平成16年8月11日
地震調査研究推進本部
地震調査委員会


荒川断層の長期評価について


地震調査研究推進本部は、「地震調査研究の推進について −地震に関する観測、測量、調査及び研究の推進についての総合的かつ基本的な施策−」(平成11年4月23日)を決定し、この中において、「全国を概観した地震動予測地図」の作成を当面推進すべき地震調査研究の主要な課題とし、また「陸域の浅い地震、あるいは、海溝型地震の発生可能性の長期的な確率評価を行う」とした。

地震調査委員会では、この決定を踏まえつつ、これまでに陸域の活断層として、57断層帯の長期評価を行い公表した。

今回、引き続き、荒川断層について現在までの研究成果及び関連資料を用いて評価し、とりまとめた。

評価に用いられたデータは量及び質において一様でなく、そのためにそれぞれの評価の結果についても精粗がある。このため、評価結果の各項目について信頼度を付与している。


平成16年8月11日
地震調査研究推進本部
地震調査委員会

荒川断層の評価

荒川(あらかわ)断層は、関東平野の中央部、大宮台地の南西縁をほぼ北西−南東方向に延びる伏在活断層とされている。ここでは、平成3年度から平成7年度にかけて防災科学技術研究所や地質調査所(現:産業技術総合研究所)が行った反射法弾性波探査及び平成9年度に埼玉県が実施した反射法弾性波探査をはじめ、これまでに行われた調査研究成果に基づいて、この断層を次のように評価した。

1.活断層の存在

荒川断層は、大宮台地の南西縁を流れる荒川に沿って、大宮台地の段丘面を相対的に10−15 m隆起させる長さ20kmの断層とされてきた(図1、2)。
しかし、大宮台地を構成する段丘面群と、南西側の武蔵野台地を構成する段丘面群との間には、断層の存在を示すような分布高度差は認められない。また、この断層が通過するとされる地域では、大宮台地を隆起させるような断層によるずれや撓みは認められない。
以上のことから、大宮台地の段丘面を相対的に隆起させる、北東側隆起の伏在活断層とされてきた荒川断層は存在しないと判断される。

2.今後に向けて

武蔵野台地北部の傾動については、成因を含めその詳細が明らかとなっていない。
また、荒川低地には、荒川断層が通過すると推定されていた位置よりもさらに南西側で、第四紀層中に南西側上がりの撓曲や傾動の存在も指摘されている。
よって、今後、これらの構造について明らかにすることが望ましい。

注1: 文献については、本文末尾に示す以下の文献。
文献1:遠藤ほか(1997)
文献2:笠原ほか(1993)
文献3:笠原ほか(1994)
文献4:笠原(1996)
文献5:笠原ほか(1997)
文献6:活断層研究会編(1991)
文献7:埼玉県(1998)


(説明)

1.荒川(あらかわ)断層に関するこれまでの主な調査研究

貝塚(1957)は武蔵野台地の地形解析結果を基に、武蔵野台地北部は北東に傾き下がる撓曲変形を受け、これは関東造盆地運動に起因するものと推定した。その後、貝塚(1975)は武蔵野台地の変形構造に基づいて、荒川沿いに西落ちの断層を想定し、武蔵野台地の北部が北北東に傾く断層角盆地を形成している可能性を指摘した。また、貝塚ほか(1977)は、荒川を横断する測線のボーリング資料に基づいて荒川断層の位置を検討し、大宮台地南西縁からさらに東南東方向へ荒川沿いの沖積低地に沿って伏在活断層が延びる可能性を指摘した。活断層研究会編(1980,1991)は、貝塚(1975)を引用して、武蔵野面に北東上がり10−15mの高度不連続があるとし、さらに確実度U(注2)で平均変位速度0.1−0.2m/千年の伏在活断層と推定した。
近年では、荒川断層ならびに本断層付近の地下構造を対象とした弾性波探査、重力探査及びボーリング資料調査等が、多田(1982,1983)、中山(1992)、杉山・遠藤(1992,1993)、笠原ほか(1993,1994,1995,1997)、笠原(1996)、杉山ほか(1997)、遠藤ほか(1997)、埼玉県(1998)等によって実施され、本断層の規模や活動性、存在の有無について多くの検討が行われている。
また、廣内(1999)は武蔵野台地及び大宮台地に分布する段丘の形状と構成層を検討し、両台地の地形面に有意な高度差は認められないとした。
50万分の1活構造図「東京」(第2版:杉山ほか,1997)では、荒川断層の一部を活断層として図示している。1:25,000都市圏活断層図「大宮」(澤ほか,1996)及び中田・今泉編(2002)には、段丘面を変位させる断層の存在は示されていない。

2.荒川断層の評価結果について

荒川断層は、関東平野の中央部、大宮台地の南西縁をほぼ北西−南東方向に延びる北東側隆起の伏在活断層とされてきた(貝塚,1975;貝塚ほか,1977;活断層研究会編,1980,1991:図1、2)。
貝塚(1957)は、武蔵野台地の扇状地地形の解析結果を基に、武蔵野台地の北部は北東に傾き下がる撓曲変形を受けていると推定した。また、古い地形面ほど大きな変形を示すことから、この変動は継続的なものであるとし、関東造盆地運動に起因するものとした。
貝塚(1975)は、荒川沿いに西落ちの断層が存在し、武蔵野台地の北部が北北東に傾く断層角盆地を形成している可能性を指摘した。また、武蔵野台地に分布する扇状地性のM1面及びM2面の傾斜を延長して、大宮台地に分布するM1面及びS面などのより古い段丘面と比較し、それぞれの高度差(10−15m)を断層によるものと仮定して、平均変位速度を0.1−0.2m/千年程度と推定した。
貝塚ほか(1977)は、貝塚(1975)等により存在の可能性が指摘された荒川断層の位置を推定するため、荒川を横断する測線の既存ボーリング資料を用いた検討を実施した。その結果、N値に基づく判断から洪積層(砂層)に14m程度の高度差を認め、これを荒川断層による変位と推定した。また、荒川沿いの沖積低地のうち断層が存在しない範囲を検討することで、主に消去法によって断層が存在する可能性のある範囲を検討し、大宮台地南西縁からさらに東南東方向へ伏在活断層が延びる可能性を指摘した。
活断層研究会編(1980,1991)は、貝塚(1975)を引用して、荒川断層を武蔵野面に北東上がり10−15mの高度不連続として認定し、さらに確実度Uで平均変位速度0.1−0.2m/千年の伏在活断層と推定した。
しかし、近年、荒川低地付近で反射法弾性波探査や地形学的調査等が実施され、荒川断層に関し新たな知見が得られている。
笠原ほか(1993,1994,1995,1997)、笠原(1996)及び遠藤ほか(1997)は、荒川沿いの沖積低地周辺において、貝塚(1975)等により推定された伏在断層の通過位置を挟む4測線と、通過位置の西側の1測線で反射法弾性波探査を実施した。ただし、いずれの測線においても、大宮台地の段丘面を隆起させるような、北東側隆起の断層は見出されていない(図3−図7)。
また、埼玉県(1998)は活断層研究会編(1991)などが推定した伏在活断層の南西端から、貝塚ほか(1977)が存在の可能性を指摘した東南東延長部について、浅層反射法弾性波探査と既存ボーリング資料の検討を実施したが、断層の存在は認められなかったとした(図8)。
地形学的な観点からは廣内(1999)が検討を行っている。廣内(1999)は、武蔵野台地及び大宮台地に分布する段丘の形状と構成層を検討し、武蔵野台地の段丘面は大宮台地に向かって次第に傾斜を減じていると推定した。そして、両台地に分布する各時代の段丘面に有意な高度差はなく、武蔵野台地に分布するS面とM2面の間にも継続的な地殻変動を示す変位の累積性は認められないとした。
なお、1:25,000都市圏活断層図「大宮」(澤ほか,1996)及び中田・今泉編(2002)の大縮尺図においても、荒川断層が推定された位置に、段丘面を変位させる断層の存在は示されていない。

以上のことから、貝塚(1975)、貝塚ほか(1977)が存在の可能性を指摘し、活断層研究会編(1980,1991)が推定してきたような、大宮台地の段丘面を相対的に隆起させる、北東側隆起の伏在活断層である荒川断層は、存在しないと判断される。

なお、貝塚(1957)が指摘した武蔵野台地北部を北東側に撓ませる傾動に関しては、杉山ほか(1997)が50万分の1活構造図に図示する等、この考えを支持する見解がその後も出されている。しかし一方で、武蔵野台地北部の勾配は必ずしも傾動による異常ではないとする見解(廣内,1999)もある。
また、笠原ほか(1993)は、荒川断層が通過するとされてきた川越市北東方の荒川付近(KAN−92測線:図3)に、深さ600−200mに分布する新第三紀鮮新世−第四紀更新世中期の上総層群を西上がりに変位させる撓曲構造を推定している。ただし、200m以浅に分布する第四紀更新世の下総層群に関しては、荒川付近より西側では全体として西上がりの傾動を示すものの、撓曲による変形は明瞭ではない。また、遠藤ほか(1997)は、同地区より約8km南東方の大宮市西方の荒川付近(KW測線)において、深さ数百m以浅に分布する地層が、緩やかに西上がりに傾斜する構造を見出している(図7)。さらに、遠藤ほか(1997)は、さいたま市西方のAR測線で深さ数10mより深部で西上がりの小さな変形があるとしているが、累積性は明瞭ではなくその規模も明らかではない(図6)。

3.今後に向けて

武蔵野台地北部の傾動については、成因を含めその詳細が明らかとなっていない。
また、荒川低地には、荒川断層が通過すると推定されていた位置よりもさらに南西側で、第四紀層中に南西側上がりの撓曲や傾動の存在も指摘されている。
よって、今後これらの構造について明らかにすることが望ましい。

注2: 流活断層研究会編(1991)は、空中写真判読による活断層としての確からしさを「確実度」と呼び、確からしさの高い方から、確実度T、U、Vの3段階に区分している。
・ 確実度Tの活断層は、活断層であることが確実なものとされている。
・ 確実度Uの活断層は、活断層であると推定されるものであり、位置・ずれの向きとも推定できるが、確実度Tと判定できる決定的な資料にかけるものとされている。
・ 確実度Vの活断層は、活断層の可能性があるが、ずれの向きが不明瞭なもの、また、他の原因、例えば川や海の浸食による崖、あるいは断層に沿う浸食作用によって、リニアメントが形成された疑いが残るものとされている。

文 献

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