平成13年5月15日
地震調査研究推進本部
地震調査委員会

生駒断層帯の評価


赤字のところは平成13年6月13日に訂正いたしました。

 生駒(いこま)断層帯は、生駒山地とその西の大阪平野との境界付近に位置する活断層帯である。ここでは、平成8年度の地質調査所の調査など、これまで本断層帯に関して行われた調査研究成果に基づいて、本断層帯の諸特性を次のように評価した。

1 断層帯の位置及び形態

 生駒断層帯は、大阪府の枚方(ひらかた)市から羽曳野(はびきの)市までほぼ南北に延びる全長約38kmの断層帯で、生駒山地とその西方の大阪平野との境界付近に位置する(図1、2及び表1)。

2 断層帯の過去の活動

 生駒断層帯は東側隆起の逆断層であり、平均して3千年-6千年程度の間隔で活動した可能性がある。本断層帯の最新の活動は、西暦400年頃から西暦1000年頃の間であったと推定され、このときのずれの量は、上下成分で2-3m程度であった可能性がある(表1)。

3 断層帯の将来の活動

 生駒断層帯では、断層帯全体が一つの区間として活動し、マグニチュード7.0-7.5程度の地震が発生すると推定される(表1)。その際、断層の近傍の地表面には段差等が生じ東側が西側に対して相対的に2-4m程度高まると推定される。本断層帯の最新活動後の経過率及び将来このような地震が発生する長期確率は表2に示すとおりである。本評価で得られた地震発生の長期確率には幅があるが、その最大値をとると、本断層帯は、今後30年の間に地震が発生する可能性が、我が国の主な活断層の中ではやや高いグループに属することになる(注1、2)。

4 今後に向けて

 生駒断層帯について、より一層信頼度の高い評価を行うためには、平均活動間隔や最新活動時期をさらに精度よく明らかにする必要がある。

 


注1:

我が国の陸域及び沿岸域の主要な98の活断層帯のうち、2001年4月時点で調査結果が公表されているものについて、その資料を用いて今後30年間に地震が発生する確率を試算すると概ね以下のようになると推定される。

 

 

98断層帯のうち約半数の断層帯:30年確率の最大値が0.1%未満
98断層帯のうち約1/4の断層帯:30年確率の最大値が0.1%以上−3%未満
98断層帯のうち約1/4の断層帯:30年確率の最大値が3%以上
(いずれも2001年4月時点での推定。確率の試算値に幅がある場合はその最大値を採用。)

 

この統計資料を踏まえ、地震調査委員会の活断層評価では、次のような相対的な評価を盛り込むこととしている。

 

 

今後30年間の地震発生確率(最大値)が3%以上の場合:
「本断層帯は、今後30年の間に地震が発生する可能性が、我が国の主な活断層の中では高いグループに属することになる」
今後30年間の地震発生確率(最大値)が0.1%以上−3%未満の場合:
「本断層帯は、今後30年の間に地震が発生する可能性が、我が国の主な活断層の中ではやや高いグループに属することになる」

注2:

「長期的な地震発生確率の評価手法について」(地震調査研究推進本部地震調査委員会長期評価部会、2001)に示された過去の地震発生年のデータ等にもとづく試算によれば、1995年兵庫県南部地震、1858年飛越地震及び1847年善光寺地震の地震発生直前における30年確率(暫定値)と集積確率(暫定値)は以下のとおりである。

 

 

「長期的な地震発生確率の評価手法について」に示されているように、地震発生確率は前回の地震後、十分長い時間が経過しても100%とはならない。その最大値は平均活動間隔に依存し、平均活動間隔が長いほど最大値は小さくなる。平均活動間隔が2千年の場合は30年確率の最大値は10%程度、5千年の場合は5%程度である。

注3:

信頼度は特性欄に記載されたデータの相対的な信頼性を表すもので、記号の意味は次のとおり。
◎:高い、○:中程度、△:低い

注4:

文献については、説明文末尾に示す以下の文献

 

 

文献1:萩原編(1989)
文献2:地震調査研究推進本部地震調査委員会長期評価部会(2001)
文献3:活断層研究会(1991)
文献4:松田(1990)
文献5:松田ほか(2000)
文献6:中田ほか(1996)
文献7:岡田ほか(1996b)
文献8:岡田・東郷編(2000)
文献9:寒川(1984)
文献10:寒川(1986)
文献11:下川ほか(1997)
文献12:杉山ほか(1999)

注5:

生駒断層の平均的なずれの速度(0.5-1m/千年)と1回のずれの量(2-3m)から活動間隔を求めると2千-6千年となる。活動間隔が最短の2千年となるのは、平均的なずれの速度が最大の1m/千年の場合である。平均的なずれの速度の最大値(1m/千年)は、1回のずれの量や平均的なずれの速度の最小値(0.5m/千年)とは空間的・時間的スケールが大きく異なる数値から得られた値であり信頼度が低いと考え、誉田断層の平均的なずれの速度と1回のずれの量から求めた活動間隔を考慮して、3千年を活動間隔の下限とした(説明文参照)。

注6:

評価時点はすべて2001年1月1日現在。「ほぼ0%」は10-3%未満の確率値を示す。なお、試算に当たって用いた平均活動間隔の信頼度は低い(△)ことに留意されたい。

注7:

最新活動(地震発生)時期から評価時点までの経過時間を、平均活動間隔で割った値。最新の地震発生時期から評価時点までの経過時間が、平均活動間隔に達すると1.0となる。今回の評価の数字のうち、0.2は1千年(西暦2000年−西暦1000年)を6千年で割った値であり、0.5は1千6百年(西暦2000年−西暦400年)を3千年で割った値。

注8:

前回の地震発生から評価時点までに地震が発生しているはずの確率。

(説明)

1.生駒断層帯に関するこれまでの主な調査研究

 生駒(いこま)断層帯は、枚方(ひらかた)市から羽曳野(はびきの)市までほぼ南北に延びる断層帯で、その中央部に位置する生駒断層は領家(りょうけ)帯の花崗岩類(白亜紀)などからなる生駒山地とその西方の大阪平野との境界付近に位置する(図1、2)。

 生駒山地西側の急斜面は、古くから断層崖であると考えられてきた(例えば辻村、1932)。前田(1966)は断層露頭を記載し、断層の活動時期を論じた。本断層帯の南部にある誉田(こんだ)断層について、日下(1975)や寒川(1986)は5世紀に作られたと考えられる羽曳野(はびきの)市の誉田山(こんだやま)古墳(応神天皇陵)を変位させていることを指摘した。この変位を生じさせた活動として、寒川(1986)は西暦1510年の地震を候補に挙げ、生駒断層が同時に活動した可能性も指摘した。萩原編(1989)は、古文書の検討から西暦734年の地震を候補に挙げている。また、三田村(1992)は、本断層帯北部の交野(かたの)断層や田口断層により大阪層群(鮮新世後期−更新世中期の堆積層)が大きく変形していることを指摘した。その後、地質調査所は平成8年度に2測線の反射法弾性波探査、3箇所のトレンチ掘削調査を含む詳しい調査を行った(下川ほか、1997)。 

このほか、堀家ほか(1995)は3測線の反射法弾性波探査を行い、国土地理院は本断層帯を含む地域の1:25、000「都市圏活断層図」(中田ほか、1996;岡田ほか、1996a、b)を公表している。岡田・東郷編(2000)では、これらを含め各種のデータが整理されている。

また、橋本(1997)及びToda et al.(1998)は、兵庫県南部地震に伴う周辺地域の応力変化の計算を行い、わずかではあるが地震発生抑止の効果となることを示した。

2.生駒断層帯の評価結果

2−1.断層帯の位置・形状

(1)本断層帯を構成する断層

 本評価では、生駒(いこま)断層、枚方(ひらかた)断層、交野(かたの)断層、田口断層及び誉田(こんだ)断層の5つの断層を生駒断層帯の構成断層とする(図2)。岡田・東郷編(2000)もこれら5つの断層を生駒断層帯としており、松田(1990)、松田ほか(2000)、杉山ほか(1999)も、同様の見解を示している。これらの断層の位置については、「都市圏活断層図」と岡田・東郷編(2000)とでほとんど一致しているが、本評価では、断層の位置・名称は岡田・東郷編(2000)による。

 本断層帯を構成する断層のうち中央部に位置する断層は生駒断層である。生駒断層は、四条畷(しじょうなわて)付近から柏原(かしわら)付近までほぼ南北に延びており、部分的にほぼ平行する複数の断層からなる。これらの断層には下川ほか(1997)が八尾(やお)で行ったボーリングや反射法弾性波探査の結果及び堀家ほか(1995)の反射法弾性波探査の結果に示されている伏在断層が含まれる。

 枚方断層、交野断層及び田口断層は生駒断層の北側に位置する。枚方断層は生駒断層北端の四条畷付近より枚方丘陵西縁に沿って北方へ延びる断層で、交野断層は四条畷付近からほぼ北東方向に延びる断層である。田口断層は、交野断層北部の約2km西方から北北東方向に延びる断層で、男山山地西縁沿いに湾曲し北部は北北西−南南東方向となる(注9)。

 誉田断層は、生駒断層南部の柏原付近の約2km西方を北端として南北に延びる断層で、生駒断層と雁行して存在している(注10)。

(2)断層面の位置・形状

 本断層帯の断層線の位置及び一般走向は、岡田・東郷編(2000)の図によった。

 断層面上端の深さは、断層面が地表付近に達していることから0kmとした。市原ほか(1991)に示されたデータによれば、断層面の両側が花崗岩体となるのは深さ1km程度である。

 「都市圏活断層図」及び岡田・東郷編(2000)の図に表示された北端から南端までの長さは約38kmである。

 断層面の傾斜は、下川ほか(1997)が四条畷で行った反射法弾性波探査の結果(図3)から、地下400m程度までは低角(30−40度程度)で東に傾斜するものと推定される。なお、堀家ほか(1995)の反射法弾性波探査の結果では、八尾において地表に現れている生駒断層の西側に西側隆起の伏在逆断層が認められる。この断層は生駒断層の副次的な断層と考えられる。

 断層面の幅や下限の深さなどの深部の形状については、具体的な調査研究成果がない。

(3)変位の向き(ずれの向き)(注11)

 本断層帯は、変位地形や反射法弾性波探査など各種の資料からみて、東側が西側に乗り上げる逆断層である。横ずれ成分は知られていない。

 上述のように、西側隆起の副次的な逆断層を伴う部分がある。

2−2.断層帯の過去の活動

(1)平均変位速度(平均的な断層のずれの速度)(注11)

 生駒断層は大阪平野と生駒山地を分ける断層である。生駒断層周辺では、断層活動により鮮新世−更新世の堆積物である大阪層群が大きく変位している。その堆積状況や分布(生駒市域水理地質図作成委員会、1989;三田村、1992;三田村ほか、1999)からみて、大阪層群の海成粘土層であるMa1(約百万年前)とMa3(約八十万年前)が堆積した当時、断層活動により生駒山地はすでに隆起を始めており、山頂部にはこれらの海成粘土層は堆積しなかった可能性が高い。このことを考慮して、断層西側(沈降側)に分布するMa1やMa3の現在の深度と生駒山地の現在の高度とから生駒断層の平均変位速度を求めると、百万年ないし八十万年間の平均上下変位速度は約1m/千年となる。しかしながら、生駒山地の隆起がすべて断層運動によるものではない可能性等を考慮すれば、生駒断層の平均上下変位速度はより小さくなる可能性がある。また、大阪平野の沈降速度はMa3堆積以降に鈍化しており、これが生駒断層の活動と関連するとすれば、Ma3堆積以降に生駒断層の変位速度が小さくなった可能性もある。このため、生駒断層における最近百万-八十万年間の平均上下変位速度として、1m/千年以下とすることが適当と考える。

 一方、下川ほか(1997)は、八尾でボーリング調査を行い、撓曲の両側から出現したAT火山灰層の変位量から、その平均上下変位速度を0.12m/千年と推定した。この付近は断層が数列あることから、これらを合わせた生駒断層全体の上下変位速度はそれ以上と考えられる。また、東大阪では、並列する少なくとも三つの断層のうちの二つが、形成時代が2万年前頃と考えられる段丘面をそれぞれ上下に数mずつ変位させている(宮地ほか、1998)。このデータから、最近2万年間の平均上下変位速度を求めると概ね0.5m/千年程度となる。生駒断層がさらに分岐している可能性や、撓曲による変位が存在する可能性があることから、最近2万年間の平均上下変位速度としては最低でも0.5m/千年程度であり、この値は下限と見なすことが適当である。このことは、上に述べた最近100万年間の平均変位速度の値とも矛盾しない。

 以上のことから、生駒断層の平均上下変位速度は0.5-1m/千年となる。

 誉田断層については、藤井寺市から羽曳野市にかけての地域で2万-5万年前に形成されたと推定される2面の段丘面の変位量から、上下成分で0.25-0.4m/千年(寒川、1986)、ボーリングによって調査された2層の2万-3万年前の埋没段丘構成層の変位量から、上下成分で0.2m/千年(下川ほか、1997;ただしこれ以外に撓曲変形が存在する可能性がある)という値が得られている。したがって、誉田断層の平均上下変位速度は0.2-0.4m/千年と推定される。

 このほかの断層については、具体的な調査研究成果がない。  

 上述のように生駒断層は本断層帯の中央部に位置し、断層帯全体の長さの半分以上を占めることから、生駒断層の値が断層帯全体を代表すると考えられる。したがって、断層帯全体の平均上下変位速度は0.5−1m/千年であると考えることができる。

(2)活動時期

 生駒断層では、四条畷で行われたトレンチ調査で、沖積層に大阪層群相当層が衝上する低角逆断層が出現した(下川ほか、1997;図4、注12)。両層は古墳時代−奈良時代の遺物を含む土層に被覆されている。一方、炭素同位体年代測定によれば、断層に切られている地層からは概ね1千9百年前(注13)の年代値が、また、断層を被覆する地層からは概ね1千年前(平安時代)(注13)の年代値が得られている。このように断層を被覆する地層の時代については、遺物から得られた年代と炭素同位体から得られた年代とが一致しないが、図4に示された考古年代はその年代推定の根拠が明示されていないこと、断層を覆う層は斜面に堆積していて水平でなく撹乱されていること、考古遺物はあとから混入する場合があること等の理由から、断層を直接覆っている部分から得られた炭素同位体年代値を採用した。このことにより、四条畷地点における最新活動時期は概ね1千9百年前以後1千年前以前(西暦100年頃−西暦1000年頃)と推定される。なお、東大阪で行われたトレンチ調査では、傾動した地層と液状化跡が出現し、約1万4千年前以後の活動が推定されている(下川ほか、1997)。

 誉田断層については、誉田山古墳の墳丘等が変位していることから、古墳が作られた5世紀以後(西暦400年頃以後)に最新の活動があった(寒川、1984、1986)と考えられる。また、羽曳野で行われたトレンチ調査では、古墳時代後期以後の液状化跡が出現している(下川ほか、1997)。

 枚方断層、交野断層及び田口断層は沖積面に変位を与えている(岡田・東郷、2000)。大阪平野及びその周辺地域の沖積面は、概ね4千年前以降に形成されたと考えられることから、枚方断層、交野断層及び田口断層はともに約4千年前以後に最新の活動を行ったと推定される。

以上のように、生駒断層と誉田断層の最新の活動時期は西暦400年頃と西暦1000年頃の期間で重なりあっており、両断層は約2kmの間隔で雁行していることから、両断層は同時に活動し、その時期は西暦400年頃から西暦1000年頃までの期間であったと推定される。また、生駒断層の北方延長に当たる枚方断層と交野断層及び田口断層の最新活動も同時期であったと推定される。

(3)活動区間

 生駒断層帯を構成する各断層は、ほぼ連続ないし2km程度の間隔で雁行している。このため、本断層帯を構成する断層は同時に活動する可能性が高いと推定される。

 したがって、過去の本断層帯の活動による最大の活動区間は田口断層北端から誉田断層南端まで含めた断層帯全域であったと推定される。この場合の活動区間の長さは約38kmである。

(4)1回の変位量(ずれの量)(注11)

 生駒断層については四条畷のトレンチ壁面のスケッチ(下川ほか、1997)によれば、最新の活動により断層面に沿って少なくとも2.2mの変位が生じた。また、岡田・東郷(2000)によると、生駒断層は沖積面を上下方向に約2-3m変位させている。この沖積面の上下変位は最新活動1回の上下変位量に当たる可能性がある。

 誉田断層については、誉田山古墳の変位から、その最新の活動の変位量が上下成分で約1.2-1.8mと考えられる(寒川、1984、1986)。

 また、交野断層、枚方断層及び田口断層は、それぞれ沖積面を上下方向に約1-3m、約1-2m及び約2m変位させている(岡田・東郷、2000)。この沖積面の上下変位は、最新活動1回の上下変位量に当たる可能性がある。

 以上のように、生駒断層帯の最新活動による変位量は北部の田口断層、交野断層及び枚方断層から南部の誉田断層まで、上下成分で約1-3mとほぼ同じ大きさである。このことから本評価では断層帯の主部をなす生駒断層の最新活動による上下変位量を本断層帯の1回の上下変位量とみなす。したがって、本断層帯の1回の上下変位量は約2-3mであったと考えることができる。

(5)活動間隔

 本断層帯の過去の活動について、複数の活動時期に関する具体的資料は得られていないが、平均変位速度と1回の変位量に基づいて大まかな値を推定することができる。誉田断層については、平均上下変位速度を0.2-0.4m/千年、1回の活動の上下変位量を1.2-1.8mとして、平均活動間隔は3千-9千年と算出される。生駒断層については、平均上下変位速度を0.5-1m/千年、1回の活動の上下変位量を2−3mとして、平均活動間隔は2千-6千年と算出される。

 上記で求めた活動間隔のうち、活動間隔の最小値(2千年)は、生駒断層西側の約百万-八十万年前の大阪層群の現在の深さと生駒山地の現在の山頂高度から求めた平均上下変位速度(1m/千年)と断層近傍で得られた変位量(2-3m)という、空間的・時間的なスケールが大きく異なる数値から得られた値であり、信頼度が低いと判断されるため、本評価では活動間隔の下限については誉田断層のデータを採用する。したがって、断層帯全体の活動間隔は3千年-6千年となる。

(6)先史時代・歴史時代の活動

本断層帯周辺では、歴史時代に多くの被害地震の記録がある(宇佐美、1996など)。また、多くの考古遺跡から液状化の跡が発見されている(宮地ほか、1998など)。それらのうち、誉田山古墳の変位をもたらした地震として、上記の最新活動時期に合致する西暦734年の畿内の地震が候補に挙げられている(萩原編、1989)。それ以外に生駒断層帯の活動によるものがあるかどうかは未解明である。

(7)測地観測結果

 長期的、広域的には東西方向の縮みが観測されており、本断層帯を活動させる地殻応力が蓄積しつつあると考えられるが、この断層帯周辺に特有の地殻変動は知られていない。GPS連続観測から得られた地殻変動には現在のところ顕著な変化は見られない。

(8)地震観測結果

 本断層帯付近はどちらかと言えば地震活動が低調な地域である。本断層帯付近の地殻上部の地震発生層の下限は、深さ15km程度である(Ito、1999)。

2−3.断層帯の将来の活動

(1)活動区間と地震の規模

 本断層帯を構成する断層のうち生駒断層を除く4つの断層は、その長さ、1回の変位量及び相互の位置関係からみて生駒断層と同時に活動する可能性が高いと考えられる。すなわち、本断層帯における将来の活動は最大で断層帯全体に及ぶ可能性が考えられ、この場合の活動区間の長さは約38kmとなる。また、将来生じうるこのほかの活動として、生駒断層が単独で活動するケースも考えられる。この場合の活動区間の長さは約21kmとなる。

 1回の地震による断層の活動区間を21kmないし38kmとすると、経験式(1)および(2)により、本断層帯で発生する地震のマグニチュードは7.0-7.5、活動1回の上下変位量は2-4m程度となる。この変位量は、四条畷のトレンチ壁面で認められた断層面に沿う変位量(2.2m以上)や誉田断層の上下変位量(約1.2-1.8m)と整合的である。

 これらのことから、本断層帯で発生する地震は、マグニチュードが7.0-7.5程度、変位量が2-4m程度と推定される。

 用いた経験式は次の式である(松田、1975;松田ほか、1980)。Lは1回の地震の地震断層の長さ(km)、Dはその時の最大変位量(m)、Mはその時のマグニチュードである。

  (1) M=(logL + 2 .9)/0.6

  (2) D= 10-1

(2)地震発生の可能性

 以上のように、本断層帯の平均活動間隔は3千-6千年、最新活動時期は西暦400年頃-西暦1000年頃と考えられる。したがって、平均活動間隔に対する現在における地震後経過率は、0.2−0.5となる。また、信頼度の低い平均活動間隔を用いた計算であることに留意する必要があるが、地震調査推進本部地震調査委員会長期評価部会(2001)に示された手法(BPT分布モデル、α=0.24)によると、今後30年以内、50年以内、100年以内、300年以内の地震発生確率は、それぞれ、ほぼ0%-0.1%、ほぼ0%−0.2%、ほぼ0%-0.6%、ほぼ0%-3%、現在までの集積確率はほぼ0%-0.5%となる(表3)。評価で得られた本断層帯の将来の地震発生確率には幅があるが、その最大値をとると、本断層帯は、今後30年の間に地震が発生する可能性が、我が国の主要な活断層の中ではやや高いグループに属することになる。表3にこれらの確率値の参考指標(地震調査研究推進本部地震調査委員会長期評価部会、1999)を示す。

 

2−4.今後に向けて

 生駒断層帯の過去の活動履歴は十分に解明されているわけではない。より一層信頼度の高い評価を行うためには、個別の断層ごとに平均活動間隔や最新活動時期を明らかにするための調査研究が必要である。また、生駒断層帯最南部の誉田断層とほぼ並行し、その西方約1km付近を南に延びる羽曳野(はびきの)撓曲を本断層帯に含めるべきか検討するための調査研究も必要である。

注9:

活断層研究会(1991)は、交野断層の北部を「長尾断層」と称している。また、枚方断層については、活断層研究会(1991)及び「都市圏活断層図」では「枚方撓曲」となっている。
田口断層は活断層研究会(1991)では北東−南西方向に描かれている。

注10:

誉田断層の約1km西方には、それに平行しさらに南に延びる羽曳野撓曲(長さ約11km)がある。羽曳野撓曲は西に傾斜する断層によるものと考えられ(岡、1961;市原ほか、1991)、従来から生駒断層帯を構成する断層とは考えられていない。しかし、堀家ほか(1995)の八尾における反射法弾性波探査の結果に現れた西側隆起の伏在逆断層(2−1.(2)参照)と同様、生駒断層・誉田断層の上盤側(東側)の西方への移動に伴う副次的な断層の可能性も否定できないので、羽曳野撓曲付近の地下構造の調査などにより、その性質を解明することが望まれる。

注11:

「変位」を、1ページの本文及び4ページの表1では、一般的にわかりやすいように「ずれ」という言葉で表現している。ここでは専門用語である「変位」が本文や表1の「ずれ」に対応するものであることを示すため、両者を併記した。以下、文章の中では「変位」を用いる。なお、活断層の専門用語では、「変位」は切断を伴う「ずれの成分」と切断を伴わない「撓(たわ)みの成分」よりなる。

注12:

図4は下川ほか(1997)からの引用である。図4で「沖積層?」とされた層は、その後の年代測定より沖積層であることがほぼ確実となったこと、また、「大阪層群?」とした層については、近傍でのボーリング資料との対比等から大阪層群相当層と推測したこと(下川私信)から、ここではそれぞれ、「沖積層」、「大阪層群相当層」とした。

注13:

測定された炭素同位体年代値(図4に表示)をNiklaus(1991)の「CalibETH」によって暦年補正したもの。


文 献

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表3 地震発生確率及び参考指標

注14:評価時点はすべて2001年1月1日現在。「ほぼ0%」は10-3%未満の確率値を、「ほぼ0」は10-5未満の数値を示す。なお、計算に用いた平均活動間隔の信頼度は低い(△)ことに留意されたい。

指標(1)経過年数

:当該活断層があることによって大地震発生の危険率(1年間当たりに発生する回数)は最新活動(地震発生)時期からの時間の経過とともに大きくなる(ここではBPT分布モデルを適用した場合を考える。)。一方、最新活動の時期が把握されていない場合には、大地震発生の危険率は、時間によらず一定と考えざるを得ない(ポアソン過程を適用した場合にあたる。)。この指標は、BPT分布モデルによる危険率が、ポアソン過程を適用した場合の危険率の値を超えた後の経過年数である。マイナスの値は、前者が後者に達していないことを示す。後者の危険率は3千分の1(0.0003)回−6千分の1(0.0002)回であり、時間によらず一定である。前者は現在ほぼ0−2万4千分の1(0.00004)回であり、時間とともに増加する。前者の値が現在ほぼ0であれば後者の回数に達するには今後3千2百年を、現在2万4千分の1であれば今後5百年を要することになる。

指標(1)比

:最新活動(地震発生)時期から評価時点までの経過時間をAとし、BPT分布モデルによる危険率がポアソン過程とした場合のそれを超えるまでの時間をBとする。前者を後者で割った値(A/B)。

指標(2)

:BPT分布モデルによる場合と、ポアソン過程とした場合の評価時点での危険率の比。

指標(3)

:評価時点での集積確率(前回の地震発生から評価時点までに地震が発生しているはずの確率)。

指標(4)

:評価時点以後30年以内の地震発生確率をBPT分布モデルでとりうる最大の確率の値で割った値。

指標(5)

:ポアソン過程を適用した場合の危険率(1年間あたりの地震発生回数)。


赤字のところは平成13年6月13日に訂正いたしました。