平成17年2月9日
地震調査研究推進本部
地震調査委員会


北伊豆断層帯の長期評価について


地震調査研究推進本部は、「地震調査研究の推進について−地震に関する観測、測量、調査及び研究の推進についての総合的かつ基本的な施策−」(平成11年4月23日)を決定し、この中において、「全国を概観した地震動予測地図」の作成を当面推進すべき地震調査研究の主要な課題とし、また「陸域の浅い地震、あるいは、海溝型地震の発生可能性の長期的な確率評価を行う」とした。

地震調査委員会では、この決定を踏まえつつ、これまでに陸域の活断層として、77断層帯の長期評価を行い公表した。

今回、引き続き、北伊豆断層帯について現在までの研究成果及び関連資料を用いて評価し、とりまとめた。

評価に用いられたデータは量及び質において一様でなく、そのためにそれぞれの評価の結果についても精粗がある。このため、評価結果の各項目について信頼度を付与している。


平成17年2月9日
地震調査研究推進本部
地震調査委員会

北伊豆断層帯の評価

北伊豆断層帯は、伊豆半島の北部に位置する活断層帯である。ここでは、昭和57、58年度に地質調査所(現:産業技術総合研究所)によって実施された調査をはじめ、これまでに行われた調査研究成果に基づいて、この断層帯の諸特性を次のように評価した。

1.断層帯の位置及び形態

北伊豆断層帯は、神奈川県足柄下(あしがらしも)郡箱根町南部から、湯河原町、静岡県三島市、熱海市、田方(たがた)郡函南(かんなみ)町、韮山(にらやま)町及び大仁(おおひと)町を経て、伊豆市に至る断層帯である。全体の長さは約32kmで、概ね北北東−南南西方向に延びる。本断層帯は左横ずれを主体とする断層から構成される(図1及び表1)。

2.断層帯の過去の活動

北伊豆断層帯の最新活動は1930年(昭和5年)の北伊豆地震であり、その際には2−3m程度の左横ずれが生じた。また、本断層帯の平均的なずれの速度は2m/千年程度であった可能性があり、平均活動間隔は約1千4百−1千5百年であったと推定される(表1)。

3.断層帯の将来の活動

北伊豆断層帯は、断層帯全体が1つの区間として活動する場合、マグニチュード7.3程度の地震が発生し、2−3m程度の左横ずれが生じると推定される。本断層帯の最新活動後の経過率及び将来このような地震が発生する長期確率は表2に示すとおりである(注1、2)。

4.今後に向けて

北伊豆断層帯の東側一帯には、右横ずれを主体とする長さ6km未満の断層群が分布する(図3)。しかし、それらの活断層としての諸特性はほとんど明らかにされていない。本断層群の将来の活動性を明確にするためには、その活動性に関する基礎資料を整えるとともに、南東延長部海域の調査を行なうことが望ましい。

表1 北伊豆断層帯の特性

項  目 特  性   信頼度  
(注3)
根  拠
(注4)
1.断層帯の位置・形態
  (1)断層帯を構成
 する断層
箱根町断層、北伊豆活断層系(b,c,l)
丹那断層、浮橋西方断層、浮橋中央断層
土沢断層、大野断層、上年川断層、加殿
(かどの)断層、旭滝断層、佐野断層など
(東側には、熱海峠断層や相ノ原断層、姫之
湯断層などの北西−南東方向に延びる分岐
断層群が分布する。)
  文献3、7などによ
る。
北伊豆活断層系(文
献3)を構成する断層。
  (2) 断層帯の位置・
   形状
地表における断層帯の位置・形状
 断層帯の位置
  (北端)北緯35°12′東経139°02′
  (南端)北緯34°55′東経138°57′
 長さ      約32km








文献3による。
位置及び長さは図2
から計測。
地下における断層面の位置・形状
 長さ及び上端の位置 地表での長さ・
           位置と同じ
 上端の深さ  0km
 一般走向   N15°E



 傾斜     ほぼ垂直−高角
       (地下160m以浅)

 幅      10km程度













上端の深さが0kmで
あることから推定。

一般走向は、断層帯
の端部を直線で結ん
だ方向(図2参照)。

傾斜は文献3、6に
示された資料や断層
の形状から推定。
幅は、傾斜と地震発
生層の下限の深さ
(約10km)から推定。
  (3) 断層のずれの向
   きと種類
 左横ずれ断層

文献3、7、9など
に示された地形の特
徴などから推定。
2.断層帯の過去の活動
  (1) 平均的なずれの
   速度
 2m/千年程度(左横ずれ成分)


文献5、8に示され
た資料から推定。
  (2) 過去の活動時期  活動1(最新活動)
    1930年(昭和5年)北伊豆地震
 活動2(1つ前の活動)
    838年以後、13世紀以前
 活動3(2つ前の活動)
    約2千8百年前以後、約5世紀以前
 活動4(3つ前の活動)
    約5千6百年前以後、約3千1百年
    前以前
 活動5(4つ前の活動)
    約6千2百年前以後、約5千6百年
    前以前












活動時期は、文献4、
11、12に示された資
料から推定。
  (3) 1回のずれの量
   と平均活動間隔
1回のずれの量
      2−3m程度
     (左横ずれ成分)
平均活動間隔
      約1千4百−1千5百年






文献7、10による。


過去5回の活動から
推定。
  (4) 過去の活動区間  断層帯全体で1区間
 (1930年の北伊豆地震の際には、北西−
 南東方向に延びる分岐断層群のうち、姫
 之湯断層も同時に活動した。)
過去の活動、断層の位
置・形態から推定。
3.断層帯の将来の活動
  (1) 将来の活動区間
   及び活動時の地
   震の規模
活動区間   断層帯全体で1区間

地震の規模  マグニチュード7.3程度

ずれの量   2−3m程度
      (左横ずれ成分)





過去の活動、断層の位
置・形態から推定。
過去の活動、断層の長
さから推定。
過去の活動、断層の長
さから推定。


表2 北伊豆断層帯の将来の地震発生確率等

項  目   将来の地震発生確率等  
(注5)
 信頼度 
(注6)
備  考

地震後経過率 (注7)

今後 30 年以内の地震発生確率
今後 50 年以内の地震発生確率
今後 100 年以内の地震発生確率
今後 300 年以内の地震発生確率

集積確率(注8)


0.05

ほぼ0%
ほぼ0%
ほぼ0%
ほぼ0%

ほぼ0%
発生確率及び集積確率
は文献2による。

注1: 我が国の陸域及び沿岸域の主要な98の活断層のうち、2001年4月時点で調査結果が公表されているものについて、その資料を用いて今後30年間に地震が発生する確率を試算すると概ね以下のようになると推定される。
  98断層帯のうち約半数の断層帯:30年確率の最大値が0.1%未満
98断層帯のうち約1/4の断層帯:30年確率の最大値が0.1%以上−3%未満
98断層帯のうち約1/4の断層帯:30年確率の最大値が3%以上
(いずれも2001年4月時点での推定。確率の試算値に幅がある場合はその最大値を採用。)
  この統計資料を踏まえ、地震調査委員会の活断層評価では、次のような相対的な評価を盛り込むこととしている。
今後30年間の地震発生確率(最大値)が3%以上の場合:
「本断層帯は、今後30年の間に発生する可能性が、我が国の主な活断層の中では高いグループに属することになる」
今後30年間の地震発生確率(最大値)が0.1%以上−3%未満の場合:
「本断層帯は、今後30年の間に地震が発生する可能性が、我が国の主な活断層の中ではやや高いグループに属することになる」
注2: 1995年兵庫県南部地震、1858年飛越地震及び1847年善光寺地震の地震発生直前における30年確率と集積確率は以下のとおりである。
地震名 活動した活断層 地震発生直前の
30年確率 (%)
地震発生直前の
集積確率 (%)
断層の平均活動
間隔 (千年)
1995年兵庫県南部地震
(M7.3)
六甲・淡路島断層帯
主部淡路島西岸区間
「野島断層を含む区間」
(兵庫県)
0.02%−8% 0.06%−80% 約1.7−約3.5
1858年飛越地震
(M7.0−7.1)
跡津川断層帯
(岐阜県・富山県)
ほぼ0%−13% ほぼ0%−
90%より大
約1.7−約3.6
1847年善光寺地震
(M7.4)
長野盆地西縁断層
(長野県)
ほぼ0%−20% ほぼ0%−
90%より大
約0.8−約2.5

「長期的な地震発生確率の評価手法について」(地震調査研究推進本部地震調査委員会,2001)に示されているように、地震発生確率は前回の地震後、十分長い時間が経過しても100%とはならない。その最大値は平均活動間隔に依存し、平均活動間隔が長いほど最大値は小さくなる。平均活動間隔が1千5百年の場合は30年確率の最大値は16%程度である。
注3: 信頼度は、特性欄に記載されたデ−タの相対的な信頼性を表すもので、記号の意味は次のとおり。
  ◎:高い、○:中程度、△:低い
注4: 文献については、本文末尾に示す以下の文献。
  文献1:第3次丹那断層発掘調査研究グループ(1988)
  文献2:地震調査研究推進本部地震調査委員会(2001)
  文献3:活断層研究会編(1991)
  文献4:近藤ほか(2003)
  文献5:久野(1936)
  文献6:Kuno(1936a)
  文献7:松田(1972)
  文献8:松本ほか(1993)
  文献9:中田・今泉編(2002)
  文献10:Sato(1973)
  文献11:丹那断層発掘調査研究グループ(1983)
  文献12:山崎ほか(1984)
注5: 評価時点はすべて2005年1月1日現在。「ほぼ0%」は10−3%未満の確率値を示す。
注6: 地震後経過率、発生確率及び現在までの集積確率(以下、発生確率等)の信頼度は、評価に用いた信頼できるデータの充足性から、評価の確からしさを相対的にランク分けしたもので、aからdの4段階で表す。各ランクの一般的な意味は次のとおりである。
  a:(信頼度が)高い b:中程度 c:やや低い d:低い
発生確率等の評価の信頼度は、これらを求めるために使用した過去の活動に関するデータの信頼度に依存する。信頼度ランクの具体的な意味は以下のとおりである。分類の詳細については付表を参照のこと。なお、発生確率等の評価の信頼度は、地震発生の切迫度を表すのではなく、発生確率等の値の確からしさを表すことに注意する必要がある。
発生確率等の評価の信頼度
a:過去の地震に関する信頼できるデータの充足度が比較的高く、これを用いて求めた発生確率等の値の信頼性が高い。
b:過去の地震に関する信頼できるデータの充足度が中程度で、これを用いて求めた発生確率等の値の信頼性が中程度。
c:過去の地震に関する信頼できるデータの充足度が低く、これを用いて求めた発生確率等の値の信頼性がやや低い。
d:過去の地震に関する信頼できるデータの充足度が非常に低く、これを用いて求めた発生確率等の値の信頼性が低い。このため、今後の新しい知見により値が大きく変わる可能性が高い。または、最新活動時期のデータが得られていないため、現時点における確率値が推定できず、単に長期間の平均値を確率としている。
注7: 最新活動(地震発生)時期から評価時点までの経過時間を、平均活動間隔で割った値。最新の地震発生時期から評価時点までの経過時間が、平均活動間隔に達すると1.0となる。今回評価した数字のうち、0.05は75年を1400−1500年で割った値である。
注8: 前回の地震発生から評価時点までの間に地震が発生しているはずの確率。


(説明)

1.北伊豆断層帯に関するこれまでの主な調査研究

北伊豆断層帯は、多賀・湯河原などの第四紀火山斜面を切る顕著な断層地形を呈しているため、古くからその存在が知られてきた(山崎,1919;Kuno,1936b;久野,1936など)。1930年の北伊豆地震時には、箱根芦ノ湖付近から天城山北麓付近まで延長約34kmにわたって複数の地表地震断層が出現したが、これらの地震断層については、伊原・石井(1931,1932)、Otuka(1932,1933)、津屋(1934)などにより詳細な記載が行われた。これらの資料は、その後、松田(1972)により整理されている。この他にも、1930年の北伊豆地震については、地震学的に初動分布と断層との関係に関する理論・地震計記録・野外の事実が比較され(Honda,1931)、測地学的には断層両側の地殻の歪分布、その限界、時間変化などに関する知識がまとめられた(Tsuboi,1931,1932,1933)。また、Abe(1978)、藤井(1978)などは、北伊豆地震の際に地表に現れた断層変動や三角測量による水平変動データなどを基にして、この地震の震源断層モデルを推定した。
1970年代には、松田(1977)などによって詳細な活断層分布図(5万分の1スケール)が作成されており、それらの成果が活断層研究会編(1991)にまとめられた。最近では、断層帯北半部について2万5千分の1スケールの「都市圏活断層図」(宮内ほか,1996;八木ほか,1996a,b)が作成されている。
本断層帯の第四紀後期の活動履歴に関する調査としては、丹那断層発掘調査研究グループ(1983,1986a,b)、第3次丹那断層発掘調査研究グループ(1988)、山崎ほか(1984,1986,1988)、近藤ほか(2003)によるトレンチ調査や地層抜き取り調査などがある。

2.北伊豆断層帯の評価結果

2.1 北伊豆断層帯の位置・形態

(1)北伊豆断層帯を構成する断層

北伊豆断層帯は、伊豆半島北部の神奈川県足柄下(あしがらしも)郡箱根町南部から、湯河原町、静岡県三島市、熱海市、田方(たがた)郡函南(かんなみ)町、韮山(にらやま)町及び大仁(おおひと)町を経て、伊豆市に至る活断層帯である(図1)。本断層帯は概ね北北東−南南西方向に延び、箱根町断層、北伊豆断層系(b,c,l)、丹那断層、浮橋西方断層、浮橋中央断層、土沢断層、大野断層、上年川断層、加殿(かどの)断層、旭滝断層及び佐野断層などから構成される。
本断層帯を構成する各断層の位置・形態は、活断層研究会編(1991)、中田・今泉編(2002)のほか、北半部に関しては都市圏活断層図「小田原」(宮内ほか,1996)、「熱海」、「伊東」(八木ほか,1996a,b)に示されており、それらは概ね一致する。ここでは、本断層帯の位置・形態に関しては活断層研究会編(1991)に基づいた。また、各断層の名称に関しても活断層研究会編(1991)に従った。
なお、北伊豆断層帯の南端部東側には、早霧湖(さぎりこ)断層群、姫之湯断層、徳永断層、大幡野断層及び鹿路庭(ろくろば)断層からなる長さ約12kmの早霧湖−鹿路庭断層群が西北西−東南東方向に延びる。ただし、単独では長さが20kmに満たず、地震調査研究推進本部(1997)の基盤的調査観測対象の基準に該当しないことから、詳細な評価の対象とはしないこととした(図3)。さらに、北伊豆断層帯の東側一帯には、南東方向に派生する箱根湯河原断層、熱海峠断層、相ノ原断層、瀧地峠断層、沢口北断層などの分岐断層群が分布する。ただし、個々の断層の長さはいずれも確認されている範囲では約6km未満と短いことなどから、ここでは詳細な評価の対象とはしないこととした(図3)。

(2)断層面の位置・形状

北伊豆断層帯の長さと一般走向は、北端と南端を結んで計測すると約32km、N15°Eとなる。
断層面の上端の深さは、断層変位が地表に達していることから0kmとした。
断層面の傾斜は、1930年の北伊豆地震の際に地表地震断層が出現した位置と、地下160mにおいて丹那トンネルに変形が生じた位置(Kuno,1936a)を結ぶと約85°で西傾斜となること、トレンチ調査(丹那断層発掘調査研究グループ,1983;山崎ほか,1984;第3次丹那断層発掘調査研究グループ,1988;近藤ほか,2003など)によりほぼ垂直−75°西傾斜の断層面が認められること及び断層の形状が概ね直線状をなすことから、地下160m以浅ではほぼ垂直−高角と推定される。これは、Abe(1978)や藤井(1978)による1930年北伊豆地震の断層モデル(断層面の傾斜:90°)とも調和的である。
断層面の幅は、地下深部の傾斜も地表付近と同様に高角であるとすれば、地震発生層の下限の深さ(約10km、後述)から、10km程度の可能性があると判断される。

(3)断層の変位の向き(ずれの向き)(注9)

河川や溶岩地形の系統的な横ずれなど、地形の特徴(松田,1972;活断層研究会編,1991;中田・今泉編,2002)に基づくと、本断層帯は左横ずれを主体とすると考えられる。

2.2 北伊豆断層帯の過去の活動

(1)平均変位速度(平均的なずれの速度)(注9)

丹那断層のほぼ中央に位置する函南町田代では、約50万年前に噴出した多賀火山噴出物とこの山体を開析する谷に約1kmの左横ずれの累積変位が認められる(久野,1936)。これより、本断層帯の平均左横ずれ変位速度は2m/千年程度の可能性があると判断される。

(2)活動時期

a)地形・地質的に認められた過去の活動

丹那断層田代地点(トレンチ調査)

丹那断層の北部に位置する函南町田代の火雷(からい)神社では、1930年の北伊豆地震で1.5mの左横ずれが生じている(松田,1972など)。この火雷神社の北方約250mに位置する冷川(ひえかわ)東岸の沖積低地でトレンチ調査と地層抜き取り調査が実施されている(近藤ほか,2003:図4)。
複数のトレンチ壁面において、2a層(氾濫原堆積物及び砂礫層)を切り、1層(1960年代以降の人工擾乱層)に覆われた右雁行配列を示す断層が認められる。2a層から得られた最も若い年代値は15世紀を示すことから、15世紀以後に最新活動があったと考えられる。
S−1壁面では、断層近傍において3c層(泥炭層)が東上がりに変形し、2d層(円礫−亜円礫混じり粗粒砂)に傾斜不整合で覆われる。3c層から得られた最も新しい年代値は7−8世紀、2d層から得られた最も古い年代値は13−14世紀であることから、本活動時期は7世紀以後、14世紀以前と推定される。なお、3c層と2d層に挟まれる3a層と3b層に関しては、傾斜不整合との関係は判断できない。近藤ほか(2003)では、TW−3/M壁面において3a層を切り2d層に覆われる分岐断層を認め、3層堆積より後−2d層堆積より前(8世紀以後、14世紀以前)に活動時期を限定しているが、ここでは、より確実に活動層準を示す構造として3c層−2d層間の傾斜不整合を採用した。
また、4a層の下部に挟まれる富士砂沢(ふじずなさわ)火山灰層(約2千8百−2千5百年前:注10)のみかけ上下変位量は約2mと、上位の3d層(3−5世紀)よりも大きく、さらに3d層は沈下側で厚く堆積するとされている(近藤ほか,2003)。そして、TN−3/N壁面では、撓曲変形した4層の上部を、3d層が傾斜不整合に覆うと判断できる。ただし、上位の3b層基底の上下変位量は少なくとも同じ範囲で1.5m程度はあり(隆起側では浸食されている)、かつ3d層の厚さの変化も明瞭ではない。以上の点を考慮して、ここでは、4a層堆積より後−3d層堆積より前(約2千8百年前以後、5世紀以前)に断層活動があった可能性があると判断する。
なお、近藤ほか(2003)では、2c層(泥炭層)下部を切る小断層が同層上部で不明瞭になることから、2c堆積以後−2a層堆積より前に断層活動を推定している。しかし、1930年の北伊豆地震時に観測された上下変位量(雁行する南部で0.5m)を考慮すると、上下変位量が0.6−0.8mとされている2d層の堆積以降に複数回の断層活動は想定しにくい。また、指摘された構造は最新活動時の引きずり変形によるものとも解釈できる。これらのことから、ここでは、同層準には少なくとも本断層帯の固有規模の活動は無かったと判断する。

丹那断層名賀(みょうが)地点(トレンチ調査)

丹那断層の北部に位置する函南町名賀では、1930年の北伊豆地震の際に最大幅10m程度の右雁行亀裂帯が出現している(伊原・石井,1932)。丹那断層発掘調査研究グループ(1983,1986)では、この地震断層を対象としたトレンチ調査を2回に分けて実施している(図6)。
丹那断層発掘調査研究グループ(1983,1986)は、主に断層両側での地層の厚さの差を根拠に、9回の断層活動(うち6回を確実と判断)を推定している。しかし、丹那断層は横ずれが卓越することから、ここでは小断層に伴う変形の不連続と地層の背斜状変形の不連続に注目して、約6千2百年前以降に4つの断層活動層準を認定した。
Aトレンチ(1982年トレンチ)壁面では、3層(粗粒砂層)を切る、もしくは撓ませる断層の存在が指摘されている。また、3層の下位の4層(シルト層)からは、室町時代以降の遺物が確認されたほか、14−15世紀の14C年代値が得られている。よって、14世紀以後に断層活動が生じたと考えられる。また、丹那断層発掘調査研究グループ(1983,1986)は、本断層が2層まで切っている可能性を指摘し、この活動を1930年の北伊豆地震の活動に伴うものとしている。
Mトレンチ(1980年トレンチ)の北側壁面では、6層(粗粒砂層)を切る断層が、5層(シルト層)の基底に覆われる。また、下位の7層上部には神津島天上山火山灰(838年:注10)が挟まれ、上位の4層から得られた最も古い14C年代値は11−13世紀を示す。したがって、ここでは838年以後、13世紀以前に断層活動があったと推定する。なお、丹那断層発掘調査研究グループ(1983,1986)では、この断層活動が841年の伊豆国の大地震(宇佐美,2003)に相当する可能性を指摘している。
Aトレンチの北側壁面では15層(泥炭層)及び14層(泥流堆積物)を切る断層帯が認められ、それに伴うポケット状の落ち込みが13層によって不整合に覆われている。14層と13層からは、それぞれ約5千9百−5千6百年前及び約3千4百−3千1百年前といった14C年代値が得られていることから、約5千9百年前以後、約3千1百年前以前に断層活動があったと推定される。また、南側壁面ではシルト層からなる13層が断層の東側で厚く、北側壁面では断層東側の副断層を境に、礫層から構成される13層が西側で厚くなっており、これらは背斜の形成があったとされる(丹那断層発掘調査研究グループ,1983,1986)。
Aトレンチの南側壁面では、少なくとも15層を切り、14層(約5千9百−5千6百年前)に覆われる断層が認められる。したがって、15層堆積より後、14層堆積より前に断層活動が推定される。15層から得られた最も若い14C年代値は約6千2百−5千8百年前であることから、約6千2百年前以後、約5千6百年前以前に断層活動が生じたと考えられる。また、北側壁面において15c層(シルト)の変形が14層基底面の変形よりも大きいことから、この断層活動に伴って背斜の形成が生じたと考えられる。

丹那断層子乃神(ねのかみ)地点(トレンチ調査)

丹那断層のほぼ中央に位置する函南町の丹那盆地では、1930年の北伊豆地震の際に、盆地の中央に位置する孤立丘の西脇(子乃神神社前)に顕著な地震断層が出現しており、その地震断層を対象としたトレンチ調査が実施されている(第3次丹那断層発掘調査研究グループ,1988:図8)。
トレンチ壁面では、0層のうち天城カワゴ平軽石層(3,126−3,145年前:注10)を挟む層準よりも上位までを切る断層が認められる(第3次丹那断層発掘調査研究グループ,1988)。よって約3千1百年前以後に断層活動があったと考えられる。
Amトレンチの南側壁面においては、1a層上面に生じたテクトニックな凹地を0層下部が埋めるように堆積し、その層厚が断層沿いで厚くなっている(第3次丹那断層発掘調査研究グループ,1988)。よって、1a層堆積より後、0層下部堆積より前に断層活動が生じた可能性がある。また、Amトレンチの北側壁面では、4f層が変位した構造を4e層の上部が埋めているとされている(第3次丹那断層発掘調査研究グループ,1988)。ただし、4e層上部の内部構造に関しては不明であるため、ここでは、4f層堆積より後、4c層堆積より前の可能性があると判断する。また、4e層には鬼界アカホヤ火山灰層(約7千3百年前;注10)を挟在することが確認されている。ただし、これらの断層活動に関しては14C年代値が得られていないことから、ここでは、火山灰層の年代値を基に、約7千3百年前以後−約3千1百年前以前に1層準、鬼界アカホヤ火山灰を含む4e層の堆積直前−4c層堆積より前に1層準の計2つの活動層準が認められると判断する。
なお、第3次丹那断層発掘調査研究グループ(1988)では、この他にも2b層が北方に向かって厚さを増しており、4a層以下の地層がテクトニックな凹地を埋めるように堆積した疑いがあるとしている。

丹那断層大沢池地点(トレンチ調査)

丹那地震断層の南端部付近に位置する、韮山町の大沢池の脇でトレンチ調査が実施された(山崎ほか,1984)。ただし、トレンチ掘削地点付近では、地震断層の出現状況は明らかでなく、トレンチ壁面には明瞭な断層変位は認められなかったとされている(山崎ほか,1984)。
なお、山崎ほか(1984)では、地層の変形や亀裂・擾乱などを基に、天城カワゴ平軽石層の降灰(約3千1百年前)以後に2回以上の断層活動を想定している。しかし、これらのトレンチ壁面に認められた亀裂や擾乱が断層活動に直接起因するものと断定はできない。

浮橋中央断層浮橋地点(トレンチ調査)

1930年の北伊豆地震の際には、大仁町浮橋付近では複数の地震断層が並走して出現している。そのうち、東側の浮橋中央地震断層を横切るようにしてトレンチ調査が実施された(Yamazaki et al.,1982;山崎ほか,1984:図9)。
トレンチ壁面では、断層Cにより天城カワゴ平軽石層(3,126−3,145年前)を挟む層(火山灰質土)が切られ、層の基底部においては断層近傍で見かけ上15cmの西落ちを示す(山崎ほか,1984)。また、断層Cに沿う開口部を人工的に擾乱された地層である層が充填する。この断層Cは、地表近くに現れた地割れ的な正断層とされている(山崎ほか,1984)。山崎ほか(1984)は、断層Cを1930年北伊豆地震の1回の活動によるものとしているが、天城カワゴ平軽石層以降の地層の分布を欠いているため、活動回数は明確ではない。以上のことから、約3千1百年前以後に1回以上の断層活動があったと考えられる。
また、断層Bにより層(砂礫層)の下部が切られ、層は見かけ上20cm程度の東落ちを示す。そして、上位の層中の天城カワゴ平軽石層とスコリア層は、この変形を覆ってほぼ水平からごく緩やかに分布する。これらのことから、層堆積より後−層堆積より前に断層活動が生じたと考えられ、その年代は約5千6百年前以後(下位の層の年代:約5千6百−約5千1百年前)、約3千1百年前以前である。なお、層(砂質シルト層)は見かけ上層の落差を埋めるように分布するが、山崎ほか(1984)では、この層にも変形は認められないとしている。しかし、層の内部構造は不明であることから、ここでは幅を持たせて本断層活動の上限を層とした。
さらに、本流性の礫層である層の上面は断層Bにより27cm東落ちに変位するのに対し(山崎ほか,1984)、層基底は断層Aによりより大きく変位していることから、層堆積中もしくはそれ以前にも断層活動があったと考えられる。ただし、その年代は層中から得られた5千1百年前より以前としか判断できない。

以上のように、北伊豆断層帯では約6千2百前以後に5回の断層活動が推定される。

なお、北伊豆断層帯南端部の東側には1930年の北伊豆地震の際に本断層帯と同時に活動した姫之湯断層が分布しており、この断層を対象としたトレンチ調査が実施されている(山崎ほか,1988)。山崎ほか(1988)は、人工堆積物直下の地層までを切る断層や、トレンチの表層近くに地震時の開口亀裂の分布と一致すると推定される雁行亀裂を認め、これらは北伊豆地震の際の活動で説明できるとしている。

b)先史時代・歴史時代の活動

本断層帯は、1930年(昭和5年)の北伊豆地震(マグニチュード7.3)で活動し、顕著な地震断層が現れた。その際の左横ずれ変位量は丹那断層の中部で2−3m程度であった(松田,1972など)。
なお、本断層帯の東縁辺部に分布する分岐断層群の一部においても、この地震に伴って変位が生じたことが報告されている。そのうち、南端部に位置する姫之湯断層では、1m程度の右横ずれと0.5m程度の東側隆起が生じたことが確認された(松田,1972など)。しかし、姫之湯断層を除いて変位は小規模であり(松田,1972など)、その詳細は必ずしも明らかではない。
また、841年(承和8年)の伊豆の地震(マグニチュード7.0)に関して、宇佐美(2003)はその震央を伊豆の国府(現在の三島市)としているが、本断層帯の活動との詳細な関係は不明である。なお、丹那断層発掘調査研究グループ(1983)は、本断層帯の1つ前の活動が838年の神津島天上山火山灰降下直後にあった可能性があったとして、この841年の地震で本断層帯が活動した可能性も指摘している。

以上のことから、北伊豆断層帯の最新活動時期は1930年の北伊豆地震と判断される。また、1つ前の活動時期は838年以後−13世紀以前と推定され、2つ前の活動時期は約2千8百年前以後−5世紀以前の可能性がある。そして、3つ前の活動時期は約5千6百年前以後−約3千1百年前以前、4つ前の活動時期は約6千2百年前以後−約5千6百年前以前と考えられる(図10)。

(3)1回の変位量(ずれの量)(注9)

本断層帯では、1930年の北伊豆地震において、丹那断層の中部で2−3m程度の左横ずれが生じている(松田,1972など)。また、北伊豆地震の前後に実施された三角測量の結果から、丹那断層を境に最大2.8m程度(注12)の左横ずれ変位が確認されている(Sato,1973:説明文2.2(6)を参照)。
よって、本断層帯の1回の活動に伴う左横ずれ量は2−3m程度と考えられる。

なお、本断層帯の長さは約32kmと推定されることから、経験式(1)及び(2)を用いると、1回の活動に伴う変位量は約2.5mと計算され、上記の値と整合する。北伊豆地震の際には、本断層帯の南端部付近に位置する姫之湯断層も同時に活動しているが、姫之湯断層を含めた地表地震断層の全長は約34kmであり、本断層帯の長さより2km長い程度に留まる。

用いた経験式は松田(1975)による次の式である。ここで、Lは断層の長さ(km)、Mはマグニチュード、Dは1回の活動に伴う変位量である。

    LogL=0.6M−2.9 (1)
    LogD=0.6M−4.0 (2)

(4)活動間隔

北伊豆断層帯は、最新活動時期が1930年の北伊豆地震であり、4つ前の活動が約6千2百年前以後、約5千6百年前以前と考えられることから、平均活動間隔は、約1千4百−1千5百年と推定される。
また、平均変位速度(左横ずれ成分:2m/千年程度)と1回の活動に伴う左横ずれ変位量(2−3m/千年程度)から平均活動間隔を求めると、1千−1千5百年程度となり上記の値と調和的である。
なお、最近3回の活動の間隔は約8百−1千4百年と求められ、過去5回の活動から推定した平均活動間隔より短くなる傾向を示す。

(5)活動区間

北伊豆断層帯は、構成する断層がほぼ連続的に分布することから、松田(1990)の基準に基づくと、全体が1つの活動区間として活動したと推定される。

(6)測地観測結果

北伊豆断層帯周辺における2003年までの約4年間のGPS観測結果では、断層帯の東部で北西−南東方向の縮みに加えて北東−南西方向の伸びが見られる。断層帯の西部では顕著な歪みは見られない。
また、1930年北伊豆地震後に行なわれた震災復旧測量(三角測量及び水準測量)の結果と地震前の測量結果との比較により、丹那断層を境に東側が西側に対して最大2.8m程度北向きに移動し、丹那断層付近で最大2m程度沈降するなどの変動が確認された。

(7)地震観測結果

北伊豆断層帯周辺の最近約6年間の地震観測結果によると、本断層帯南部では微小地震が発生しているが、本断層帯北部ではほとんど発生していない。地震発生層の下限の深さは約10kmである。
本断層帯では1930年11月26日に北伊豆地震(マグニチュード7.3)が発生した。この地震は顕著な前震活動(最大マグニチュード5.1)を伴った。またこの地震に先立ち、1930年3月から5月にかけて本断層帯の東の伊豆半島東方沖(伊東市沖)で顕著な群発地震活動(最大マグニチュード5.9)があった。
また、本断層帯の周辺では、1978年に伊豆大島近海地震(マグニチュード7.0)、1980年に伊豆半島東方沖地震(マグニチュード6.7)が発生するなど、伊豆半島東部において1978年頃から地殻変動を伴う活発な地震活動が続いている。

2.3 北伊豆断層帯の将来の活動

(1)活動区間及び活動時の地震の規模

北伊豆断層帯は、断層全体が1つの区間として活動する場合、1930年の北伊豆地震における活動や前述の経験式(1)、(2)に基づくと、マグニチュード7.3程度の地震が発生すると推定される。また、その際には、2−3m程度の左横ずれが生じると推定される。

(2)地震発生の可能性

北伊豆断層帯の最新活動後の経過率及び将来このような地震が発生する長期確率は表2に示すとおりである(注1、2)。
本断層帯は平均活動間隔が約1千4百−1千5百年と推定され、最新活動時期が1930年の北伊豆地震であることから、平均活動間隔に対する現在までにおける地震後経過率は0.05となる。また、地震調査研究推進本部地震調査委員会(2001)に示された手法(BPT分布モデル、α=0.24)によると、今後30年以内、50年以内、100年以内、300年以内の地震発生確率は、いずれもほぼ0%となる。現在までの集積確率もほぼ0%となる。表3にこれらの確率値の参考指標(地震調査研究推進本部地震調査委員会長期評価部会,1999)を示す。

3.今後に向けて

北伊豆断層帯の東側一帯には、右横ずれを主体とする長さ6km未満の断層群が分布する(図3)。しかし、それらの活断層としての諸特性はほとんど明らかにされていない。本断層群の将来の活動性を明確にするためには、その活動性に関する基礎資料を整えるとともに、南東延長部海域の調査を行なうことが望ましい。

注9: 「変位」を、1頁の本文及び5−6頁の表1では、一般にわかりやすいように「ずれ」という言葉で表現している。ここでは専門用語である「変位」が、本文や表1、表2の「ずれ」に対応するものであることを示すため、両者を併記した。以下、文章の中では「変位」を用いる。なお、活断層の専門用語では、「変位」は切断を伴う「ずれの成分」と、切断を伴わない「撓(たわ)みの成分」よりなる。
注10: 神津島天上山(Iz−Kt)火山灰、富士砂沢(F−Zn)火山灰、天城カワゴ平軽石層(Kg)及び鬼界アカホヤ(K−Ah)火山灰の降下年代値については、町田・新井(2003)に基づき、それぞれ838年、約2千5百−2千8百年前、3,126−3,145年前及び約7千3百年前とした。
注11: 10,000年BPよりも新しい炭素同位体年代については、Niklaus(1991)に基づいて暦年補正し、原則として1σの範囲の数値で示した。このうち2,000年前よりも新しい年代値は世紀単位で示し、2,000年前よりも古い年代値については、百年単位で四捨五入して示した。
注12: Sato(1973)に記述されている数値から計算すると、丹那断層を挟んで二等三角点玄岳と三等三角点奈古谷村が南北に2.75m相対変位している。Sato(1973)では、この値を基に丹那断層の中央部付近の相対変位を概略2.7m程度としているが、ここでは四捨五入して2.8m程度とした。

文 献

Abe, K.(1978):Dislocations, source dimensions and stresses associated with earth−quakes in the Izu peninsula. J. Phys. Earth, 26, 253−274.

阿部勝征・岡田篤正・垣見俊弘編(1985):「地震と活断層」.ISU株式会社,760p.

中央気象台(1930):「昭和五年十一月二十六日北伊豆地震報告」.150p.

中央気象台(1931):北伊豆地震第二報告.験震時報,5,216p.

第3次丹那断層発掘調査研究グループ(1988):1985年丹那断層(丹那・子乃神地区)トレンチ調査.活断層研究,5,42−49.

藤井陽一郎(1978):1930年北伊豆地震にともなった地殻歪の場(理論値).測地学会誌, 24, 50−51.

平野信一(1984):放射性炭素年代測定と地層の年代―丹那断層・名賀地区トレンチ調査の場合―.月刊地球,6,179−185.

Honda, H.(1931):On the initial motion and the types of the seismograms of the North Izu and the Ito Earthquakes, Geophyys. Mag., 4, 185−213.

星野一男・橋本知昌・松田時彦(1977):伊豆半島北東部の活断層分布図.地震予知連絡会会報,17,51−53.

星野一男・橋本知昌・松田時彦(1978):1:50,000伊豆半島(北伊豆・名賀地区)の発掘調査.地震研究所彙報,58,797−830.

伊原敬之助・石井C彦(1931):北伊豆地震地域の地変(其一).地学雑誌,43,705−716.

伊原敬之助・石井C彦(1932):北伊豆震災地調査報文.地調報告,112,111p.

地震調査研究推進本部(1997):「地震に関する基盤的調査観測計画」.38p.

地震調査研究推進本部地震調査委員会長期評価部会(1999):「(改定試案)長期的な地震発生確率の評価手法について」.74p.

地震調査研究推進本部地震調査委員会(2001):「長期的な地震発生確率の評価手法について」.46p.

金子史朗(1972a):「地形図説2」.古今書院,130−134.

金子史朗(1972b):丹那断層ノート.地理,22,104−107.

活断層研究会編(1980):「日本の活断層−分布図と資料−」.東京大学出版会,363p.

活断層研究会編(1991):「新編日本の活断層−分布図と資料−」.東京大学出版会,437p.

君塚康治郎(1931):北伊豆地震地踏記.地球,15,11−24,

小池一之・町田 洋編(2001):「日本の海成段丘アトラス」.東京大学出版会, CD−ROM 3枚・付図2葉・122p.

近藤久雄・遠田晋次・今泉俊文・堤 浩之・杉下一郎・中田 高・奥村晃史・島崎邦彦・高田圭太・池田哲哉・原口 強(2003):丹那断層の過去3,000年間の活動履歴と単位変位量−田代地区における3Dトレンチ・Geoslicer調査−.地震,第2輯,55,407−424.

Kuno, H. (1936a) : On the Displacement of the Tanna Fault since the Pleistocene. Bull. Earthq. Res. Inst., 14, 620−631.

Kuno, H. (1936b) : The Geologic Section along the Tanna Tunnel. Bull. Earthq. Res. Inst., 14, 92−103.

久野 久(1936):最近の地質時代に於ける丹那断層の運動に就いて.地理学評論,12,18−32.

久野 久(1962):旧丹那トンネルと新丹那トンネル.科学,32,397−401.

町田 洋・新井房夫(2003):「新編 火山灰アトラス−日本列島とその周辺」.東京大学出版会,336p.

松田時彦(1972):1930年北伊豆地震の地震断層.星野通平・青木 斌編「伊豆半島」,東海大学出版会,73−93.

松田時彦(1975):活断層から発生する地震の規模と周期について.地震第2輯,28,269−283.

松田時彦(1977):伊豆半島天城山周辺地域の活断層調査.地震研究所彙報,52,223−234.

松田時彦(1990):最大地震規模による日本列島の地震分帯図.地震研究所彙報,65,289−319.

松田時彦・岡田篤正・藤田和夫(1976):日本の活断層分布図およびカタログ.地質学論集,12,185−198.

松本哲一・水垣桂子・玉生志郎・小野晃司・北原哲郎・品田正一・笹田政克(1993):伊豆半島,多賀火山初期噴火物としての畑玄武岩類−静岡県丹那盆地付近の地質とK−Ar年代−.火山,38,1−13.

宮内崇裕・池田安隆・今泉俊文・佐藤比呂志・東郷正美(1996):1:25,000都市圏活断層図「小田原」.国土地理院技術資料,D.1−No.333.

中田 高・今泉俊文編(2002):「活断層詳細デジタルマップ」.東京大学出版会,DVD−ROM 2枚・付図1葉・60p.

Niklaus, T. R.(1991):CalibETH version 1.5, ETH Zurich, 2disketts and manual, 151p.

Otuka, Y. (1932) : The Geomorphology of the Kano−gawa Alluvial Plain, the Earthquake Fissures of Nov. 26, 1930, and the Pre− and Post−seismic Crust Deformations. Bull. Earthq. Res. Inst., 10, 235−246.

Otuka, Y. (1933) : The Geomorphology and Geology of Northern Idu Peninsula, the Earthquake Fissures of Nov. 26, 1930, and the Pre− and Post−Seismic Crust Deformations. Bull. Earthq. Res. Inst., 11, 530−574.

Sato, T.(1973):A study of horizontal movement of the earth crust associated with destructive earthquakes in Japan. Bull. Geogr. Surv. Inst., 19, 89−130.

杉原重夫(1984):丹那断層名賀地区トレンチにおける示標テフラの岩石記載的特性と噴出年代.月刊地球,6,171−177.

Suzuki, M. (1970) : Fission track age and uranium contents of obsidians. J. Anthrop. Soc. Nippon, 78, 50−58.

Takahashi, R.(1931):Results of the precise leveling executed in the Tanna Reilway Tunnel and the movement along the slicken−side that appeared in the Tunnel.Earthq. Res. Inst., 9, 435−453.

棚橋嘉市(1931):北伊豆地震調査報告.海洋気象台彙報,39,1−34.

丹那断層発掘調査団(1986):1980年丹那断層(名賀地区)のトレンチ調査.活断層研究,3,19−23.

丹那断層発掘調査研究グループ(1983):丹那断層(北伊豆・名賀地区)の発掘調査.地震研究所彙報,58,797−830.

丹那断層発掘調査研究グループ(1984):丹那断層・名賀地区トレンチ調査.月刊地球,6,146−154.

丹那断層発掘調査研究グループ(1986a):1982年丹那断層(名賀地区)トレンチ調査.活断層研究,3,44−51.

丹那断層発掘調査研究グループ(1986b):1982年丹那断層(田代地区)トレンチ調査.活断層研究,3,52−58.

田山利三郎(1931):北伊豆地震と地質構造との関係.斎藤報恩会学術研究報告,11,1−54.

鉄道所熱海建設事務所(1936):「丹那隧道工事誌」.622p.

遠田晋次・近藤久雄・杉下一郎・堤 浩之・高田圭太・今泉俊文・中田 高・奥村晃史・島崎邦彦・池田哲哉・原口 強(2000):3Dトレンチおよび地層抜き取り調査による活断層の地表形態・横ずれ変位量の検出−丹那断層田代地区における試行−.地球惑星科学関連学会2000年合同大会予稿集,SI−010.

東郷正美・橋谷光孝(1984):丹那盆地における完新世後半の環境変遷―花粉分析結果をもとにして―.月刊地球,6,186−193.

東郷正美・今泉俊文・原口 強・市川仁夫(1997):静岡県函南町畑地区に新設された丹那断層地下観察室.活断層研究,16,19−27.

Tsuboi, C.(1931):On the results of repeated precies levellings around Idu Peninsula, Bul. Eaethq. Res. Inst., 9, 271−277.

Tsuboi, C.(1932):Investigaton on the deformation of the Earth's crust in Idu Peninsula connected with the Idu Earthhquake of Nov. 26,1930, Bul. Eaethq. Res. Inst., 10, 435−448.

Tsuboi, C.(1933):Note on mechanical strength of the Earth's crust. Bul. Eaethq. Res. Inst., 11, 275−277.

辻村太郎(1933):「断層地形論考」.古今書院,397p.

Tsukuda, E. ,Yamazaki, H. (1984) : Excavation Survey of Active Faults for Earthquake Prediction in Japan − with Special Reference to the Ukihashi Central Fault and the Atera Fault. Rep. Geological Survey of Japan, 263, 349−361.

津屋弘逵(1934):昭和5年北伊豆烈震の際現れた所謂加殿断層に就いて.地震,6,369−377.

宇佐美龍夫(2003):「最新版 日本被害地震総覧[416]−2001」.東京大学出版会,605p.

八木浩司・今泉俊文・澤 祥・東郷正美・池田安隆(1996a):1:25,000都市圏活断層図「熱海」.国土地理院技術資料,D.1−No.333.

八木浩司・今泉俊文・澤 祥・東郷正美・池田安隆(1996b):1:25,000都市圏活断層図「伊東」.国土地理院技術資料,D.1−No.333.

山崎晴雄(1988):ボーリング調査で明らかになった丹那盆地の変形構造.地学雑誌,97,69−84.

山崎晴雄・粟田泰夫・水野清秀・加藤 完・衣笠善博(1986):1982年丹那断層(大沢池地区)トレンチ調査.活断層研究,3,80−84.

山崎晴雄・粟田泰夫・佃 栄吉(1984):北伊豆断層のトレンチ発掘調査.月刊地球,6,158−164.

Yamazaki, H. , Tsukuda, E. and Kinugasa, Y(1982):Excavatation Survey of Active Faults, Proceedings of 3rd Joint Panel Meeting, the U.J.N.R. Panel on Earthquake Prediction Technology 133−149.

山崎晴雄・佃 栄吉・水野清秀・加藤 完・吉川清志(1988):1983年姫ノ湯断層(姫ノ湯地区)トレンチ調査.活断層研究,5,29−34.

山崎直方(1919):丹那盆地の地形につきて.地質学雑誌,26,165−175.


表3 北伊豆断層帯の地震発生確率及び参考指標

項  目                         数  値                  備   考
地震後経過率

今後30年以内の発生確率
今後50年以内の発生確率
今後100年以内の発生確率
今後300年以内の発生確率

集積確率
0.05

ほぼ0%
ほぼ0%
ほぼ0%
ほぼ0%

ほぼ0%


発生確率及び集積確率は地
震調査研究推進本部地震調
査委員会(2001)参照。
指標(1) 経過年数
      比
指標(2)
指標(3)
指標(4)
指標(5)
マイナス1千年−マイナス9百年
0.07−0.08
ほぼ0
ほぼ0%
ほぼ0
0.0007

地震調査研究推進本部地
震調査委員会長期評価部
会 (1999) 参照。

注13: 評価時点はすべて2005年1月1日現在。「ほぼ0%」は10−3%未満の確率値を、「ほぼ0」は10−5未満の数値を示す。
指標(1) 経過年数 :当該活断層での大地震発生の危険率(1年間当たりに発生する回数)は、最新活動(地震発生)時期からの時間の経過とともに大きくなる(BPT分布モデルを適用した場合の考え方)。一方、最新活動の時期が把握されていない場合には、大地震発生の危険率は、時間によらず一定と考えざるを得ない(ポアソン過程を適用した場合の考え方)。
この指標は、BPT分布モデルを適用した場合の危険率が、ポアソン過程を適用した場合の危険率の値を超えた後の経過年数である。値がマイナスである場合は、BPT分布モデルを適用した場合の危険率がポアソン過程を適用した場合の危険率に達していないことを示す。
北伊豆断層帯の場合、ポアソン過程を適用した場合の危険度は、1千4百−1千5百分の1(0.0007)であり、いつの時点でも一定である。
北伊豆断層帯の場合、BPT分布モデルを適用した場合の危険率は評価時点でほぼ0であり、時間とともに増加する。BPT分布モデルを適用した場合の危険率がポアソン過程を適用した場合の危険率に達するには今後1千年から9百年を要する。
指標(1) :最新活動(地震発生)時期から評価時点までの経過時間をAとし、BPT分布モデルによる危険率がポアソン過程とした場合のそれを超えるまでの時間をBとする。前者を後者で割った値(A/B)。
指標(2) :BPT分布モデルによる場合と、ポアソン過程とした場合の評価時点での危険率の比。
指標(3) :評価時点での集積確率(前回の地震発生から評価時点までに地震が発生しているはずの確率)。
指標(4) :評価時点以後30年以内の地震発生確率をBPT分布モデルでとりうる最大の確率の値で割った値。
指標(5) :ポアソン過程を適用した場合の危険率(1年間あたりの地震発生回数)。

付表

地震発生確率等の評価の信頼度に関する各ランクの分類条件の詳細は以下のとおりである。

  ランク   分類条件の詳細
発生確率を求める際に用いる平均活動間隔及び最新活動時期の信頼度がいずれも比較
的高く(◎または○)、これらにより求められた発生確率等の値は信頼性が高い。

平均活動間隔及び最新活動時期のうち、いずれか一方の信頼度が低く(△)、これらに
より求められた発生確率等の値は信頼性が中程度。

平均活動間隔及び最新活動時期の信頼度がいずれも低く(△)、これらにより求められ
た発生確率等の値は信頼性がやや低い。

平均活動間隔及び最新活動時期のいずれか一方または両方の信頼度が非常に低く(▲)、
発生確率等の値は信頼性が低い。このため、今後の新しい知見により値が大きく変わる
可能性が高い。または、データの不足により最新活動時期が十分特定できていないため
に、現在の確率値を求めることができず、単に長期間の平均値を確率としている。