成されており、これらは一部で並走して分布することもある(図1、2及び表1)。

2 断層帯の過去の活動

 北上低地西縁断層帯は過去3万年間に少なくとも2回活動したと推定される。活動時には、断層の西側が東側に対して相対的に5m程度隆起した可能性がある。最新の活動は4千5百年前頃にあった可能性がある(表1)。

3 断層帯の将来の活動

 北上低地西縁断層帯では、断層帯全体が一つの活動区間として活動した場合、マグニチュード7.8程度の地震が発生する可能性がある。また、その時、断層の近傍の地表面では、西側が東側に対して相対的に5m程度高まる段差や撓(たわ)みが生ずる可能性がある(表1)。本断層帯の最新活動後の経過率及び将来このような地震が発生する長期確率は表2に示す通りである(注1)。

4 今後に向けて

 北上低地西縁断層帯の将来の活動性を明確にするためには、最新の活動時期と活動間隔、1回の活動におけるずれの量を精度良く求め、活動区間を正確に把握する必要がある。


表1 北上低地西縁断層帯の特性

表2 将来の地震発生確率等

注1 「長期的な地震発生確率の評価手法について」(地震調査研究推進本部地震調査委員会、2001)によれば、1995年兵庫県南部地震、1858年飛越地震及び1847年善光寺地震の地震発生直前における30年確率(暫定値)と集積確率(暫定値)は以下のとおりである。

  「長期的な地震発生確率の評価手法について」に示されているように、地震発生確率は前回の地震後、十分長い時間が経過しても100%とはならない。その最大値は平均活動間隔に依存し、平均活動間隔が長いほど最大値は小さくなる。平均活動間隔が2千年の場合は30年確率の最大値は10%程度、2万年の場合は1%程度である。
注2 信頼度は、特性欄に記載されたデータの相対的な信頼性を表すもので、記号の意味は次のとおり。
 ◎:高い、○中程度、△:低い
注3 文献については、本文末尾に示す以下の文献。
文献1:岩手県(1996)
文献2:岩手県(1997)
文献3:岩手県(1998)
文献4:岩手県(2000)
文献5:活断層研究会(1991)
文献6:松田(1990)
文献7:平田ほか(1999)
文献8:蔵下ほか(1999)
文献9:渡辺(1991)
文献10:渡辺ほか(1994)
文献11:地震調査研究推進本部地震調査委員会(2001) 
注4 評価時点はすべて2001年1月1日現在。「ほぼ0%」は10-3%未満の確率値を示す。なお、計算に当たって用いた平均活動間隔と最新活動時期の信頼度は低い(△)ことに留意されたい。
注5 最新活動(地震発生)時期から評価時点までの経過時間を、平均活動間隔で割った値。最新の地震発生時期から評価時点までの経過時間が、平均活動間隔に達すると1.0となる。今回の評価の数字のうち、0.2は4千5百年を2万6千年で割った値であり、0.3は4千5百年を1万6千年で割った値。
注6: 前回の地震発生から評価時点までに地震が発生しているはずの確率。

(説明)

1 北上低地西縁断層帯に関するこれまでの主な調査研究

 北上低地西縁断層帯は、奥羽山地とその東側の北上低地帯との境界付近に位置する。早川(1951)及び金子(1955)は、北上低地西縁部に分布する断層群が、奥羽山地と北上低地との地形・地質境界をなしていることを指摘した。Fujiwara(1959)、宮城(1975)、Nakata(1976)は、北上低地帯西縁に断層変位地形の存在を指摘し、これらの多くは第四紀後期以降に形成された地形面を変位させている活断層であることを明らかにした。
 活断層研究会(1980、1991)、Watanabe(1989)は、矢巾町から胆沢町にかけての北上低地帯西縁に、一部で弧状を描いて並走する長さ数km−十数kmの複数の活断層を記載した。渡辺(1989)は、これらの並走する活断層のうち、最も平野側のものが最新の時代に活動したと指摘した。粟田(1988)、渡辺ほか(1994)、岩手県(1996)はトレンチ調査を行い、逆断層や撓曲構造を確認するとともに、活動履歴について検討を行った。本断層帯の地下構造については、岩手県(1997)、蔵下ほか(1999)、平田ほか(1999)が反射法弾性波探査を行い、地下での断層面の形状等を明らかにした。

2 北上低地西縁断層帯の評価結果について

2−1 断層帯の位置・形態

(1)北上低地西縁断層帯を構成する断層

 本断層帯は、奥羽山地と北上低地の境界部に位置し、北の矢巾町和山付近から南の胆沢町駒籠付近までほぼ連続して分布する南昌山(なんしょうざん)断層群、上平(うわんだいら)断層群、横森山断層、法量野−浦沢断層、天狗森断層、出店(でたな)断層(活断層研究会、1991)などの諸断層によって構成される。本断層帯の北方延長に当たる滝沢村付近で、同じ走向の推定活断層の存在が知られる(活断層研究会、1991;岩手県、2000)が、これらについては、隔たりが7−8kmと大きいことから、松田(1990)の基準にしたがって本断層帯に含めないことにした。
 岩手県(2000)は、中部の和賀川付近で断層線が途切れるとし、これをもって本断層帯を北部の花巻断層帯と南部の出店断層帯に区分している。しかし、ここでは、両者の隔たりは3km程度と小さいことから一括し、松田(1990)の基準にしたがって本断層帯を一つの起震断層として扱うことにした。

(2)断層帯の位置と形状

 本断層帯を構成する諸断層とその分布を明らかにしたものとして、Watanabe(1989)、活断層研究会(1991)、岩手県(2000)などがある。これらでは主要断層の分布についてほぼ共通する認識が示されている。ここでは、最も新しい岩手県(2000)を活断層分布に関する基本資料とした(図2)。
 図2で明らかなように、本断層帯を構成する諸断層の断層線は、主として奥羽山地東縁の山麓線付近もしくはそれから少し離れた平野内で認められ、この間において複数の断層線が並走分布することも少なくない。
 本断層帯の長さ及び一般走向は、図2に示された断層帯の北端と南端を直線で結んで計測し、それぞれ62km、南北とした。断層面上端の深さについては、断層面が地表に達していることから0kmとした。
 断層面は、渡辺ほか(1994)、岩手県(1996)などによる地表断層露頭の記載から、地表付近では20−30°で西に傾斜していると推定される。地下深部(少なくとも深さ7−8km以浅)では、平田ほか(1999)による深部反射法弾性波探査結果(図3)から、30−40°で西に傾斜している可能性がある。平田ほか(1999)は、奥羽山地を横断する深部反射法弾性波探査結果に基づき、同山地東縁から西に緩く傾斜する連続性の良い反射面の存在を認め、これが北上低地西縁断層帯の断層面で、地震発生層下限まで連続するとしている。なお、石鳥谷付近や北湯口付近では、岩手県(1997)や蔵下ほか(1999)により浅層反射法弾性波探査が行われている(図4、5)。その結果、奥羽山地東縁に高角の西傾斜の逆断層が存在することが確かめられるとともに、その東側の平野部で地下深部へは連続しない複数の逆断層が見いだされている。
 断層面の幅は、地震発生層の下限を地震観測結果から15kmと推定し、地下深部での断層面の傾斜を30−40゜とすると、20−30kmとなる。

(3)断層の変位の向き(ずれの向き) (注7)

 本断層帯については、構成断層の多くが、西側を相対的に隆起させる変位を行っており、しばしば隆起側で膨らみ変形を伴う。また、一部で西傾斜する断層面が地表で確認されていて逆断層とみなせること、反射法弾性波探査によってより深部でも西傾斜の断層面を有することが明らかになっていることから、西側が東側に乗り上げる西傾斜の逆断層と考えられる。なお、本断層帯では横ずれ変位を示す現象は見いだされていない。

2−2 断層帯の過去の活動

(1)平均変位速度(平均的な断層のずれの速度) (注7)

 本断層帯の平均変位速度を見積もるための資料は、次のa)、b)、c)の三つである。このうち、a)とb)は比較的短い期間についての平均値であり、また、c)では変位量及び変位基準の推定年代が不確かであり、ともに精度の高い数値とは言えない。しかし、この3つが比較的近い値を示すことから、ここでは、それらの上・下限値0.2−0.4m/千年をもって本断層帯の上下変位に関する平均変位速度と考えることにした。

a)石鳥谷(いしどりや)町松林寺におけるL面の変位

 本断層帯によるL面相当段丘面(注8)の変位は多くの地点で確認されており、その上下変位量は最大10−12mに達しているとされている。しかし、変位量とともにその変位基準となっているL面相当面の離水時期が具体的に把握されている場所はほとんどない。石鳥谷町松林寺では、岩手県(1998)により地形測量とボーリング調査が行われた結果(図6)、9.5m上下変位したL面相当面の構成層が約2万4千−3万1千年前の14C年代(注9)を示すことが明らかになった。この資料に基づくと、松林寺付近における最近2−3万年間の本断層帯の平均変位速度は0.31−0.40m/千年となる。

b)新夏油(しんげとう)におけるL面の変位

 岩手県(1998)は、夏油川左岸の新夏油付近で、L面相当面が6.5−7.5m上下に変位していることを記載するとともに、夏油川右岸で同面に対比される段丘面構成層中より採取した試料が約1万7千年前という14C年代を示したことを報告している。この資料から、新夏油付近の最近の平均変位速度値として0.38−0.44m/千年が導かれる。 

c)花巻市横森山におけるH面の変位

 横森山付近は、本断層帯による中位・高位の段丘面の変位が認められる数少ない場所の一つである。岩手県(1996)は、ここでのH面とされる高位の段丘面の上下変位量を48m以上としている。このH面の形成年代については、渡辺(1991)は15万年前、岩手県(1996)は25万年前と推定している。そこで、H面の形成年代を15−25万年前として平均変位速度を求めると、0.19−0.32m/千年以上となる。

(2)活動時期

 本断層帯の活動時期を検討する資料として次のa)−d)がある。a)、b)、c)は本断層帯中−北部で行われたトレンチ調査の成果である(図2)。これらから本断層帯では、近い過去に断層活動が繰り返されており、その中で新しいものは完新世に起こっていることが明らかである。しかし、断層活動の時期を詳しく特定し、その年代を推定するための資料となると、c)の花巻市の北湯口地点のみで他にはない。
  北湯口A地点では、約7千年前以降とそれに先立つ約7千−3万年前にあった2つの断層活動の存在が指摘された。前者の断層活動は、変位量が小さいこと、それによる断層の変形構造が複雑でないことから、1回の活動を意味すると考えられる。後者の断層活動は、それ以降の累積変位量が前者のほぼ2倍になっていることから、その一つ前の活動にあたるとみなすことができる。北湯口B地点で見いだされた4千5百年前頃の断層活動は、北湯口A地点から続く同じ変動崖の形成に関与するものであるので、北湯口A地点で約7千年前以降とされた断層活動に対比できると考えられる。
 以上から、北湯口地点で明らかとなった4千5百年前頃の断層活動と、約7千−3万年前にあった断層活動をもって、本断層帯の最新活動及びその一つ前の活動と考えることにした。しかし、この結果は、本断層帯で行われた限られたトレンチ調査結果に基づいて得られたものであり、また、後述するように、北湯口トレンチ調査地点の東方には撓曲崖状の地形が存在する。したがって、L面相当面が2回以上の断層活動を経験している可能性もあるので、L面相当面形成(2−3万年前)以後の断層活動が2回だけということについての信頼度は低い。

a)浦田地点

 浦田地点(図7、8)では、粟田(1988)により段丘を開析する谷の谷底部に2つのトレンチ(Y、Zトレンチ)が掘削され、志和層(中・下部更新統:A層)・段丘堆積物(B層)及びそれを覆う地層群(C−H層)・腐植土層(I層)とそれらの一部を変位させる断層(Y1、Y2、Z1、Z2断層)が露出した。Y2断層とZ2断層はともにE層の一部まで切断し、ずらしている。Yトレンチ南壁面では、Y2断層はI層によって直接覆われていることから、E層堆積期以降でI層形成前に少なくとも1回の断層活動があったと考えられる。I層について2つの年代測定結果があるが、数値的に大幅に異なることから、Y2、Z2断層の直上部のI層基底部の年代は決められない。E層基底部及びそれより下位の地層の形成年代を推定する資料は全くないので、いずれにしてもこの断層活動の発生時期を詳しく特定することはできない。
 Zトレンチ北壁面で認められたZ1断層は、C層の一部にA層が乗り上げる逆断層であるが、C層を覆うE層及びそれより上位の地層群を切断してずらしたり、また、これらに変形を与えたりしていない。よって、C層堆積期以降、E層堆積前に、より古い断層活動があったと考えられる。この断層活動の発生時期についても、E層を覆うF層の年代測定結果から約9千年前以前と推定されるが、これ以外に関係する年代資料がないため、詳しく特定することができない。

b)松林寺地点

 松林寺地点(図9)では、岩手県(1998)によりL面相当面上に発達する撓曲崖部にトレンチが掘削され、3万年前頃及びそれ以降に堆積した地層群(下位よりC、B、A層)と、その一部を変位させる断層が露出した。北壁面で観察された断層は、C層とB層の一部を上下にずらし、かつ、B層上部を撓曲させている。これを覆うA層は緩く東へ傾いているが、断層の上方延長部でずれたり撓曲したりしていないので、ここでは、B層堆積後、A層形成前の間に少なくとも1回の断層活動があったと考えられる。南壁面でも、東へやや強く傾斜するC−B層にA層がアバットしており、これと調和的な構造が認められる。C−B層及びA層下部に関する年代測定結果から、この断層活動は約9千−3万3千年前にあったと推定される。

c)北湯口地点

 L面相当面上に発達する撓曲崖基部で、渡辺ほか(1994)と岩手県(1996)が、それぞれ北湯口A地点と北湯口B地点とでトレンチ調査を実施している。この2つのトレンチ掘削地点は、南北に約80m離れている。

@北湯口A地点

 北湯口A地点(図10)では、3万6千年前頃以降に形成された地層群(下位よりW、Vd−a、Ud−a、T層)と、それらのほぼすべてを変位させている西傾斜の逆断層群(F1−3)が露出した。北壁面で、F1断層は少なくともUb層までを撓曲変形させている。このUb層までを変形させた断層活動は、下位のUc層の14C年代値に基づき、約7千年前以降にあったと考えられる
 南壁面では、F1断層の上盤側で著しく撓曲変形したW−Vc層をUd層以上が傾斜不整合をつくって覆っていることから、Ud層堆積前でVc層堆積後の時期に、より古い別の断層活動があったと考えられる。この断層活動の発生年代については、Uc層及びVc層の14C年代値に基づき約7千−3万年前と推定される。
 なお、本トレンチでは、W−Vc層の地層群は、F1断層の上盤側で同じように撓曲変形しており、それらの間に変形度の著しい違いや傾斜不整合が認められないことから、少なくとも上記のもの以外の断層活動でずれ動いたことはないと考えられる。図10では、U層の上下変位量は約0.8m、W層上面のそれはそのほぼ2倍にあたる約1.5mとされている。Uc層以上は、断層活動による変形の程度が弱く、複雑な変形・断裂構造も有していない上、その変位量もこのようにごく小さいので、Uc層以上の地層が経験した断層活動は1回のみであったと考えられる。一方、W−Vc層については、その変位量が同程度であり、かつその値はUc層以上の地層の約2倍となっている。したがって、W−Vc層の堆積中には断層活動がなく、その後に2回の活動があったとした前述の判断は、活動時の変位量が毎回同じであると仮定すれば、変位量の大きさ分布からも支持される。なお、この断層活動がなかった期間は、14C年代値に基づくと約3万−3万6千年前となる。

A北湯口B地点

 北湯口B地点(図11、12)では、トレンチの壁面に4万年前頃以降に形成された地層群(下位よりE−D、C2、C1、B2、B1、AL3−AL1層)と、それらの多くを切断してずらせる西傾斜の逆断層が露出した。南壁面(図11)では、断層はB2層の一部まで切断し、この層全体を東向きに撓曲させている。北壁面(図12)では、断層及びこれにより食い違った地層群を削り込んで作られた遺構(花巻市教育委員会によれば、縄文前期のフラスコ型ピット(岩手県、1996))が見いだされたが、この遺構及びそれを埋積するAL3層は、本断層の直上に位置するにもかかわらず、ずれていない。よって、ここではB2層堆積後で遺構形成前及びAL3層堆積前の間に、最も新しい断層活動があったと考えられる。
 遺構を埋積するAL3層の14C年代(約4千1百年前、及び約5千年前)と、縄文前期とされる遺構の年代とは必ずしも対応していない。形態から判断されたと考えられる遺構の年代よりはAL3層の14C年代を重視することにし、最新活動の時期をおよそ4千5百年前頃と考えた。断層による切断、撓曲を受けたB2層については、約3千年前を示す14C年代測定結果と約4千3百年前を示す再測定結果があるが、より調和的な値を示す後者を重視した。しかし、この値も断層を覆っているAL3層の年代と逆転している。よって、本断層活動の推定年代についての信頼度は、高いとは言えない。
 本断層によるE層の食い違い量は、上位のB2層やC1、C2層のそれに比べると明らかに大きいので、下位のE層などはさらに古い断層活動を経験している可能性も考えられる。しかし、そのような断層活動があったとしても、その発生層位を特定する確かな証拠はここでは見いだせない。

d)胆沢地点

 岩手県(1998)は、胆沢川右岸部で本断層帯によるL面相当面及びそれより下位のL'面、A面の変位を認め、L'面構成物中より採取した試料が約8千年前の14C年代を示すことを報告している。この資料から、胆沢川右岸部では、本断層帯の活動が約8千年前以降にあったと考えられる。

(3)1回の変位量(ずれの量) (注7)

 渡辺ほか(1994)及び岩手県(1996)がトレンチ調査を実施した北湯口地点では、L面相当面は幅200m程度にわたって撓曲している。この撓曲部全体におけるL面相当面の上下変位量は、岩手県(1996)によると4.5mである。渡辺ほか(1994)により、この変位量は2回の断層活動で生じたと考えられるので、活動時の変位量が毎回同じと仮定すると、2.3mがここでの1回の上下変位量となる。岩手県(2000)は、これらトレンチ調査地点から東方(平野側)に約200m離れた付近で、同じL面相当面上に別の撓曲崖状の地形が認められるとしている。これも上記の2回の断層活動で生じたものと考えると、1回の上下変位量は2.3mより大きい可能性がある。北湯口地点から北に約3km離れた松林寺地点では、L面相当面が約9.5m上下に変位している(図6、岩手県;1998)。この地形面は、その形成年代が北湯口地点のL面相当面のそれとほぼ同じである(岩手県、1998)ことから、北湯口地点と同様に2回の断層活動を経験しているとすると、ここでは、1回の上下変位量は約4.8mとなる。
 以上の検討結果に基づき、松林寺地点で導かれた約4.8mをもって本断層帯における活動1回の上下変位量と考えることにした。しかし、この結果は、わずかな地点の限られた資料によるものであることに留意する必要がある。岩手県(2000)が指摘した北湯口トレンチ調査地点東方における別の撓曲崖状地形の存在は、L面相当面が2回より多い断層活動を経験していることを示唆するものでもあり、1回の上下変位量が約4.8mをかなり下回ることもあり得る。

(4)活動間隔

 本断層帯では最新活動が4千5百年前頃、その一つ前の活動が約7千−3万年前にあった可能性がある。両者の間隔は2千5百−2万6千年となる。北湯口地点(渡辺ほか、1994)のトレンチでは、上述したように、少なくとも約3万−3万6千年前には断層活動がなかったことを示す資料が得られている。本断層帯全体においても、約3万−3万6千年前に断層活動がなかったと仮定すると、もう一つ前の断層活動は約3万6千年前以前にあったことになる。そこで、これを本断層帯における最新活動から二つ前の活動であるとすると、本断層帯では、最新活動とその二つ前の活動が3万2千年以上の間隔で起こったことになり、この間における断層活動の平均間隔は1万6千年以上となる。
 以上から、本断層帯の平均活動間隔については、1万6千−2万6千年の可能性があると考えた。

(5)活動区間

 本断層帯の活動区間を検討するための資料はない。

(6)先史時代・歴史時代の活動

 北上低地西縁断層帯周辺では、歴史時代の被害地震の記録や地震考古学上の知見は知られていない。1678年、1717年に花巻地方に被害をもたらした地震の記録があるが、この断層帯から発生した可能性のある地震の記述はない(宇佐美、1996)。

(7)測地観測結果

 明治から約百年間の測地測量結果から求めた水平歪を見ると、広域的にはこの地域では北上低地帯を境に東側は北東−南西方向の伸び、西側は東西方向の圧縮歪みが卓越している。この断層帯を挟む狭い領域での1年間のGPS観測結果からは東西方向の縮みが見られる。

(8)地震観測結果

 北上低地西縁断層帯に沿って、全体的にみて活発な地震活動が見られるわけではない。ただし、断層帯周辺では、北部にまとまった微小地震活動があり、南部にはいくつかの小さなクラスター的な微小地震活動がある。これらの地震発生層の下限は、およそ15kmと推定される。また、1926年からのM4以上の地震活動を見る限り、この断層帯に沿った地震は1943年のM4.8の地震だけである。

2−3 断層帯の将来の活動

(1)活動区間と地震の規模

本断層帯の活動区間に関しては、その検討のための基礎資料が整っていないので、断層帯全体を一つの活動区間とすると、経験式(1)により本断層帯(長さ62km)から発生する地震の規模は、マグニチュード7.8となる。また、断層活動1回の上下変位量が4.8mであることから、経験式(2)により地震の規模を求めると、マグニチュード7.8となり、経験式(1)から導かれたものとほぼ同じ値を示す。
 これらのことから、本断層帯で発生する地震は、マグニチュード7.8程度の可能性がある。
 用いた経験式は次の式である(松田、1975、1990)。Lは1回の地震で活動する断層の長さ(km)、Dはその時の変位量(m)、Mはその時のマグニチュードである。

  (1) M=(logL+2.9)/0.6
  (2) M=(logD+4.0)/0.6

 上記のような地震が発生した場合、松林寺地点及び北湯口地点の調査結果に基づくと、西側隆起で5m程度の段差や撓みを伴う変位が生ずる可能性がある。

(2)地震発生の可能性

 以上のように、本断層帯で得られた資料によると、平均活動間隔は1万6千−2万6千年、最新の活動以後の経過時間は約4千5百年である。これによれば、平均活動間隔に対する現在における地震後経過率は0.2−0.3となる。また、信頼度の低い平均活動間隔と最新活動時期を用いた計算であることに留意する必要があるが、地震調査研究推進本部地震調査委員会(2001)に示された手法(BPT分布モデル、α=0.24)によると、今後30年以内、50年以内、100年以内、300年以内の地震発生確率はいずれもほぼ0%、また、現在までの集積確率はほぼ0%となる(表3)。表3に、これらの確率値の参考指標(地震調査研究推進本部地震調査委員会長期評価部会(1999))を示す。

2−4 今後に向けて

 北上低地西縁断層帯について検討した結果、これまでの調査研究により、その活断層帯としての分布形態や変位様式、さらにトレンチ調査などによって近い過去に活動を繰り返していることが具体的に確かめられ、その新しい活動は完新世に起こっていることが明らかとなっている。しかし、現状では、本断層帯の将来の活動性や活動時の姿を明確にすることは、基礎資料の不足により難しい側面がある。最新活動の時期や1回の活動におけるずれの量、活動間隔などを精度高く求め、活動区間を正確に見定めるための調査研究を継続して行う必要がある。

注7 「変位」を、1頁の本文及び4、5頁の表1では、一般的にわかりやすいように「ずれ」という言葉で表現している。ここでは、専門用語である「変位」が本文や表1の「ずれ」に対応するものであることを示すため、両者を併記した。以下、文章の中では「変位」を用いる。なお、活断層の専門用語では、「変位」は切断を伴う「ずれの成分」と、切断を伴わない「撓みの成分」よりなる。

注8 「L面相当段丘面」及び「L面相当面」とは、最終氷期最寒冷期頃及びそれ以降に形成された地形面群を総称したもの。

注9 10,000年BPよりも新しい炭素同位体年代については、Niklaus(1991)に基づいて暦年補正した値を用いた。また、10,000年BP−45,000年BPの炭素同位体年代については、Kitagawa and van der Plicht(1998)のデータに基づいて暦年補正した値を用いた。


文 献

粟田泰夫(1988):1983年盛岡断層群・浦田断層(浦田地区)トレンチ調査. 活断層研究, 5, 3-28.

Fujiwara, K.(1959):Geomorphological development of the Kitakami Valley. Sci. Rep. Tohoku Univ., Ser.7, 8, 8-38.

早川典久(1951):岩手縣奥羽山地東縁部の地體構造に関する一考察. 岩石鉱物鉱床学会誌, 35.140-145. 

平田 直・佐藤比呂志・岩崎貴哉・蔵下英司(1999):反射法地震探査からみた奥羽脊梁山地の地殻構造. 月刊地球, 号外, 27, 39-43.

岩手県(1996):「平成7年度地震調査研究交付金 雫石盆地西縁断層帯,花巻断層帯及び北上西断層帯に関する調査 成果報告書」. 174p.

岩手県(1997):「平成8年度地震調査研究交付金 北上低地西縁断層帯に関する調査 成果報告書」. 74p.

岩手県(1998):「平成9年度地震関係基礎調査交付金 北上低地西縁断層帯に関する調査 成果報告書」. 60p.

岩手県(2000):「岩手の活断層」. 25p.

地震調査研究推進本部地震調査委員会(2001):「長期的な地震発生確率の評価手法について」. 46p.

地震調査研究推進本部地震調査委員会長期評価部会(1999):(改訂試案)「長期的な地震発生確率の評価手法について」. 74p.

金子史朗(1955):盛岡断層群に就いて. 地理学評論, 28, 192-198.

Kitagawa, H. and van der Plicht, J.(1998):Atmospheric radiocarbon calibration to 45,000yrB.P.:Late Glacial fluctuations and cosmogenic isotope production. Science, 279, 1187-1190.

活断層研究会(1980):「日本の活断層−分布図と資料−」. 東京大学出版会, 363p.

活断層研究会(1991):「新編日本の活断層−分布図と資料−」. 東京大学出版会, 437p.

蔵下英司・越谷 信・佐藤比呂志(1999):反射法地震探査から見た北上低地西縁断層帯系の浅層構造. 月刊地球, 号外, 27, 44-47.

松田時彦(1975):活断層から発生する地震の規模と周期について. 地震, 第2輯, 28, 269-283.

松田時彦(1990):最大地震規模による日本列島の地震分帯図. 地震研究所彙報, 65, 289-319.

宮城豊彦(1975):北上河谷上流部西縁,志波構造線に沿う第四紀後期の地殻変動. 東北地理, 27, 176-186.

Nakata, T.(1976):Quaternary Tectonic Movements in Central Tohoku District, North-east Japan. Sci. Rep. Tohoku Univ., Ser.7, 26, 213-239.

Niklaus, T. R.(1991):CalibETH version 1.5, ETH Zurich, 2disketts and manual, 151p.

宇佐美龍夫(1996):「新編日本被害地震総覧[増補改訂版416-1995]」. 東京大学出版会, 493p.

渡辺満久(1989):北上低地帯の分化様式と断層運動. 地理学評論, 62A, 734-749.

Watanabe, M. (1989):Complementary Distributions of Active Faults and Quaternary Volcanoes, and Tectonic Movements, along the Volcanic Front of Northeast Japan. Bull.Dep. Geogr. Univ. of Tokyo, 21, 37-74.

渡辺満久(1991):北上低地帯における河成段丘面の編年および後期更新世における岩屑供給.第四紀研究, 30, 19-42.

渡辺満久・池田安隆・鈴木康弘・須貝俊彦(1994):北上低地西縁の古地震と断層構造−花巻西方,上平断層群のトレンチ調査−, 地理学評論, 67A, 393-403.

表3 地震発生確率及び参考指標

注10 評価時点はすべて2001年1月1日現在。「ほぼ0%」は10-3%未満の確率値を、「ほぼ0」は10-5未満の数値を示す。なお、計算に用いた平均活動間隔と最新活動時期の信頼度は低い(△)ことに留意されたい。
指標(1)経過年数 : 当該活断層があることによって大地震発生の危険率(1年間当たりに発生する回数)は最新活動(地震発生)時期からの時間の経過とともに大きくなる(ここではBPT分布モデルを適用した場合を考える。)。一方、最新活動の時期が把握されていない場合には、大地震発生の危険率は、時間によらず一定と考えざるを得ない(ポアソン過程を適用した場合にあたる。)。この指標は、BPT分布モデルによる危険率が、ポアソン過程を適用した場合の危険率の値を超えた後の経過年数である。マイナスの値は、前者が後者に達していないことを示す。後者の危険率は1万6千分の1(0.00006)回−2万6千分の1(0.00004)回であり、時間によらず一定である。前者は現在ほぼ0回であり、時間とともに増加して、後者の回数に達するには今後6千7百年−1万4千年を要することになる。
指標(1)比 : 最新活動(地震発生)時期から評価時点までの経過時間をAとし、BPT分布モデルによる危険率がポアソン過程とした場合のそれを超えるまでの時間をBとする。前者を後者で割った値(A/B)。
指標(2): BPT分布モデルによる場合と、ポアソン過程とした場合の評価時点での危険率の比。
指標(3): 評価時点での集積確率(前回の地震発生から評価時点までに地震が発生しているはずの確率)。
指標(4): 評価時点以後30年以内の地震発生確率をBPT分布モデルでとりうる最大の確率の値で割った値。
指標(5): ポアソン過程を適用した場合の危険率(1年間あたりの地震発生回数)。