平成13年1月10日
地震調査研究推進本部
地震調査委員会

岐阜−一宮断層帯の評価


 岐阜−一宮断層帯は,濃尾平野のほぼ中央部を北北西−南南東方向に延びる伏在(ふくざい)活断層とされている。ここでは、平成9年度に愛知県が実施した反射法弾性波探査をはじめ,これまで行われた調査研究の成果に基づいて,この断層帯を次のように評価した。
 
活断層の存在
 岐阜−一宮断層帯は,岐阜県岐阜市付近から愛知県名古屋市北西方に至る長さ32kmの伏在活断層とされてきた。しかし,この断層帯が通過するとされる地域のボーリング資料とその地域を横切る反射法弾性波探査資料とを検討した結果,その地域の新第三紀後期層−第四紀層に断層の活動を示すずれや撓(たわ)みは認められない。また,この断層帯が通過するとされる地域の地表にも断層の活動を示すずれや撓(たわ)みは認められない。
 以上のことから,岐阜−一宮断層帯は活断層ではないと判断される。


(説明)

(1)岐阜−一宮断層帯に関するこれまでの主な調査研究
 岐阜−一宮断層帯は,岐阜県岐阜市付近から愛知県一宮市を経て名古屋市北西方まで延びる伏在活断層とされており,主に1891年の濃尾地震による被害集中域の分布及び地殻変動の特徴と,地下地質資料からその存在が推定されてきた。
 木沢・山羽(1891)及び片山(1893)は,1891年の濃尾地震による顕著な線状の被害集中域の一つとして,岐阜市付近から名古屋市付近まで延びる「第2震裂波動線」を記載した。また,杉崎・柴田(1961)は,ボーリング資料の解析から,この「波動線」付近に,第四紀の後期更新世の熱田層中に挟まれる軽石層を約5m東上がりに変位させる北北西−南南東走向の「一宮−稲沢断層」を推定し,中期更新世末の第二礫層上限の分布高度にも東上がりの不連続を図示した。さらに,村松(1963)は,「第2震裂波動線」及び「一宮・稲沢断層」が,水準点改測結果により解析された濃尾地震時の隆起域と沈降域の境界線に概ね一致することを明らかにし,これを地震断層の一つと考えた。
 これらのことから,岐阜市付近から一宮市付近を経て名古屋市付近に至る断層があると推定されるようになり,この認識が,「岐阜−一宮断層帯」を1891年の濃尾地震時に活動した断層の一つとする見解を生み出した(井関,1966;横尾ほか,1967;桑原ほか,1972;Mikumo and Ando,1976;岡田,1979;桑原,1985)。活断層研究会(1980,1991)は,この断層を「岐阜−一宮線」と呼び,熱田層及び第二礫層を5−20m北東上がりに変位させる長さ32kmの伏在活断層と推定した(図1及び2)。
 ただし,濃尾地震の地震断層を調査した松田(1974)は,村松(1963)が指摘した上記の隆起と沈降を,温見断層・根尾谷断層及び梅原断層からなる地震断層の左横ずれによる末端隆起現象であると考えた。
 愛知県(1998)は,ボーリング資料をもとに岐阜−一宮線を横切る地質断面図を作成し,断層変位が累積したことを示す証拠は認められないとした。また,愛知県(1998)は,岐阜−一宮線の中部を横切る東西方向の2測線で,反射法弾性波探査を実施した。その結果,地下2000m程度より浅い地層中には,上下方向の累積変位を示す断層及び撓曲(とうきょく)構造は認められないことを明らかにした。ただし,一宮市北西方の測線では,浅部において地層の小規模な不連続が認められるとしている。愛知県(2000)は,岐阜−一宮線の南端部付近において反射法弾性波探査を実施し,断層の存在を明瞭に示すような地質構造はないとしている。
 
(2)岐阜−一宮断層帯の評価結果について
 ここでは,岐阜−一宮断層帯(活断層研究会,1991の岐阜−一宮線)について,1891年の濃尾地震による被害集中域と地殻変動,及び地下地質構造に関する調査研究の成果に基づいて,次のように評価した。
 
○濃尾地震による被害集中域について
 1891年の濃尾地震で,岐阜市から一宮市を経て名古屋市に至る線上に生じたとされる被害集中域の「第2震裂波動線」については,その実態について不明確な点が多い。当時の被害状況を整理分析した村松(1963)及び飯田(1979)の調査結果を見ると,その線上には被害集中域は認められない(図3)。なお,濃尾地震では濃尾平野の一帯に震度6〜7に相当する被害が生じたが,この被害地域は厚い沖積層が分布する地域(桑原,1985)と概ね一致する。
 
○濃尾地震に伴う地殻変動について
 水準点改測結果及び三角点改測結果に基づいた濃尾地震前後の地殻変動データからは,岐阜−一宮断層帯が通過するとされる地域をはさんで1−2m程度の東北東上がりの上下変動が認められる。しかし,この上下変動は東北東−西南西方向に幅15−20kmの範囲で緩やかに生じており,断層や撓曲による変位とは認められない(図4)。また三角点改測結果に基づいた地殻変動データ(測量・地図百年誌編集委員会,1970;Sato, 1973)からは,岐阜−一宮断層帯が通過するとされる地域をはさんで水平変動に大きな変化は認められない。
 なお,Mikumo and Ando(1976)は,岐阜−一宮断層帯が通過するとされる地域に濃尾地震の震源断層のひとつを想定し,その断層面の上端を深さ2kmとするモデルを用いて地殻変動の量を計算している。しかし,Mikumo and Ando(1976)の震源断層モデルによれば幅数km程度の撓曲が生じることになり,観測された幅15−20kmの緩やかな上下変動を十分に説明できない。観測された地殻変動を説明するためには,この地域の震源断層モデルの位置をさらに深くすることも考えられるが,今回の評価では濃尾地震の震源断層について立ち入った検討は行わなかった。
 
○岐阜−一宮断層帯が通過するとされる地域の地下地質構造について
 ボーリング資料に基づいた松澤・桑原(1964)及び桑原(1985)の地質断面図からは,岐阜−一宮断層帯が通過するとされる地域やその周辺には,第四紀の中期更新世以降の地層に断層や撓曲構造は認められない(図5)。
 岐阜−一宮断層帯が通過するとされる地域を横切る反射法弾性波探査は,一宮市北西方の木曽川町付近(木曽川町測線),一宮市付近(一宮測線)及び名古屋市北西方(濃尾平野中部測線)の3測線で実施されている(愛知県,1998,2000)。これらの探査結果によれば,木曽川町測線(図6)及び一宮測線(図7)では,いずれも,新第三紀後期層及び第四紀層が北東側に向かって緩やかに浅くなっている。しかし,それらの地層に断層や撓曲構造は認められない。木曽川町測線においては,広い範囲で地表付近に反射面の不連続が認められるが,これらは深部には続かなくなることから,表層の速度の遅い地層の影響による見かけのものである可能性が大きいと判断した。さらに,濃尾平野中部測線においても,岐阜−一宮断層帯が通過するとされる地域の地下数百m以浅において明瞭な断層や撓曲構造は認められない(図8)。
 
 以上のように,この断層帯が通過するとされる地域では,少なくとも第四紀層には断層や撓曲構造は認められない。したがって,岐阜−一宮断層帯は活断層ではないと判断される。


文献
愛知県(1998):「平成9年度地震関係基礎調査交付金 岐阜−一宮断層帯及び養老−桑名−四日市断層帯に関する調査 成果報告書」.118p.
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片山逸郎(1893):「濃尾震誌」.241p.
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活断層研究会(1991):新編日本の活断層−分布図と資料.東京大学出版会,437p.
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