平成14年5月8日
地震調査研究推進本部
地震調査委員会

伊勢湾断層帯の評価


伊勢湾断層帯は、伊勢湾の中・北部に分布する活断層帯である。ここでは、海上保安庁水路部(1995)や中部空港調査会(1994,1996)などにより行われた調査をはじめ、これまでこの断層帯に関して行われた調査研究成果に基づいて、この断層帯の諸特性を次のように評価した。

1.断層帯の位置及び形態

伊勢湾断層帯は、伊勢湾中・北部の海域に分布する断層帯で、木曽川河口の南方海域から愛知県知多郡南知多町の南方海域に延びる伊勢湾断層帯主部と、愛知県知多郡美浜町の沖合いから、三重県安芸(あげ)郡河芸(かわげ)町沖合いに達する白子−野間(しろこ−のま)断層からなる(図1、2、表1、3)。

伊勢湾断層帯主部は、全体の長さが約42kmで、北東側の相対的隆起を伴う断層であるが、長さ約25kmの北部の伊勢湾断層と、長さ約17kmの南部の内海(うちうみ)断層に細分される。

白子−野間断層は、長さが約21kmで、北側が相対的に隆起する逆断層成分をもつ断層である。

断層帯主部、白子−野間断層、いずれにおいても横ずれ成分は確認されていない。

 

2.伊勢湾断層帯の過去の活動

(1)断層帯主部

断層帯主部は、最新活動時期の違いから北部と南部に細分される。

北部は、過去十数万年間の平均的な上下方向のずれの速度が0.1m/千年程度で、平均的な活動間隔は1万―1万5千年程度であった可能性がある。最新活動の時期は、概ね1千年前以後−5百年前以前で、その時の上下方向のずれの量は1−1.5m程度であったと推定される。

南部の過去十万年程度の平均的な上下方向のずれの速度は0.2m/千年程度で、平均的な活動間隔は5千−1万年程度であった可能性がある。最新活動の時期は、概ね2千年前以後−1千5百年前以前であったと推定され、その時の上下方向のずれの量は1−2m程度であった可能性がある。

(2)白子−野間断層

白子−野間断層の過去十万年程度の平均的な上下方向のずれの速度は、0.3m/千年程度で、平均的な活動間隔は8千年程度であった可能性がある。最新活動の時期は概ね6千5百年前以後−5千年前以前であった可能性があり、その時の上下方向のずれの量は2.5m程度であったと推定される。

 

3.伊勢湾断層帯の将来の活動

(1)断層帯主部

断層帯主部は、最新活動時と同様に北部と南部がそれぞれ別々に活動すると推定されるが、全体が一つの区間として同時に活動する可能性もある。

北部と南部が別々に活動する場合、北部ではマグニチュードが7.2程度で、断層の東側が相対的に1−1.5m程度隆起する地震が発生すると推定される。南部ではマグニチュード6.8程度の地震が発生すると推定され、断層の北東側が相対的に1−2m程度隆起する可能性がある。北部と南部が同時に活動する場合は、マグニチュード7.5程度の地震が発生し、断層の北東側が相対的に3m程度隆起する可能性もある。

北部と南部の最新活動後の経過率及び将来このような地震が発生する長期確率はそれぞれ表2に示すとおりである。また、北部と南部が同時に活動する場合の長期確率は、それぞれが単独で活動する場合の長期確率を超えることはないと考えられる。

(2)白子−野間断層

白子−野間断層では、マグニチュード7.0程度で、断層の北側が相対的に2.5m程度隆起する地震が発生すると推定される。

白子−野間断層の最新活動後の経過率及び将来このような地震が発生する長期確率は表4に示すとおりである。本評価で得られた地震発生の長期確率には幅があるが、その最大値をとると、白子−野間断層は、今後30年の間に地震が発生する可能性が、我が国の主な活断層の中ではやや高いグループに属することになる。

4.今後にむけて

断層帯主部、白子−野間断層ともに、最新活動より前の活動について十分特定するだけのデータが得られていない。本断層帯における将来の地震の姿をより確度の高いものとするためには、断層帯主部、白子−野間断層それぞれについて、最新活動よりも前の活動を明らかにする必要がある。

 

表1 伊勢湾断層帯主部の特性

表2 伊勢湾帯断層帯主部の将来の地震発生確率等

表3 白子−野間断層の特性

表4 白子−野間断層の将来の地震発生確率等

 

注1: 我が国の陸域及び沿岸域の主要な98の活断層帯のうち、2001年4月時点で調査結果が公表されているものについて、その資料を用いて今後30年間に地震が発生する確率を試算すると概ね以下のようになると推定される。
98断層帯のうち約半数の断層帯:30年確率の最大値が0.1%未満
98断層帯のうち約1/4の断層帯:30年確率の最大値が0.1%以上−3%未満
98断層帯のうち約1/4の断層帯:30年確率の最大値が3%以上
(いずれも2001年4月時点での推定。確率の試算値に幅がある場合はその最大値を採用。)
この統計資料を踏まえ、地震調査委員会の活断層評価では、次のような相対的な評価を盛り込むこととしている。
今後30年間の地震発生確率(最大値)が3%以上の場合:
「本断層帯は、今後30年の間に地震が発生する可能性が、我が国の主な活断層の中では高いグループに属することになる」
今後30年間の地震発生確率(最大値)が0.1%以上−3%未満の場合:
「本断層帯は、今後30年の間に地震が発生する可能性が、我が国の主な活断層の中ではやや高いグループに属することになる」
注2: 1995年兵庫県南部地震、1858年飛越地震及び1847年善光寺地震の地震発生直前における30年確率及び集積確率(このうち、1995年兵庫県南部地震、1858年飛越地震については「長期的な地震発生確率の評価手法について」(地震調査研究推進本部地震調査委員会,2001)による暫定値)は以下のとおりである。
「長期的な地震発生確率の評価手法について」に示されているように、地震発生確率は前回の地震後、十分長い時間が経過しても100%とはならない。その最大値は平均活動間隔に依存し、平均活動間隔が長いほど最大値は小さくなる。平均活動間隔が5千年の場合は30年確率の最大値は5%程度、1万年の場合は3%未満である。
注3: 信頼度は、特性欄に記載されたデータの相対的な信頼性を表すもので、記号の意味は次のとおり。
 ◎:高い、○:中程度、△:低い
注4: 文献については、本文末尾に示す以下の文献。
文献1:中部空港調査会(1994)
文献2:中部空港調査会(1996)
文献3:岩淵ほか(2000)
文献4:地震調査研究推進本部地震調査委員会(2001)
文献5:海上保安庁水路部(1995)
文献6:活断層研究会(1991)
文献7:京都大学理学部ほか(1996)
文献8:岡田ほか(2000)
注5: 評価時点はすべて2002年1月1日現在。「ほぼ0%」は10−3%未満の確率値を示す。なお、計算に当たって用いた平均活動間隔の信頼度は低い(△)ことに留意されたい。
注6: 最新活動(地震発生)時期から評価時点までの経過時間を、平均活動間隔で割った値。最新の地震発生時期から評価時点までの経過時間が、平均活動間隔に達すると1.0となる。断層帯主部北部を例にとると、0.03は500年を15000年で割った値であり、0.1は1000年を10000年で割った値。
注7: 前回の地震発生から評価時点までに地震が発生しているはずの確率。

 

(説明)

1.伊勢湾断層帯に関するこれまでの主な調査研究

伊勢湾断層帯は、1960年代に実施された音波探査資料に基づいて、その存在が明らかにされてきた。中条・須田(1971,1972)は、重力探査結果及び音波探査結果から、伊勢湾断層及び内海(うちうみ)断層を見いだした。また、桑原ほか(1972)は、伊勢湾中・北部に伊勢湾断層、白子−野間(しろこ−のま)断層及び鈴鹿沖断層などの、第四紀の後期更新世に活動した断層が分布することを明らかにした。その後、活断層研究会(1980、1991)は、これらの断層を確実度T−U、活動度B級の活断層とした。

中部空港調査会(1994,1996)は、知多半島沖で詳細な音波探査やピストンコアリング・ボーリング調査を実施した。また、中部空港調査会(1994)の結果について、豊蔵ほか(1999)は、特に海底地形や地質構造について、また岡田ほか(2000)は断層の位置や第四紀後期の変位・活動様式について、それぞれおりまとめるとともにさらに検討を加えた。

また、海上保安庁水路部(1995)及び岩淵ほか(2000)は、伊勢湾中北部の広い範囲で音波探査等を実施し、特に白子−野間断層及び鈴鹿沖断層の実態と、伊勢湾断層北端部の活動性に言及した。

さらに、伊勢湾断層の北部において、京都大学理学部ほか(1996)は深さ3kmまでの音波探査を実施し、また、岩淵ほか(2000)はボーリング調査を実施して、後期更新世−完新世における断層の活動についてとりまとめた。

 

2.伊勢湾断層帯の評価結果

伊勢湾断層帯は、伊勢湾の中・北部に位置する断層帯であり、断層の分布範囲は、木曽川河口の南方沖を北端として、南東側は知多半島先端の愛知県知多郡南知多町沖合いまで、南西側は三重県安芸(あげ)郡河芸(かわげ)町の東方沖に至る南北約35km、東西約33kmの範囲に及んでいる(図1及び2)。

伊勢湾断層と内海断層は、知多半島の西−南側の海岸線にほぼ沿うように連続して延びている。一方、白子−野間断層は、伊勢湾断層と内海断層の境界付近を東端としているが、ここでは、知多半島が相対的に隆起する第四紀後期の地形・地質構造を考慮して、伊勢湾断層帯を、伊勢湾断層と内海断層からなる断層帯主部と白子−野間断層の二つに区分し、松田(1990)の基準にしたがい、それぞれを一つの起震断層であるとみなすこととする(図2)。

本断層帯を構成する各断層の位置・形状は、桑原ほか(1972)、活断層研究会(1991)、中部空港調査会(1994,1996)、海上保安庁水路部(1995)、岩淵ほか(2000)、岡田ほか(2000)などに示されている。ここでは、断層帯を構成する各断層の位置及び名称は岡田ほか(2000)によった。

なお、伊勢湾の北西部には、四日市市沖から鈴鹿市沖にかけて延びる鈴鹿沖断層(海上保安庁水路部,1995;岩淵ほか,2000)が分布する(図3)。この断層は、地震調査研究推進本部(1997)による基盤的調査観測計画においては伊勢湾断層帯に含まれていたが、これまでに得られた調査結果によると、その分布位置や変位の向きなどから、断層帯主部や白子−野間断層とは別の起震断層(松田,1990)と考えられる。この断層は長さが13km程度と短く、単独では地震調査研究推進本部(1997)による基盤的調査観測対象の活断層の基準に該当しなくなることから、ここでは評価の対象とはしないこととした。


2.1 伊勢湾断層帯主部

2.1−1 断層帯主部の位置・形態

(1)断層帯主部を構成する断層

断層帯主部は、伊勢湾断層と内海断層から構成される。

伊勢湾断層は断層帯主部の北部を構成する断層で、木曽川河口の南方約5km沖合い付近を北端として常滑(とこなめ)市沖を経て美浜町の西方沖に至る断層である。断層線の東側に幅100−1700m程度の撓曲構造を伴うことがあり、特に北端の約10kmの区間は幅広い撓曲構造を伴っている。また、一部では断層線の東側100−300mにわたって副断層群を伴う。

断層帯主部の南部を構成する内海断層は伊勢湾断層の南東端付近から知多半島の南岸に沿って南東に延び半島先端付近の南方沖に至る断層で、一部で幅100m程度の撓曲構造を伴っている。

(2)断層面の位置・形状

断層帯主部の地下の断層面の位置及び形状は、海底面に投影された断層の位置・形状と地下の断層構造等から推定した。

北部を構成する伊勢湾断層の断層面の長さ及び一般走向は、図2に示した断層の北西端と南東端を直線で結んで、長さ約25km、一般走向はN20°Wとなる。断層面上端の深さは、撓曲構造が海底面付近まで達していることから0kmとした。

北部の断層面の傾斜は、京都大学理学部ほか(1996)、岩淵ほか(2000)などによる音波探査結果によれば、深さ約2km以浅では60−70°程度で東に傾斜していると推定される。断層面の深部の形状については十分な資料がない。ただし、断層面下端の深さを地震発生層の下限である15−20km程度とし、断層面の傾斜を60−70°とすると、断層面の幅は概ね15−25km程度となる。

南部を構成する内海断層の断層面の長さ及び一般走向は、図2に示す断層の北西端と南東端を直線で結んで、長さ約17km、一般走向N60°Wとなる。断層面上端の深さは、断層による撓曲構造が海底面付近まで達していることから0kmとした。

南部の断層面の傾斜と深部の形状については十分な資料がない。ただし、断層面下端の深さは、地震発生層の下限である15−20km程度と推定される。

(3)断層の変位の向き(ずれの向き)(注8)

北部は、京都大学理学部ほか(1996)などによる音波探査結果及び岩淵ほか(2000)、中部空港調査会(1994,1996)などに示された地質構造などからみて、北東側が南西側に乗り上げる逆断層と考えられる。

南部は、断層北側の相対的隆起が認められるが、詳しい資料は得られていない。

北部、南部とも横ずれ成分については不明である。

2.1−2 断層帯主部の過去の活動

(1)平均変位速度(平均的なずれの速度)

<北部>

北部では断層を横切る多数の音波探査が行われている(中部空港調査会,1994,1996)。この結果によると、断層による地層の上下変位量は、探査測線ごとにばらつきが大きい。撓曲構造の両側で変位した地層が特定できる常滑市沖のデータに着目すると、約10万年前の地層面の上下変位量は10m程度と見ることができる。また、年代値の信頼度はやや低いが、約12.5万年前とされる地層面の上下変位量は15m程度と見ることができる(注9)。これらのことから、北部の上下方向の平均変位速度は、0.1m/千年程度となる。

<南部>

南部においても、断層を横切る音波探査が数多く行われている(中部空港調査会,1994,1996)。北部における結果と同様に、撓曲による地層の上下変位量は、ばらつきが大きいが、信頼度が相対的に高いと思われるデータに着目すると、約10万年前の地層面が上下に20m程度変位していると見ることができる(注10)。このことから南部の上下方向の平均変位速度は、0.2m/千年程度となる。

(2)活動時期

○地質学的に認められた過去の活動

<北部>

北部の過去の活動時期は、常滑市の沖で行われた高分解能音波探査結果とピストンコアリング及びボーリング調査結果(中部空港調査会,1996)から、以下のように判断する。

ユニブームを使用した音波探査結果から,深さ5−15m程度に分布する地層に、東上がりの撓曲変位が認められている。この撓曲構造を挟んでその両側で実施されたピストンコアリング調査の結果に基づいて撓曲構造の両側を比較すると、深さ約3mよりも浅い地層には分布の深さに差が認められないが、深さ4−5m付近から12−14m付近までの地層には、撓曲構造を挟んで一様に東側が1m程度高まる変位が認められる(図4、5)。この地層中には、約3千年前の天城−カワゴ平火山灰(Kg1)とその上位の別の火山灰層(Kg2)の2枚の特徴的な火山灰が挟まれている。コアの年代測定結果から、ここでは、概ね1千年前以後−5百年前以前に断層活動があったと推定される。また、少なくとも約4千−5千年前以後、約1千年前以前の期間は、地層の上下変位量に有意な変化が見られないことから、断層活動がなかったと推定される。

なお、伊勢湾断層北端部付近で行われたボーリング調査(岩淵ほか,2000;岩淵,2000)によれば、この付近では第四紀後期更新世の第一礫層堆積(約2万年前頃)以後には活動がないとされている。また、音波探査記録によれば、伊勢湾断層北端の約10km区間は、約1.5万年前とされる地層の堆積時以後には断層が活動していないとする報告がある(中部空港調査会,1994;岡田ほか,2000)。

<南部>

内海断層東部の南知多町沖の海域において、中部空港調査会(1996)は、ユニブームを使用した音波探査とピストンコアリングを実施し、深さ7m付近よりも下位の地層が北東上がりに撓曲変位し、上位のKg2火山灰を含む地層が撓曲変形を伴わずに覆っていること確認した(図6、7)。

Kg2の年代は直接得られていないが、Kg2よりも上位の地層から概ね1千年前、下位の変位を受けている地層から概ね2千年前の年代値が得られており、両者のほぼ中間にKg2が挟まれることから、Kg2の年代はおおまかに1千5百年前頃と推定される。したがって、南部では概ね2千年前以後−1千5百年前以前に最新の断層活動があったと推定される。

以上のことから、北部と南部の最新活動の時期は、Kg2火山灰の堆積時を挟んで、異なっていたと推定される。

○先史時代・歴史時代の活動

1586年天正地震(マグニチュード8.2(飯田,1980)もしくは7.8(宇佐美,1996))では、伊勢湾断層帯主部の北方の濃尾平野から、同平野の西側の鈴鹿山脈西方にかけての広い地域で震度7に相当する被害が生じている(飯田,1987)。また、この地震の際に、伊勢湾内において津波が発生したとの指摘があり(飯田,1987)、これらの状況から、1586年天正地震が伊勢湾断層の活動に該当するとの指摘もある(飯田,1987)。

しかし、この地震に関する史料が限られていることから、この地震と断層帯主部の関係については判断できない。

(3)1回の変位量

<北部>

常滑市沖におけるピストンコアリング調査結果から、最新活動に伴う1回の変位量は少なくとも上下方向に1mはあったと推定される(中部空港調査会,1996;図5)。また、北端部を除いてほぼ全域で行われた音波探査結果によれば、約2千年前頃とされる地層面の変位量は、探査測線ごとに0.3−2.2mと比較的大きなばらつきがあるが、断層両側でこの地層が確認されている常滑市沖のデータや、常滑市南方沖で実施されたボーリング調査結果に基づくと、北部の最新活動に伴う変位量は上下成分で1−1.5m程度であったと推定される。

以上のことから、北部の最新活動に伴う1回の上下変位量は、1−1.5m程度であったと推定される。

<南部>

音波探査の結果(中部空港調査会,1996)によれば、約2千年前頃とされる地層面の上下変位量は、1−2m程度とみることができる。

また、内海断層の西部における音波探査結果及びピストンコアリング調査結果(中部空港調査会,1996)から、最新活動に伴う上下変位量は2m程度であった可能性がある。

以上のことから、南部の最新活動に伴う上下変位量は1−2m程度であった可能性がある。

(4)活動間隔

<北部>

北部の最新活動に伴う変位量から、1回の活動に伴う上下変位量を1−1.5m、長期的な平均変位速度を0.1m/千年とすると、その平均活動間隔は1万年−1万5千年程度と求められる(注11)。このことは、常滑市沖において最新活動時期(概ね1千年前以後−5百年前以前)の前には、少なくとも3千−4千年間は活動しなかったと推定されるということと整合的である。

<南部>

南部についても、その最新活動に伴う変位量から、1回の活動に伴う上下変位量を1−2mとし、長期的な平均変位速度を0.2m/千年とすると、その平均活動間隔は5千−1万年程度と求められる(注11)。

(5)活動区間

最新活動においては、断層帯主部は北部、南部がそれぞれ一つの区間として活動したと推定されるが、北部の伊勢湾断層と南部の内海断層はほぼ連続して分布していることから、最新活動よりも前の活動においては、断層帯主部全体が一つの区間として活動したこともあった可能性もある。

(6)測地観測結果

伊勢湾断層帯の周辺では、最近約100年間及び約10年間では北西−南東方向の縮みが観測されている。最近のGPS観測でも、この地域では同方向の縮みが観測されている。

(7)地震観測結果

伊勢湾断層帯付近の地震活動は比較的低調である。断層帯周辺の地震活動から推定される地震発生層の下限の深さは、15−20km程度と推定される。

 

2.1−3 断層帯主部の将来の活動

(1)活動区間と地震の規模

断層帯主部の将来の活動時には、最新活動時と同様に、北部と南部が別々に活動すると推定される。この場合、経験式(1)によると、北部で発生する地震の規模はマグニチュード7.2程度で、そのときの上下変位量は1−1.5m程度になると推定される(注12)。また、南部で発生する地震の規模は、経験式(1)によると、マグニチュード6.8程度と推定され、また、その際の上下変位量は1−2m程度となる可能性がある。

しかし、伊勢湾断層帯主部は、北部と南部が連続していることから、次の活動においては断層帯全体が一つの活動区間として活動する可能性もある。その場合、発生する地震の規模は、経験式(1)を適用すれば、マグニチュード7.5程度となり、その時の上下変位量は、経験式(2)を適用すると3m程度と計算される。

用いた経験式は松田(1975)に基づく以下の式である。ここで、Lは1回の地震で活動する断層の長さ(km)、Dは断層の変位量(m)、Mはマグニチュードである。

 LogL=0.6M−2.9 (1)

 LogD=0.6M−4.0 (2)

(2)地震発生の可能性

伊勢湾断層帯主部のうち、北部の平均活動間隔は1万−1万5千年程度の可能性があり、最新の活動時期が概ね1千年前以後−5百年前以前であったと推定されることから、最新活動後、評価時点(2002年)までの経過時間は概ね5百年−1千年で、平均活動間隔の1割以下となる。

また、南部の平均活動間隔は5千年−1万年程度の可能性があり、最新の活動時期が概ね2千年前以後−1千5百年前以前であったと推定されることから、最新活動後、現在までの経過時間は概ね1千5百年−2千年で、平均活動間隔の2−4割の時間が経過していることになる。

地震調査研究推進本部地震調査委員会(2001)に示された手法(BPTモデル,α=0.24)によると、今後30年以内、50年以内、100年以内、300年以内の地震の発生確率は、北部ではいずれもほぼ0%、南部ではそれぞれ、ほぼ0%−0.002%、ほぼ0%−0.003%、ほぼ0%−0.008%、ほぼ0%−0.06%となる。また、現在までの集積確率は北部がほぼ0%、南部はほぼ0%−0.006%となる。

また,次回の活動において北部と南部が同時に活動する場合には、その地震発生確率は、北部、南部が単独で活動する場合の確率を超えないものと思われる。

表5に、これらの確率値の参考指標(地震調査研究推進本部地震調査委員会,1999)を示す。

 

2.2 白子−野間断層の評価結果

2.2−1 白子−野間断層の位置・形態

(1)白子−野間断層の海底面における位置・形状

白子−野間断層は、伊勢湾の中央部付近に分布し、愛知県美浜町沖ので伊勢湾断層帯主部を構成する伊勢湾断層と内海断層との境界付近から三重県河芸町沖まで、ほぼ東−西方向に延びる長さ21kmの断層で、幅1km程度の撓曲構造を伴っている。

(2)地下の断層面の位置形状

白子−野間断層の地下の断層面の位置及び形状は、図2に示された海底面における位置及び形状と地下の断層構造等から推定した。

断層面の長さ及び一般走向は、断層の東端と西端を直線で結ぶと、長さは約21km、一般走向は東−西となる。

断層面上端の深さは、断層による変位が海底面付近にまで達していることから0kmとする。

断層面の傾斜と深部の形状については十分な資料がないが、音波探査の結果(中部空港調査会,1996)によれば、深さ約1.5km以浅では高角で北傾斜していると考えられる。断層を挟んで北側の地層に変形が見られる。断層面下端の深さは、地震発生層の下限である15−20km程度と推定される。

(3)断層の変位の向き(ずれの向き)

白子−野間断層は、岩淵ほか(2000)、中部空港調査会(1996)などに示された地質構造からみて、北側が南側に乗り上げる逆断層成分を持つと推定される。断層の傾斜が高角であること、また、断層の一般走向と断層帯周辺の広域応力場との関係から、横ずれ成分を伴うことが予想されるが、それを示す具体的なデータは確認されていない。

 

2.2−2 白子−野間断層の過去の活動

(1)平均変位速度

白子−野間断層の東部において実施された音波探査結果(中部空港調査会,1996)によれば、この断層によって約10万年前とされる地層面が上下方向に概ね30m程度変位していると推定される。このことから、白子−野間断層帯の上下方向の平均変位速度は、0.3m/千年程度と求められる。

(2)活動時期

○地質学的に認められた過去の活動

白子−野間断層の東部を横切る音波探査結果(中部空港調査会,1996;図8)によれば、この断層によって、約6千5百年前の地層(A−2−3−2層)の基底面が上下方向に2.5m程度変位しており、一方、それを覆う約5千年前(A−2−2層)及び約2千年前(A−2−1層)の地層面は、いずれも変位していないように見える。

したがって、白子−野間断層の最新の活動時期は約6千5百年前以後−5千年前以前であった可能性がある。

なお、約1万年前の地層面の上下変位量も2.5m程度であることから、この断層では約1万年前以後−6千5百年前以前の間は断層が活動しなかった可能性がある。

○先史時代・歴史時代の活動

断層帯主部の項で述べたように、1586年に天正地震(マグニチュード8.2(飯田,1980)もしくは7.8(宇佐美,1996))が発生しているが、この地震に関する史料が限られていることから、白子−野間断層との関係は不明である。

(3)1回の変位量

断層東部の音波探査結果(中部空港調査会,1996)によれば、約6千5百年前の地層が上下方向に2.5m程度変位していると見ることができる。この地層は最新活動1回のみ変位を受けたと推定されることから、白子−野間断層の過去の活動に伴う1回の上下変位量は2.5m程度であった可能性がある。

(4)活動間隔

白子−野間断層の最新活動時の変位量から、1回の活動に伴う上下変位量を2.5mとし、長期的な平均変位速度を0.3m/千年とすると、その平均活動間隔は8千年程度と求められる。

(5)活動区間

白子−野間断層は、断層全体が一つの区間として活動したと推定される。

(6)測地観測結果

 2.1−2(6) 参照。

(7)地震観測結果

 2.1−2(7) 参照。

 

2.2−3 白子−野間断層の将来の活動

(1)活動区間と地震の規模

白子−野間断層は、断層全体が一つの区間として活動すると推定される。経験式(1)から、白子−野間断層の活動に伴って発生する地震の規模は、マグニチュード7.0程度で、その際には断層の北側が相対的に2.5m程度隆起すると推定される。

(2)地震発生の可能性

以上のように、白子−野間断層の平均活動間隔は8千年程度と推定され、最新の活動時期は概ね6千5百年前以後−5千年前以前であった可能性があることから、最新活動後、評価時点(2002年)までの経過時間は5千年−6千5百年程度で、平均活動間隔の6−8割の時間が経過していることになる。

地震調査研究推進本部地震調査委員会(2001)に示された手法(BPTモデル、α=0.24)によると、白子−野間断層の今後30年以内、50年以内、100年以内、300年以内の地震の発生確率は、それぞれ、0.2%−0.8%、0.3%−1%、0.7%−3%、2%−8%となる。また現在までの集積確率は、3%−20%となる。評価で得られた白子−野間断層の将来の地震発生確率には幅があるが、その最大値をとると、白子−野間断層は、今後30年の間に地震が発生する可能性が、我が国の主要な活断層の中ではやや高いグループに属することになる。

表6にこれらの確率値の参考指標(地震調査研究推進本部地震調査委員会,1999)を示す。

 

3 今後に向けて

断層帯主部、白子−野間断層ともに、最新活動よりも前の活動については、十分特定するだけのデータが得られていない。伊勢湾断層帯は、海底に分布する断層であるため、陸上の活断層とは異なり調査が難しいが、本断層帯における将来の地震の姿をより精度の高いものとするためには、断層帯主部、白子−野間断層ともに、最新活動よりも前の活動について明らかにする必要がある。

また、断層帯主部の伊勢湾断層は長さ約25kmの断層であるが、その北端約10kmの区間は、約2万年前以後活動していないとされている(岩淵ほか,2000;岩淵,2000)。このため、この区間の活動性などを明らかにするための資料を得る必要がある。

注8:

「変位」を、1ページの本文及び5−9ページの表1、表3では、一般にわかりやすいように「ずれ」という言葉で表現している。ここでは専門用語である「変位」が本文や表1の「ずれ」に対応するものであることを示すため、両者を併記した。以下、文章の中では「変位」を用いる。なお、活断層の専門用語では、「変位」は切断を伴う「ずれの成分」と切断を伴わない「撓(たわ)みの成分」よりなる。

注9: 中部空港調査会(1996)によれば、それぞれ10万年前、12.5万年前とされる2つの地層の変位量は前者が見かけ上8−37.5m、後者が見かけ上12−37.5mとかなりばらついた数値を示している。ここでは、撓曲の両側で地層が得られており、かつ、変位量が比較的そろっている常滑市沖で得られたデータのみ用いることとした。
注10: 中部空港調査会(1996)によれば、10万年前とされる地層の変位量は見かけ上10−46mとかなりばらついた数値を示している。このため、ここでは、北部の場合と同様に撓曲の両側で地層が得られており、信頼度が高いと見ることができるデータのみ用いることとした。
注11: 最新活動時には断層帯主部の北部と南部とが別々に活動したと推定されるが、北部と南部は、その位置関係などから、より古い活動においては、同時に活動したこともあった可能性があり、その時の変位量は、北部と南部が別々に活動した場合の変位量よりも大きかった可能性がある。ここで求めた北部、南部それぞれの平均活動間隔は、最新活動時の変位量と長期的な平均変位速度を用いて計算したもので、この活動間隔は、断層帯主部全体が同時に活動する場合を想定して求めた平均活動間隔よりも短い可能性がある。
注12: 断層帯主部北部の北端約10kmは、過去約2万年間活動していないという報告がある(岩淵ほか,2000など)。このため、この10km区間が単独の区間として活動することを想定すると、長い期間活動していないので、危険度が高いと見ることもできるが、逆に南側が活動しているのに、2万年の間活動していないことから、すでにこの部分は活動的でなくなってきていると見ることもできる。

 

文  献

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表5 断層帯主部の地震発生確率及び参考指標

表6 白子−野間断層の地震発生確率及び参考指標

注13: 評価時点はすべて2002年1月1日現在。「ほぼ0%」は10−3%未満の確率値を、「ほぼ0」は10−5未満の数値を示す。なお、計算に用いた平均活動間隔の信頼度は低い(△)ことに留意されたい。
指標(1)経過年数 : 当該活断層があることによって大地震発生の危険率(1年間当たりに発生する回数)は最新活動(地震発生)時期からの時間の経過とともに大きくなる(ここではBPT分布モデルを適用した場合を考える。)。一方、最新活動の時期が把握されていない場合には、大地震発生の危険率は、時間によらず一定と考えざるを得ない(ポアソン過程を適用した場合にあたる。)。この指標は、BPT分布モデルによる危険率が、ポアソン過程を適用した場合の危険率の値を超えた後の経過年数である。マイナスの値は、前者が後者に達していないことを示す。表6の白子−野間断層のケースでは、後者の危険率は8千分の1(0.0001)回であり、時間によらず一定である。前者は評価時点で5百分の1(0.002回)−1百分の1(0.008回)であり、時間とともに増加する。5百分の1であれば、前者が後者の回数に達するには約6百年を要することになり、1百分の1であれば、前者が後者の回数に達してから9百年が経過していることになる。
指標(1)比 : 最新活動(地震発生)時期から評価時点までの経過時間をAとし、BPT分布モデルによる危険率がポアソン過程とした場合のそれを超えるまでの時間をBとする。前者を後者で割った値(A/B)。
指標(2): BPT分布モデルによる場合と、ポアソン過程とした場合の評価時点での危険率の比。
指標(3): 評価時点での集積確率(前回の地震発生から評価時点までに地震が発生しているはずの確率)。
指標(4): 評価時点以後30年以内の地震発生確率をBPT分布モデルでとりうる最大の確率の値で割った値。
指標(5): ポアソン過程を適用した場合の危険率(1年間あたりの地震発生回数)。