神縄・国府津−松田断層帯の長期評価の一部改訂について

平成21年6月22日
地震調査研究推進本部
地震調査委員会

 地震調査研究推進本部は、「地震調査研究の推進について −地震に関する観測、測量、調査及び研究の推進についての総合的かつ基本的な施策−」(平成11年4月23日)を決定し、この中において、「全国を概観した地震動予測地図」の作成を当面推進すべき地震調査研究の主要な課題とし、また「陸域の浅い地震、あるいは、海溝型地震の発生可能性の長期的な確率評価を行う」とした。
 地震調査委員会では、この決定を踏まえつつ、平成17年4月までに陸域の活断層として、98断層帯の長期評価を行い公表した。

 神縄・国府津−松田断層帯の評価は、上記の施策決定に先行して平成9年8月6日に公表し、その後に得られた知見に基づき、平成17年3月9日に一部改訂版としてとりまとめた
 今回、最近の調査結果により、活動履歴などに関する新たな知見が得られたことから、これを基に評価の見直しを再度行い、一部改訂版としてとりまとめた。また、評価の新旧対比表を付録として巻末に示した。

 評価に用いられたデータは量及び質において一様でなく、そのためにそれぞれの評価の結果についても精粗がある。このため、評価結果の各項目について信頼度を付与している。


平成21年6月22日
地震調査研究推進本部
地震調査委員会

神縄・国府津−松田断層帯の評価(一部改訂)

 神縄・国府津−松田(かんなわ・こうづ−まつだ)断層帯は、丹沢山地南縁から神奈川県小田原市の相模湾岸に至る活断層帯である。ここでは、平成7−8年度に地質調査所(現:産業技術総合研究所)、平成13−15年度に神奈川県、平成19年度に産業技術総合研究所によって行われた調査及び平成14−17年度に大都市大震災軽減化特別プロジェクトの一環として実施された地下構造探査など、これまでに行なわれた調査研究成果に基づいて、この断層帯の諸特性を次のように評価した。

1.断層帯の位置及び形態

 神縄・国府津−松田断層帯は、静岡県駿東(すんとう)郡小山(おやま)町から、神奈川県足柄上郡山北町、松田町、大井町を経て、小田原市に至る断層帯である。長さは約25kmもしくはそれ以上で、屈曲点を境に北西側では東西方向に、南東側では北西−南東方向に延びる。本断層帯は、断層の北−北東側が南−南西側に対して相対的に隆起する逆断層である(図1及び表1)。

2.断層帯の過去の活動

 神縄・国府津−松田断層帯における上下方向のずれの平均的な速度は、約2−3m/千年であったと推定される。また、最新活動時期は12世紀以後、14世紀前半以前(西暦1350年以前)と考えられ、このとき断層近傍の地表面では北−北東側が南−南西側に対して相対的に3m程度高まる段差や撓(たわ)みが生じたと推定される。また、平均活動間隔は約8百−1千3百年と推定される(表1)。

3.断層帯の将来の活動

 神縄・国府津−松田断層帯では、全体が1つの区間として活動する場合、マグニチュード7.5程度の地震が発生する可能性がある。また、その際には断層近傍の地表面では、北−北東側が南−南西側に対して相対的に3m程度高まる段差や撓みが生じると推定される。
 本断層帯の最新活動後の経過率及び将来このような地震が発生する長期確率は表2に示すとおりである。本評価で得られた地震発生の長期確率には幅があるが、その最大値をとると、本断層帯は、今後30年の間に地震が発生する可能性が、我が国の主な活断層の中では高いグループに属することになる(注1)。

4.今後に向けて

 神縄・国府津−松田断層帯では、大都市大震災軽減化特別プロジェクトなどの調査結果により、相模トラフで発生する海溝型地震の想定震源域との関係が指摘されるなど、新たな研究成果が得られてきた。しかしながら、本断層帯の活動がプレート境界で発生する海溝型地震に伴って生じるものであるのか、それとも本断層帯が単独で活動するのかどうかの判断を下すことはできなかった。本断層帯と海溝型地震との関連性については引き続き検討が必要である。また、本断層帯を構成する各断層が同時に活動する範囲についても、周辺に分布する断層との関係も含めて、引き続き検討する必要がある。

※ 神縄・国府津−松田断層帯については、地震調査研究推進本部地震調査委員会(2005)により、それまでに行われた調査研究に基づいた長期評価が公表されているが、産業技術総合研究所(2008)によって行われた補完調査ならびに大都市大震災軽減化特別プロジェクト(平成14−17年度)で実施された地下構造探査などにより得られた新たな知見を反映させるため、今回再評価を行った。


表1 神縄・国府津−松田断層帯の特性
項目 特性   信頼度  
注3
根拠
注4
1.断層帯の位置・形態
(1) 断層帯を構成す
  る断層
神縄(かんなわ)断層、国府津(こうづ)
−松田断層、塩沢断層、松田山山麓断層、
松田北断層、日向(ひなた)断層など
文献4、12による。
(2) 断層帯の位置・
   形状
地表における断層帯の位置・形状
 断層帯の位置
 (北西端) 北緯35°22′東経138°59′
 (屈曲点) 北緯35°21′東経139°09′
 (南東端) 北緯35°17′東経139°13′
 長さ     
  約25kmもしくはそれ以上






文献4、12による。
位置及び長さは図2
から計測。
地下における断層面の位置・形状
 長さ及び上端の位置
   地表での長さ・位置と同じ
 上端の深さ  
   0km
 一般走向
   N80°W   (北西端−屈曲点)
   N35°W   (屈曲点−南東端)

 傾斜
  40°−50°北傾斜
     (北西端−屈曲点;約15km以浅)
  30°−50°北東傾斜
     (屈曲点−南東端;約5km以浅)
 幅
  20km程度(北西端−屈曲点)
  10−15km程度(屈曲点−南東端)


















上端の深さが0kmで
あることから推定。

一般走向は、断層の
北西端、屈曲点及び
南東端を直線で結ん
だ方向(図2参照)。
傾斜は、文献10、11
に示された反射法地
震探査断面から推定。


幅は、文献10、11に
示された反射法地震
探査断面から推定。
(3) 断層のずれの向
   きと種類
 北−北東側隆起の逆断層 文献4−6、8などに
示された地形の特徴
による。
2.断層帯の過去の活動
(1) 平均的なずれの
   速度
 約2−3m/千年(上下成分) 文献2、3、7、13−
16に示された資料か
ら推定。
(2) 過去の活動時期  活動1(最新活動)
  12世紀以後、14世紀前半以前
   (西暦1350年以前)

 活動2(1つ前の活動)
  約2千4百年前以後、1世紀以前
 活動3、4(2つ前、3つ前の活動)
  約4千5百年前以後、約2千6百年前以前







活動時期は、文献2、
3に示された資料から
推定。
(3) 1回のずれの量
   と平均活動間隔
1回のずれの量
  3m程度(上下成分)
平均活動間隔 
  約8百−1千3百年




文献2、13に示された
資料から推定。
過去4回の活動時期
から推定。
(4) 過去の活動区間   断層帯全体で1区間 断層の位置関係、形
状等から推定。
3.断層帯の将来の活動
(1) 将来の活動区間
   及び活動時の地
   震の規模
活動区間  
  断層帯全体で1区間
地震規模    
  マグニチュード7.5程度
ずれの量    
  3m程度(上下成分)






断層の位置関係、形
状等から推定。
断層の長さ、1回のず
れの量から推定。
説明文2.3(1)参照。
過去の活動から推定。


表2 神縄・国府津−松田断層帯の将来の地震発生確率等
項  目   将来の地震発生確率等  
注5
 信頼度 
注6
備  考

地震後経過率 (注7

今後 30 年以内の地震発生確率
今後 50 年以内の地震発生確率
今後 100 年以内の地震発生確率
今後 300 年以内の地震発生確率

集積確率(注8


0.5−1.1

0.2%−16%
0.4%−30%
1%−50%
10%−90%

0.3%−70%
発生確率及び集積確
率は文献1による。

注1: 地震調査委員会の活断層評価では、将来の活動区間が単独で活動した場合の今後30年間の地震発生確率について、次のような相対的な評価を盛り込むこととしている。
今後30年間の地震発生確率(最大値)が3%以上の場合:
「本断層帯は、今後30年の間に地震が発生する可能性が、我が国の主な活断層の中では高いグループに属することになる」
今後30年間の地震発生確率(最大値)が0.1%以上−3%未満の場合:
「本断層帯は、今後30年の間に地震が発生する可能性が、我が国の主な活断層の中ではやや高いグループに属することになる」
 なお、2005年4月時点でひととおり評価を終えた98の主要活断層帯のうち、最新活動時期が判明しており、通常の活断層評価で用いている更新過程(地震の発生確率が時間とともに変動するモデル)により地震発生の長期確率を求めたものについては、将来の活動区間が単独で活動した場合の今後30年間に地震が発生する確率の割合は以下のとおりとなっている。
30年確率の最大値が0.1%未満 : 約半数
30年確率の最大値が0.1%以上−3%未満 : 約1/4
30年確率の最大値が3%以上 : 約1/4
(いずれも2005年4月時点での算定。確率の評価値に幅がある場合はその最大値を採用。)
注2: 1995年兵庫県南部地震、1858年飛越地震及び1847年善光寺地震の地震発生直前における30年確率と集積確率は以下のとおりである。
地震名 活動した活断層 地震発生直前の
30年確率 (%)
地震発生直前の
集積確率 (%)
断層の平均活動
間隔 (千年)
1995年兵庫県南部地震
(M7.3)
六甲・淡路島断層帯主部
淡路島西岸区間
「野島断層を含む区間」
(兵庫県)
0.02%−8% 0.06%−80% 約1.7−約3.5
1858年飛越地震
(M7.0−7.1)
跡津川断層帯
(岐阜県・富山県)
ほぼ0%−13% ほぼ0%−
90%より大
約1.7−約3.6
1847年善光寺地震
(M7.4)
長野盆地西縁断層帯
(長野県)
ほぼ0%−20% ほぼ0%−
90%より大
約0.8−約2.5
「長期的な地震発生確率の評価手法について」(地震調査研究推進本部地震調査委員会,2001)に示されているように、地震発生確率は前回の地震後、十分長い時間が経過しても100%とはならない。その最大値は平均活動間隔に依存し、平均活動間隔が長いほど最大値は小さくなる。平均活動間隔が8百年の場合は30年確率の最大値は28%程度である。
注3: 信頼度は、特性欄に記載されたデ−タの相対的な信頼性を表すもので、記号の意味は次のとおり。
  ◎:高い、○:中程度、△:低い
注4: 文献については、本文末尾に示す以下の文献。
  文献1:地震調査研究推進本部地震調査委員会(2001)
  文献2:神奈川県(2003)
  文献3:神奈川県(2004)
  文献4:活断層研究会編(1991)
  文献5:宮内ほか(2008)
  文献6:宮内ほか(2009)
  文献7:水野ほか(1996)
  文献8:文部科学省研究開発局ほか(2003)
  文献9:文部科学省研究開発局ほか(2004)
  文献10:文部科学省研究開発局ほか(2006)
  文献11:Sato et al.(2005)
  文献12:徐(1995)
  文献13:山崎(1984)
  文献14:山崎ほか(1982)
  文献15:山崎・町田(1981)
  文献16:山崎・水野(1999)
注5: 評価時点はすべて2009年1月1日現在。
注6: 地震後経過率、発生確率及び現在までの集積確率(以下、発生確率等)の信頼度は、評価に用いた信頼できるデータの充足性から、評価の確からしさを相対的にランク分けしたもので、aからdの4段階で表す。各ランクの一般的な意味は次のとおりである。
   a: (信頼度が)高い  b: 中程度  c: やや低い  d: 低い
発生確率等の評価の信頼度は、これらを求めるために使用した過去の活動に関するデータの信頼度に依存する。信頼度ランクの具体的な意味は以下のとおりである。分類の詳細については付表を参照のこと。なお、発生確率等の評価の信頼度は、地震発生の切迫度を表すのではなく、発生確率等の値の確からしさを表すことに注意する必要がある。
発生確率等の評価の信頼度
a: 過去の地震に関する信頼できるデータの充足度が比較的高く、これを用いて求めた発生確率等の値の信頼性が高い。
b: 過去の地震に関する信頼できるデータの充足度が中程度で、これを用いて求めた発生確率等の値の信頼性が中程度。
c: 過去の地震に関する信頼できるデータの充足度が低く、これを用いて求めた発生確率等の値の信頼性がやや低い。
d: 過去の地震に関する信頼できるデータの充足度が非常に低く、これを用いて求めた発生確率等の値の信頼性が低い。このため、今後の新しい知見により値が大きく変わる可能性が高い。または、最新活動時期のデータが得られていないため、現時点における確率値が推定できず、単に長期間の平均値を確率としている。
注7: 最新活動(地震発生)時期から評価時点までの経過時間を、平均活動間隔で割った値。最新の地震発生時期から評価時点までの経過時間が、平均活動間隔に達すると1.0となる。今回評価した数字のうち0.5は659年を1300年で割った値、1.1は908年を800年で割った値である。
注8: 前回の地震発生から評価時点までの間に地震が発生しているはずの確率。


(説明)


1.神縄・国府津−松田断層帯に関するこれまでの主な調査研究

 神縄・国府津−松田(かんなわ・こうづ−まつだ)断層帯を構成する各断層については、大塚(1929,1930)によって国府津−松田断層の存在や特性が記載されて以来、多くの調査・研究が実施されている。例えば、神縄断層系に関しては、津屋(1942)、松島・今永(1968)、杉村(1972)、町田ほか(1975)、星野・長谷(1977)、狩野ほか(1984,1988)、Ito et al.(1989)など、松田北断層と松田山山麓断層に関しては、山崎・町田(1981)、Yamazaki(1992)、山崎(1994)など、そして国府津−松田断層とその周囲の断層については、町田・森山(1968)、Kaneko(1971)、太田ほか(1982)、千葉ほか(1985)、上本・上杉(1998)などにより詳細な記載が行なわれている。
 活断層研究会編(1980,1991)は、これらの研究成果をまとめる形で、神縄・国府津−松田断層帯を構成する各断層を活断層として記載している。また、宮内ほか(2008,2009)が国府津−松田断層の詳細な位置を示したほか、中田・今泉編(2002)、神奈川県(2004)によっても、空中写真判読に基づいた詳細な活断層図が出されている。
 また、水野ほか(1996)、神奈川県(2002)、宮内ほか(2003)によって反射法弾性波探査が実施され、地下構造や断層の有無などに関して検討が行なわれている。さらに、水野ほか(1996)、山崎(1984,1985)、山崎・水野(1999)、神奈川県(2003,2004)、産業技術総合研究所(2008)によって、松田北断層及び国府津−松田断層とその周囲の断層を対象としたボーリング調査、ピット調査、トレンチ調査が実施され、過去の活動履歴および平均変位速度が検討されている。
 本断層帯周辺に位置する断層については、徐(1995)によって日向断層が、山崎稲雄(1971)、伊藤ほか(1982)及び狩野ほか(1984)によって平山断層が記載されている。また、本断層帯南方延長部の相模湾に分布する活断層に関しては、地震調査研究推進本部地震調査委員会(2004)により長期評価が行われている。

2.神縄・国府津−松田断層帯の評価結果

2.1 神縄・国府津−松田断層帯の位置及び形態

(1)神縄・国府津−松田断層帯を構成する断層

 神縄・国府津−松田断層帯は、丹沢山地南縁から神奈川県小田原市の相模湾岸に至る断層帯である。この断層帯は、南西側の足柄平野と北東側の大磯丘陵等との地形境界に位置し、長期的には北東側を相対的に隆起させてきた逆断層帯である(図4)。
 本断層帯の陸上部分は、神縄断層、国府津−松田断層、塩沢断層、松田山山麓断層、松田北断層、日向(ひなた)断層などで構成され、これらは松田(1990)の起震断層の定義に基づけば単一の断層帯となる。
 神縄・国府津−松田断層帯を構成する断層の位置・形態については、活断層研究会編(1991)、宮内ほか(2008,2009)、中田・今泉編(2002)、神奈川県(2004)などに示されており、ほぼ一致する。神奈川県(2004)では、その中で最近も活動性の高いものとして松田北断層と国府津−松田断層を示している。また、松田北断層の西方延長部には、徐(1995)によって断層露頭の分布などに基づいて日向断層が示されている。ここでは、断層帯を構成する各断層の位置・形態は主に活断層研究会編(1991)に基づき、徐(1995)により報告された日向断層も合わせて示した。また、各断層の名称は活断層研究会編(1991)に基づいた(日向断層の名称は徐(1995)によった)。
 なお、本断層帯の周囲に位置する玄倉(くろくら)断層、渋沢断層、秦野断層に関しては、単独では地震調査研究推進本部(1997)の基盤的調査観測対象(長さ約20km以上)には該当しないことから、ここでは詳細な評価の対象としないこととした(図3)。また、日向断層の北西端付近から南西には、本断層帯とほぼ直交する北東−南西方向に平山断層が分布するが、長さが約8kmと短いこと等から、今回の評価対象には含めていない。

(2)断層面の位置・形状

 神縄・国府津−松田断層帯の長さは、北西端、屈曲点(松田北断層東端と国府津−松田断層北端の中点)と南東端を結ぶと陸域では約25kmとなる(図2)。ただし、後述するように、断層帯南東端付近の海成段丘において平均上下変位速度として約3m/千年という非常に大きな値が得られていること、断層帯南方の海域に相模トラフが存在していることを考慮すると、断層帯はさらに南方海域へと延長している可能性が高い。よって、ここでは本断層帯の長さは約25kmもしくはそれ以上の可能性があると判断する。また、一般走向は屈曲点を境にして、北西端−屈曲点ではN80°W、屈曲点−南東端ではN35°Wとなる(図2)。
 断層面の上端の深さは、断層露頭や変位地形が認められることから0kmとした。
 断層面の傾斜は、反射法地震探査の結果(文部科学省研究開発局ほか,2003,2006; Sato et al.,2005)から、断層帯の北西端−屈曲点では40°−50°(深さ約15km以浅)北傾斜、屈曲点−南東端では30°−50°(深さ約5km以浅)北東傾斜と推定される(図6)。
 断層面の下端の深さは、フィリピン海プレート上面の深さに基づくと、断層帯の北西端−屈曲点で15 km程度、南東端付近で10km程度と推定される。
 断層面の幅は、反射法地震探査の結果(文部科学省研究開発局ほか,2003,2006; Sato et al.,2005)から、断層帯の北西端−屈曲点では20km程度、屈曲点−南東端では10−15km程度と推定される(図6図7)。

(3)断層の変位の向き(ずれの向き)注9

 神縄・国府津−松田断層帯は、活断層研究会編(1991)や宮内ほか(2008,2009)などによると、全体に北−北東側隆起の断層崖が発達することから、断層の北−北東側が南−南西側に対して相対的に隆起する逆断層と考えられる。
 なお、国府津−松田断層中部の神奈川県小田原市曽我谷津(そがやつ)付近では、複数の小河川が右横ずれ変位を被ることが報告されている(宮内ほか,2009; 中田・今泉編,2002)。よって、本断層帯は右横ずれ成分を持つ可能性も示唆される。

2.2 神縄・国府津−松田断層帯の過去の活動

(1)平均変位速度(平均的なずれの速度)注9

 国府津−大磯間の相模湾沿岸には、縄文海進以降の地震に伴う隆起によって形成されたと考えられる3段の海成段丘の存在が指摘されている(米倉ほか,1968; 遠藤ほか,1979; 熊木・市川,1981; 太田ほか,1982)。この段丘を構成する海成層のうち、鬼界アカホヤ火山灰層(約7千3百年前: 注11)に対比される層準は国府津−松田断層を挟んで約22m上下変位している(山崎,1984)。このことに基づくと、平均上下変位速度は約3m/千年と推定される。
 国府津−松田断層を対象としたボーリング調査が11地点で実施され、さらに既存ボーリング資料や地表踏査結果を含めた検討が実施されている(水野ほか,1996; 山崎・水野,1999)。その結果、断層の両側で箱根新期火砕流堆積物とその直下の箱根東京軽石層(約6万5千−6万年前: 注11)に90−140mの高度差が検出された。これより、平均上下変位速度は約1.4−2.3m/千年と推定される。
 国府津−松田断層の両側に分布する三崎段丘面海進堆積物(約8万4千−8万年前: 町田・新井,2003)には135mの高度差が存在するとの指摘があり(山崎ほか,1982; 山崎,1984)。このことに基づくと、平均上下変位速度は約1.6−1.7m/千年と推定される。
 産業技術総合研究所(2008)は、曽我原地点でボーリング調査を実施し、4f層及び4e層(約2万3千−2万1千年前の14C年代値(注10)を示す)に約11mの高度差が認められることから、平均上下変位速度を0.5m/千年以上と推定している。また、既存ボーリングとの対比により、箱根小原台テフラ(Hk−OP)(約8万5千−8万年前: 注11)の上面に39.4mの高度差が認められ、箱根東京テフラ(Hk−TP: 降下軽石,Hk−T(pfl): 火砕流堆積物)(約6万5千−6万年前: 注11)の上面に36.5mの高度差が認められることから、平均上下変位速度を0.5−0.6m/千年と推定している。
 さらに、松田北断層では、箱根東京軽石流(約6万5千−6万年前: 注11)が50m以上変位している(山崎・町田,1981)。よって、松田北断層では約0.8m/千年以上といった平均上下変位速度が推定される。

 以上のことから、神縄・国府津−松田断層帯の平均上下変位速度は約2−3m/千年であったと推定される。
 なお、神縄断層西方の塩沢断層について町田ほか(1975)は、約8万年前の駿河礫層が上下に90m以上変位していると指摘している。これより、平均上下変位速度として約1.2m/千年以上という値が得られる。ただし、この変位は見かけのものである可能性も指摘されており、また、この地点は断層の走向が北東−南西方向に変化している部分に相当することから、ここでは参考値とする。

(2)活動時期

a)地形・地質的に認められた過去の活動

 本断層帯の過去の活動は、国府津−松田断層中部の小田原市曽我原地区で掘削された2つのトレンチ(神奈川県,2003,2004)で明瞭な断層変位として認められたほか、松田北断層で実施されたボーリング調査(神奈川県,2004)においてもその存在が推定された。さらに国府津−松田断層の各地で実施されたトレンチ調査(水野ほか,1996; 山崎・水野,1999など)においても、断層の活動や、地割れ・地すべりの発生が認められている。

・曽我原地点(第1トレンチ)

 小田原市の曽我原第1トレンチでは、2条の低角逆断層が確認された(神奈川県,2003: 図8)。
ア) 活動1
 断層は、C層(砂礫混じりシルト層)までを切り、C−D層(砂礫混じり腐植土)あるいはその上位のB1層(腐植火山灰質シルト層)に覆われている。C層上部は9世紀後半−10世紀の遺物を包含し、この中には平安時代末以降(12世紀以降)に作られた陶器が含まれる。またB1層からは13世紀中葉から14世紀前葉の白磁皿が出土した。したがって、最新活動は、12世紀以後14世紀前半以前(西暦1350年以前)にあったと考えられる(注12)。
イ) 活動2
 神奈川県(2003)は、約2千8百−2千6百年前の14C年代値(注10)を示すH層下部(H2相)の上下変位量が3.3mであり、これが最新活動によると仮定できる現地表面の高度差(1.6m)のほぼ2倍であること、さらにC層及びD層(火山灰質シルト:1−2世紀の14C年代値を示す)が断層の下盤側にのみ分布し、その堆積には断層活動による地変が必要と考えられるとして、H2相堆積より後、D層堆積より前の約2千8百年前以後、2世紀以前に1つ前の活動があったとしている。この断層活動層準の上限は必ずしも明瞭ではないが、ここでは少なくともH2相堆積より後の約2千8百年前以後に1つ前の断層活動があった可能性があると判断する。

・曽我原地点(第2トレンチ)

 曽我原第1トレンチの東側で掘削された曽我原第2トレンチにおいても、低角逆断層群が確認されている(神奈川県,2004:図9)。
ア) 活動1
 断層群のうち最も下盤側に分布する断層(fe−4−2断層: 東側壁面,fw−4断層: 西側壁面)は、少なくともc層(腐植質シルト層)の中部までを切っている。断層に切られるc層からは4−6世紀の14C年代値が得られており、これ以後に最新活動があったと考えられる。
イ) 活動2
 トレンチの東側壁面では、f層(湯船第2スコリアを挟む火山灰質シルト層)を切り、c層に覆われる断層群が認められる。c層からは、最も古い年代として約2千2百年前−1世紀の14C年代値が得られている。また、湯船第2スコリアの年代は、宮地・鈴木(1986)によればその直下の泥炭が2230±110yBPの14C年代値を示すことから、約2千4百年前以後と考えられる。したがって、この1つ前の活動時期は約2千4百年前以後、1世紀以前と考えられる。
ウ) 活動3、4
 トレンチの東側壁面では、fe−3断層によるg層(腐植質火山灰質シルト層)基底の変位量が0.6−0.7mであるのに対して、下位のl層(砂礫層)上限の変位量は1.0−1.4mと有意に大きい。したがって、l層堆積より後、g層堆積より前に断層活動があったと考えられる(活動3)。さらに、トレンチの東側壁面において、fe−4断層はj層(砂礫まじりシルト層)の中−下部を大きく変位させているが、上位のi2層(砂礫層)の基底には変位を与えていない。したがって、j層中部堆積より後、i2層堆積前にも上述の断層活動とは別の活動があったと考えられる(活動4)。ただし、j層とi2層からは評価に用いることのできる14C年代値が得られていないことから、活動3と活動4の時期は、これらの活動層準より上位のg層から得られた最も古い14C年代値(約2千8百−2千6百年前: 東側壁面)と活動層準の下位のl層から得られた最も新しい14C年代値(約4千5百−4千2百年前)を基に、約4千5百年前以後、約2千6百年前以前であったとしか限定できない。
 なお、神奈川県(2004)は、i2層の上限の変位量がg層の変位量より有意に大きいとして、i2層堆積より後、g層堆積より前に断層活動が生じた可能性があるとしている。ただし、ここでは、g層とl層間に認められる砂礫層−礫混じりシルト層(h,i1,i2,j層)については、層相が同様であるため、断層を挟んで精度良く対比するのは困難であると判断し、確実に変位量に差が認められる層準間(l層−g層間)に断層活動を推定した。また、神奈川県(2004)は、活動4の上限を断層上盤側のi1層から得られた14C年代値で限定しているが、上述のように、断層を挟んで下盤側でi1層と対応する層準が不明であるため、i1層から得られた14C年代値は評価には用いなかった。

 以上のことから、本断層帯では、最新活動が12世紀以後、14世紀前半以前(西暦1350年以前)、1つ前の活動が約2千4百年前以後、1世紀以前に生じたと考えられる。また、2つ前及び3つ前の活動は、約4千5百年前以後、約2千6百年前以前に生じたと推定される。

 さらに、国府津−松田断層と松田北断層を対象としたトレンチ調査(水野ほか,1996; 水野・山崎,1997; 山崎・水野,1999)やボーリング調査の結果(山崎・水野,1999)などから、複数の層準で逆断層の活動や、地割れの発生などが認められている。
 曽我谷津地点: 小田原市の曽我谷津地点におけるトレンチでは、姶良Tn火山灰層(約2万8千年前: 注11)を挟む立川ローム層を切る逆断層と、その活動によると考えられる崩壊堆積物1が認められた(水野ほか,1996; 山崎・水野,1999)。崩壊堆積物1は、約7千9百−7千8百年前の14C年代値を示す黒色土層の上位にあり、かつ2−6世紀の14C年代値を示す暗褐色ローム層の下位にある。出土した考古遺物の時代等も併せ考えると、縄文時代中期以後−弥生時代末期以前(水野ほか,1996; 山崎・水野,1999)に活動があったと考えられる。
 国府津地点: 小田原市の国府津地点トレンチでは、地割れと地すべり面が黒色土層1に覆われている産状が認められた(水野ほか,1996; 山崎・水野,1999)。地割れを充填している黒色土層のうち最も古い14C年代値は約3千2百−3千年前、これを覆う黒色土層1の下部の年代は約2千9百−2千8百年前であることから、地割れ・地すべりの形成時期は約3千2百−2千8百年前頃の縄文時代後期と推定される。
 上曽我地点: 小田原市の上曽我地点トレンチでは、箱根東京軽石流(約6万5千−6万年前: 注11)を切る古い地割れ及び地すべりが認められた(水野ほか,1996)。地割れの充填物は古墳時代の砂礫層であり、古墳時代以前に断層活動があったことが示唆された。

 さらに、断層帯の南端部付近では完新世段丘(鴨宮面)においてボーリング調査が実施されている(水野ほか,1996; 山崎・水野,1999)。この調査では、御殿場泥流の直下の天城カワゴ平軽石層(3145−3126 cal.yBP: 注11)より上位の、富士砂沢スコリア層(約2千8百−2千5百年前: 注11)において、陸生珪藻化石が激減し上位で若干の汽水生化石が認められる急激な環境変化が見出された。水野ほか(1996)、山崎・水野(1999)は、この環境変化が足柄平野の沈降によって引き起こされた可能性を指摘している。この環境変化は、約3千1百年前以後−約2千5百年前以前に起こったことになる。
 水野ほか(1996)、山崎・水野(1999)では、曽我谷津・国府津・上曽我の各地点のトレンチ調査で、上述した3千年前頃の地震活動以外にも、複数の地すべりや崩積堆積物の存在を記載している。また、水野・山崎(1997)、山崎・水野(1999)では、大井町金子地点で実施したトレンチ調査においてローム層中に崩積堆積物を認め、地すべりを引き起こした2回のイベントを推定している。ただし、これらのイベントは強震動が過去にあったことや他の原因による可能性を示していて、神縄・国府津−松田断層帯の活動を直接示すものではないと考えられるため、ここでは参考情報とする。

 なお、水野ほか(1996)、山崎・水野(1999)では、大井町山田地点でトレンチ調査を実施した結果、立川ローム層を切る逆断層群が出現し、それを覆う地層の木片から得られた14C年代値は1120±50yBPであったとしている。ただし、この木片は、地層の堆積年代よりも古い年代を示す可能性がある。また、松田北断層の松田町松田かなん沢地点では、神奈川県(2004)により、ボーリング調査が実施されている。ここでは推定断層を挟む30mの区間において、Y133スコリア(約1万7千年前)の直上の赤色スコリア(Y139)と、それらのスコリアを挟むローム層の基底がともに上下に約6.5m変位している。これに対して、上位のB2層(腐植質シルト層と砂質シルト層の互層:約2千2百−2千年前の14C年代値を示す)には変位が認められない可能性も指摘されている。ただし、調査地点付近には複数の断層が並走しており、この地点での上下変位量は小さくなると考えられることから、B2層に変位が認められないとは必ずしも断言できない。
 また、産業技術総合研究所(2008)は、小田原市曽我原地点でトレンチ調査を実施し、13世紀以降の複数回の地すべりイベントを確認しているが、この地すべりイベントと断層帯の活動との関係は不明であるとしている。
 このほか、国府津−松田断層の上盤側(東側)では、相模湾沿いの海岸線付近に、3段の完新世の段丘面群が発達している。それらは、高位のものから中村原面(約6−7千年前)、前川面(約3千年前)及び押切面(約1千年前)である(神奈川県,2004など)。これらの段丘面は、米倉ほか(1968)、遠藤ほか(1979)、熊木・市川(1981)、太田ほか(1982)、松田(1985)、関東第四紀研究会(1987)及び神奈川県(2002,2003)などが指摘するように、本断層帯の活動に伴って形成されてきた可能性もある。しかし、本断層帯の海域延長部の実体や、相模トラフの海溝型地震との関係など未解明の点も多く、本断層帯の活動との関係は明らかではない。

b)先史時代・歴史時代の活動

 国府津−松田断層の南部の千代台地付近では、遺跡調査によっていくつかの層準で地割れや断層の形成を伴うイベントがあったことが知られている(上本・上杉,1998;神奈川県,2004など)。また、神奈川県(2004)は、千代南原XIII遺跡で天城カワゴ平軽石層(Kg)を挟む沖積層と立川ローム層とが逆断層で接していることを報告している。さらに、この付近の遺跡においても多くの断層や割れ目が発見されている(上本・上杉,1998)。しかし、これらの遺跡で見いだされた小構造と、本断層帯の活動との直接の関係は明らかにされていない(神奈川県,2004)。

 歴史地震のうち、この断層帯付近を震源とする地震はいくつか知られているが、そのいずれでもこの断層帯の地表部分が活動したことを示唆する資料はない。17世紀以降には、マグニチュード7程度の地震(1633年の寛永小田原地震(マグニチュード7.0±0.1); 1782年の天明小田原地震(マグニチュード7.0); 1853年の嘉永小田原地震(マグニチュード6.7±0.1))が繰り返し発生している(Ishibashi,1985; 石橋,1985,1988a,b,1993; 笠原,1985; 都司,1985; 宇佐美,2003など)。これらの地震の繰り返しに関する説明としては、陸域の神縄・国府津−松田断層帯で繰り返し発生する地震活動の組み合わせ(笠原,1985)や、断裂説に基づいた断裂断層面上のアスペリティでの異なる領域の破壊(石橋,1985,1993)等がある。しかし、いずれも明瞭な地質学的証拠は示されておらず、現時点ではこれらの地震を固有の地震活動として評価し、発生様式等を絞り込むには至らないと判断し、評価を行わなかった。
 相模湾地域で起きた大地震で、確実にプレート間地震と考えられるのは1703年の元禄地震(マグニチュード7.9−8.2;宇佐美,2003)と1923年の関東地震(マグニチュード7.9;宇佐美,2003)だけである。一部には878年の関東諸国の地震、1293年の鎌倉の地震もプレート間地震の可能性があるとする考えもある。
 1703年の元禄地震は相模湾沿岸に甚大な被害を与えた点は1923年の関東地震と似ているが、沿岸地形の調査結果によると、後者の場合と異なって、沿岸の土地の隆起は相模湾から外房へ向かって大きくなり、最大約5m隆起したと考えられている。津波もその波高は湾内よりも外房沿岸で大きく、また、1923年の関東地震の場合よりも遠くまで比較的大きな津波が到達した(地震調査研究推進本部地震調査委員会,1999)。
 1923年の関東地震による沿岸の隆起量は房総半島南部と大磯海岸で最大で約2mに達した(地震調査委員会,1999)。さらに1m程度の隆起は大磯丘陵より西側の足柄平野、真鶴岬、初島まで及んだ一方で、丹沢山地は著しく沈降した(地震調査研究推進本部地震調査委員会,1999)。このように、沿岸の隆起の中心は1703年の元禄地震の場合と異なって、相模湾内にあった。多くの地震学的、測地学的資料は、この地震の震源域は国府津−松田断層の地下にまで及んだことを示しているが、国府津−松田断層沿いの地表では断層活動は認められていない。

 以上のことから、本断層帯では、最新活動が12世紀以後、14世紀前半(西暦1350年)以前、1つ前の活動が約2千4百年前以後、1世紀以前に生じたと考えられる。また、2つ前及び3つ前の活動は、約4千5百年前以後、約2千6百年前以前に生じたと推定される(図10)。
 なお、断層帯南端部付近においてボーリング調査により推定された足柄平野の沈水現象の時期や、国府津地点トレンチで確認された地割れ・地すべり地形の形成時期は、いずれも概ね3千年前頃と推定されており、2つ前の活動に対応する可能性も示唆される。

(3)1回の変位量(ずれの量)注9

 小田原市の曽我原地点では、最近3回の断層活動を被ると考えられるH層上部(H2相)の基底が、上下に3.3m変位している(神奈川県,2003)。ここでは、隆起側及び沈降側にさらに並走する断層が認められていることから、断層帯全体での1回の変位量(上下成分)は1.1m以上と考えられる。また、本断層帯の南部では、国府津−松田断層を挟んだ鬼界アカホヤ火山灰層(7千3百年前:注11)の上下変位量が約22m(山崎,1984)であり、これは後述の平均活動間隔(約8百−1千3百年)からは6−9回分程度の変位量に相当することになる。したがって、1回の上下変位量は3m程度と推定される。
 また、本断層帯は長さが約25kmまたはそれ以上の可能性があることから、松田(1975)の経験式(1)及び(2)を用いると、1回の活動に伴う変位量は2.0mまたはそれ以上と求められる。
 ここで用いた経験式は松田(1975)による次の式である。Lは断層の長さ(km)、Mはマグニチュード、Dは1回の活動に伴う変位量(m)である。

    logL=0.6M−2.9  (1)
    logD=0.6M−4.0  (2)

 以上のことから、本断層帯の1回の上下変位量は3m程度と推定される。

(4)活動間隔

 神縄・国府津−松田断層帯では、最新活動時期が12世紀以後、14世紀前半以前(西暦1350年以前)と考えられ、2つ前と3つ前の活動が約4千5百年前以後、約2千6百年前以前の間に生じたと推定される。これらに基づくと、平均活動間隔が最長となるケースは3つ前の活動が約4千5百年前、最新活動が西暦1350年に生じた場合で約1千3百年、また、最短となるケースは2つ前の活動が約2千6百年前、最新活動が12世紀に生じた場合で約8百年と求められる。よって、ここでは本断層帯の平均活動間隔を約8百−1千3百年と推定する。
 なお、1回の変位量(3m程度)及び平均上下変位速度(約2−3m/千年)からは、平均活動間隔は1千−1千5百年程度と求められる。

(5)活動区間

 神縄・国府津−松田断層帯は、構成する断層がほぼ連続して分布することから、松田(1990)の起震断層の定義に基づけば全体が1つの活動区間として活動したと推定される。

(6)測地観測結果

 神縄・国府津−松田断層帯周辺における1989年までの約60年間の測地観測結果では、断層帯の周辺で南北方向ないしは北西−南東方向の縮みが見られる。
 また、2006年7月までの約5年間のGPS観測結果では、断層帯の周辺でほぼ北西−南東方向の縮みが見られる。

(7)地震観測結果

 最近約5年間の地震観測結果によれば、神縄・国府津−松田断層帯に沿う地殻内の地震はほとんど発生していない。地震発生層の下限の深さは、本断層付近におけるフィリピン海プレート上面の深さに基づくと10km程度と推定される。なお、本断層帯付近ではフィリピン海プレートの沈み込みに伴う地震が、深さ約10kmから約25kmにかけて分布しており、これらの地震の発震機構解の圧力軸は概ね北西−南東ないし北北西−南南東方向で、フィリピン海プレートの進行方向とほぼ一致する。
 なお、本断層帯付近では1923年に関東地震(マグニチュード7.9)がフィリピン海プレートと陸のプレートの境界で発生した。

2.3 神縄・国府津−松田断層帯の将来の活動

(1)活動区間及び活動時の地震の規模

 本断層帯は、2.2(5)で述べたように、全体が1つの活動区間として同時に活動すると推定される。この場合、断層長が約25kmまたはそれ以上の可能性があることから、前述の経験式(1)により地震の規模を求めると、マグニチュード7.2もしくはそれ以上の地震が発生すると推定される。ただし、既に述べたように、断層帯の南東端は海域に延長される可能性が高いことから、発生する地震の規模も、マグニチュード7.2より大きくなる可能性が高い。
 一方、1回の変位量(3m程度)から前述の経験式(2)により地震の規模を求めると、マグニチュード7.5程度の地震が発生すると推定される。
 以上のことから、本断層帯の将来の地震の規模はマグニチュード7.5程度の可能性があると判断する。このような地震が発生した場合、断層近傍の地表面では、断層の北東側が南西側に対して相対的に3m程度高まる段差や撓みが生じると推定される。

(2)地震発生の可能性

 神縄・国府津−松田断層帯では、平均活動間隔が約8百−1千3百年の可能性があり、最新活動時期が12世紀以後、14世紀前半以前(西暦1350年以前)と考えられることから、平均活動間隔に対する現在における地震後経過率は0.5−1.1となる。また、地震調査研究推進本部地震調査委員会(2001)に示された手法(BPT分布モデル、α=0.24)によると、今後30年以内、50年以内、100年以内、300年以内の地震発生確率は、それぞれ0.2%−16%、0.4%−30%、1%−50%、10%−90%となる。また、現在までの集積確率は0.3%−70%となる(表2)。本評価で得られた地震発生の長期確率には幅があるが、その最大値をとると、今後30年の間に地震が発生する可能性が我が国の主な活断層の中では高いグループに属することとなる。表3に、これらの確率値の参考指標(地震調査研究推進本部地震調査委員会長期評価部会,1999)を示す。

3.今後に向けて

 神縄・国府津−松田断層帯では、大都市大震災軽減化特別プロジェクトなどの調査結果により、相模トラフで発生する海溝型地震の想定震源域との関係が指摘されるなど、新たな研究成果が得られてきた。しかしながら、1923年関東地震の時に本断層帯が活動した証拠はなく、現在もプレート境界以浅の地殻内にひずみが蓄積している可能性がある。このことから、次の海溝型地震が発生するまでの期間に本断層帯が単独で活動する可能性があるため、本断層帯の活動がプレート境界で発生する地震によるずれの地表への現れ方の一つであると決めてしまうことはできなかった。本断層帯と海溝型地震との関連性については引き続き検討が必要である。
 なお、今回の評価では、断層帯の北西部(神縄断層など)と南東部(国府津−松田断層)とが一つの起震断層として同時に活動すると判断している。しかし、特に北西部については、周辺の断層(玄倉断層、平山断層、秦野断層など)を含め、断層の活動履歴や地下における断層の位置・形状に関する調査を引き続き実施して、それぞれの活動期とその相互関係などについて調査・研究を進め、断層が個別に活動する可能性などを明らかにする必要がある。

注9: 「変位」を、1、2頁の本文及び5、6頁の表1では、一般にわかりやすいように「ずれ」という言葉で表現している。ここでは専門用語である「変位」が、本文や表1の「ずれ」に対応するものであることを示すため、両者を併記した。以下、文章の中では「変位」を用いる。なお、活断層の専門用語では、「変位」は切断を伴う「ずれの成分」と、切断を伴わない「撓(たわ)みの成分」よりなる。
注10: 21,000年BPよりも新しい炭素同位体年代については、Ramsey(1995,2001)及びReimer et al.(2004)に基づいて暦年較正し、原則として1σの範囲の数値で示した。このうち、2,000年前よりも新しい年代値は世紀単位で示し、2,000年前よりも古い年代値については、百年単位で四捨五入して示した。
注11: 富士砂沢(F−Zn)火山灰、天城カワゴ平(Kg)軽石、鬼界アカホヤ(K−Ah)火山灰、姶良Tn(AT)火山灰及び箱根東京軽石(Hk−TP)及び箱根小原台テフラ(Hk−OP)の降下年代値については、町田・新井(2003)に基づき、それぞれ約2千8百−2千5百年前、3,145−3,126年前、約7千3百年前、約2万8千年前、約6万5千−6万年前及び約8万5千−8万年前とした。
注12: 最新活動時期の上限については、曽我原第1トレンチ(神奈川県,2003)で断層を覆うB1層から出土した白磁皿の年代に基づいて、14世紀前葉以前とした。ただし、「前葉」という言葉は考古学用語であり、一般にはあまり使用されないため、ここでは「14世紀前半以前」と表記することとした。また、その年代に関しては、神奈川県(2003)に基づいて西暦1350年以前とした。

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表3 神縄・国府津−松田断層帯の将来の地震発生確率及び参考指標
項目 数値 備考
地震後経過率

今後30年以内の発生確率
今後50年以内の発生確率
今後100年以内の発生確率
今後300年以内の発生確率

集積確率
0.5−1.1

0.2%−16%
0.4%−30%
1%−50%
10%−90%

0.3%−70%
発生確率及び集積確率は地
震調査研究推進本部地震調
査委員会(2001)参照。
指標(1) 経過年数
      比
指標(2)
指標(3)
指標(4)
指標(5)
マイナス2百年−3百年
0.7−1.6
0.07−5
0.3%−70%
0.01−0.6
0.0008−0.001
地震調査研究推進本部地
震調査委員会長期評価部
会 (1999)参照。
評価時点はすべて2009年1月1日現在。

指標(1) 経過年数 当該活断層での大地震発生の危険率(1年間当たりに発生する回数)は、最新活動(地震発生)時期からの時間の経過とともに大きくなる(BPT分布モデルを適用した場合の考え方)。一方、最新活動の時期が把握されていない場合には、大地震発生の危険率は、時間によらず一定と考えざるを得ない(ポアソン過程を適用した場合の考え方)。
この指標は、BPT分布モデルを適用した場合の危険率が、ポアソン過程を適用した場合の危険率の値を超えた後の経過年数である。値がマイナスである場合は、BPT分布モデルを適用した場合の危険率がポアソン過程を適用した場合の危険率に達していないことを示す。
神縄・国府津−松田断層帯の場合、ポアソン過程を適用した場合の危険度は8百−1千3百分の1(0.0008−0.001)であり、いつの時点でも一定である。
BPT分布モデルを適用した場合の危険率は評価時点で1万8千分の1−170分の1(0.00006−0.006)であり、時間とともに増加する。1万8千分の1であれば、BPT分布モデルを適用した場合の危険率がポアソン過程を適用した場合の危険率に達するには2百年を要するが、170分の1であれば、BPT分布モデルを適用した場合の危険率がポアソン過程を適用した場合の危険率に達してから3百年が経過したこととなる。
指標(1) 最新活動(地震発生)時期から評価時点までの経過時間をAとし、BPT分布モデルを適用した場合の危険率がポアソン過程を適用した場合の危険率を超えるまでの時間をBとした場合において、前者を後者で割った値(A/B)である。
指標(2) BPT分布モデルを適用した場合と、ポアソン過程を適用した場合の評価時点での危険率の比。
指標(3) 評価時点での集積確率(前回の地震発生から評価時点までに地震が発生しているはずの確率)。
指標(4) 評価時点以後30年以内の地震発生確率をBPT分布モデルでとりうる最大の地震発生確率の値で割った値。
指標(5) ポアソン過程を適用した場合の危険率(1年間あたりの地震発生回数)。

付表

地震発生確率等の評価の信頼度に関する各ランクの分類条件の詳細は以下のとおりである。

  ランク   分類条件の詳細
発生確率を求める際に用いる平均活動間隔及び最新活動時期の信頼度がいずれも比較的高く(◎または○)、これらにより求められた発生確率等の値は信頼性が高い。
平均活動間隔及び最新活動時期のうち、いずれか一方の信頼度が低く(△)、これらにより求められた発生確率等の値は信頼性が中程度。
平均活動間隔及び最新活動時期の信頼度がいずれも低く(△)、これらにより求められた発生確率等の値は信頼性がやや低い。
平均活動間隔及び最新活動時期のいずれか一方または両方の信頼度が非常に低く(▲)、発生確率等の値は信頼性が低い。このため、今後の新しい知見により値が大きく変わる可能性が高い。または、データの不足により最新活動時期が十分特定できていないために、現在の確率値を求めることができず、単に長期間の平均値を確率としている。



<付録>

 神縄・国府津−松田断層帯については、大都市大震災軽減化特別プロジェクトの一環として実施された地殻構造探査(2002−2004)によって地下構造に関する知見が得られていたこと、および産業技術総合研究所(2008)によって実施されたトレンチ・ボーリング調査により新たな情報が得られたことから、これらに基づき再検討を行い、地下における断層面の位置・形状および過去の活動履歴などについて改訂を行った。
 以下に改訂となった項目とその値について、前回の評価と今回の評価の対比表を示す。なお、評価にあたっては、下表に示す数値のほか、各値を求めた根拠についても改訂していることに留意されるとともに、その詳細については評価文を参照されたい。
 また、炭素同位体年代について、本評価ではRamsey(1995,2001)、Reimer et al.(2004)に基づいた方法によって暦年補正を行っていることから、過去の活動時期の一部が前回の評価(地震調査推進本部地震調査委員会,2005)から変更となっている(注10参照)。

神縄・国府津−松田断層帯の評価についての新旧対比表
項  目 前回の評価
(平成17年3月9日公表)
今回の評価
(平成21年6月22日公表)
地下における断層面の位置・形状
傾斜
70°−80°北傾斜
   (北西端−屈曲点)
40°−60°北東傾斜
   (屈曲点−南東端)


40°−50°北傾斜
(北西端−屈曲点;15km以浅)
30°−50°北東傾斜
(屈曲点−南東端;5km以浅)


10km程度 
   (北西端−屈曲点)
10−15km程度
   (屈曲点−南東端))


20km程度
  (北西端−屈曲点)
10−15km程度
  (屈曲点−南東端)


過去の活動時期 活動3、4
約4千5百年前以後、
  約2千5百年前以前

活動3、4
約4千5百年前以後、
  約2千6百年前以前