3.地震調査委員会における長期評価

(1)地震調査研究推進本部
  地震防災対策の強化を図ることなどを目的として平成7年に施行された地震防災対策特別措置法によって、総理府に地震調査研究推進本部が設置されています。同本部の本部長は科学技術庁長官であり、本部員は関係行政機関の職員から任命されます。現在、内閣官房副長官(事務)及び関係省庁の事務次官が本部員に発令されています。同本部が行うべき仕事は5項目あり、それらは@地震に関する観測、測量、調査及び研究について総合的かつ基本的な施策の立案、A地震に関する調査研究予算等の事務の調整、B地震に関する総合的な調査観測計画の策定、C地震に関する調査結果等基づく総合的な評価、D総合的な評価に基づく広報、です。このうち、@〜B及びDの仕事について調査審議するため、関係行政機関の局長等及び学識経験者から構成される政策委員会が置かれています。同本部の仕事の内容、そのなかで長期評価のしめる位置等を整理すると下図のとおりです。
 
地震防災対策特別措置法:地震防災対策の強化を図ること等が目的
 └地震調査研究推進本部:次の5項目を実施
   ├@総合的かつ基本的な施策の立案 ┐
   ├A調査研究予算等の事務の調整  ├ 実施方針を政策委員会が調査審議
   ├B総合的な調査観測計画の策定  │
   ├D総合的な評価に基づく広報    ┘
   └C総合的な評価 ─ 関係機関や大学から収集した調査結果に基づいて、
     │        地震調査委員会が実施
     ├現状評価:直近の過去に発生した地震の評価
     │ ├関係機関や大学による調査結果を地震学の知見に照らして評価
     │ └余震の推移を確率で評価
     └長期評価:数十年以上にわたる長期的な観点から地震活動度を評価
       ├地震活動の特徴を抽出:「日本の地震活動」の刊行
       └地震動予測地図の作成:データを手法に適用
         ├地震のデータ:活断層調査及び歴史地震調査による
         │ ├断層別評価 − 発生確率評価手法(=当該試案
         │ │ ├陸域(沿岸海域を含む)の活断層沿いの地震
         │ │ └プレート境界沿いの地震
         │ └面的評価  − 面的評価手法
         │   └Mの小さな地震、頻度の少ない地震、深発地震
         └地下構造のデータ − 地震動評価手法
 
 
(2)地震調査委員会
  同本部のCの仕事に、関係行政機関や大学から地震に関する調査結果等を収集して、整理、分析し、これに基づき総合的な評価を行うこと、が掲げられています。この仕事は同本部に設置されているもう一つの委員会である地震調査委員会が実施します。その委員には、地震活動及びその関連分野の研究を手掛けてきた学識経験者が、全国各地から任命されています。また、地震に関する観測や調査研究を行っている関係行政機関からも委員が任命されています。こうした体制により、地震に関する調査結果等をもれなく収集して、分析することにより、総合的な評価の質の高さを維持しています。
 地震調査委員会は総合的な評価として、現状評価と長期評価を2本の柱に掲げています。前者は直近の過去に発生した地震を、どういう性質のものであったか、あるいは、その周辺の地震活動は今後どうなるか、について調べようとするものです。これに対して後者は、数十年以上にわたる長期的な観点から、将来の全国的な地震活動度を探ろうとするものです。
 
 
(3)現状評価
  地震調査委員会は現状評価のために毎月定例的に会合を開催しています。また、社会的影響の大きな地震活動があった場合には臨時に会合を開催し、その地震がどういう性質であったか、そして今後の地震活動はどうなるかを検討し、総合的な評価をとりまとめています。なお、地震調査研究推進本部ではこれらの評価結果を広報するために、会合終了後にただちに記者会見を開催しています。また、評価結果はインターネット上でも公開しています。さらに、地震防災の最前線にある地方自治体やいわゆる公共機関に向けては、評価結果の広報のための説明会も開催しています。
 地震調査委員会は現状評価に用いるために、大きな地震の後に発生する余震の推移を、確率を用いて評価する手法を検討しました。検討結果は案の段階で公表し、一般からの意見を募集して、検討に反映させました。最終的には平成10年4月に報告書としてとりまとめて発表するとともに、同月から、大きな地震が発生した場合には、現状評価の一環として、余震の推移を確率を用いて表現していくことにしています。
 
 
(4)長期評価
  数十年以上にわたる長期的な観点から、将来の全国的な地震活動度を探るのに先だって、日本全国のこれまでの地震活動の特徴を地域別に把握し、整理しておくことに着手しました。その結果を述べたのが平成9年8月に刊行した報告書「日本の地震活動 −被害地震から見た地域別の特徴−」です。この報告書は防災関係者はじめ、一般にも活用していただくために、政府刊行物センターで販売されました。
 
 
(5)地震動予測地図
  地震調査委員会では、長期的な観点から地震活動度を評価した結果を地震動予測地図で発表することを考えています。この地震動予測は、地震自体の発生の確率的な評価と地震動評価を統合したものです。対象地域に影響を与える可能性のあるすべての地震を考慮に入れて、それぞれの地震が発生した場合の強震動分布と、その地震の発生確率とを、すべての地震について集積して作成します。この予測地図のメッシュは、日本全国を1枚の図で概観する程度の粗さを考えていますが、もっと細かい地域別の予測を必要とする場合もあると考えられます。そうした場合のために、地震調査委員会は上述の予測地図の根拠となるデータ及び手法を公開するとともに、細かい予測地図を作成するために必要となるデータの種類及び評価をするための手法も提示することを考えています。このような予測地図があれば、国土や街を地震に強い作りにすることを検討する際の基礎資料として活用できるでしょう。
 地震動予測地図を作成するために必要となるデータや手法については、次のように考えています。
 
(5.1)地震のデータを得るための調査
  長期評価を行うためには、近代的な地震観測が始まる以前の、古い時代の地震のデータも必要です。そのためには活断層の調査と歴史地震の調査が必要になります。前者では、活断層に沿って地面に実際に溝を掘ったりすること等により、有史以前も含めて、活動履歴や活動度等を調べます。後者では古文書を調べて歴史時代における地震の震源の位置やマグニチュードの大きさを調べます。このためには、古文書に記載されている地震被害が、沖合いの海溝(プレート境界)沿いの地震によるものか、陸域の活断層が活動した地震によるものか、あるいは深い所に起こった地震によるものか、などを判断することが重要になってきます。
 
(5.2)断層別評価とその手法
  陸域(沿岸海域を含む)の活断層の活動による地震については、同時に活動する区間についての情報、その区間における活動の時間間隔の平均値、最も最近の活動時期などがデータとして必要です。これらのデータが十分でない場合は、活断層の長期的な平均ずれ速度(平均変位速度)、活動1回あたりのずれの量を用いることができます。沖合のプレート境界に起きる地震についても、概ね同様です。
 地震動予測地図を作成する際には、これらのデータを使って、まず、各区間の活動の可能性を確率で見積もることが必要になります。試案で述べているのはまさにこの手法であり、活動の時間間隔の平均値及び最も最近の活動時期のデータを用いて、更新過程から、今後数十年間に活動する可能性を確率で求める手法を述べてあります。試案ではまた、長期的な平均ずれ速度、活動1回あたりのずれの量、及び最新の活動時期のデータを用いて、時間予測モデルを利用して確率を求める手法も述べてあります。
 
(5.3)面的評価
  浅い地震でもマグニチュード6程度以下であれば、地表に活断層としての痕跡を残すことはほとんどありませんが、それでも被害が生じます。また、活動の頻度の小さい地震は、活動した時に地表に出来た痕跡が失われている場合があります。さらに、地下深く沈み込んだプレートの内部で起きる深発地震は規模がいくら大きくても、地形にはその痕跡は残りません。こうした地震については、よく起きる地域とそうでない地域があることが知られています。例えば、活断層が密度高く分布している地域では、そうでない地域に比べて、比較的大きな浅発地震が起きやすいことが知られています。また、やや深発地震あるいは深発地震は限られた地域の限られた深さにしか起きないこともわかっています。地震動予測地図を作成するうえにおいて、これらの地震の評価は断層別の評価を補充するものとなります。これらの地震の評価を、ここでは仮に面的評価と呼んでおきます。予測地図の作成において、このような地震を評価することは重要ですが、その手法は今後の課題です。
 
 なお、長期評価のためには上述のほかにも、測地学的な観測の結果やその他の最新の地震学の知見も考慮することが望まれますが、これも将来の課題です。
 
(5.4)地下構造のデータと強震動評価手法
  地震の震源域とマグニチュードが与えられた時に、震央周辺の強震動の分布を求める手法は、学界においてすでにいくつかの方法が提案されています。現在、地震調査委員会ではそれらの手法のレビューの準備を進めているところです。この手法を適用するためには、地下構造のデータも必要になります。地下構造のデータはすでに調査されているものや、今後調査されるものを、関係機関、各種団体の協力を得て使用していきたいと考えています。
 
 
(6)評価結果の利用
  市民や企業等の団体は、自らが住んでいる場所、あるいはこれから施設を作ることを検討している場所における将来の強震動の大きさ(加速度や震度等)及びその時期に関心があると考えられます。まず、強震動の大きさを予測するためには個別の活断層(プレート境界も含む)が活動したときの震源域の広がりとずれの大きさについての情報が必要です。これらを用いて、強震動の地域分布を予測することができます。また、地震防災対策を実行する政府や地方自治体は、予測された強震動分布を実際の街の建築物や道路等の条件にあてはめて、被害を予測することができます。次に、将来の活動時期についての評価は、そのような強震動(及び災害)の発生時期がどの程度近づいているかを示していますので、地震対策を迅速に実行すべきか、それとも時間的に余裕があるのかを判断する際に利用できます。
 上で述べた強震動分布の予測、被害の予測、及び発生時期の評価は、個々の活断層について行うだけでなく、関心のある地域に影響を及ぼす活断層すべてについて行う必要があります。さらに面的評価も加えることにより、地震動予測地図及びそれに基づく被害予測地図を作成することができます。
 
 こうして作成された地震動予測地図には、ある程度の不確実性が残ることが懸念されます。この不確実性の程度については、十分な説明を行い、限界を越えて使用されないように配慮する必要があると考えています。将来、精度の高い予測地図が地域的にも細かく作成できた場合には、土地利用計画の策定、重要構造物の立地場所の検討、それらの耐震基準の設定など、地震防災対策への活用が期待できます。さらに、被害の予測と組み合わせて、地震防災対策を実施する際の重点地域の検討、保険の掛率の算出などのための基礎資料とすることも可能になるでしょう。
 
 個別の活断層の評価結果及び地震動予測地図は、地震学や地質学等の地震現象を扱う地球科学が、現在の到達点において最大限可能な社会還元のひとつであると位置づけられます。地震による被害の防止・軽減は、地震調査研究のみによってなしとげられるものではなく、広範な分野の協力が必要です。地震動予測地図を作成するにあたっては、それを利用する側と情報を交換しながら、地震学等の現在の到達点も考慮に入れて、利用者の要望に応えられる形式で表現するように努めていきたいと考えています。

 

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