next up previous contents
Next: 確率の数値評価のまとめ Up: まとめと今後の課題 Previous: まとめと今後の課題

妥当な統計モデル

以上,4つの更新過程のモデルについて議論してきたが,ほとんどの場合にAICに有意な差はなく,モデルによる明確な違いは見られなかった。いずれのモデルが最適かをより的確に判断するためには,データの蓄積を待たなければならない。しかし,4つのモデルに比べてPoisson過程は地震発生間隔の統計量を良好に表していないということは間違いないようである。

この4つのモデルについてそれぞれパラメータが2つあるわけであるが,そのうち対数正規分布のパラメータは,我々に馴染みの深い統計量(平均,標準偏差)と非常に簡単な関係にある。他の3つのモデルでは,平均及び標準偏差はパラメータについての複雑な関数で表されるか,簡単に表せても各パラメータと1対1に対応しておらず,一方を固定して他方を変化させてみたりすることが非常に困難である。このような理由で,これらの4つのモデルに特に差異が見られないのであれば,直感的に理解しやすい対数正規分布を用いることが妥当であると考えられる。付録A.1の表A.1A.15及び図B.1〜B.2には,対数正規分布における,ばらつきをいろいろに変えたときの今後30年,50年,100年の地震発生確率一覧表及びグラフを掲げた。

ここで,陸域の活断層について,個々の断層固有のばらつきを仮定した場合と,各断層共通のばらつきを仮定した場合とでどのような差が生じるかを検討してみる[20]。断層のindexを kとし,断層 kにおいて分かっている地震発生間隔データの個数を tex2html_wrap_inline7624 ,個々に得られた tex2html_wrap_inline6058 の最尤値を tex2html_wrap_inline7628 とする。このとき,各断層の tex2html_wrap_inline6058 が共通であると仮定するとき,その最尤値 tex2html_wrap_inline7632 は次のように書き表せる。

equation2535

式(4.1)を用いて,阿寺断層,丹那断層,跡津川断層及び長野盆地西縁断層について tex2html_wrap_inline7632 を求めてみる。式(4.1)から,

equation2544

となる。なお式中の tex2html_wrap_inline7636 以降の値は,各 tex2html_wrap_inline7638 を観測値とみたときの平均誤差が tex2html_wrap_inline7632 に与える誤差伝播として求めた, tex2html_wrap_inline7632 の平均誤差である。このときのAICは約326.9となり,個々のAICの和約331.1よりも4.2だけ小さい。これは有意な差であり,このことから,少なくとも上記の4断層においては,共通のばらつきを用いたほうがより現実的であると結論づけられる。しかし,猿投山北断層のトレンチ調査[38]によって見出された 4回の地震発生時期のデータ(ただし,これは予備的な結果である),及び阿寺断層のdata set 阿寺IIのように,ほぼ等間隔で発生しているように見える例もあり,式(4.2)で得られた tex2html_wrap_inline6058 の値がすべての活断層に適用できるかどうかについては今のところ定かではなく,今後も発表されるであろうデータを用いて検討を続けていくことが必要であると考えられる。一般に,データが豊富にある場合にはそれを説明するモデルを作ることができるが,データが少なく,しかもその精度がよくない場合は,パラメータを少なくする(この場合は1個にする)ことが望ましいと言える。この意味からも精度のよい発生年が数多く知られている断層のデータを用いて式(4.2)の tex2html_wrap_inline7632 を求める努力を続けていくことが重要である。

式(2.13)〜(2.16)の4つのモデルの条件付き確率のうち, tex2html_wrap_inline5914 を固定したとき,対数正規分布においてはある Tで極大値をもつ[39, 40]。それ以外のモデルは Tに対して単調増加関数である(図4.1参照 gif)。図から,平均発生間隔付近では,地震発生確率はどの分布をとっても変わらないが,平均発生間隔から更に十分時間が経過したところでは,モデルによりかなりの差が出てくることが読み取れる。


図 4.1: data set 丹那I(表3.14参照)において, tex2html_wrap_inline7662 年とした場合の最新の地震からの経過時間に対する条件付き確率のグラフ

対数正規分布における条件付き確率の極大値は,式(2.13)で tex2html_wrap_inline7664 としたものを整理した式,すなわち

equation2579

displaymath7618

を満たす Tによって与えられる。付録A.2の表A.16A.18に,代表的な tex2html_wrap_inline7668 の組について,式(A.1)(式(2.13)と若干異なる)の確率の極大値とそのときの経過年数を, tex2html_wrap_inline5914 が30年,50年,100年の場合について示した。

この,対数正規分布だけが極大値をもつという性質は,4つの分布のうち,この分布だけが,密度関数の裾が逆冪乗的にゆっくり減衰するという事情に関係している。これに対して,他の3つの分布の密度関数の裾は指数的より早く減衰する。発生間隔を大幅に越えても地震が発生しなかった場合,各モデルが与える地震発生確率は図4.1が示すように大幅に異なるが,いずれのモデルが適切かをこれまでのデータから判断するのは困難である。

なお,一般に,分布の裾が逆冪乗的にゆっくり減衰するような分布は,データに異常値(普通より長すぎる間隔)があってもそれに鈍感で,安定した標準的なパラメタを与える。一方,裾が急激に減衰する分布は異常値に対して敏感に反応する。仮に,発見されていない地震があって,そのために発生間隔が異常に長く見えていても,それが一つぐらいならば対数正規分布を用いて処理することが可能かもしれない。ただし,そのためにはシミュレーションなどで確認することが必要である。


地震調査研究推進本部
Wed Jan 13 17:30:00 JST 1999