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東北地方太平洋沖地震発生から5年 地震調査研究推進本部地震調査委員長 平田 直

3月11日午後2時46分の衝撃

 2011年東北地方太平洋沖地震が発生した3月11日午後2時46分、私は、霞が関の文部科学省ビルの16階の会議室で、海域で発生する地震の調査観測方法についての議論に参加していた。2時から始まっていた会議の議論が佳境に入ろうとしていた時、2時46分19秒、私を含めた何人かの委員の携帯電話が一斉に鳴った。緊急地震速報の第1報だった。まもなく、カタカタと会議室が音を立て始め、さらにユサユサと揺れ、部屋はミシミシと音を立てて、強い揺れが長い間続いた。机に手をつかなければ身の危険を感じるような、初めて経験する揺れであった。緊急地震速報の最終報では、宮城県沖でマグニチュード(M)8.1の地震が発生し、最大震度6弱が予想されることを告げている。この会議には、地震調査研究推進本部(略称、地震本部)の委員会の委員、地震・防災研究課の課長、気象庁地震火山部の課長など、地震防災担当の専門家が多数出席していた。この会議に出ていた多くの人は、地震本部地震調査委員会が高い確率で発生すると公表していた宮城県沖の大地震がついに起きたのかと思った。しかし、実際にはM9.0の超巨大地震が発生し、戦後最大の地震・津波災害となった東日本大震災がもたらされた。超巨大地震の自然現象としての影響も、東日本大震災も、5年たった今でも続いている。


阪神・淡路大震災から21年

 地震本部は、阪神・淡路大震災を契機に国の特別の機関として発足した。この地震を引き起こしたM 7.3の内陸の大地震は1995年1月7日朝5時半に発生した(図1)。私はこの時、震源から500km離れた西千葉の自宅にいたので、揺れは感じなかった。しかし、朝のテレビにはこの地震によって生じた火災被害の様子が映し出されていた。煙の上がる映像を見た瞬間、大変なことが起きたと分かった。甚大な被害がもたらされた大震災が発生したのである。この震災を教訓に、国民の命と財産を保護するための対策を進めることと、地震に関する調査研究の推進のための体制の整備を目的とした「地震防災対策特別措置法」が1995年6月に制定された。この法律に基づいて、同年7月に地震本部が設置された。昨年には、地震本部設立20周年を記念してシンポジウムも開かれ、地震本部の歩みが総括された。阪神・淡路大震災の教訓は、内陸のM7程度の地震は日本のどこでも起こる可能性があって、それに備えなければならない、ということである。地震活動を具体的に理解するために、日本全体に基盤的な観測網としての高感度地震観測網(Hi-net)とGPS連続観測システム(GEONET)が整備され、活断層の調査が全国で行われた。その成果が、2005年に初めて公表された「全国を概観した地震動予測地図」である。

図1 1995年兵庫県南部地震の震度分布 (気象庁震度データベース)

海域の観測の重要性

 地震本部発足時から、海域で発生する地震の可能性は十分認識されていた。とりわけ東北地方の太平洋沖では過去に繰り返し大地震が発生し、研究も進んでいた。そのため、地震調査委員会は、2000年11月に、宮城県沖でM7.5~8.0の大地震が20年以内に発生する確率は大変高いとする長期的な地震発生の評価を発表していた。2009年1月1日時点の評価では今後30年以内の発生確率は99%であった。
 しかし、この長期評価に比較して、現実に起きた地震の規模ははるかに大きかった(図2)。地震規模を過小評価したのにはいくつか理由があるが、最大の理由は、海溝付近のプレート境界で起きる巨大地震についての知識が不足していたことにある。東北地方太平洋沖のプレート境界が南北400km以上にわたって同時に破壊されることが予想できなかった。その背景には、整備が進んでいた陸域の高精度・稠密な観測網に比べ、海域の観測データが圧倒的に不足していたことがある。
 プレート境界で発生する海域の巨大地震の発生メカニズムは、この20年の研究でかなりよく理解されていた。しかし、基本的なデータが陸上の観測網に基づいていたため、肝心の海域の震源域で進行していたプレート境界の滑りと固着の変化を、東北地方太平洋沖地震の前には的確に把握できなかった。新たに整備されつつある地震・津波観測監視システム(DONET)や日本海溝海底地震津波観測網(S-net)などの海底ケーブルによる地震・津波観測は、この弱点を補うために重要である。次のプレート境界の巨大地震の可能性がある南海トラフでも、フィリピン海プレートの境界での変化を観測データに基づいて把握することが重要である。海底での地殻変動の測定は、プレート境界の状態把握には不可欠だ。

図2 2011年東北地方太平洋沖地震の震度分布(気象庁震度データベース)

次の巨大地震による被害を少なくするために

 日本は地震が多いため、世界的にみても海陸の地震・地殻変動観測網がもっともよく整備されている国である。それでも、海域での観測は不十分である。では、もし十分な観測網があれば、巨大地震の発生は的確に予測できるのであろうか。観測網の整備だけでは、答えは否である。予測の精度を高める努力は惜しんではならないが、自然現象の予測には不確実性が不可避である。不確実性を減らしつつ、不確実な情報を上手に活かすことで、被害を減らすことができる。
 地震本部の役割は、地震・津波災害の被害を減じるために、科学的な知見に基づいて地震発生、地震による強い揺れ、高い津波を予測する調査研究を進めることである。地震・津波の予測で重要なことは、単に、いつ地震が発生するかを示すだけではなく、その揺れや津波被害を減じる方策を考えるのに役立つ情報を提供することである。そのためには、まず科学的な知識とデータの限界を正しく見極めることが大事である。つまり、ここまでは確実に理解できていること、ここからはある程度確信をもって言えるが不確実性も多いこと、ここからは分からないことという区別をつけながら、科学的な知見を災害の軽減に役立てる必要があろう。例えば、日本では大きな地震が多く、たいていの人は生きている間に一度は強い揺れや高い津波に襲われる可能性は高いという事実は、日本中のどこでも当てはまる確実な知識である。一方、地域ごとの発生確率には多くの不確実性が伴うことも確かである。
 さらに、社会が必要な情報を提供する必要がある。防災対策を行う側からの要請に基づいて、情報を提供することが重要である。つまり、防災対策を進める関係者のニーズに基づいて、調査研究を進める必要がある。例えば、津波高の予測地図は、都道府県毎に地図を作っていては、県境で予測が異なる可能性がある。県境にいる人々にとっては、県ごとに異なる基準で津波高の予測が行われていては不合理である。


おわりに

 1995年阪神・淡路大震災を契機に始まった日本における新たな地震調査研究の歴史は、2011年東日本大震災、とりわけ津波災害を受けて大きな転換点に立っている。今後、南海トラフの巨大地震や首都直下地震など、国の社会・経済に甚大な影響を及ぼす可能性のある大地震が起こるであろう。これに備えるために必要な対策を真剣に考えて、実施していく必要がある。そのために、理学・工学・社会科学を総合した科学的な地震調査研究がますます重要になってくる。


平田 直 平田 直(ひらた・なおし)
東京大学地震研究所地震予知研究センター長・教授。専門は観測地震学。
1982 年東京大学大学院理学系研究科地球物理学専攻博士課程退学。
東京大学理学部助手、千葉大学理学部助教授、東京大学地震研究所助教授、同副所長、同所長を経て現職。2016年4 月より地震調査研究推進本部地震調査委員会委員長。

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