平成12年8月9日
地震調査研究推進本部
地震調査委員会

元荒川断層帯の評価


 元荒川断層帯は,関東平野中央部,大宮台地の北東縁付近をほぼ北西−南東方向に延びるとされる断層帯である。ここでは,平成3年度から5年度にかけて防災科学技術研究所及び地質調査所が行った反射法弾性波探査,平成7年度に埼玉県が実施した反射法弾性波探査やボーリング調査などをはじめ,これまで行われた調査研究の成果に基づいて,この断層帯を次のように評価した。
 
 
1 活断層の存在
 元荒川断層帯は,主断層である綾瀬川断層とその北東側を並走する数本の推定断層からなる長さ約25km,幅約10kmの断層帯であるとされてきた。
 この断層帯を構成するとされた断層のうち,上尾市付近以北の綾瀬川断層北部については,北東側が低下する累積的変位(古い地層ほどずれ・撓みが大きいこと)が第四紀層に認められ、断層活動が第四紀に繰り返し起こったと考えられることから,活断層であると判断される。綾瀬川断層北部の東側を並走する推定断層群についても,同様にその一部は活断層の可能性がある。しかし,活動時期・活動間隔・平均ずれ速度等については,不明である。
 一方,この断層帯を構成するとされた断層のうち,綾瀬川断層南部及びそれに付随する断層については,累積的変位が第四紀層に認められないことから,活断層ではないと判断される。
 したがって,この断層帯は,上尾市付近を境に北部と南部に分けられ,北部のみが活断層と判断される。
 また,綾瀬川断層の北西方延長部には同様に東側低下の断層が伏在し,その更に北西方に位置する関東平野北西縁断層帯の深谷断層へ続くことから,元荒川断層帯の北部と関東平野北西縁断層帯とは,一連の活断層帯を成している可能性が高い。
 
2 今後に向けて
 この断層帯に関し,南部は活断層ではなく,北部は活断層であると評価したが,北部についてはさらに調査研究を行うとともに,関東平野北西縁断層帯と一連の活断層帯として評価する必要がある。

(説明)

1 元荒川断層帯に関するこれまでの主な調査研究
  清水・堀口(1981)は,主に第四紀後期の地形面や地層の高度分布に基づいて,元荒川断層帯を,大宮台地北東縁近くの綾瀬川断層と,その約10km北東の久喜断層,及びその間の多くの短い線状構造からなる元荒川構造帯として定義した。そしてその南東の延長は下総台地南部へ連続し,北西延長は北西方の深谷断層に続き,さらに高崎南方に延びることを示唆した。活断層研究会(1991)は,綾瀬川断層を含む3本の断層を図示し,それらの活動度はB級ないしB−C級,確実度はU−Vとした(図1)。1:25,000都市圏活断層図(澤ほか,1996)は綾瀬川断層の一部のみを,杉山ほか(1997)は綾瀬川断層とその約1km東方の断層のみをそれぞれ活断層として図示している。
 笠原(1995)は,この断層帯の北部の伊奈町(いなまち)を通る反射法弾性波探査測線(図2のKAN-92)において,褶曲構造の存在を認めた。遠藤ほか(1995,1996)も伊奈町付近とこの断層帯の南部の大宮市北東部−東部の反射法弾性波探査(図2)で,綾瀬川断層とその東側の断層の存在を認めた。
 埼玉県(1996)は,平成7年度に大宮市深作(ふかさく),同市膝子(ひざこ)及び桶川市加納を通る計3測線(図2のA,B,C)で反射法弾性波探査を行い,また,そのうち大宮市の2測線沿いでボーリング調査を実施した。その結果,綾瀬川断層について,深部(150m程度以深の第四紀層)では緩やかな褶曲が認められるが,浅部(100m以浅,大宮地区)には明瞭な変位が認められないとして,綾瀬川断層の最近の活動は20〜30万年前以前と推定した。また,大宮地区での過去300万年−70万年間の平均変位速度はボ−リング資料から千年あたりいずれも5cm以下であり,活動度はC級としている。
 遠藤ほか(1997)は,伊奈町および大宮市で綾瀬川断層などを横断する3測線の浅層反射法弾性波探査を行い,いずれの地域でも地溝状などの変形を見出した。
 
2 元荒川断層帯の評価結果について
 綾瀬川断層北部については,以下のような反射法弾性波探査結果から,それが活断層であると判断された。上尾市北方の伊奈町羽貫(はぬき)付近で防災科学技術研究所(笠原,1995)が行った反射法弾性波探査の結果は,綾瀬川断層の推定通過位置とその約2km東側に,少なくとも下総層群(図3右端のS)までの第四紀層に撓曲として北東側低下の累積的変位を与えている断層の存在を示している(図3)。また,埼玉県(1996)が行った反射法弾性波探査結果によっても,桶川市小針領家(こばりりょうけ)付近の綾瀬川断層の推定通過位置付近(図4)で,北東側低下の撓曲と思われる構造が認められる。地質調査所の探査(遠藤ほか,1996,1997)でも,防災科学技術研究所の探査で認められた断層のうち,東側の断層の約1km北方(図2のTH測線,蓮田市・伊奈町境界付近)で,不明瞭ではあるが少なくとも200ms(深度約150m)以深で変位の累積性を持った撓曲構造が認められる(図5)。
 これらのことから,元荒川断層帯の北部を構成する綾瀬川断層北部は活断層であると判断され,また,その東側を並走する推定断層群についても,その一部は,活断層である可能性がある。
 一方,大宮市以南の綾瀬川断層南部については,以下のように活断層ではないと判断される。
 大宮市深作付近では,堀口・角田(1987)が,段丘面や火山灰層に5.5mの高度差がある可能性を指摘し,澤ほか(1996)も活断層の存在を図示している。遠藤ほか(1995)は,ボーリング調査の結果(図2のOM1,OM2)から,綾瀬川断層沿いの低断層崖状地形を挟んで東側と西側の段丘面は異なる時代の段丘面であり,また,段丘堆積物基底の埋没波食台(約10万年前と推定)には約2mの高度差があるとしている。しかしながら,遠藤ほか(1995)の両ボーリング地点は低断層崖状地形を挟んで約400m離れていることから,この高度差が綾瀬川断層による変位かどうか断定できない。
 また,大宮市深作から膝子付近にかけて行われた反射法弾性波探査結果(図2;遠藤ほか,1995,1996,1997;埼玉県,1996)では,断面図中に変位が認められるとされたが,これらの「変位」は深部でもほぼ同じかむしろ小さくなるため,表層の遅い速度層の影響による見かけのものと考えられ,変位は認められないと判断した(図6,7,8,9)。埼玉県(1996)が深作と膝子付近で行ったボーリングの資料でも深さ100m以浅の地層はほぼ水平によく連続し,断層変位の可能性のある現象は認められない(図10)。
 これらのことから,大宮市以南の綾瀬川断層南部及び付随する断層については活断層はではないと判断される。
 綾瀬川断層以外の断層については,清水・堀口(1981)は段丘面の高度分布や海成層上限の高度差から活断層と認定していたが,段丘面や地層の対比が吟味されておらず,したがってそれらが活断層であるとする根拠に乏しい。
 以上のことから,元荒川断層帯の北部は活断層であると判断される。しかし,南部は,綾瀬川断層南部は活断層ではなく、またその近傍にも活断層は存在しないと判断され,さらにそれ以外の部分についても活断層が存在する可能性は低いと判断される。
 綾瀬川断層の北西方延長約15−25kmには深谷断層がある(活断層研究会,1991;杉山ほか,2000)(図11)。両断層間で行われた反射法弾性波探査(稲崎ほか,1988;笠原,1996;山口ほか,1997,1998;井川ほか,1998)によると,吹上町(ふきあげまち)や荒川の熊谷大橋付近でも荒川付近以西の明瞭な東側低下の地層の傾斜が以東でほぼ水平になり断層の存在が推定できる(図12)。この構造は,深谷断層のもの(山口ほか,1996)とよく似ている。したがって,綾瀬川断層北部は,従来知られていたよりもさらに北西方に伏在断層として延び,深谷断層と一連の活断層帯を成している可能性が高い。
 
 
文 献
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杉山雄一・須貝俊彦・水野清秀・山崎晴雄・伏島祐一郎・遠藤秀典・山口和雄・伊藤久男・横田 裕(2000):群馬県下における深谷断層の反射法地震探査と深谷断層系=東日本の中央構造線活断層系モデル.地質ニュース,No.546,45-51.
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山口和雄・加野直巳・横田俊之・横倉隆伸・木口 努(1996):反射法地震探査で見た埼玉県櫛挽地域の地下構造.地震2,49,327-335.
山口和雄・横倉隆伸・加野直巳・木口 努・中島善人・大滝壽樹・佐藤比呂志(1998):埼玉県吉見丘陵付近の反射法探査.地震学会1998年度秋季大会講演予稿集,A49.