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  1. 地震・津波の提供情報
  2. コラム
  3. 災害に強い次世代を育む

(広報誌「地震本部ニュース」平成22年(2010年)9月号)




 ティロンティロン!ティロンティロン!「15、14、13、…3、2、1」 ガシャンガシャン!ガシャンガシャン!……静寂。

 さて、これは何の授業でしょう?

 上述は板橋区立高島第一小学校(校長 矢崎良明)で実施されている地震時避難訓練のようすです。児童たちは、緊急地震速報の警報音と同時に、すぐさま身の安全が確保できる場所を探して身を寄せます。地震が起きた時、いつも机の下に隠れられる状況にあるとは限りません。5月の避難訓練では普通教室で、7月には音楽室で、11月には掃除の時間に行うことで、徐々に応用力をつけていくことができます。
 地震災害に特徴的なのは、全くの予告なしに発生し、その被害が発生直後に集中することです。したがって、被害軽減のために注目すべきは、平時の備えと発生直後の各人のアクションになります。緊急地震速報を使った避難訓練では、徐々に難しいシチュエーションを想定したり、揺れが来るまでの時間を変えたりすることで、この力を養うことができます。


 先述の避難訓練は通年で実施しますが、秋には緊急地震速報のしくみを理解する実験を行い、両者を結びつけました。写真に示した実験装置は、60個の錘おもりがバネでつなげられた、全長が12mになる教材です( 写真1)。このラインと平行に錘を引っ張ればP波を、垂直方向に引っ張ればS波を発生させることができます。波動の伝搬を可視化して、P波とS波の違いを観察し、S波の到達がいつもP波に遅れることを利用して緊急地震速報が活用されていることを学ぶことができます。
 装置の左側に並んでいる児童にはPカードを、右側の児童にはSカードを渡し、目の前にそれぞれの波が来た時にカードを上げてもらいます。児童らによる綺麗なウェーブができます。最初のPカードを上げた児童が「来るぞ!」と言ってくれれば、みんな自分のカードを上げる前に、波、すなわち揺れが来ることがわかります。これを日本列島の規模でやっているのが緊急地震速報です。


 モデル校の高島第一小学校は『首都直下地震防災・減災特別プロジェクト』の地震計設置校です。この地震計が記録するデータは、インターネットを介して、ほぼリアルタイムで見ることができます。そこで、地震計近くの校舎の壁をスクリーンに見立て、児童が起こした揺れを投影して、波形を観察する授業を行いました。児童たちをいくつかのグループに分け、一番大きな波形を起こせるのはどのチームかを競います(写真2)。高くジャンプするよりも、決められた範囲内でなるべく地震計に近づき、みんなの着地を揃えることが大きな波形を作るポイントです。地下20mにある地震計から20mほど離れた枠の中で6年生10名のグループがジャンプをすると、概ね0.1gal程度の加速度が得られます。理科室に戻って、最大加速度を出したチームを表彰するとともに、この地震計に記録された岩手・宮城内陸地震の波形を見せました。
 ジャンプによる0.1galのスパイク波形に比べて、最大で10gal程度にもなって数分間続く地震波形は、地震エネルギーの大きさを物語っています。スケールをそろえて見せることで地震エネルギーがいかに大きいか、一層のリアリティが出てきます。児童らのジャンプをA4で印刷すれば、岩手・宮城内陸地震の高島第一小学校での観測波形記録にはA0プロッターでの印刷が必要になるのです(図1)。こんな地震が起きたらどうしよう? 自然と「地震への備え」のディスカッションとなりました。

    


 なぜ防災は、多くの場合、一部の熱心な人たちの間だけで担われているのだろうか。防災教育に携わる中で、私はどこか客観的にこの現象を認識せずにはいられませんでした。首都圏など、大きな地震災害が数十年にわたって起きていない地域における地震防災教育では、まずその必要性を理解してもらうことに労力を割かねばなりません。経済的な不況の中で、そもそも一生のうちで被災するかどうかもわからない大地震に備えてくれ、というのは現実的にはなかなか説得力を持たないものです。結果的に、関心のあるごく一部の人や機関だけが担い手となっているというのは避けがたい状況であり、地震防災の抱える根本的な弱点なのかもしれません。
 加えて、全国の教育機関が長年にわたり実施している伝統的な避難訓練の存在が、新しい防災教育の出現あるいは普及を妨げているのではないでしょうか。現行の避難訓練の効果を計るのは、測定方法が開発されていないことや発災のタイミングなどに大きく依存することを考えれば、ほとんど不可能でしょう。安全教育以外にも、教育問題や家庭問題への対応などの渦中に置かれる学校に、わざわざ現行の地震防災教育を変える必然性を感じてもらうというのは無理なのではないか。そう考えるようになりました。
 ならば気軽に、今ある枠組みの中で、どこでも実施できるミニマムパッケージを作ろう。我々の地震防災教育事業のうちのいくつかは、そう意識して開発されたものです。本事業での取り組みは、秋口には東京大学地震研究所広報アウトリーチ室のウェブサイトから、キッズサイトあるいは教員向けサイトとしてリンクされます。学校で児童がまとまって被災するような事態が起きる前に、できることから取り組んでもらえるよう、これからも防災教育に携わっていきたいと思っています。

(広報誌「地震本部ニュース」平成22年(2010年)9月号)

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