| 平成14年12月11日 |
| 地震調査研究推進本部 |
| 地震調査委員会 |
砺波平野断層帯・呉羽山断層帯の長期評価について
地震調査研究推進本部は、「地震調査研究の推進について −地震に関する観測、測量、調査及び研究の推進についての総合的かつ基本的な施策−」(平成11年4月23日)を決定し、この中において、「全国を概観した地震動予測地図」の作成を当面推進すべき地震調査研究の主要な課題とし、また「陸域の浅い地震、あるいは、海溝型地震の発生可能性の長期的な確率評価を行う」とした。
地震調査委員会では、この決定を踏まえつつ、これまでに、陸域の活断層として、24地域26断層帯の長期評価を行い、公表した。
今回、引き続き、陸域の活断層である砺波平野断層帯・呉羽山断層帯について、現在までの研究成果及び関連資料を用いて評価し、別添のとおりとりまとめた。
なお、今回の評価は、現在までに得られている最新の知見を用いて最善と思われる手法により行ったものではあるが、データとして用いる過去地震に関する資料が十分にないこと等による限界があることから、評価結果である地震発生確率や予想される次の地震の規模の数値には誤差を含んでおり、防災対策の検討など評価結果の利用にあたってはこの点に十分留意する必要がある。
|
平成14年12月11日 |
砺波(となみ)平野 断層帯は、砺波平野の北西縁及び南東縁に位置する活断層帯である。また、富山平野の西には、活断層帯である呉羽山(くれはやま)断層帯が 砺波平野 断層帯に近接して分布している。ここでは、平成7年度及び平成9− 11 年度 に富山県によって行われた調査をはじめ、これまで両断層帯に関して行われた調査研究成果に基づいて、断層帯の諸特性を次のように評価した。
1 断層帯の位置及び形態
砺波平野断層帯は、砺波平野北西縁の富山県高岡市から西礪波郡(にしとなみぐん)福光町に至る砺波平野断層帯西部と、砺波平野南東縁の富山県砺波市から東礪波郡平村(たいらむら)に至る砺波平野断層帯東部からなる。また、呉羽山断層帯は富山平野の婦負郡(ねいぐん)八尾町(やつおまち)から富山市を経て富山湾まで達している(図1、2及び表1、3、5)。
砺波平野断層帯西部は、長さ約26kmで、断層の西側が東側に対し相対的に隆起する逆断層で、石動(いするぎ)断層と法林寺断層から構成される。
砺波平野断層帯東部は長さが約30kmで、断層の東側が西側に対し相対的に隆起する逆断層で、高清水(たかしょうず)断層と城端(じょうはな)−上梨(かみなし)断層からなる。
呉羽山断層帯は長さが約22km以上で、断層の西側が東側に対し相対的に隆起する逆断層である。
2 断層帯の過去の活動
(1)砺波平野断層帯西部
砺波平野断層帯西部のうち法林寺断層における平均的な上下方向のずれの速度は0.3−0.4m/千年程度以上であったと推定される。法林寺断層の最新の活動は、約6千9百年前以後、約2千7百年前以前にあったと推定される。法林寺断層の平均的な活動間隔は約5千−1万2千年もしくはこれらよりも短い間隔であったと推定される(表1) 。
石動断層については過去の活動に関する資料は得られていない。
(2)砺波平野断層帯東部
砺波平野断層帯東部のうち高清水断層における平均的な上下方向のずれの速度は0.3−0.4m/千年程度であったと推定される。高清水断層の最新の活動は、約4千3百年前以後、約3千7百年前以前にあったと推定される。1回の活動によるずれの量は概ね1.5m程度(上下成分)で、平均的な活動間隔は3千−7千年程度であったと推定される(表3) 。
城端−上梨断層については過去の活動に関する資料は得られていない。
(3)呉羽山断層帯
呉羽山断層帯の平均的な上下方向のずれの速度は概ね0.4−0.6m/千年程度であった可能性がある。呉羽山断層帯では過去の活動時期は明らかになっていない。また、既往の研究成果による直接的なデータではないが、経験則から求めた1回の変位量と平均的な上下方向のずれの速度に基づくと、平均的な活動間隔は3千−5千年程度であった可能性がある(表5)。ただし、これらの値はいずれも信頼度が低い。
3 断層帯の将来の活動
(1)砺波平野断層帯西部
砺波平野断層帯西部は、全体が一つの区間として活動する可能性があり、マグニチュード7.2程度の地震が発生する可能性がある。この場合、断層の近傍の地表面には撓みや段差が生じ、全体として西側が東側に対して相対的に2m程度高まる可能性がある(表1)。本断層帯の最新活動後の経過率及び将来このような地震が発生する長期確率は表2に示すとおりである。本評価で得られた地震発生の長期確率には幅があるが、その最大値をとると、砺波平野断層帯西部は、今後30年の間に地震が発生する可能性が、我が国の主な活断層の中では高いグループに属することになる(注1,2)。
(2)砺波平野断層帯東部
砺波平野断層帯東部では、全体が一つの区間として活動する可能性があり、マグニチュード7.3程度の地震が発生する可能性がある。この場合、断層の近傍の地表面には撓みや段差が生じ、全体として東側が西側に対して相対的に1.5m程度高まると推定される(表3)。本断層帯の最新活動後の経過率及び将来このような地震が発生する長期確率は表4に示すとおりである。本評価で得られた地震発生の長期確率には幅があるが、その最大値をとると、砺波平野断層帯東部は、今後30年の間に地震が発生する可能性が、我が国の主な活断層の中では高いグループに属することになる(注1,2)。
(3)呉羽山断層帯
呉羽山断層帯では、全体が一つの区間として活動すると推定され、マグニチュード7.2程度の地震が発生すると推定される。この場合、断層の近傍の地表面には撓みや段差が生じ、全体として西側が東側に対して相対的に2m程度高まる可能性がある(表5)。過去の活動が十分に明らかではなく、最新活動時期が特定できていないため、最新活動後の経過率は不明であり、信頼度は低いが、将来このような地震が発生する長期確率は表6に示すとおりである。
本断層帯では、最新活動時期が特定できていないことから、通常の活断層評価とは異なる手法により地震発生の長期確率を求めているが、その最大値をとると、本断層帯は、今後30年の間に地震が発生する可能性が、我が国の主な活断層の中ではやや高いグループに属することになる*1。
*1 通常の活断層評価で用いている地震発生確率の計算手法は、最新活動時期が分からないと用いることが出来ない。このため、ここでは、地震の発生確率が時間的に不変と仮定した考え方により、平均活動間隔のみを用いて地震発生の長期確率を求めた(注3参照)。なお、グループ分けは、通常の手法を用いた場合の全国の主な活断層のグループ分け(注2参照)と同じしきい値(推定値)を使用して行なった。
4 今後に向けて
砺波平野断層帯西部は、法林寺断層の活動に関する絞り込みを行うための調査が必要である。また石動断層の活動性についても調査を行う必要がある。
砺波平野断層帯東部については、城端−上梨断層の位置・形態、過去の活動に関する資料を取得する必要がある。また、高清水断層では、最新活動より以前の活動に関する年代を絞り込める質の高いデータを得る必要がある。
また、呉羽山断層帯については、過去の活動履歴に関するデータを得る必要がある。また、ごく最近の研究により、この断層は北端が富山湾沿岸まで達していることが指摘されていることから、神通川付近の伏在部での断層の位置・形態の調査と、さらに海域にどの程度延びているかの調査も必要である。
表1 砺波平野断層帯西部の特性






| 注1: | 我が国の陸域及び沿岸域の主要な98の活断層帯のうち、2001年4月時点で調査結果が公表されているものについて、その資料を用いて今後30年間に地震が発生する確率を試算すると概ね以下のようになると推定される。 |
| 98断層帯のうち約半数の断層帯:30年確率の最大値が0.1%未満 98断層帯のうち約1/4の断層帯:30年確率の最大値が0.1%以上−3%未満 98断層帯のうち約1/4の断層帯:30年確率の最大値が3%以上 |
|
|
(いずれも2001年4月時点での推定.確率の試算値に幅がある場合はその最大値を採用.) この統計資料を踏まえ、地震調査委員会の活断層評価では、次のような相対的な評価を盛り込むこととしている。 |
|
| 今後30年間の地震発生確率(最大値)が3%以上の場合: 「本断層帯は、今後30年の間に地震が発生する可能性が、我が国の主な活断層の中では高いグループに属することになる」 今後30年間の地震発生確率(最大値)が0.1%以上−3%未満の場合: 「本断層帯は、今後30年の間に地震が発生する可能性が、我が国の主な活断層の中ではやや高いグループに属することになる」 |
|
| 注2: | 1995年兵庫県南部地震、1858年飛越地震及び1847年善光寺地震の地震発生直前における30年確率及び集積確率(このうち、1995年兵庫県南部地震、1858年飛越地震については「長期的な地震発生確率の評価手法について」(地震調査研究推進本部地震調査委員会,2001)による暫定値)は以下のとおりである。 |
| 「長期的な地震発生確率の評価手法について」に示されているように、地震発生確率は前回の地震後、十分長い時間が経過しても100%とはならない。その最大値は平均活動間隔に依存し、平均活動間隔が長いほど最大値は小さくなる。平均活動間隔が5千年の場合は30年確率の最大値は5%程度である。 | |
| 注3: | 呉羽山断層帯では、最新活動時期が特定できていないため、通常の活断層評価で用いている更新過程(地震の発生確率が時間とともに変動するモデル)により地震発生の長期確率を求めることができない。地震調査研究推進本部地震調査委員会(2001)は、このような更新過程が適用できない場合には、特殊な更新過程であるポアソン過程(地震の発生時期に規則性を考えないモデル)を適用せざるを得ないとしていることから、ここでは、ポアソン過程を適用して呉羽山断層帯の将来の地震発生確率を求めた。しかし、ポアソン過程を用いた場合、地震発生の確率はいつの時点でも同じ値となり、本来時間とともに変化する確率の「平均的なもの」になっていることに注意する必要がある。 |
| 注4: |
信頼度は、特性欄に記載されたデータの相対的な信頼性を表すもので、記号の意味は次のとおり。 ◎:高い、○:中程度、△:低い |
| 注5: |
文献については、本文末尾に示す以下の文献。 文献1:池田ほか(2002) 文献2:地震調査研究推進本部地震調査委員会(2001) 文献3:活断層研究会(1991) 文献4:東郷(2000) 文献5:富山県(1997) 文献6:富山県(1999) 文献7:富山県(2000a) |
| 注6: | 評価時点はすべて2002年1月1日現在。「ほぼ0%」は10−3%未満の確率値を示す。 |
| 注7: | 最新活動(地震発生)時期から評価時点までの経過時間を、平均活動間隔で割った値。最新の地震発生時期から評価時点までの経過時間が、平均活動間隔に達すると1.0となる。今回の評価の数字で、砺波平野断層帯西部を例にすると、0.2は2700年を12000年で割った値であり、1.4は6900年を5000年で割った値。 |
| 注8: | 前回の地震発生から評価時点までに地震が発生しているはずの確率。 |
| 注9: | 呉羽山断層帯の長さは22km以上としたが、海域部の延長を含めて最大に見積もった長さは約29kmになることから、これも併せて考慮した。 |
| 注10: | 計算に当たって用いた平均活動間隔の信頼度は低い(△)ことに留意されたい。 |
(説明)
1.砺波平野断層帯・呉羽山断層帯に関するこれまでの主な調査研究
砺波平野周辺に断層崖が存在することは、辻村(1926a)によって指摘され、高清水断層崖、医王山断層崖、二上山断層崖とされた。辻村(1926a)が命名したこれらの名称のうち、池辺(1949)は、二上山断層崖を石動(いするぎ)断層とし、また、市原ほか(1950)は、医王山断層崖を法林寺断層と呼んだ。原田(1935a,b)は山麓扇状地の発達を高清水断層の活動と結び付けて論じ、井上ほか(1964)や坂本(1966)は、砺波平野周辺の地質構造について論じた。
呉羽山及びその南西にのびる丘陵の南東側に断層崖が存在することは、辻村(1926b)によって指摘され、呉羽断層崖とされた。市川(1932)は呉羽山丘陵の傾動運動について論じた。Fujii and Yamamoto(1979)は、呉羽山付近の地史・地質構造から呉羽山断層を推定した。
1970年代後半になって、竹村(1978)は高清水断層の断層露頭や変位地形を調査し、変位量や変位基準について論じた。藤井・竹村(1979)は富山県内に分布する活断層についてまとめた。
富山県(1997)は、呉羽山断層の重力探査、反射法探査を行い、呉羽山断層の過去の活動等についてまとめている。また、富山県(1998,1999,2000a)は、法林寺断層及び高清水断層を中心に反射法探査やボーリング調査、トレンチ調査などを行い,本断層帯の過去の活動等についてとりまとめている。
砺波平野断層帯及び呉羽山断層帯周辺の断層の位置等を示したものとして、上記のほか、活断層研究会(1980,1991)、池田ほか(2002)などがある。
2.砺波平野断層帯・呉羽山断層帯の評価結果
砺波平野断層帯は、富山県西部の砺波平野に位置する断層帯であり、砺波平野の北西縁及び南東縁に分布する断層からなっている。松田(1990)の基準に基づけば、砺波平野北西縁に位置する石動断層及び法林寺断層の二つの断層と、砺波平野南東縁に位置する高清水断層及びその南側に位置する城端−上梨断層の二つの断層は、それぞれ別の起震断層を構成しているとみなされる。ここでは、砺波平野北西縁の二つの断層を砺波平野断層帯西部とし、南東縁の二つの断層を砺波平野断層帯東部として、それぞれについて評価することとした。
また、富山平野の西には、ほぼ北東−南西方向に延びる呉羽山断層帯が分布している。呉羽山断層帯は、これまで、長さが10kmに満たない短い断層であるとされてきたが、池田ほか(2002)によれば、従来指摘されてきた範囲よりも断層が北東、南西両側に延びており、全体として長さ20km以上に達する呉羽山断層帯として示されている。また、呉羽山断層帯と高清水断層との距離は概ね10km未満であり、地震調査研究推進本部(1997)の基準に基づけば、呉羽山断層帯も砺波平野断層帯に含まれることになる。このため、ここでは、呉羽山断層帯を砺波平野断層帯と合わせて評価を行った。
2.1 砺波平野断層帯西部
2.1−1 断層帯の位置・形態
(1)砺波平野断層帯西部を構成する断層
砺波平野断層帯西部は、砺波平野の北西縁を限る断層で、富山県高岡市付近から小矢部市(おやべし)付近を経て西礪波郡福光町(ふくみつまち)に至る石動断層と法林寺断層より構成される(図2)。北側の石動断層と南側の法林寺断層は小矢部市付近で左雁行配列し、両断層間には約4−6kmのステップ(直線距離で約4kmの不連続)が認められる。
砺波平野断層帯西部の位置は、活断層研究会(1991)、富山県(1998,1999)及び池田ほか(2002)などに示されている。ただし、石動断層付近では第四紀更新世前期の氷見累層上部−中部の埴生層が大きく変形しているが(角ほか,1989)、変位基準となる第四紀後期の地層・地形面の分布が乏しく、かつ明瞭な変位地形の発達が乏しいことから、石動断層については活断層としての確実度にいくつかの見解がある。しかし、ここでは活断層研究会(1991)に基づいて石動断層も含め、砺波平野断層帯西部として評価することとした。断層の位置及び名称は活断層研究会(1991)及び富山県(1999)によった。
なお、石動断層の北方には海老坂断層が分布するが、断層不連続区間が5km以上あることから、砺波平野断層帯西部には含めないこととした。
(2)断層帯の位置・形状
砺波平野断層帯西部の一般走向は、図2に示された石動断層と法林寺断層の主要な方向であるN40°Eとした。長さについては、両断層がステップしているため、前述の走向方向(N40°E)に石動断層の北端と法林寺断層の南端を投影させて計測して、約26kmとした。
地下の断層面の位置及び形状は、地表における断層帯の位置及び形状と地下の地質構造等から推定した。
断層面上端の深さは、断層による変位が地表に達していることから0kmとした。
断層面の傾斜は、法林寺断層における浅層反射法探査の結果(図3;富山県,1999)によれば、深さ200−500mでは約45−50°西傾斜で、これより浅い部分ではより低角度と推定される。地震発生層の下限の深さは、地震観測結果から20km程度と推定される。断層面の幅は、断層面の傾斜を45−50°とすると26−28kmと計算されることから、25−30km程度とした。
(3)断層の変位の向き(ずれの向き)(注11)
砺波平野断層帯西部は、変位地形(活断層研究会,1991;富山県,1999;池田ほか,2002)や浅層反射法探査結果による地質構造(図3;富山県,1999)からみて、断層帯の西側が東側に対して相対的に隆起する逆断層と考えられる。
2.1−2 断層帯の過去の活動
(1)平均変位速度(平均的なずれの速度)(注11)
富山県(2000a)は、福光町法林寺での極浅層反射の結果から法林寺断層の上下変位量と年代値を求めている。これによると、約3万3千年前に形成された地層で12m、約3万年前に形成された地層で9−10m、姶良Tn火山灰(約2万8千年前)で8.5−9.5mの上下変位をそれぞれ示している。したがって、平均上下変位速度は、それぞれ0.36m/千年、0.33−0.30m/千年及び0.34−0.30 m/千年と求められる。ただし、本地域では断層は幅100−200mの撓曲帯を形成しているとされていることから、断層全体の平均上下変位速度は上記の数値以上になると考えられる。
以上のことから、法林寺断層の平均上下変位速度は、過去約3万3千年−2万8千年間の変位量から得られた数値から0.3−0.4 m/千年程度以上と推定される。
なお、約50−70万年前(藤井ほか,1992)とされる埴生累層が法林寺断層の東側(沈降側)では深さ400m付近に分布しているのに対し、西側(隆起側)では分布が見られないことから、信頼度はやや低いが、50−70万年前以降の平均上下変位速度は概ね0.6m/千年程度に達している可能性もある。
石動断層では変位基準となる地形面や地層の年代が知られていないため、平均変位速度は不明である。
(2)活動時期
a)地形・地質的に認められた過去の活動
@ 安居東地点
東礪波郡福野町の安居(やっすい)東地点では、法林寺断層の推定低断層崖下の段丘面上で、ボーリング及びピット調査が行われている(富山県,2000a)。ボーリング調査では基盤岩を切る断層が確認されたが、その延長上に当たるピット内にはこの断層は達していない(図4)。ボーリング孔で認められた断層よりも下位の地層とピット内の断層を覆う地層から得られた年代値から、約4万7千年前以後、約2千7百年前以前に少なくとも1回の断層活動があったと推定される。なお、ピットでみられるC1層の西傾斜は堆積構造と考えられる(富山県,2000a)。
A 安居西地点
安居東地点の約150m西側の安居西地点では副断層によると推定される逆向き低断層崖(撓曲崖)が発達し、富山県(2000a)によりピット調査が行われている(図5)。
その結果によると、約6千9百年前の年代値が得られているC2層が10−20°北西側に傾斜しているのがその内部構造から認められる(富山県,2000a)ことから、C2層堆積後に断層活動があったと考えられる(富山県(2000a)のイベント1)。
また、C4層を切る小規模な断層が上位のC3層に覆われることから、C4層堆積後、C3層堆積前にも断層活動があったと考えられる。C3、C4両層からはともに約1万4千年前頃の年代値が得られており、断層活動時期は約1万4千年前頃であったと考えられる(富山県(2000a)のイベント3)。
さらに、約2万6千年前の年代値が得られているD1層が60°前後で急傾斜しており、これを約1万5千年前のC5層が顕著な傾斜不整合で覆っていることから、この間に断層活動があったと考えられる(富山県(2000a)イベント4)。
なお、富山県(2000a)は、C2層とC3層とが傾斜不整合であることから、C2−C3層間に断層活動(富山県(2000a)のイベント2)があった可能性が高いとしている。しかし、C2層はC3層を侵食した狭いチャンネルを充填する堆積物であり、傾斜の差は有意とはいえないため、断層活動が確実にあったかどうかは明らかではない。
B 法林寺地点
福光町の法林寺地点で富山県(2000a)により行われたトレンチ調査結果(図6)によると、約2万8千年前の年代値が得られているD1層を、上位のC2層が傾斜不整合で覆っている。C2層からは約1万7千年前の年代値が得られていることから、約2万8千年前以後、約1万7千年前以前に少なくとも1回の断層活動があったと推定される(富山県(2000a)のイベント1)。なお、C2層の砂礫層、砂層は5−10°東方へ傾斜するが、これが堆積構造か断層運動によるものかは定かではないため、この活動が最新活動かどうかはわからない。
また、これらの地層より下位には、約3万年前の年代値を示すD5A層から、約4万6千年前の年代値を示すG1層までが分布する。富山県(2000a)は、これらの地層に、30°−70°程度の傾斜を示す下位層が上位層に覆われる傾斜不整合があることから、3回の断層活動を認めている(富山県(2000a)のイベント2−4)。しかし、これらの地層はいずれも乱堆積したチャンネル堆積物からなるため、傾斜不整合が断層活動によるものかどうかはわからない。
C 岩木地点
富山県(2000a)は、安居東・西両地点の南方約500m付近の岩木地点でもボーリングおよびピット調査を実施しているが、データの信頼度が低いため、ここでは活動時期の議論は行わない。
上記の3地点における断層活動は図7のようにまとめられる。図7から、法林寺断層の最新活動は約6千9百年前以後、約2千7百年前以前であったと推定され、それ以前の活動が約1万4千年前頃と、約2万6千年以後、約1万7千年前以前にあったと推定される。ただし、これらの活動は主に副断層で認められたものであるため、この間に主断層による別の活動があった可能性も否定できない。
b)先史時代・歴史時代の活動
1586年に石動断層の下盤側の小矢部扇状地上に建てられていた木船城が崩壊したとの記録があり(藤井,1978)、この地震は法林寺断層の活動によるものとする説がある(飯田,1987)。1586年には天正地震が発生しているが、この地震は天正地震の2日前の別の地震である可能性が指摘されている(飯田,1987)。寒川(1992)は、安居地点付近の8世紀の窯が逆断層によって東上がりに食い違いを見せていることを指摘している。しかし、富山県(1999)はこれは地すべりによって生じた可能性もあり、詳細は不明としている。また、砺波平野の小矢部川中流の複数の遺跡で古代−中世もしくはそれ以降の複数の層準で地盤の液状化に伴う砂脈や断裂跡が発見されている。
このように、歴史時代の遺跡や記録から、本断層帯付近では地震による被害の記録がいくつか見出されているが、いずれも本断層帯の活動との関係は不明である。なお、1586年の天正地震以降は地震による大きな被害の記録は見当たらず、少なくとも16世紀末以後、本断層帯付近での大地震の発生は知られていない(宇佐美,1996)ことから、最近約400年間はこの断層帯は活動していないと考えられる。
(3)1回の変位量(ずれの量) (注11)
本断層帯においては、1回の活動に伴う変位量は過去の活動から直接的には得られていない。
なお、本断層帯の長さが約26kmであることから、以下の経験式(1)、(2)(松田,1975)に基づくと、1回の活動に伴う変位量は、2m程度と計算される。
Log L = 0.6 M − 2.9 (1)
ただし、Lは1回の地震で活動する断層の長さ(km)、Dは断層の変位量(m)、Mは地震のマグニチュードである。
したがって、本断層帯の1回の活動に伴う変位量は2m程度であった可能性があると判断した。
(4)活動間隔
法林寺断層では、副断層の活動をもとに、約2万6千年前以後に少なくとも3回の活動が認められた。これら3回の活動の時期はそれぞれ約6千9百年前以後、約2千7百年前以前と、1万4千年前頃と、約2万6千年前以後、約1万7千年前以前であったと推定される(図7)。これら3回の活動時期から、この間の活動間隔は約5千−1万2千年と求められる。ただし、この間の活動がこれら3回の他にも主断層による別の活動があった可能性を否定できないことを考慮すると、この間の平均活動間隔はさらに短くなる可能性がある。
(5)活動区間
上述のように法林寺断層と石動断層の間には約4km程度のステップが認められるが、松田(1990)の基準に基づけば、石動断層と法林寺断層は一つの起震断層を構成しているとみることができる。ただし、石動断層については過去の活動に関する資料は得られていない。
(6)測地観測結果
砺波平野断層帯周辺における過去約100年間及び約10年間の三角・三辺測量の結果によると、この断層帯周辺で北西−南東方向の縮みが見られる。最近4年間のGPS観測結果でも北西−南東方向の縮みが見られる。
(7)地震観測結果
砺波平野断層帯周辺の地震活動は全体的にやや低調である。なお、地震発生層の下限の深さは20km程度と推定される。
2.1−3 断層帯の将来の活動
(1)活動区間と活動時の地震の規模
2.1−2(5)で述べたように、石動断層と法林寺断層が同時に活動するとすれば、長さは約26kmであることから、経験式(1)により地震規模を求めると、マグニチュード7.2となる。このような地震が発生した場合、断層の近傍の地表面には撓みや段差が生じ、全体として西側が東側に対して相対的に2m程度高まる可能性がある。
(2)地震発生の可能性
砺波平野断層帯西部の平均活動間隔は約5千年−1万2千年もしくはこれらよりも短い間隔で、最新の活動時期は約6千9百年前以後、約2千7百年前以前であったとすると、砺波平野断層帯西部では、最新活動後、評価時点(2002年)までの経過時間は約2千7百−6千9百年で、平均活動間隔の0.2−1.4倍もしくはそれ以上の時間が経過していることになる。地震調査研究推進本部地震調査委員会(2001)に示された手法(BPT分布モデル、α=0.24)によると、今後30年以内、50年以内、100年以内、300年以内の地震発生確率は、それぞれ、ほぼ0%−3%、ほぼ0%−6%、ほぼ0%−10%、ほぼ0%−30%(それぞれ、もしくはそれ以上)となる。また、現在までの集積確率は、ほぼ0%−90%もしくはそれ以上となる(表2)。本評価で得られた将来の地震発生確率には幅があるが、その最大値をとると、本断層帯は、今後30年の間に地震が発生する可能性が、我が国の主な活断層の中では高いグループに属することになる。表7にこれらの確率値の参考指標(地震調査研究推進本部地震調査委員会長期評価部会,1999)を示す。
2.2 砺波平野断層帯東部
2.2−1 断層帯の位置・形態
(1)砺波平野断層帯東部を構成する断層
砺波平野断層帯東部は、砺波平野の南東縁を北東−南西方向に延びる高清水断層と、その南西端付近から北北西−南南東に延びる城端−上梨断層からなる。
高清水断層の位置は、活断層研究会(1991)、富山県(1999,2000a)及び池田ほか(2002)などに示されている。活断層研究会(1991)では、高清水断層の北東端は富山県東礪波郡庄川町付近であるが、池田ほか(2002)ではさらに北東の砺波市街地の東方まで延びている。また、富山県(2000a)においても、庄川町付近から4km程度の断層不連続区間を経るものの、さらに北東に延びており、池田ほか(2002)とほぼ一致する位置まで達している。ここでは、富山県(1999,2000a)にしたがい、砺波市街地東方付近を高清水断層の北東端とする。高清水断層の南西端の位置は東礪波郡城端町付近で、各文献ともほぼ一致している。
活断層研究会(1991)によると、高清水断層の南西端付近から、南南東方向に城端−上梨断層が延びている。ただし、その南部は確実度が低いため、ここでは東礪波郡平村付近を南端とする約6kmの長さからなる北部のみを砺波平野断層帯東部に含めることとする。
(2)断層帯の位置・形状
砺波平野断層帯東部 の長さは、図2に示された高清水断層の北端から高清水断層の南端を屈曲点として経由して、城端−上梨断層の南端に至るまで、それぞれ直線で結んで計測すると、約30kmとなる。一般走向は、北東側でN30°E、南西側でN20°Wである。
地下の断層面の位置及び形状は、地表における断層帯の位置及び形状と地下の地質構造等から推定した。
断層面上端の深さは、断層による変位が地表に達していることから0kmとした。
高清水断層の断層面の傾斜は、断層付近の地質構造、変位地形から南東傾斜と考えられる。
断層面下端の深さは地震発生層の下限である20km程度と推定される。
(3)断層の変位の向き(ずれの向き) (注11)
砺波平野断層帯東部のうち高清水断層は、変位地形(活断層研究会,1991;富山県,1999;池田ほか,2002)やトレンチ調査結果(富山県,2000a)などによる断層付近の地質構造から、東側隆起の逆断層と考えられる。
城端−上梨断層は、活断層研究会(1991)によると、山地高度の不連続と谷の閉塞・埋積を示す東側隆起の断層である。
2.2−2 断層帯の過去の活動
(1)平均変位速度(平均的なずれの速度) (注11)
富山県(2000a)によれば、東礪波郡庄川町の庄川左岸において、姶良Tn火山灰(約2万8千年前)を挟む低位段丘W面が高清水断層により約7m(図8)変位していることから、段丘の離水時期を約2万−2万5千年前とすると、その平均上下変位速度は0.3−0.4m/千年となる。また、より古い中位面及び高位面の変位量から平均上下変位速度を求めると0.2−0.4m/千年となり、上記の数値と矛盾しない。
なお、上記の変位地形よりも山側において、富山県( 1999)は約4万年前と推定した段丘面で認められた30m程度の高度差から平均上下変位速度を0.75m/千年と求めている。しかし、この変位地形とされた地形の延長上に位置する姶良Tn火山灰を挟む低位段丘面には変位地形が認められていない。また、東郷(2000)及び池田ほか(2002)にはこのような顕著な変位を示す記載はない。したがって、富山県(1999)が示した平均上下変位速度(0.75m/千年)は、信頼度が低い数値と判断される。
以上のことから、高清水断層の平均上下変位速度は約2万−2万5千年間の変位量から得られた数値である0.3−0.4m/千年程度と推定される。
城端−上梨断層の平均変位速度については、資料が得られていない。
(2)活動時期
a)地形・地質的に認められた過去の活動
@ 東城寺地点
富山県(2000a)は、東礪波郡井波町の東城寺地点で高清水断層のトレンチ調査を実施した(図9)。その結果によると、断層は約4千3百年前の年代値が得られているB4層を切り、B2層に覆われている。B2層からは約2千年前の年代値が得られており、約4千3百年前以後、約2千年前以前に活動があったと考えられる。なお、富山県(2000a)は、このほか、軽微な不整合の存在から、断層活動である可能性は低いとしながらも、さらに古い4回の活動について示唆しているが、これらはいずれも断層活動としては認められない。
A蓑谷地点
富山県(2000a)は、東礪波郡城端町の蓑谷(みのたに)地点で高清水断層のトレンチ調査を実施した(図10)。この結果によれば、断層が約6千6百年前の年代値が得られているC2層を切り、さらに上位のC1層を大きく変形させており、約3千7百年前の年代値が得られているB2層に覆われていることから、この間に断層活動があったと考えられる。なお、B2層からは約6千百年前の年代値も得られているが、これは再堆積の可能性が高い(富山県,2000a)ので、断層を覆うB2層の年代値として、約3千7百年前の数値を用いることとする。
以上のことから、 高清水断層 の最新活動時期は約4千3百年前以後、約3千7百年前以前と推定される(図7)。
城端−上梨断層の活動時期については、資料が得られていない。
b)先史時代・歴史時代の活動
2.1−2(2)b)参照。
(3)1回の変位量(ずれの量) (注11)
井波地点では数千年前程度と推定されている低位段丘X面(富山県,2000a)が高清水断層により上下に約1.5m(図8)変位している。富山県(2000a)によると、これは1回の活動に伴う上下変位量である可能性が高い。なお、砺波平野断層帯東部の長さが約30kmであることから、経験式(1)、(2)に基づくと、1回の活動に伴う変位量は2.4mと計算され、上記の井波地点の低位段丘X面の上下変位量(約1.5m)を上回る。したがって、井波地点の低位段丘X面の上下変位量(約1.5m)が複数回の活動の累積によるものとは考えにくい。
以上のことから、高清水断層の1回の上下変位量は1.5m程度であったと推定される。
城端−上梨断層の1回の変位量については、資料が得られていない。
(4)活動間隔
高清水断層では、井波地点において離水時期を約2万−2万5千年とした段丘W面が約7m変位している。本地点の1回の上下変位量は約1.5mの可能性があることから、約4千3百年前−約3千7百年前の最新活動を含めて約2万−2万5千年前以後に4−5回の活動があったことになり、その活動間隔は約3100−7100年と計算される。
したがって、高清水断層の平均活動間隔は3千−7千年程度であったと推定される。
(5)活動区間
高清水断層と城端−上梨断層はその走向がやや異なり、両断層の間には約3kmの隔たりが認められるが、松田(1990)の基準に基づけば、高清水断層と城端−上梨断層は一つの起震断層を構成しているとみることができる。ただし、城端−上梨断層については過去の活動に関する資料が得られていない。また、断層の走向及び断層周辺の地形発達状況を考慮すると、高清水断層と城端−上梨断層は別の活動区間を形成していた可能性も残る。
(6)測地観測結果
2.1−2(6)参照。
(7)地震観測結果
2.1−2(7)参照。
2.2−3 断層帯の将来の活動
(1)活動区間と活動時の地震の規模
砺波平野断層帯東部では、断層帯全体を一つの活動区間とした場合、長さが約30kmであることから、前述の経験式(1)によると、砺波平野断層帯東部で発生する地震の規模は概ねマグニチュード7.3程度の可能性がある。
このような地震が発生した場合、東側隆起で1.5m程度の段差や撓みが生ずると推定される。
(2)地震発生の可能性
砺波平野断層帯東部の平均活動間隔は約3千−7千年程度で、最新の活動時期は約4千3百年前以後、約3千7百年前以前であったとすると、砺波平野断層帯東部では、最新活動後、評価時点(2002年)までの経過時間は約3千7百−4千3百年で、平均活動間隔の0.5−1.4倍の時間が経過していることになる。地震調査研究推進本部地震調査委員会(2001)に示された手法(BPT分布モデル、α=0.24)によると、今後30年以内、50年以内、100年以内、300年以内の地震発生確率は、それぞれ、0.05%−6%、0.09%−10%、0.2%−20%、0.7%−50%となる。また、現在までの集積確率は、0.5%−90%となる(表4)。本評価で得られた将来の地震発生確率には幅があるが、その最大値をとると、本断層帯は、今後30年の間に地震が発生する可能性が、我が国の主な活断層の中では高いグループに属することになる。表8にこれらの確率値の参考指標(地震調査研究推進本部地震調査委員会長期評価部会,1999)を示す。
2.3 呉羽山断層帯
2.3−1 断層の位置・形態
(1) 呉羽山断層帯 を構成する断層
呉羽山断層帯 は富山平野の西に発達する呉羽山丘陵の東縁を限る断層帯で、北端は富山県富山市北東の富山湾の海岸に達しており、富山市街地の西を通ってほぼ北東−南西方向に延び、婦負郡婦中町付近で方向を南北方向に変え、南端は婦負郡八尾町に達している(図2)。
呉羽山断層帯の位置は、活断層研究会(1991)、富山県(1997)及び池田ほか(2002)などに示されている。活断層研究会(1991)及び富山県(1997)では、断層の分布は富山市街地の北西方から西方付近に限られており、長さ10kmに満たない短い断層であるが、池田ほか(2002)では、北東側、南西側に大きく延びている。ここでは、断層の位置及び名称は池田ほか(2002)によった。
(2)断層帯の位置・形状
呉羽山断層帯の長さ及び一般走向は、断層の北端と南端を直線で結んで計測すると、それぞれ約22km、N30°Eとなる。ただし、断層北端は海岸まで達しており、さらに富山湾へと向かうとされている(池田ほか,2002)ことから、これ以上の長さになるものと考えられる。海域では十分な調査が行われておらず、呉羽山断層帯がどこまで延びているか明確に確認できる資料は得られていない。しかし、富山県(2000a)は、沖合にある海底谷の地形に沿った地点まで達する可能性を示唆していることから、ここでは、呉羽山断層帯の海域部の延長を、最大で北東−南西方向の尾根状地形(図11)東縁部の北東端までとし、呉羽山断層帯の最大に見積もった長さを約29kmとした。
地下の断層面の位置及び形状は、地表における断層帯の位置及び形状と地下の地質構造等から推定した。
断層面上端の深さは、断層による変位が地表に達していることから0 kmとした。
断層面の傾斜は、深部反射法探査の結果(図12;富山県,1997)から、深さ1000mよりも浅い部分では、約45°西傾斜と推定される。地震発生層の下限の深さは、地震観測結果から20km程度と推定される。断層面の幅は、断層面の傾斜を45°とすると28kmと計算されることから、30km程度とした。
(3)断層の変位の向き(ずれの向き) (注11)
呉羽山断層帯は、付近の地質構造、変位地形(活断層研究会,1991;池田ほか,2002)や深部反射法探査結果(図12)からみて、断層帯の西側が東側に乗り上げる逆断層と考えられる。
2.3−2 断層帯の過去の活動
(1)平均変位速度(平均的なずれの速度) (注11 )
池田ほか(2002)は、呉羽山断層帯の変位量と変位基準面について、M面(約12万年前以降)が50m以上、L面(約2万年前以降)が10mとしてそれぞれ図示している。したがって、平均上下変位速度は、それぞれ0.4m/千年以上、0.5m/千年以上と求められる。ただし、変位基準面及び変位量に関する詳細なデータは示されていない。なお、L2面(約1万年前以降)は2−3mの西側隆起として図示されているが、L2面はかなり若い年代値(約1万年前以降)であるため、ここでの計算には用いない。
また、呉羽山断層帯の西側に分布する呉羽山丘陵には、約63万年前の年代値が得られている桃色凝灰岩を挟在する呉羽山礫層が下位の地層を傾斜不整合で覆って標高80m付近まで分布する(富山県,1997)。一方、断層の東側(沈降側)において、富山県(1997)はボーリング調査の結果から平均堆積速度を求め、桃色凝灰岩が存在する深さを標高−175m付近と推定した。これらから、断層を挟んだ桃色凝灰岩の標高差を求めると、少なくとも255m程度となる。また、断層の西側の桃色凝灰岩が下位の地層と同様に褶曲変形を受けているとすれば、断層の上盤側の西方700−800m付近において、最大にみて標高200m程度まで分布していた可能性もある。この場合には、断層を挟んだ桃色凝灰岩の標高差は最大375m程度と計算される。以上の断層を挟んだ桃色凝灰岩の標高差255−375m程度を断層による上下変位量とすると、その年代値から平均上下変位速度は0.4−0.6m/千年程度と求められる。
なお、富山県(1997)は、断層の傾斜を60度程度と推定し、断層の東側(沈降側)における桃色凝灰岩の推定深さ−175mから、断層面に沿う変位量を202mと求め、これから、断層面に沿う平均変位速度を0.32m/千年と求めている。ただし、この場合は断層の上盤側の隆起が考慮されていない。
また、富山県(1997)は、ボーリング調査の結果から、約7000年前の粘土層が鉛直に1−2.5m程度変位していることを指摘している。しかし、ボーリングの位置は断層を挟んで100m以上離れており、粘土層の変位が確実に断層活動によるものであるとは、いえない。
以上のことから、呉羽山断層帯の平均上下変位速度は0.4−0.6m /千年程度であった可能性がある。
(2)活動時期
a)地形・地質的に認められた過去の活動
富山県(1997)は、ボーリング調査の結果から、約7000年前の粘土層が鉛直に1−2.5m程度変位していることを指摘している。しかし、これも上述のとおり、ボーリングの位置は断層を挟んで100m以上離れており、粘土層の変位が確実に断層活動によるものであるとは、いえない。池田ほか(2002)は完新世に活動した可能性を指摘しているが、具体的な年代値等は不明である。
したがって、呉羽山断層帯における過去の具体的な活動時期は不明である。
b)先史時代・歴史時代の活動
2.1−2(2)b)参照。婦中町の友坂遺跡で10世紀より後、江戸時代末よりも前の噴砂跡が発見されているが、呉羽山断層帯との関係は明らかではない。
(3)1回の変位量(ずれの量) (注11 )
呉羽山断層帯 においては、1回の活動に伴う変位量は過去の活動から直接的には得られていない。
なお、断層帯の長さを約 22km以上として、前述の経験式(1)、(2)に基づくと、1回の活動に伴う変位量は、約1.7m以上と計算される。また、断層帯の最大に見積もった長さは約29kmであることから、この値から変位量を算出すると約2.3mとなる。ただし、これらは経験式から求めた大まかな数値である。
したがって、本断層帯の1回の活動に伴う変位量は2m程度であった可能性があると判断した。
(4)活動間隔
平均上下変位速度が 0.4−0.6m /千年程度の可能性があり、1回の活動に伴う上下方向のずれの量は2m程度であった可能性がある ことから、平均活動間隔は3千−5千年程度であった可能性がある。
(5)活動区間
呉羽山断層帯は断層が連続していることから、過去の活動においては断層全体が一つの活動区間として活動したと推定される。
(6)測地観測結果
2.1−2(6)参照。
(7)地震観測結果
2.1−2(7)参照。
2.3−3 断層帯の将来の活動
(1)活動区間と活動時の地震の規模
将来の活動において、呉羽山断層帯は断層全体が一つの活動区間として活動すると推定される。この場合、断層の長さを約22km以上として、経験式(1)により地震規模を求めると、マグニチュード7.1以上となる。また、呉羽山断層帯の最大に見積もった長さが約29kmであることから、マグニチュードは最大で7.3と求まる。ただし、これらは経験式から求めた大まかな数値である。
したがって、呉羽山断層帯ではマグニチュード7.2程度の地震が発生するものと推定される。また、このときの西側隆起の変位量は、2m程度の可能性がある。
(2)地震発生の可能性
本断層の平均活動間隔は、3千−5千年程度の可能性がある。しかし、最新活動時期が特定できていないため、上記のようなマグニチュード7.2程度の地震が発生する長期確率を更新過程(地震の発生確率が時間とともに変動するモデル)を用いて評価することができない。
地震調査研究推進本部地震調査委員会(2001)は、地震の発生確率を求めるに当たって、通常の活断層評価で用いている更新過程(地震の発生確率が時間とともに変動するモデル)が適用できない場合には、特殊な更新過程であるポアソン過程(地震の発生時期に規則性を考えないモデル)を適用せざるを得ないとしている。信頼度の低い平均活動間隔を用いた計算であることに十分留意する必要があるが、本断層帯では、平均活動間隔が3千−5千年程度であることをもとに、ポアソン過程を適用して地震発生確率を求めると、今後30年以内の発生確率は0.6−1%、今後50年以内の発生確率は1−2%、今後100年以内の発生確率は2−3%、今後300年以内の発生確率は6−10%である。
2.4 今後に向けて
ここでは、砺波平野の北西縁と南東縁に位置する砺波平野断層帯西部、砺波平野断層帯東部と、富山平野の西に位置する呉羽山断層帯についての評価を行った。しかしながら、これらは、いずれも過去の活動が十分に解明されておらず、将来の地震発生の可能性にも不確かさが伴われている。
砺波平野断層帯西部においては、法林寺断層の活動に関する資料は副断層の活動をもとに求められているため、これ以外の主断層の活動に関する絞込みを行うための調査が必要である。また、石動断層の活動性についても調査を行う必要がある。
砺波平野断層帯東部においては、城端−上梨断層に関する資料がほとんどないため、評価のための検討ができない。したがって、断層の位置・形態、過去の活動に関する資料を取得する必要がある。また、高清水断層の最新の活動については信頼度の高いデータが得られているが、それ以前の活動に関する年代を絞り込める質の高いデータを得る必要がある。
また、呉羽山断層帯については、断層の位置や過去の活動に関する詳しい調査は行われていない。したがって、将来の断層活動について十分な検討ができない段階にある。このため、過去の活動履歴に関するデータを得る必要がある。また、ごく最近の研究により、この断層は北端が富山湾沿岸まで達していることが指摘されていることから、神通川付近の伏在部での断層の位置・形態の調査と、さらに海域にどの程度延びているかの調査も必要である。
| 注11: | 「変位」を、1頁の本文、6頁の表1、 8頁の表3及び10頁の表5では、一般にわかりやすいように「ずれ」という言葉で表現している。ここでは専門用語である「変位」が本文や表1、3、5の「ずれ」に対応するものであることを示すため、両者を併記した。以下、文章の中では「変位」を用いる。なお、活断層の専門用語では、「変位」は切断を伴う「ずれの成分」と切断を伴わない「撓(たわ)みの成分」よりなる。 |
| 注12: | 10,000年BPよりも新しい炭素同位体年代については、Niklaus(1991)に基づいて暦年補正した値を用いた。また、10,000年BPよりも古い炭素同位体年代については、Kitagawa and van der Plicht(1998)のデータに基づいて暦年補正した値を用いた。 |
文 献
藤井昭二(1978):富山県西部地震(1976)と木舟城の崩壊.自然と社会,44,27−30.
藤井昭二・竹村利夫(1979):富山県とその周辺地域の活断層.富山県地震対策基礎調査報告書,39−72.
Fujii,S.and Yamamoto,O.(1979):Geology of the Kurehayama Hills.Bulletin of the Toyama Science Museum,1,1−14.
藤井昭二・相馬恒雄・後藤道治・神島利夫・清水正之・金子一夫・河野芳輝(1992):10万分1富山県地質図説明書.富山県,201p.
原田 清(1935a):越中砺波平野南部高清水断層崖下の扇状地配列に就いて(一).地理学,3,49−56.
原田 清(1935b):越中砺波平野南部高清水断層崖下の扇状地配列に就いて(二).地理学,3,269−272.
市原 実・石尾 元・森下 晶・中川衷三・津田禾粒(1950):富山県及石川県の地質学的研究(其の2)金沢・石動・福光地域.地学,2,17−27.
市川 渡(1932):越中呉羽山及び其の西南丘陵地體の地形學的考察.地球,17,206−215.
飯田汲事(1987):「天正大地震誌」.名古屋大学出版会,552p.
池辺展生(1949):富山県西部及石川県東部の第三紀層(富山県及石川県の地質学的研究1).地学,1,14−26.
池田安隆・今泉俊文・東郷正美・平川一臣・宮内崇裕・佐藤比呂志(2002):「第四紀逆断層アトラス」.東京大学出版会,254p.
井上正昭・水野篤行・野沢 保(1964):5万分の1地質図幅「城端」および同説明書.地質調査所,32p.
地震調査研究推進本部(1997):「地震に関する基盤的調査観測計画」.38p.
地震調査研究推進本部地震調査委員会長期評価部会(1999):(改訂試案)「長期的な地震発生確率の評価手法について」.74p.
地震調査研究推進本部地震調査委員会(2001):「長期的な地震発生確率の評価手法について」.46p.
海上保安庁(2000):大陸棚の海の基本図「能登半島東方」No.6662(20万分の1)海底地形図.
活断層研究会(1980):『日本の活断層−分布図と資料−』.東京大学出版会,363p.
活断層研究会(1991):『新編日本の活断層−分布図と資料−』.東京大学出版会,437p.
Kitagawa, H. and van der Plicht, J.(1998):Atmospheric radiocarbon calibration to 45,000yrB.P.:Late Glacial fluctuations and cosmogenic isotope production. Science, 279, 1187−1190.
松田時彦(1975):活断層から発生する地震の規模と周期について.地震,第2輯,28,269−283.
松田時彦(1990):最大地震規模による日本列島の地震分帯図. 地震研究所彙報,65,289−319.
Niklaus, T. R.(1991):CalibETH version 1.5, ETH Zurich, 2disketts and manual.151p.
坂本 亨(1966):富山積成盆地南半部の新生界とその構造発達史.地質調査所報告,32,1−28.
寒川 旭(1992):「地震考古学−遺跡が語る地震の歴史−」.中央公論社,251p.
角 靖夫・野沢 保・井上正昭(1989):石動地域の地質.地域地質研究報告(5万分の1地質図幅),地質調査所,118p.
竹村利夫(1978):砺波平野南部地域の段丘変形.地理学評論,51,721−729.
東郷正美(2000):『微小地形による活断層判読』.古今書院,206p.
富山県(1997):「平成7年度地震調査研究交付金 呉羽山断層に関する調査 成果報告書」,1・1−3・13.
富山県(1998):「平成9年度地震関係基礎調査交付金 砺波平野断層帯に関する調査 成果報告書」,82p.
富山県(1999):「平成10年度地震関係基礎調査交付金 砺波平野断層帯に関する調査 成果報告書」,120p.
富山県(2000a):「平成11年度地震関係基礎調査交付金 砺波平野断層帯に関する調査 成果報告書」,173p.
富山県(2000b):砺波平野断層帯に関する調査.第4回活断層調査成果報告会予稿集,科学技術庁,69−78.
辻村太郎(1926a):断層谷の性質並びに日本島一部の地形学的断層構造(予報)(二).地理学評論,2,192−218.
辻村太郎(1926b):飛騨山脈の北端における断層崖の一形式.地理学評論,2,679−695.
宇佐美龍夫(1996):「新編日本被害地震総覧[増補改訂版416−1995]」.東京大学出版会,493p.


| 注13: | 評価時点はすべて2002年1月1日現在。「ほぼ0%」は10−3%未満の確率値を、「ほぼ0」は、10−5未満の数値を示す。 |
| 指標(1)経過年数: | 当該活断層があることによって大地震発生の危険率(1年間当たりに発生する回数)は最新活動(地震発生)時期からの時間の経過とともに大きくなる(ここではBPT分布モデルを適用した場合を考える)。一方、最新活動の時期が把握されていない場合には、大地震発生の危険率は、時間によらず一定と考えざるを得ない(ポアソン過程を適用した場合にあたる)。この指標は、BPT分布モデルによる危険率が、ポアソン過程を適用した場合の危険率の値を超えた後の経過年数である。マイナスの値は、前者が後者に達していないことを示す。砺波平野断層帯西部の場合、後者の危険率は5千分の1(0.0002)回−1万2千分の1(0.00008)回であり、時間によらず一定である。前者は評価時点でほぼ0−1千分の1(0.001)回であり、時間とともに増加する。ほぼ0であれば前者が後者の回数に達するには今後5千7百年を要するが、1千分の1であれば前者が後者の回数に達してから3千4百年が経過していることになる。 |
| 指標(1)比: | 最新活動(地震発生)時期から評価時点までの経過時間をAとし、BPT分布モデルによる危険率がポアソン過程とした場合のそれを超えるまでの時間をBとする。前者を後者で割った値(A/B)。 |
| 指標(2): | BPT分布モデルによる場合と、ポアソン過程とした場合の評価時点での危険率の比。 |
| 指標(3): | 評価時点での集積確率(前回の地震発生から評価時点までに地震が発生しているはずの確率)。 |
| 指標(4): | 評価時点以後30年以内の地震発生確率をBPT分布モデルでとりうる最大の確率の値で割った値。 |
| 指標(5): | ポアソン過程を適用した場合の危険率(1年間あたりの地震発生回数)。 |